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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第6章

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静かな成功

事件は、本当に小さなものだった。


街道沿いの小さな集落。

市場が立つはずだった広場で、

数人の住民が言い争っている。


原因は単純だ。


「順番が違う」

「こっちが先だ」

「いや、昨日も我慢した」


――判断を急がせる類の衝突。


「……魔物じゃないね」


ミリアが、小さく呟く。


「剣、抜かなくていいやつだ」


「抜いたら負けるやつでもある」


レインは、足を止めたまま答えた。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は動いている。

だが、即座に結論を出さない。


(被害:なし)

(危険度:低)

(分岐点:感情)


「……リュカ」


「うん、見えてる」


リュカは、すでに配置を読んでいた。


争っている三人。

周囲で見ている五人。

一人が声を荒げれば、

全員が“どちらかを選ばせる側”に回る。


「ここ、前線はいらない」


ミリアが一歩出かけて、止まる。


(……立たない)


代わりに、

広場の端に立つだけ。


踏越位オーバー・ライン》は使わない。

だが、自然と視線が集まる位置。


「……?」


争っていた一人が、気づいて声を落とす。


「なんだ、あの人」


それだけで、空気が一段落ちる。


エルドは、さらに遅れて前に出た。


盾を構えるが、

誰の前にも立たない。


ただ、

住民たちと争いの中心の“間”に立つ。


「……」


誰も攻撃していない。

だが、

“越えてはいけない線”が生まれた。


「……あ」


リュカが小さく息を吸う。


(判断が、まだ来てない)


(だから、受け止める必要もない)


レインは、ようやく口を開く。


「……急がなくていい」


声は低く、

だが、よく通る。


「誰も、

 今すぐ決めろとは言ってない」


「でも……」


一人が反論しかけて、言葉に詰まる。


“決めなきゃいけない理由”が、

そこにはないことに気づいたからだ。


沈黙。


それは、

選択が奪われた沈黙ではない。


ただの間。


やがて、

別の住民が口を開く。


「……じゃあ、

 順番、明日で決め直すか」


「そうだな」


誰かが頷く。


怒号は消え、

市場の準備が再開される。


「……終わった」


ミリアが小声で言う。


「剣、いらなかったね」


「前線も」


「盾も」


レインは、静かに答える。


「判断が、

 生まれなかったから」


その時。


少し離れた建物の影で、

一人の男が、その光景を見ていた。


記録用の魔導具。

簡素な服装。

だが、視線は鋭い。


(……切らなかった)


(なのに、

 混乱が拡大していない)


男は、眉をひそめる。


(蒼衡なら、

 区域指定で終わらせていた)


(英雄なら、

 声か力で押さえた)


(だが――)


(あれは、

 判断を発生させていない)


記録用の魔導具に、

短く刻む。


――

「対象:例外的介入」

「結果:被害ゼロ」

「要因:不明(強制なし)」


男は、深く息を吐いた。


(……厄介だ)


一方。


レインたちは、

すでにその場を離れている。


「……ねえ」


ミリアが、少し照れくさそうに言う。


「今の、

 成功でいいんだよね?」


「うん」


リュカが答える。


「誰も、

 選ばされなかった」


エルドは、

盾を背負い直しながら言った。


「……守る前に、

 終わったな」


レインは、空を見上げる。


模写理解アナライズ・コピー》は、

何も拾っていない。


だが――


それでいい。


「……これが、

 正解の一つだ」


誰も拍手しない。

誰も感謝しない。


それでも確かに、

街は壊れなかった。


修行の成果は、

静かに、しかし確実に現れ始めていた。


その記録は、異常だった。


被害ゼロ。

拘束ゼロ。

武力行使ゼロ。


にもかかわらず――

混乱が自然消滅している。


「……ありえない」


管理庁外縁区画。

簡素な執務室で、男は呟いた。


机の上には、

魔導記録具から転写された簡易報告。


・介入者:四名

・武装:確認(未使用)

・市民衝突:自然解消

・強制措置:なし


「区域指定もなし。

 警告もなし。

 威圧もなし……」


指で報告書を叩く。


「それで、

 なぜ収束する?」


隣に立つ女が、静かに答える。


「数値が合いません」


彼女は、蒼衡に近い立場の調整官だった。


「通常、

 感情衝突は放置すれば拡大します」


「選択肢を与えれば、

 必ず“選ばされる側”が生まれる」


「ですが――」


視線を、別の資料へ。


「この事例では、

 判断そのものが発生していません」


男は、眉をひそめた。


「……判断が、

 発生しない?」


「はい」


女は淡々と続ける。


「争点が、

 “今決めなければならない理由”を

 失っています」


「結果として、

 誰も切られず、

 誰も救われていない」


「……なのに、

 混乱は終わった」


沈黙。


それは、

管理側にとって最も理解しがたい結果だった。


「蒼衡なら」


男が、低く言う。


「区域を定め、

 選択肢を提示し、

 切る」


「英雄なら」


女が続ける。


「威圧、もしくは説得で、

 場を収める」


「だが、これは――」


男は、報告書を睨みつける。


「どちらでもない」


「……危険ですね」


女の声に、わずかな感情が混じる。


「この方法は、

 再現できません」


「数値化できない。

 手順化もできない」


「それなのに、

 成功している」


男は、深く息を吐いた。


「“管理できない成功”か」


その言葉は、

ほとんど独り言だった。


「放置しますか?」


女が問う。


「いいや」


即答。


「監視は続ける」


「だが――」


一拍置く。


「手出しはするな」


女が、意外そうに目を上げる。


「理由は?」


「理由が分からないからだ」


男は、静かに言った。


「理由が分からない介入に、

 力で触れれば――」


「次は、

 壊れる」


女は、ゆっくりと頷いた。


「……了解」


報告書は、棚に収められる。


分類名は、

既存のどれにも当てはまらない。


「非管理型介入」

「再現不可」

「要経過観測」


一方、その頃。


当の本人たちは、

すでに次の野営地へ向かっていた。


「……さっきのさ」


ミリアが、歩きながら言う。


「正直、

 拍子抜けだった」


「剣も抜いてないし」


「でも」


エルドが、静かに続ける。


「盾も、

 振るわなかった」


リュカが、少し笑う。


「それが、

 一番の成果かもね」


レインは、

少しだけ歩みを緩めた。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は、

静かだ。


模写理解アナライズ・コピー》も、

反応しない。


だが――


それでいい。


「……今のは、

 成功でも失敗でもない」


レインは言った。


「“確認”だ」


「確認?」


ミリアが首を傾げる。


「僕らのやり方が」


リュカが、言葉を継ぐ。


「世界にとって、

 どれだけ異物か」


エルドは、

盾を背負い直した。


「……異物でもいい」


「誰かを切るよりは」


レインは、小さく頷いた。


「うん」


「だから、

 次はもう少し難しい」


その先に、

街道が続いている。


世界はまだ、

選ばせたがっている。


それを壊す者たちは、

静かに歩き続けた。



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