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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第6章

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英雄視点

街は、静かだった。


それが一番、嫌な静けさだった。


崩れた石畳。

半壊した露店。

まだ完全には戻らない人の流れ。


戦闘は終わっている。

だが――

判断の痕跡だけが、そこかしこに残っていた。


「……やっぱりな」


街道の入口で立ち止まり、

ヴァルハルト=レオンは低く呟く。


大剣を背負ったまま、

彼は辺りを見渡した。


魔力の残り香。

剣圧の爪痕。

そして――


(これは……)


一歩踏み出した瞬間、

ヴァルハルトは確信した。


(英雄が割り込める戦場じゃなかった)


もし自分がここにいたら。

もし力で止めていたら。


街は守れたかもしれない。

だが――


人は、選べなかった。


「……厄介な連中だ」


誰にともなく吐き捨てる。


その時。


「その言い方、ひどくないですか」


背後から、落ち着いた声。


振り返ると、

そこに三人が立っていた。


剣を収めたミリア。

静かに周囲を見ているリュカ。

そして――


中心に立つ、レイン。


ヴァルハルトは、

一瞬だけ目を細めた。


(こいつが……)


噂は聞いている。

管理を壊す後衛。

選択を奪わない異端。


だが、実際に見ると――


(思ったより、普通だな)


