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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第6章

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立ち位置を学ぶ者たち

古文書のページをめくる音だけが、小屋の中に響いていた。


風はある。

だが、外の世界とは切り離されたような静けさだった。


「……文字、多くない?」


ミリアが早々に音を上げる。


「技名が出てこない。

 構えもない。

 ずっと“判断”“配置”“責任”って……」


「それが古代書だ」


レインは淡々と答える。


「当時は、

 “技”より先に

 “立ち位置”を決めてた」


「……面倒くさい時代だなあ」


ミリアはそう言いながらも、

ページを閉じようとはしなかった。


その隣で、

リュカはすでに三冊目に入っている。


「……なるほど」


指で文字をなぞりながら、低く呟く。


「これ、

 戦場を一つの面として見てない」


「層だ。

 前線、退路、心理、時間」


「全部、

 同時に存在する前提で書いてある」


レインは一瞬だけ視線を上げ、

小さく頷いた。


「だから、

 今の戦い方だと足りない」


「足りない?」


「壊せるけど、

 残せない」


その言葉に、

ミリアの動きが止まる。


「……残す?」


「街とか。

 人とか。

 判断の余地とか」


ミリアは、

少し考えてから舌打ちした。


「難易度、高すぎ」


「だから修行」


一方で。


部屋の端、

エルドは壁際に立ったまま動かなかった。


本は開いている。

だが、視線は文字ではなく、

床に落ちている。


「……なあ」


低い声。


「これ、

 読めば強くなるのか?」


ミリアが即答する。


「ならない」


「え、即答?」


「多分だけど」


ミリアは肩をすくめる。


「“強くなる前提”で読んだら、

 意味ないやつだよ、これ」


エルドは黙る。


代わりに、

盾を構えた。


「……じゃあ」


静かに言う。


「俺は、

 耐える練習をする」


「?」


レインが、初めてエルドを見る。


「選ばれる側がいるなら」


「選ぶ側も、

 迷う」


「その迷いが、

 前線に来た時」


盾を、しっかりと床に据える。


「俺が、

 受ける」


空気が、わずかに落ち着いた。


戦場演算バトル・カリキュレーター》が、

無意識に反応する。


(……場が、安定してる)


(数値じゃない)


(“余白”だ)


リュカが、ゆっくり顔を上げる。


「……なるほど」


「これ、

 配置じゃない」


「役割の重なりだ」


ミリアが、にやっと笑う。


「なんか、

 パーティっぽくなってきた?」


「まだ」


レインは否定する。


「噛み合ってない」


「でも」


一拍、置く。


「噛み合う前段階には、

 来てる」


その瞬間。


――外で、微かな音。


風とは違う。

獣でもない。


「……誰かいる」


ミリアが即座に立ち上がる。


「街の追手?」


「違う」


リュカが首を振る。


「足音が、

 迷ってない」


レインは、本を閉じた。


「……来たね」


「次の“厄介事”が」


小屋の外で、

何者かが立ち止まる気配。


修行は、

まだ始まったばかりだ。


だが――

世界は、待ってくれない。


小屋の外に立っていたのは、思っていたよりも“普通”の存在だった。


旅装束。

武器は腰の短剣一本。

年の頃は二十代半ば。


だが――

足運びに無駄がない。


「……失礼」


扉の外から、控えめな声。


「ここに、

 人がいる気配がした」


ミリアが即座に前に出る。


踏越位オーバー・ライン

――だが、踏み込まない。


ただ、立ち位置を取る。


「用件は?」


「街の方で、

 少し騒ぎがあってな」


男は、レインを見る。


「あなたたちだろ?

 管理区域を壊したのは」


空気が、一瞬だけ張り詰めた。


リュカが、男の足元を見る。


(……逃げ道を確保してる)


(でも、踏み込む気はない)


「噂が早いね」


レインは否定しない。


「それで?」


男は、少しだけ言葉を選んだ。


「俺は、

 依頼を持ってきたわけじゃない」


「忠告でもない」


一拍。


「確認だ」


ミリアが眉をひそめる。


「確認?」


「街が一つ、

 “管理から外れた”」


男は淡々と言う。


「それを嫌う連中がいる」


「蒼衡とは、

 別口だ」


レインの視線が、鋭くなる。


戦場演算バトル・カリキュレーター》が、

男の言葉を分解する。


(……監査じゃない)


(でも、

 監査に近い)


