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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第1章

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理解する者はいらない

その依頼は、最初から嫌な予感がした。


危険度は中。

だが、備考欄に短く書かれた一文が、ミリアの目に引っかかる。


――行動記録が不完全。複数の報告に差異あり。


(……また)


同じだ。

前回と、よく似ている。


魔物の種類も、地形も違う。

だが、“理解されていない違和感”だけが共通している。


ミリアは依頼書から視線を上げ、紅鷹の面々を見た。


ガルドは既に剣を担ぎ、出発の準備を整えている。

リディアは魔力の調整に余念がなく、ルークは退屈そうに欠伸を噛み殺していた。

セシリアは、何も言わない。


(……言うべき、だよね)


喉が、きゅっと締まる。

前回、言おうとして怒鳴られた記憶が、まだ生々しい。


それでも。


(言わなきゃ……同じことになる)


ミリアは一歩、前に出た。


「……あの」


声は小さい。

だが、意識して震えを抑えた。


「この依頼、前回のものと……

 条件が、似ている気がします」


一瞬、空気が止まる。


ガルドが、ゆっくりと振り向いた。


「……それで?」


その視線は冷たい。

だが、まだ怒気はない。


ミリアは息を吸い、言葉を続けた。


「行動記録が不完全、って……

 前提が揺れている可能性が――」


「またか」


ガルドが遮る。

声は低く、苛立ちを含んでいた。


「お前、前もそれ言ってたな」


「……はい。でも――」


「結果は?」


一言で、言葉が止まる。


結果。

それを出す前に、いつも遮られる。


「……出てません」


絞り出すように答えると、ルークが笑った。


「ほらな。雑用の推測なんてそんなもんだ」


リディアも、ちらりと視線を向ける。


「不安なら、後ろに下がってなさい。

 考えるのは、前に出る人間の仕事よ」


ミリアは唇を噛みしめた。


(違う……)


前に出るからこそ、

考えなきゃいけないのに。


現地は、霧が濃かった。


視界が悪く、音も歪む。

魔物の気配が、はっきりと掴めない。


(……条件が、増えてる)


ミリアは足を止めかけて、すぐに思い直す。

止まれば、また怒鳴られる。


魔物が現れたのは、唐突だった。

霧の中から、急に距離が詰まる。


「来るぞ!」


ガルドの声。

即座に前進。


ミリアの胸が、強く脈打つ。


(今じゃない……次の――)


言葉が、出ない。


魔物の動きが、一瞬だけ“沈む”。

前提が、書き換わる前兆。


(……今!)


「ガルドさん、次――」


「黙れ!」


怒声が、霧を裂いた。


次の瞬間、魔物が動いた。

予想よりも、速い。


ガルドの剣が弾かれ、体勢が崩れる。


「……っ!」


ルークが割り込み、衝撃で吹き飛ばされる。

リディアの魔法が遅れ、霧に吸われた。


ミリアは、その場に立ち尽くした。


(……だから)


結果は、分かっていた。


戦闘は、辛うじて勝った。

だが、被害は前回よりも大きい。


誰も、勝利を喜ばない。


野営地で、ガルドが吐き捨てる。


「……無駄に消耗したな」


その言葉が、ミリアの胸に突き刺さる。


(無駄じゃない……)


無駄にしたのは、

理解を捨てたことだ。


ミリアは、焚き火を見つめながら、強く思った。


(……このままじゃ)


このパーティは、必ず同じことを繰り返す。

そして――

理解しようとする者から、切り捨てられる。


それが、ここでの“正解”だから。


夜営地の空気は、冷え切っていた。


焚き火は燃えている。

だが、その熱は誰の心も温めていない。


ガルドは地図を広げ、短く息を吐いた。


「……予定より、時間を食ったな」


誰も否定しない。

事実だった。


負傷。消耗。

本来なら不要だったはずの休憩。


「次の依頼、受け直しだ」


ガルドの声は淡々としている。

苛立ちも怒鳴りもない。


それが、逆に怖かった。


ミリアは焚き火の向こうで、静かに座っていた。

視線は下。だが、耳はすべてを拾っている。


「原因は、はっきりしてる」


ガルドが言う。


「戦闘中に、判断が揺れた」


ルークが頷いた。


「確かにな。

 あの場面、ガルドが一瞬迷った」


ミリアの指先が、わずかに震えた。


(……違う)


