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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第8章

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信じるには腰が痛い

北部の森は、朝でも薄暗かった。


霧が低く流れ、

昨日見た死体の光景が、まだ脳裏に残っている。


「……で?」


ミリアが腕を組む。


「さっきの話、まとめるとさ」


一歩、前に出る。


「あの影の連中、まだ雑魚ってこと?」


「雑魚じゃな」


即答だった。


ジル=バルドゥインは、

あくび混じりに言う。


「せいぜい一兵卒」


「捨て駒じゃ」


「……は?」


ミリアの声が裏返る。


「紅鷹、全滅してたよ?」


「全滅じゃろ」


「じゃがな」


指を一本立てる。


「あれは

 “立てなかった者”が殺された」


「強い弱いの話ではない」


リュカが、静かに息を呑む。


「……じゃあ」


「本命は?」


「まだ先じゃ」


ジル爺は、肩をすくめる。


「安心せい」


「全盛期のワシなら秒殺じゃ」


ミリアが、反射で突っ込む。


「盛りすぎ!」


「今でも――」


ジル爺は、急に腰を落とし、

拳を構えた。


「数分あれば――」


そのまま、

シャドウボクシングを始める。


「はっ!

 ほっ!

 そこじゃ影小僧!」


次の瞬間。


「……あいたたたた」


腰を押さえて、うずくまった。


「……腰が」


「やっぱり!!」


ミリアが叫ぶ。


「無理してるだけじゃん!」


エルドも、困惑気味に言う。


「……大丈夫なんですか」


「こんな人、

 本当に信じて――」


「信じろとは言っとらん」


ジル爺は、むくりと起き上がる。


「見るか?」


空気が、わずかに変わった。


レインは、ずっと黙っていた。


模写理解アナライズ・コピー》は反応しない。

だが――


(……嘘は、ついてない)


確証はない。

でも、違和感がない。


「……実演して」


レインが、静かに言った。


「何か」


「分かる形で」


ジル爺は、少しだけ目を細めた。


「仕方ないのう」


杖も、魔導具も使わない。


ただ、

指先を上げる。


「ええと……」


「呪文は……」


眉をひそめる。


「なんじゃったかのぉ」


ミリアが即座に叫ぶ。


「忘れんなよ!!」


リュカも珍しく声を荒げる。


「そこ一番重要です!」


エルドは、盾を持ったまま固まっている。


「……え?」


ジル爺は、首を傾げた。


「えーっと……

 “理を剥がす”だったか……?」


「いや、違う」


「“在り方を――”」


「……まあええか」


適当に、手を振った。


次の瞬間。


音が、消えた。


風が止まり、

霧が裂け、

視界の先――


森が、無かった。


正確には、


“消えていた”。


木々が、

倒れたのではない。


燃えたのでも、

砕けたのでもない。


存在していた痕跡ごと、消失している。


超広範囲。


地面は滑らかで、

何もなかったかのようだ。


「…………」


誰も、言葉を出せない。


ジル爺は、満足そうに頷いた。


「うむ」


「失敗じゃな」


ミリアが、震える声で言う。


「……失敗?」


「威力、

 抑えきれんかった」


「全盛期なら、

 もっと綺麗に消せた」


レインは、ゆっくり息を吐いた。


模写理解アナライズ・コピー》は、

何も拾えなかった。


――拾えるはずがない。


(……技じゃない)


(……“在り方”だ)


確証は、まだない。


でも。


「……本物だ」


レインは、そう思った。


そして同時に、

こうも思った。


(……この人、

 危険すぎる)


