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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第8章

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問題ないはずの仕事

依頼掲示板は、いつも通りだった。


紙の色も、釘の位置も、

貼られている内容も――特別なところはない。


「……これでいいんじゃない?」


ミリアが、指で一枚を叩く。


近郊森域

小型魔獣の間引き

危険度:低

人員:三〜四名

備考:被害軽微


「久しぶりに、

 頭使わなくていいやつ」


「……“使わなくていい”は、

 言い過ぎだけどね」


リュカが淡々と返す。


「判断点は少ない」


「でも」


紙面を指でなぞる。


「こういう仕事ほど、

 油断が事故に繋がります」


エルドは、盾を背負ったまま頷いた。


「守る対象も、

 明確だ」


「森に入る人間が、

 巻き込まれないように」


レインは、掲示板を一歩引いて眺めていた。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は、反応しない。


因果も、歪みも、

判断を迫る兆しもない。


(……問題なし)


「これにしよ」


ミリアが、さっさと紙を剥がす。


「たまには、

 “普通の冒険者”っぽいことしよ」


「普通、ね」


レインは小さく笑った。


受付で手続きを終えると、

街の外れへ向かう。


空は晴れ。

風も穏やか。


「ねえ」


歩きながら、ミリアが言う。


「影がいなくなってからさ」


「依頼、

 軽く感じない?」


「感じる」


即答。


「でも」


一拍。


「それが、

 正しい重さなんだと思う」


ミリアは、少し意外そうな顔をした。


「……へえ」


「前は、

 全部が“最悪前提”だった」


「今は」


言葉を探す。


「最悪じゃない可能性も、

 ちゃんと見える」


「ふーん」


ミリアは、満足そうに笑った。


「じゃあ、今日は」


「帰ったら、

 甘いもの奢ってもらお」


「……条件は?」


「無事に終わること」


エルドが、低く笑った。


「達成条件、

 簡単だな」


森の入口が、見えてくる。


静かで、

鳥の声がして、

何も起きそうにない。


「……行こっか」


レインの声。


誰も異論はなかった。


これは、

問題ないはずの仕事。


そして――

その“普通”が、

どこまで続くのか。


まだ、誰も知らなかった。


森の中は、静かだった。


足元に落ちた枯れ葉が、

踏むたびに小さく音を立てる。


「……いないね」


ミリアが、剣に手をかけたまま言う。


「小型魔獣なら、

 もう少し気配があってもいいはず」


「逃げてる可能性は?」


エルドが、周囲を見回す。


「森が広い」


「散ってるだけかもしれない」


リュカは、すでに地形を読んでいた。


「……いや」


「散ってる、というより」


一拍。


「最初から、

 ここに集まっていない」


ミリアが、眉をひそめる。


「どういう意味?」


「通常、間引き対象になる魔獣は」


「餌場か、水場の近くに

 自然と集まる」


リュカは、地面の痕跡を指差した。


「足跡がない」


「糞も、爪痕もない」


「……じゃあ」


ミリアが、少しだけ警戒を強める。


「いない?」


「“いなくなった”」


レインは、短く訂正した。


戦場演算バトル・カリキュレーター》が、

微かに反応する。


(……逃走線が、

 先に潰されてる)


(人為的?)


「……誰か、

 先に入った?」


エルドの問いに、

レインは首を振った。


「介入痕跡はない」


「でも」


一歩、歩を進める。


「結果だけが残ってる」


その瞬間。


草むらが、僅かに揺れた。


「来るよ」


ミリアが、即座に前に出る。


踏越位オーバー・ライン


だが、踏み込みは浅い。


「……一体だけ?」


姿を現したのは、

小型の狼型魔獣。


痩せている。

逃げ腰。


「……弱っ」


ミリアが、呟いた。


「間引き対象だな」


「でも」


リュカが、低く言う。


「動きが、

 “判断を放棄してる”」


魔獣は、襲いかからない。

逃げもしない。


ただ、こちらを見る。


「……おい」


ミリアが、少し戸惑う。


「どうする?」


レインは、一歩前に出た。


因果遮断カウザル・ブレイク


切るのは、攻撃でも命でもない。


“敵対行動が成立する因果”だけ。


次の瞬間。


魔獣は、

くるりと背を向け、森の奥へ走り去った。


誰も追わない。


沈黙。


「……終わった?」


ミリアが、間の抜けた声を出す。


「間引き、

 完了です」


リュカが、淡々と告げる。


「対象は、

 森から排除された」


エルドが、盾を下ろす。


「……守る必要、なかったな」


「それが、

 一番変」


レインは、森を見渡した。


敵意も、殺気もない。


だが――

“戦う理由が先に消えている”


「……これ」


ミリアが、ぽつりと言う。


「普通の依頼だよね?」


「依頼内容は、

 完全に達成してる」


リュカが答える。


「でも」


「達成の過程が、

 普通じゃない」


レインは、少しだけ息を吐いた。


「……帰ろう」


「報告は、

 そのままでいい」


誰も異論はなかった。


森を出る足取りは、軽い。


軽すぎて――

どこか、落ち着かない。


これは、

問題ないはずの仕事。


なのに。


確実に、

“何かが変わり始めている”

そんな感触だけが、残っていた。


街に戻ると、昼の喧騒が戻ってきていた。


荷車の軋む音。

呼び込みの声。

いつもと変わらない景色。


「……ほんとに、

 何もなかったね」


ミリアが、伸びをする。


「魔獣一体で終わるとは思わなかった」


「結果としては、

 理想的です」


リュカが淡々と答える。


「被害ゼロ。

 環境破壊も最小」


エルドは、盾を下ろしたまま頷いた。


「……守る仕事、

 してない気がする」


「してるよ」


ミリアが即答する。


「“何も起きなかった”のが、

 一番の成果」


受付に報告書を出す。


内容は簡素だ。

小型魔獣一体を確認、追い払い。

森の安全を確認。


受付の女性は、紙に目を通し――

少しだけ、手を止めた。


「……え?」


「何か不備ありました?」


レインが問う。


「いえ、その……」


言葉を探すように、視線を上げる。


「被害報告が、

 本当にないんですね」


「はい」


「……そうですか」


女性は、静かに頷いた。


「最近、

 こういう報告が増えていて」


「“問題が起きなかった”っていう」


ミリアが、首を傾げる。


「いいことじゃない?」


「ええ」


少し、間を置いて。


「とても」


報酬を渡される。


金額は、規定通り。

特別扱いはない。


だが――

手渡す時の表情だけが、違った。


「……ありがとうございました」


深く、丁寧な礼。


街を出る。


少し歩いたところで、ミリアが言う。


「なんかさ」


「“助けた”って感じ、

 しなかった?」


「うん」


レインは、正直に答えた。


「でも」


「誰も困らなかった」


「それでいい」


リュカが、静かに言う。


「評価は、

 後からついてくるものです」


エルドは、盾に手を置いた。


「……俺は」


「今日みたいな日が、

 増えるなら」


「悪くないと思う」


ミリアが、にやっと笑う。


「じゃあ」


「次も、

 問題ないはずの仕事だね」


レインは、空を見上げた。


雲は、穏やかに流れている。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は、沈黙したまま。


因果も、判断も、

今は求めてこない。


「……行こっか」


誰も反対しない。


それは、

英雄でも、破壊者でもない歩き方。


ただの冒険者として、

“普通”を続ける選択。


だが――

その普通が、

世界にとってどれほど異質かを。


まだ、彼らは知らない。


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