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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第1章

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前提を終わらせる者

依頼書の内容は、簡潔だった。


――単独討伐失敗。

――行動前提不明。

――複数名負傷。


報告文は短い。

だが、行間に滲む焦りは隠しきれていない。


(……理解されてないな)


レインは依頼書を静かに畳み、受付に提出した。

周囲の冒険者が、一瞬だけ視線を向ける。


「……一人で、ですか?」


受付の女性が確認する。

驚きではなく、慎重さの色。


「状況次第です」


いつもの答えだ。

無理はしない。

だが、逃げもしない。


現地は、廃村だった。


崩れた家屋。

風に揺れる布切れ。

人の気配はないが、“抜けた感じ”が残っている。


(……前提が、薄い)


魔力が希薄なのに、気配だけが残っている。

存在しているが、確定していない。


レインは歩みを止め、深く息を吸った。


(編集じゃない。今日は……終わらせる)


魔導書を開く。

核心章。


以前よりも、拒絶が弱い。

理解は、まだ完全ではない。

だが、扱い方は見えてきた。


(前提は、固定するものじゃない)


固定すれば、反動が来る。

書き換えれば、歪みが生じる。


(なら……“終わらせる”)


成立条件を、管理する。

存在の前提を、切り分ける。


魔物が現れたのは、その時だった。


視界の端で、家屋の位置が“ずれる”。

距離が、一瞬で書き換わる。


(来る)


レインは構えない。

走らない。

魔力も、すぐには流さない。


見る。


位置が揺れ、

距離が書き換わり、

存在が成立しかけて――失敗する。


(……なるほど)


完全な存在ではない。

前提を借りて、立っているだけだ。


「じゃあ……返してもらう」


小さく呟き、レインは魔導書に指を置いた。


核心章を、“参照”ではなく“適用”する準備を始める。


だが――

全適用ではない。


(条件限定。対象限定。時間限定)


理解してきたすべてを、ここで使う。


空気が、静かに張り詰めた。


空気が、鳴いた。


音ではない。

“成立していたはずのもの”が、同時に軋んだ感覚。


廃村の景色が、わずかに歪む。

家屋の位置が、重なり合い、また離れる。


魔物が姿を現した。


中型。

だが、その輪郭は明確ではない。

半分がこちらを向き、半分が別の方向を向いている。


「……やっぱりな」


レインは一歩も動かない。

逃げない。構えない。


代わりに、魔導書を完全に開いた。


核心章。


円と線が、回転を始める。

だが今回は、拒絶も反動もない。


理由は明確だ。


(前提を“固定”しない。

 書き換えもしない)


レインは、深く息を吸った。


「……終わらせる」


魔力が、静かに流れ込む。

だが、向かう先は魔物ではない。


世界の側だ。


存在が成立するために借りている前提。

位置。距離。時間。

それらを、元の場所に“返却”する。


核心章が、応えた。


空間に、無数の線が浮かび上がる。

誰にも見えないはずの線。


だが、それらは確かに“そこにあった”。


「存在条件、解除」


レインの声が落ちた瞬間。


魔物の身体が、崩れなかった。


代わりに――

“繋がらなくなった”。


頭と胴。

前と後。

現在と、次の瞬間。


それらが、同時に成立できなくなる。


魔物は吼えない。

悲鳴も上げない。


ただ、世界から滑り落ちる。


輪郭が、光に変わる。

光が、線に変わる。

線が、意味を失う。


次の瞬間、

そこには何も残っていなかった。


沈黙。


風が吹き抜け、布切れが揺れる。

廃村は、ただの廃村に戻った。


レインは、ゆっくりと息を吐いた。


「……やっぱり、重いな」


膝が、少しだけ震える。

だが、立っていられないほどじゃない。


(限定適用で、正解だった)


全適用すれば、

自分の“理解”が持たなかった。


魔導書を閉じる。

核心章の円と線は、再び静止した。


(これが……完全対処)


派手な爆発はない。

だが、再発はしない。


前提そのものを、終わらせた。


ギルドに戻ると、空気が変わった。


受付の女性が、報告書を読み終え、目を見開く。


「……消失、ですか?」


「はい。再発はありません」


それだけで、周囲がざわめいた。


「消えたって……どういう意味だ?」

「討伐じゃなくて……?」


レインは答えない。

説明する必要はない。


説明できる者が、ここにはいない。


職員が奥へ走る。

別の職員が、急ぎ足で戻ってくる。


「……本件、

 “完全対処案件”として記録します」


その言葉で、場の空気が変わった。


完全対処。

再発なし。

原因解消。


それは、

**“理解した者だけが出せる結果”**の称号だった。


レインは、静かにギルドを後にする。


その背中を、何人もの冒険者が見送っていた。


噂が広がるのに、時間はかからなかった。


派手な爆発も、英雄譚もない。

だが、冒険者ギルドで囁かれる言葉は、どれも同じ内容だった。


――消えた。

――再発しない。

――原因そのものが無くなった。


「討伐、じゃないらしいぞ」

「じゃあ何だよ」

「……分からん」


分からない、という評価。

それは、畏怖に一番近い。


レインは、宿の部屋で静かに横になっていた。


天井を見つめ、呼吸を整える。

頭の奥に、まだ重さが残っている。


(……思ったより、効いたな)


核心章の限定適用。

反動は最小限に抑えたはずだ。


それでも、

“前提を終わらせる”処理は、

人の理解領域の外側に足を踏み込む。


(乱用は、無理だな)


それでいい。

切り札は、使う回数が少ないほど価値がある。


レインは、魔導書を手に取った。

核心章は、静かだ。


以前のような拒絶もない。

だが、歓迎もない。


(……対等、か)


理解し始めた者にだけ、

距離を縮める。


それが、この書の性質なのだと、今は分かる。


同じ頃。


紅鷹の野営地では、空気が張り詰めていた。


「……聞いたか?」


ルークが、焚き火の向こうで口を開く。


「廃村の件。

 あれ、消えたらしいぞ」


ガルドの手が、止まる。


「……消えた?」


「討伐じゃない。

 再発なし。完全対処だってさ」


一瞬、沈黙。


リディアが、眉をひそめる。


「……それ、

 私たちが苦戦したタイプじゃない?」


セシリアが、静かに頷いた。


「……条件が、揺れていた」


その言葉で、空気が一段冷えた。


ガルドは、無言で立ち上がり、剣を掴む。

視線が、遠くを見る。


「……誰がやった」


「単独らしい」


ルークが肩をすくめる。


「名前は……

 レイン・アルヴェルト」


その名が出た瞬間。


ガルドの表情が、はっきりと歪んだ。


レインはまだ知らない。


自分の名前が、

かつての仲間たちの中で、

“脅威”として再定義されたことを。


だが、時間の問題だ。


理解する者と、

理解を切り捨てた者。


その差は、

もう隠せないところまで来ている。


レイン・アルヴェルトは、静かに目を閉じた。


復讐は、もう遠くない。


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