迷ったのは、

自分の声が届かなかったからだ。


だが、その言葉は口に出せない。


リディアが腕を組み、冷たく言う。


「前線で判断が割れるのは致命的よ。

 特に、余計な声が入るとね」


その視線が、ミリアに向けられる。


一斉に、空気が収束した。


「……ミリア」


ガルドが名を呼ぶ。

それだけで、胸が跳ねる。


「お前、戦闘中に何度も声を出そうとしたな」


「……はい」


小さく答える。


「理由は?」


ミリアは、一瞬だけ迷った。

だが、逃げなかった。


「魔物の行動前提が……

 一定じゃありませんでした」


焚き火が、ぱちりと爆ぜる。


「前提が揺れていたので、

 次の動きが――」


「それで?」


ガルドの声が、被せる。


「結果は出たか?」


その問いは、もう答えを求めていない。


ミリアは、俯いた。


「……いいえ」


「だろうな」


ガルドは、淡々と結論を下した。


「つまり、お前の判断は“未検証”だ」


ミリアの胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「俺たちは、前線で戦っている。

 未検証の仮説を聞く余裕はない」


ルークが、どこか楽しげに口を挟む。


「そうそう。

 雑用の推測で命張るほど、俺ら暇じゃないし」


リディアも頷く。


「結果が出てから言いなさい。

 それまでは、余計な口出しは不要よ」


ミリアは、何も言えなかった。


言えば、また「結果は?」と聞かれる。

そして、今と同じ場所に戻る。


(……詰んでる)


この場では、

理解しようとすること自体が罪だった。


ガルドは地図を畳み、立ち上がった。


「決めた」


全員の視線が集まる。


「次の依頼から、

 ミリアは後方支援から外す」


ミリアの呼吸が、一瞬止まる。


「足手まといだとは言わない」


ガルドは続ける。

それが、最も残酷だった。


「だが、判断を乱す存在は要らない」


“要らない”。


その言葉が、胸に落ちる。


「……以上だ」


決定。

議論はない。


セシリアは、何か言いかけて、口を閉じた。

その沈黙が、全てだった。


ミリアは、焚き火を見つめたまま動けない。


(……同じだ)


理解しようとする者が、

最後に切り捨てられる。


ここには、居場所がない。


彼女はまだ知らない。

その“論理”が、

すでに別の場所で完全に否定されつつあることを。


夜が明ける前、ミリアは一人で荷をまとめていた。


音を立てないように。

誰にも気づかれないように。


とはいえ、逃げるつもりはなかった。

これは“決定”だ。昨夜、すでに下された。


「……はぁ」


小さく息を吐き、手を止める。

指先が、微かに震えていた。


(分かってた……)


ここでは、理解する者は不要。

結果を急ぎ、力で押し切れる者だけが残る。


自分は違う。

それだけの話だ。


焚き火の跡で、ガルドが待っていた。


「……もう分かってるな」


問いではない。

確認でもない。


ミリアは、静かに頷いた。


「今日で終わりだ。

 荷をまとめて、街に戻れ」


淡々とした口調。

情は、ない。


「報酬は、ここまでの分を渡す」


そう言って、小さな袋を差し出す。

最低限。文句は言えない。


ミリアは、袋を受け取り――少しだけ迷ってから、口を開いた。


「……一つだけ、いいですか」


ガルドが、眉をひそめる。


「魔物の前提が揺れていました。

 昨日も、その前も……」


最後のチャンスだと、分かっていた。

それでも、言わずにはいられなかった。


「もし、条件を整理して――」


「終わった話だ」


ガルドは即座に遮った。


「結果が出ていない以上、

 それは“雑音”だ」


その一言で、全てが終わる。


ミリアは、何も言えなくなった。


街へ戻る道は、思ったより長かった。


一歩進むたび、胸の奥が少しずつ軽くなる。

同時に、何かが抜け落ちていく感覚もあった。


(……悔しい)


それが、正直な気持ちだ。


自分は間違っていなかった。

でも、証明する場がなかった。


(……でも)


足を止め、空を見上げる。

朝焼けが、滲んでいる。


(あの人も……きっと、同じだった)


名前も顔も知らない。

でも、確かに“いた”。


理解しようとして、切り捨てられた誰か。


ミリアは、拳を握りしめた。


(……終わらせない)


ここで折れたら、本当に無意味になる。

理解すること自体を、否定したくない。


同じ頃。


別の街で、レインはギルドの依頼書を見つめていた。


――前提不明。

――単独討伐失敗報告あり。

――対処可能者、急募。


(……来たか)


視線を細める。

条件が揃い始めている。


レインは、魔導書を胸に抱いた。


核心章は、まだ完全ではない。

だが、“使う理由”は、十分すぎるほどだ。


(次は……逃げない)


理解する者が切り捨てられる世界を、

放っておく理由はない。


レイン・アルヴェルトは、依頼書を剥がした。


それが、

再会と復讐へ繋がる、最初の一歩だとは――

まだ誰も知らない。


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