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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第8章

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均衡が報告書に載らない日

報告書は、簡潔だった。


被害者数:ゼロ

建造物損壊:軽微

市民の混乱:局地的、短時間

治安指数:自然回復


――問題なし。


机の向こうで、男は指を止めた。


「……おかしい」


誰に向けた言葉でもない。


報告書は、確かに“綺麗”だった。

あまりに、綺麗すぎる。


「この区域は、

 管理ラインを一本通していたはずだ」


隣に立つ女が、静かに答える。


「はい」


「蒼衡による介入記録もあります」


「ですが――」


一拍、置く。


「切断判断は、実行されていません」


男は、ゆっくり椅子にもたれた。


「……切らずに、

 指数が回復?」


「再現性は?」


「ありません」


女は即答した。


「恐怖による沈静化でもない」


「拘束による安定化でもない」


「自然発生的な分散と、

 市民の自己判断による解消です」


男の指が、机を叩く。


「そんなものは、

 管理ではない」


「はい」


女も否定しない。


「ですが」


視線を落とす。


「それでも、

 結果は“安定”です」


沈黙。


「……原因は?」


「不明です」


「ただ」


少しだけ、言い淀う。


「蒼衡の現場報告には、

 共通の記述があります」


男が、目を細める。


「ほう」


女は、静かに読み上げた。


「――“判断を奪われなかった市民は、

 自発的に散開した”」


「――“脅威は排除されず、

 成立しなくなった”」


「――“戦闘は、

 最後まで完了しなかった”」


男は、ゆっくりと息を吐いた。


「……未完了で、

 終わった戦闘」


「そんなものは、

 記録に残らない」


「だから」


女は、はっきり言った。


「報告書に、名前がありません」


男の表情が、初めて歪む。


「……存在しない介入」


「均衡を壊さず、

 均衡を成立させない」


「それは――」


言葉を探す。


「“例外”か?」


女は、首を横に振った。


「例外なら、

 再現不能でも問題ありません」


「ですがこれは」


一拍。


「再現される可能性がある」


部屋の空気が、わずかに重くなる。


「……蒼衡は?」


「現場判断としては、

 撤退を選択しています」


「衝突は、回避されています」


男は、静かに立ち上がった。


「……均衡を乱す者は、

 破壊者か、救世主だ」


「だが」


窓の外を見やる。


「どちらであっても、

 管理外は許容できない」


女は、短く頷いた。


「監視レベルを?」


「段階的に」


男は、低く告げる。


「まだ切るな」


「だが」


「見失うな」


報告書は、机に戻された。


名前のない介入。

切られなかった判断。


均衡は、

静かに“違和感”を覚え始めていた。


蒼衡の臨時拠点は、簡素だった。


地図と記録板。

剣と魔導具。

そして、判断の痕跡だけが残る部屋。


「……以上が、現場の全記録です」


報告を終えた部下が一歩下がる。


セイン=ヴァルクスは、黙っていた。


机の上に置かれた地図。

赤い印も、警告線も、すべて消されている。


「被害、ゼロ」


低く呟く。


「切断判断、未実行」


指で地図をなぞる。


「……ありえない」


隣で、リィネが静かに口を開いた。


「ありえない、では済みません」


「現実に起きています」


「だからこそ、問題だ」


セインは、目を閉じる。


「判断を下さずに、

 事態が収束した」


「それは――」


言葉を選ぶ。


「我々の役割を否定している」


リィネは、即座に否定しなかった。


「否定ではありません」


「ただ、

 “必要とされなかった”だけです」


沈黙。


その言葉は、刃より重い。


「……レイン・アルヴェルト」


セインは、名を口にした。


「敵ではない」


「だが」


視線を上げる。


「味方でもない」


リィネが、静かに頷く。


「管理できない存在」


「それだけで、

 十分に厄介です」


「切るべきか?」


「今は、切れません」


即答だった。


「切断理由が成立しない」


「むしろ」


一拍。


「切れば、

 我々が“破壊者”になります」


セインは、苦く笑った。


「……皮肉だな」


「秩序を守るために剣を振るってきた」


「だが今は」


「振るう理由が、

 どこにもない」


しばらく、誰も口を開かなかった。


やがて、セインが立ち上がる。


「監視は続ける」


「だが、介入はしない」


「彼らが次に“選ばせない”なら」


リィネが、静かに続ける。


「その時は、

 世界が動きます」


セインは、短く頷いた。


「……それでいい」


「今は」


地図を畳む。


「彼らが、

 何を守ろうとしているのかを見る」


蒼衡は、動かない。


だが――

目は、確かに向けられていた。


その頃。


レインたちは、街外れの道を歩いていた。


舗装もされていない、ただの獣道。

依頼でも、警戒でもない。


「……なんか」


ミリアが、空を見上げて言う。


「平和すぎて、逆に不安」


「分かる」


リュカが頷く。


「次に何か起きる気配が、

 “起きない形で”残ってる」


エルドは、何も言わなかった。


ただ、盾を背負ったまま、

少しだけ歩幅を調整している。


前に出すぎず、

遅れすぎず。


「……なあ」


不意に、エルドが口を開いた。


「俺たち、

 今、追われてるか?」


ミリアが即答する。


「多分、追われてない」


「でも」


一拍。


「見られてはいる」


レインは、足を止めなかった。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は、反応しない。


敵意も、殺気もない。

判断を迫る因果もない。


「……問題ない」


静かに言う。


「今は」


「切る理由も、

 切られる理由もない」


ミリアが、少し笑う。


「じゃあ」


「しばらくは、

 普通に旅しよ」


「普通?」


「普通」


即答。


「歩いて、食べて、

 面倒ごと来たら対処して」


「……それだけ」


リュカは、少し考えてから言った。


「それが一番、

 世界にとって厄介かもしれませんね」


エルドが、低く笑う。


「盾の出番、減るな」


「いいことじゃん」


ミリアが返す。


「壊れない盾の方が、

 かっこいい」


レインは、空を一度だけ見上げた。


雲は、ゆっくり流れている。


均衡も、管理も、

ここには届いていない。


だが――

確かに、どこかで見られている。


それでも。


今は、歩く。


選ばせないためでも、

壊すためでもなく。


ただ、

並んで進むために。


四人の足音は、

何の妨げもなく、道の先へ続いていった。


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