レインは、英雄を見上げる。


警戒も、挑発もない。

ただ、事実としてそこにいる。


「止めに来たわけじゃない」


ヴァルハルトは先に言った。


「もう終わってる」


ミリアが、少し肩の力を抜く。


「ですよね。

 さすがに今さら来られても困ります」


「だろうな」


苦笑。


「正直に言う」


一歩、近づく。


「俺が割り込んでたら、

 この街は壊れてた」


ミリアが、目を見開く。

リュカも、わずかに息を止めた。


レインだけが、

何も言わない。


「お前らは――」


ヴァルハルトは、

三人を順に見る。


「ギリギリの場所で、

 踏みとどまった」


それは評価だった。


だが同時に、

警告でもある。


「次は、

 そうはいかん」


ミリアが即座に返す。


「分かってます」


「分かってるから、

 怖いんだよ」


ヴァルハルトは、

レインを見る。


「お前、

 あの力……」


言葉を選ぶ。


「使えば、

 全部終わらせられたな」


「はい」


レインは、素直に頷いた。


「でも」


少しだけ、間を置く。


「終わらせるって、

 壊すことでもあるので」


その言葉に、

ヴァルハルトは息を吐いた。


「……やっぱり、厄介だ」


剣を持つ者でも。

魔法を極めた者でもない。


だが――

判断を壊せる奴。


英雄にとって、

一番扱いづらい。


「忠告だ」


ヴァルハルトは、

真剣な声で言う。


「お前らのやり方は、

 遅効性だ」


「今は助かる。

 だが――」


空を仰ぐ。


「世界は、

 もっと雑に動いてる」


リュカが、静かに問い返す。


「それでも、

 止める気はないんですね」


「ああ」


即答。


「止める権利は、

 俺にはない」


英雄は、

大剣に手をかける。


「ただし」


最後に、低く言う。


「次に街が壊れそうになったら、

 俺は力で止める」


ミリアが、少し笑った。


「その時は、

 その前で止めます」


ヴァルハルトは、

一瞬だけ笑い返す。


「……言うじゃねぇか」


そして、踵を返した。


「精々、

 壊れないようにやれ」


英雄は去っていく。


残された三人のもとに、

再び街の音が戻り始める。


「……重たい人でしたね」


ミリアが言う。


「でも」


リュカが続ける。


「逃げなかった」


レインは、

遠ざかる背中を見ていた。


模写理解アナライズ・コピー》は、

まだ沈黙したままだ。


だが――


次に拾う歪みは、

もっと大きい。


「行こう」


レインが言う。


「次は、

 準備がいる」


三人は歩き出す。


英雄に警告され、

それでも進む覚悟を抱いて。


世界はまだ、

選ばせたがっている。


それを壊すために――。


街は、表向きは落ち着きを取り戻していた。


封鎖は解除され、

市場は再開され、

人々は「助かった」という言葉を、遅れて口にし始めている。


だが――

空気は、確実に変わっていた。


「……あの時さ」


露店街を歩きながら、

ミリアがぽつりと言う。


「私たちが来なかったら、

 どうなってたんだろ」


「拘束されてた」


リュカが即答する。


「運が良ければ、

 全員生きて」


一拍、置く。


「運が悪ければ、

 “例外処理”」


ミリアは顔をしかめた。


「……それを、

 正解って顔でやるんだよね、蒼衡」


「正確には」


レインが補足する。


「“間違いじゃない”って顔」


歩きながら、

視線を街の構造へ走らせる。


封鎖に使われていた柵。

視線誘導用の布。

一見すると安全対策にしか見えない配置。


(全部、

 “切る前提”だ)


《戦場演算バトル・カリキュレーター》が、

もはや戦闘ではなく、

社会配置として街を解析している。


「……怖いな」


ミリアが呟く。


「力がなくても、

 ああいうやり方はできる」


「むしろ」


リュカが静かに言う。


「力があるから、

 正しいと思える」


三人は、

一度足を止める。


広場の端。

瓦礫は片付けられ、

何事もなかったように人が行き交っている。


だが、

そこに立っていた市民たちは覚えている。


“選ばされた”感覚を。


「……ねえ、レイン」


ミリアが振り返る。


「さっきの英雄――

 ヴァルハルトさん」


「うん」


「止めなかったね」


レインは、少し考える。


「止められなかったんだと思う」


「え?」


「力で止めたら、

 蒼衡と同じになる」


言葉は淡々としている。


「英雄は、

 街を守れる」


「でも」


視線を上げる。


「“選ばせる”のを壊せるのは、

 英雄じゃない」


リュカが、

ゆっくりと頷いた。


「だから、

 あの人は引いた」


「……責任、重すぎ」


ミリアが肩をすくめる。


その時。


通りの向こうで、

小さな騒ぎが起きた。


「おい、

 あそこ……」


人だかり。


三人が近づくと、

壊れた露店の前で、

一人の男が膝をついていた。


体格はいい。

背中に大きな盾。

だが、その盾は――

無数の亀裂が入っている。


「……」


レインの視線が、

自然とその盾に向く。


(受けすぎだ)


(壊れるまで、

 下げなかった)


男は、

周囲の声にも反応せず、

黙って瓦礫を片付けている。


「自分の店じゃないのに、

 手伝ってるんだ」


ミリアが小声で言う。


「……盾役だな」


リュカも気づいた。


男は、

誰かに命じられたわけでもなく、

ただそこにいる。


守る場所がなくなっても、

立ち続けるタイプ。


(……歪みはない)


模写理解アナライズ・コピー》は、

まだ沈黙したまま。


だが、

別の感覚が引っかかる。


(“耐える構造”)


(……まだ、

 言語化されてない)