ジル爺は、こちらを見て笑う。


「な?」


「影が本気になる前に」


「間に合えばええのう」


北部の森に、

ぽっかり空いた“無”。


それは、

彼らが踏み込んだ領域が――

もう戻れない場所であることを、

はっきりと示していた。


消えた森を背に、

誰もすぐには動けなかった。


「……あの」


エルドが、慎重に口を開く。


「今のって……」


「失敗じゃ」


ジル爺は、あっさり言った。


「成功なら、

 ここまで広がらん」


ミリアが、頭を抱える。


「成功って何!?」


「残して、消す」


ジル爺は、地面を指先でなぞる。


「存在は消すが、

 意味は残す」


「判断の痕跡だけを、

 剥がすんじゃ」


リュカの目が、わずかに見開かれる。


「……因果遮断と、

 似てる」


「似ておるが、

 別物じゃ」


ジル爺は頷いた。


「坊主の因果遮断は、

 発動後の因果を切る」


「ワシのは――」


一拍。


「因果が生まれる座標そのものをズラす」


空気が、さらに重くなる。


レインは、静かに問いかけた。


「……影は」


「どこまで、

 そこに近づいてる?」


ジル爺は、笑わなかった。


「まだ、遠い」


「だがな」


視線を、森の奥へ向ける。


「近づこうとはしとる」


「さっきの一兵卒は、

 “立たせない”役じゃ」


「恐怖で潰し、

 判断を奪い」


「その上で――」


指を鳴らす。


「上が来る」


ミリアが、歯を噛みしめる。


「……紅鷹は」


「試験紙じゃ」


即答。


「立たなかった」


「だから、

 消された」


エルドが、低く言う。


「……俺たちは」


「立つ側だ」


ジル爺は、即座に答える。


「じゃが」


視線を、レインに向ける。


「完成技に頼るな」


「完成させようとするな」


「未完成で、

 立て」


レインは、ゆっくり頷く。


「……僕の因果遮断は」


「一度しか使えない」


「使えば、

 息が切れる」


「それでいい」


ジル爺は、初めて優しく言った。


「完成したら、

 独りになる」


「未完成なら、

 仲間が要る」


ミリアが、剣を肩に担ぐ。


「つまりさ」


「私が前で迷い止めて」


「エルドが判断受けて」


「リュカが余白作って」


「で、

 レインが“切りすぎない”」


ジル爺は、満足そうに笑った。


「そうじゃ」


「それが、

 真髄の入口じゃ」


沈黙。


風が、消えた森を吹き抜ける。


レインは、古代魔導書に手を置いた。


模写理解アナライズ・コピー》は、

まだ何も掴めない。


だが。


(……掴まなくていい)


(……揃えればいい)


「……行こう」


レインの声は、静かだった。


「影が本気になる前に」


「立つ練習を、

 終わらせる」


ジル爺は、背を向けて歩き出す。


「北は、

 もうすぐじゃ」


「次は――」


振り返らずに言う。


「死人が出る前提で来る」


誰も、止めなかった。


信じきれない。

だが、無視できない。


それで十分だった。


北部の拠点は、拍子抜けするほど質素だった。


石造りの小屋が数棟。

鍛錬場らしい空き地。

周囲は森と岩場だけ。


「……え、ここ?」


ミリアが辺りを見回す。


「もっとこう……

 秘境! みたいなの想像してた」


「秘境じゃ」


ジル爺は即答する。


「ただし、

 誰も価値を見出せなかった場所じゃ」


エルドが、盾を下ろして周囲を見る。


「……立つには、

 悪くない」


「そうじゃ」


ジル爺は頷く。


「判断は、

 静かな場所で育つ」


早速、修行は始まった。


――と言っても。


「剣は振るな」


「え?」


ミリアが固まる。


「今日は振らん」


「じゃあ何すんの」


「立て」


ジル爺は、地面に線を引く。


「ここが前線じゃ」


「一歩も出るな」


「一歩も下がるな」


「ただ、

 “来る”と想定せい」


ミリアは舌打ちしつつ、立つ。


「……地味」


一方、エルド。


「盾も、

 構えるな」


「……?」


「置け」


盾を地面に立てさせる。


「守る気で持つな」


「判断が来る場所として置け」


エルドは、ゆっくり息を吐き、

盾から手を離した。


リュカには、もっと酷だった。


「配置を読むな」


「……え?」


「読む前に、

 “余白がある前提”で立て」


「予測を捨てろ」


リュカは、眉をひそめる。


「……それは」


「怖いです」


「じゃろうな」


ジル爺は、楽しそうだ。


「最後に坊主」


レインを見る。


「因果遮断は使うな」


「……はい」


「代わりに」


指を一本立てる。


「使えない前提で考えろ」


沈黙。


全員が、微妙な顔になる。


「……それ」


ミリアが言う。


「ただの縛りプレイじゃん」


「修行とは、

 そういうもんじゃ」


そう言って、

ジル爺は離れた場所に座り、酒を飲み始めた。


「……何か来るんですか?」


エルドが問う。


「来る」


即答。


「ただし」


「敵ではない」


風が、少し強くなる。


木々が揺れ、

影が伸びる。


「……うわ」


ミリアが、息を詰める。


「なんか、

 嫌な感じ」


ジル爺は、にやりと笑った。


「迷いじゃ」


「今日は、

 それと戦え」


何も起きない。


だが――

何も起きないことが、

一番きつかった。


前に出られない。

守れない。

読めない。

切れない。


「……くそ」


ミリアの額に、汗が滲む。


エルドの拳が、震える。


リュカは、何度も呼吸を整える。


レインは、

ただ立っていた。


模写理解アナライズ・コピー》は沈黙。


だが――


(……今は、

 拾わなくていい)


(……合わせる時間だ)


どれくらい経ったか。


ジル爺が、ぽつりと言う。


「今日は、

 ここまでじゃ」


「……え」


ミリアが、思わず座り込む。


「なにもしてないじゃん……」


「違う」


ジル爺は、初めて全員を見る。


「立てた」


それだけで、

十分だった。


修行は始まった。


派手な技も、

完成も、

まだ先。


だが確かに――

彼らは、

“同じ層”に足をかけた。

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