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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第8章

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重なる場所

北部拠点の朝は、音が少ない。


鳥の声はある。

風も吹いている。


だが、それらは遠く、

“自分たちとは関係のない場所”で起きている出来事のようだった。


「……体、重い」


ミリアが肩を回しながらぼやく。


「剣、一本も振ってないんだけど?」


「昨日は、

 “判断”を止めていましたから」


リュカが淡々と答える。


「普段、

 無意識に使っている部分ほど

 疲労が残りやすい」


「そんな理屈、

 納得できない」


そう言いながらも、

ミリアは線の前に立つ。


昨日、ジル爺が地面に引いた一本の線。

前線と名付けられた場所。


踏み越えてはいけない。

下がってもいけない。


ただ、立つ。


「……じっとしてるの、

 性に合わないんだけど」


「合わなくていい」


少し離れた岩に腰掛け、

ジル=バルドゥインが酒を飲みながら言う。


「前に出たい衝動があるのは、

 剣士として正しい」


「じゃがな」


酒を一口あおる。


「それを抑えられるかどうかは、

 前線に立つ者として別の話じゃ」


ミリアは舌打ちしつつも、

線から動かなかった。


エルドは、その少し後方に立っている。


盾は、地面に立ててある。


持たない。

構えない。


ただ、

そこに“ある”。


「……昨日より、

 立ちやすい」


ぽつりと漏れた声は、

自分自身への確認だった。


「盾を持たない方が、

 逆に落ち着く」


「判断を、

 腕で支えとらんからじゃ」


ジル爺が答える。


「盾役はな、

 守るために前に立つんじゃない」


「迷いが前に来た時、

 そこに居るために立つ」


エルドは、小さく息を吐いた。


「……重い言い方ですね」


「軽くしたら、

 死ぬからのう」


リュカは、少し離れた位置で周囲を見ていた。


戦域把握バトルフィールド・リード》は使わない。


読まない。

組まない。


ただ、

“余白がある前提”で立つ。


「……怖いですね」


「何が起きるか、

 分からない」


「分からんままでいい」


ジル爺は即答する。


「分かろうとするから、

 配置は固まる」


「固まると、

 切られる」


リュカは、ゆっくり頷いた。


「……昨日より、

 頭が静かです」


最後に、レイン。


少し離れた場所で、

全員を見ている。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は稼働している。


だが――

数値は出ない。


いや、正確には。


出そうとして、止まっている。


(……揃えようとすると、

 荒れる)


(……見るだけだと、

 静かだ)


「……不思議だ」


レインが、小さく呟く。


「昨日より、

 できないことが増えてるのに」


「楽だ」


その時だった。


森の奥で、

枝を踏む音。


全員が、同時に気づく。


敵かどうかは、分からない。

だが、何かが来る。


「……来るな」


エルドが、低く言う。


ミリアは剣に手を伸ばしかけ、

――止めた。


線を越えない。


レインは、因果遮断を考えない。


模写理解アナライズ・コピー》も沈黙したまま。


ただ、

全員が立っている。


同じ層で。


同じ重さで。


同じ場所に。


森の気配が、

ゆっくりと近づいてきた。


修行二日目。


昨日とは違う形で、

何かが試されようとしていた。


森の奥から現れたのは、魔獣だった。


小型――だが、昨日見たものより骨格が硬い。

動きも、妙に静かだ。


「……変種だね」


ミリアが、線の上から動かずに言う。


「でも、

 前に出たらダメなんでしょ」


「今日は、

 それでいい」


レインの声は落ち着いていた。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は回っている。

だが、結論を出さない。


“どう勝つか”ではなく、

“どこで揃うか”を見ている。


魔獣が、一歩踏み込む。


エルドは盾を取らない。

ただ、立つ。


「……来る」


魔獣が加速する。


その瞬間、ミリアは動かなかった。


踏越位オーバー・ライン》――使わない。


だが、視線だけで前を制する。


魔獣の動きが、ほんの一瞬、揺れた。


「……今」


レインが短く告げる。


リュカが、一歩だけ位置をずらす。


戦域把握バトルフィールド・リード

――読むのではなく、“余白を残す”。


魔獣の突進は、エルドに向かう。


エルドは、盾を持たずに受けた。


衝撃は重い。

だが、逃げない。


「……っ」


倒れない。

踏ん張る。


判断が、そこで止まる。


次の瞬間。


ミリアが、一歩だけ前に出た。


線を越えない、ぎりぎり。


《断戦ライン・ブレイク》


鋭く、浅い一撃。


致命ではない。

だが、魔獣の“次の判断”が消える。


動きが止まった。


「……終わり」


レインは、因果遮断を使わなかった。


使う必要が、なかった。


魔獣は崩れ落ち、

森に再び静寂が戻る。


誰も、息を切らしていない。


ジル爺が、遠くから笑った。


「ほれ」


「誰も、

 前に出過ぎとらん」


魔獣が完全に動かなくなり、

森に静けさが戻った。


風が枝を揺らし、

落ち葉が一枚、地面に落ちる。


「……え」


ミリアが、間の抜けた声を出した。


「終わり?」


「終わりです」


リュカが答える。


「誰も、

 無理をしていません」


エルドは、盾の前に立ったまま動かなかった。


呼吸は荒れていない。

腕も震えていない。


「……受けたはずなんだが」


「重さが、

 途中で消えた」


レインは、胸の奥を探るように静かに息を吐いた。


模写理解アナライズ・コピー》は沈黙。

因果遮断も、使っていない。


それなのに。


(……成立してる)


(……一人で切ってない)


ジル爺が、ゆっくり歩いてくる。


酒瓶を軽く振りながら、

全員を見回した。


「うむ」


「今のが、

 小成功じゃ」


ミリアが、思わず聞き返す。


「小、って言う?」


「言う」


即答。


「完成から見れば、

 まだ入口じゃ」


「じゃがな」


エルドの前で立ち止まる。


「盾が、

 “受け止める前”に

 判断を止めとる」


次にミリア。


「前線が、

 切らずに

 迷いを止めた」


リュカへ。


「配置が、

 逃がさず

 縛らなかった」


最後に、レイン。


「坊主」


「因果遮断を、

 “使わなかった”のが一番大きい」


レインは、素直に頷いた。


「……使う必要が、

 なかった」


「それじゃ」


ジル爺は、満足そうに笑う。


「因果は、

 まだ生まれとらんかった」


ミリアが、剣を鞘に戻す。


「……なんかさ」


「昨日より、

 戦ってない感じする」


「正しい」


ジル爺は言う。


「戦っておらん」


「立っていただけじゃ」


エルドが、盾を拾い上げる。


「……これが」


「完成じゃない?」


「違う」


レインが、静かに言った。


「完成じゃない」


「でも」


仲間を見る。


「完成を、

 一人で背負わなくていい」


沈黙。


それは、

全員が同時に理解したことだった。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は、

初めて“安定した数値”を示している。


荒れない。

暴れない。


(……これが)


(……揃う、ということか)


ジル爺は、踵を返した。


「今日は、

 ここまでじゃ」


「次は」


振り返らずに言う。


「失敗する」


「必ずな」


ミリアが、にやっと笑う。


「上等」


「その方が、

 修行っぽい」


北部の空は、

ゆっくりと晴れていく。


完成には、まだ遠い。


だが――

彼らは確かに、

同じ場所に立ち始めていた。


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