レインは、

その男から視線を外す。


「……今はいい」


「修行が先だね」


ミリアが即座に理解する。


「うん」


レインは頷く。


「次に備えないと」


蒼衡。

英雄。

そして――

街そのもの。


世界は、

次の判断を待っている。


「行こう」


三人は、

街を離れる。


背後で、

盾の男が一瞬だけ顔を上げ、

去っていく背中を見ていたことを、

彼らはまだ知らない。


――修行は、

必要になった。


力のためじゃない。


壊さずに済む範囲を、

 正確に知るために。



夜が明けきる前、三人は街を離れていた。


壊れた石畳。

管理区域から外れた旧街道。


人の流れが消えた先に、

崩れかけの石造りの小屋が一つだけ残っている。


「……ここ?」


ミリアが足を止める。


「本当に、

 こんなとこに“修行”の場所が?」


「人が来ない」


レインは、それだけ答えた。


扉を押すと、

古い木材が軋む音。


中は、想像以上に静かだった。


壁沿いに積まれた古文書。

整然とはしていないが、

意図的に放置された配置。


「……うわ」


ミリアが顔をしかめる。


「読む気、削がれる量なんですけど」


「削がれる前提」


レインは、すでに一冊を手に取っていた。


表紙も署名もない。

だが、文字列は異様なほど整っている。


「古代戦術書。

 でも――」


リュカが覗き込む。


「……技じゃないですね」


「うん」


レインは頷く。


「これは、

 “どう戦うか”じゃない」


「“どう場に立つか”だ」


その時。


――外で、重い足音。


三人同時に、視線が向く。


扉の前に立っていたのは、

一人の男だった。


大きな塔盾を背負い、

剣はない。


傷だらけの鎧。

だが、姿勢だけは崩れていない。


「……あ」


ミリアが小さく声を漏らす。


「さっきの街で、

 市民を庇ってた人」


男は、一歩だけ中に入り、

だが距離を保ったまま立ち止まった。


「……追ってきたつもりはない」


低く、落ち着いた声。


「ただ、

 気づいたらここにいた」


レインは、黙って男を見る。


模写理解アナライズ・コピー》は、

何も反応しない。


だが――

“場”が、わずかに安定している。


「名前は?」


リュカが問う。


「エルド=グレイヴ」


男は、盾に手を置いたまま答える。


「……盾士だ」


「剣は?」


「使わない」


ミリアが眉をひそめる。


「冒険者で?

 それ、だいぶ縛りプレイじゃない?」


エルドは、少しだけ間を置いた。


「切る判断を、

 他人に押し付けられたことがある」


その言葉で、

空気が変わった。


「前のパーティでな」


続ける声は、静かだ。


「“犠牲が必要だ”と言われた」


「選ばされたのは、

 俺じゃない」


「でも、

 止めなかったのは俺だ」


沈黙。


ミリアは、口を噤む。


リュカは、

地面に視線を落とした。


エルドは、レインを見る。


「……あんたたちが、

 街でやってたこと」


「見てた」


「切らなかった」


「守ろうとした」


「……いや」


首を振る。


「“選ばせようとした”」


レインは、

否定もしなければ肯定もしなかった。


「だから?」


エルドは、盾を下ろし、

その場に置いた。


――ゴトン。


重い音。


「俺は、

 選ばせない役がやりたい」


「選ぶのは、

 あんたたちでいい」


「俺は、

 その結果を受ける」


「逃げ道がない場所に、

 立つ」


ミリアが、小さく息を吐く。


「……重っ」


「でも」


少しだけ笑う。


「嫌いじゃない」


レインは、

棚から一冊の古文書を取った。


そして、

エルドの前に置く。


「これは、

 受け止める側の本だ」


「盾の技じゃない」


「“後悔を引き受ける”ための書」


エルドは、

ゆっくりとそれを受け取った。


「……読めるか?」


「分からない」


正直な答え。


「でも」


盾を構える。


「立つことならできる」


その瞬間。


床に、微かな波紋。


何も起きていない。

だが――


“場”が、

確かに安定した。


リュカが、息を呑む。


「……配置が、

 落ち着いた」


ミリアが、目を細める。


「盾役っていうより……」


「“判断の重さ”を受ける人だね」


レインは、静かに言った。


「……じゃあ」


本を三冊、置く。


「修行に入ろう」


ミリアが即座に抗議する。


「え、今から?」


「座学」


「殴らない?」


「殴らない」


「……地獄」


それでも、

誰もその場を離れなかった。


ここには、


切る者がいて、

読む者がいて、

前に出る者がいて、

そして――

受け止める者が立った。


夜が、完全に明ける。


古文書の文字が、

朝の光に照らされ、

静かに浮かび上がる。


――選択を壊す者たちは、

今度は“選び方”を学び始める。


エルドは、

その中心に、

自然と立っていた。


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