「君は?」


レインが問う。


男は、少し苦笑した。


「俺はただの伝達役だ」


「でも」


視線を、エルドに向ける。


「その盾……

 あんた、新しく入ったな」


エルドは、

即答しなかった。


代わりに、

盾を床に立てる。


「……まだだ」


「でも」


一歩、前に出る。


「立つ場所は、

 ここだと決めた」


男は、その姿をじっと見た。


「……なるほど」


「だから、

 場が安定してるのか」


ミリアが、ぼそっと言う。


「この人、

 見える人だ」


「見えるだけ」


男は否定する。


「俺は、

 止める力を持たない」


「だから、

 伝える」


「次に来るのは――」


そこで、

男は言葉を切った。


「判断を、

 “奪う”連中だ」


「蒼衡みたいに

 理屈で切るんじゃない」


「感情と恐怖で、

 選ばせる」


リュカが、静かに息を吐く。


「……一番、厄介ですね」


「そうだ」


男は頷く。


「だから、

 今のままだと――」


視線を、レインに戻す。


「壊せるが、

 守れない」


沈黙。


レインは、すぐには答えなかった。


代わりに、

古文書を一冊、閉じる。


「……修行は正解だったね」


ミリアが、少し笑う。


「タイミング、

 最悪だけど」


男は、踵を返した。


「俺の役目は、

 ここまでだ」


「次に会う時は――」


一瞬、振り返る。


「敵かもしれない」


そう言い残し、

足音は森に消えた。


小屋に、

再び静寂が戻る。


「……来たね」


ミリアが呟く。


「“選ばせ方”が違うやつ」


リュカは、手元の古文書を見つめる。


「……今のままだと」


「レインの演算は、

 僕らには早すぎる」


「ミリアの前線は、

 孤立しやすい」


視線を、エルドへ。


「エルドは、

 受け止めすぎる」


エルドは、

静かに頷いた。


「分かってる」


「だから――」


盾を、もう一度構える。


「学ぶ」


レインは、

全員を見回した。


「じゃあ」


静かに告げる。


「次は、

 技を覚える修行じゃない」


「立ち位置を、

 選び直す修行だ」


古文書が、

再び開かれる。


未完成の技。

未整理の役割。

そして、

迫り来る次の歪み。


修行は、

本当の意味で始まった。


小屋に残ったのは、紙の擦れる音だけだった。


誰もすぐには口を開かない。


外から来た男の言葉が、

それぞれの中で、別の形に沈んでいく。


「……“壊せるが、守れない”か」


最初に口を開いたのは、ミリアだった。


冗談めかした調子ではない。


「言い方ムカつくけど、

 当たってるのが余計ムカつく」


リュカは、古文書を閉じずに言う。


「壊す速度と、

 共有する速度が合ってない」


「レインの判断は正しい。

 でも――」


視線を上げる。


「僕らが“理解する前”に進んでる」


レインは反論しなかった。


否定も、言い訳もしない。


「……うん」


短く、それだけ答える。


戦場演算バトル・カリキュレーター》は、

今も動いている。


だが、あえて結果を口にしない。


(正解は出る)


(でも――

 それを使うと、

 選択が一つになる)


エルドは、盾を立てたまま動かなかった。


しばらくして、低く言う。


「俺は……」


言葉を探す。


「“受け止める”って、

 攻撃を受けることだと思ってた」


「でも違うな」


盾の縁を、ゆっくりなぞる。


「迷いが来る前に立つと、

 受け止める意味が消える」


ミリアが、はっとする。


「……だから、

 さっき場が落ち着いたのか」


「選択が、

 まだ生まれてなかった」


リュカが、静かに頷いた。


「全員、

 早すぎるんだ」


「前に出るのも、

 読むのも、

 守るのも」


沈黙。


それは、失敗の沈黙ではない。


方向が見えた沈黙だった。


レインは、古文書を一冊まとめて閉じる。


「……修行内容、変更しよう」


ミリアが顔を上げる。


「座学から?」


「座学だけど、

 読む順番を変える」


リュカを見る。


「まず、

 “結果”を読む」


「次に、

 “責任”」


最後に、エルドへ。


「“受け止める理由”は、

 一番最後でいい」


エルドは、少しだけ驚いた顔をしたあと、

ゆっくり頷いた。


「……逃げない理由を、

 先に決めると、

 盾が重くなる」


「だから、

 後でいい」


ミリアが、ふっと笑う。


「なるほどね」


「前線も、

 “出る理由”を決めないと、

 確定しないわけだ」


レインは、静かに締める。


「この修行は――」


「強くなるためじゃない」


「遅くなるための修行だ」


誰も、反論しなかった。


外の世界は、待ってくれない。


だが今は、

踏み出す前に、

立ち位置を揃える必要がある。


古文書のページが、

再び、ゆっくりとめくられる。


修行は、

ようやく“噛み合う方向”を見つけた。


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