ジル爺
夜明け前。
森は、妙に静かだった。
鳥も鳴かず、風も動かない。
ただ、焚き火の残り火だけが、赤く瞬いている。
「……?」
最初に気づいたのは、ミリアだった。
「ジル爺?」
返事はない。
寝床を覗く。
杖も、外套もない。
「……いない?」
エルドが周囲を見回す。
「足音も、気配も……」
「最初から、
“いなかったみたい”ですね」
リュカが、ぽつりと言った。
レインは、何も言わずに地面を見る。
焚き火のそば。
石の上に、紙が一枚置かれていた。
「……手紙だ」
レインが拾い上げる。
ミリアが、覗き込む。
「え、ちょっと……
字、汚くない?」
「それが本人らしいですね」
レインは、読み上げた。
⸻
若造どもへ
起きたらおらんくて驚いたかの?
ほっほっほ、すまんすまん。
修行はな、
ほぼ終わっとる。
ほぼ、じゃ。
最後の一段階は、
本人たちが勝手に気づくもんじゃ。
ワシが教えたら、
それはもう“答え”になってしまうでな。
それと――
ミリア。
パンティの件は、
冗談じゃ。
……半分な。
では、元気でやれ。
追伸:
若いうちは抱き合えるときに
ちゃんと抱いとけ。
老人になると、
腰がやられる。
ジルより
⸻
「……」
沈黙。
次の瞬間。
「死ね!!!!」
ミリアの叫びが、森に響いた。
「最後までスケベじゃない!!
あのジジイ!!」
「……でも」
エルドが、少しだけ笑う。
「らしいですね」
「ええ」
リュカも頷く。
「肝心なところだけ、
何も教えてない」
「だからこそ……」
レインは、手紙を畳んだ。
「まだ、終わってない」
その時。
――視点が、切り替わる。
⸻
ジル=バルドゥインは、森を抜けていた。
背筋は伸び、
足取りは軽い。
「……ほっほ」
独り言。
「ちゃんと立ちおった」
「前に出る者」
「支える者」
「整える者」
「見る者」
「全部、揃ったのう」
だが――
目を細める。
「まだ、完成ではない」
「最後の“覚悟”は、
自分で拾わねば意味がない」
足を止める。
空を見上げる。
「さて……」
低く、笑う。
「久しぶりじゃの」
「〇〇」
影の黒幕の名を、
懐かしむように口にする。
「全力でやり合うか」
「それとも――」
ふっと、肩をすくめた。
「弟子が先に、
やっつけてしまうかの?」
「どちらでも、
面白いわい」
杖を鳴らし、歩き出す。
「では、またの」
老人の背は、
森の奥へと溶けていった。
その背中は――
驚くほど、まっすぐだった。




