均された結果
報告書は、乾いた紙の音を立てて机に置かれた。
「倉庫街不正干渉事件――処理完了」
件名は簡潔。
感情の入り込む余地はない。
セイン=ヴァルクスは、内容を再確認するでもなく頁をめくった。
数字。配置。行動履歴。
どれも想定通りだ。
「被害総数、最小。
街の機能低下、なし。
再発率、低」
淡々と読み上げる。
向かいに立つリィネ=フォルテが、小さく頷いた。
「帳簿焼却は偶発ではありませんでしたが、
拡大要因は排除済みです」
「排除、という言い方は正確だな」
セインは一瞬だけ、視線を上げる。
「“救えなかった”ではない。
“切った”」
その言葉に、誰も反論しない。
ガラン=ディオルが腕を組んだまま言う。
「街は静かになった。
それで十分だろ」
「十分だ」
セインは即答する。
「秩序は感謝を必要としない」
ユール=セティアが、壁際から軽く手を挙げた。
「ただ一つ、気になる点があります」
「言え」
「今回の件、
“別の介入”がありました」
空気が、わずかに変わる。
「我々が到着する前に、
すでに“流れ”が壊されていた」
「死者なし。
被害も最小。
だが――」
ユールは肩をすくめる。
「やり方が、違う」
セインは、そこで初めて考えるように沈黙した。
「……名前は?」
「不明。
ただし三人組」
「一人は前衛。
一人は後衛。
一人は、場を読むタイプです」
リィネが、静かに付け加える。
「未来分岐の扱いが、
異常に“柔らかい”」
「固定しない。
収束させない。
ただ、壊す」
セインは、報告書を閉じた。
「……非効率だ」
その一言に、ガランが低く笑う。
「だが、
街は救われた」
「結果として、な」
セインは立ち上がる。
「だが世界は、
結果だけで回っているわけじゃない」
「“選ばせない”やり方は、
いつか破綻する」
窓の外、穏やかな街並みを見下ろす。
「人は、
選ばなければならない瞬間が来る」
「そのとき――」
一拍。
「彼らは、どうする?」
答えは出さない。
出す必要もない。
セインは、静かに言った。
「進むぞ。
次の街へ」
「いずれ――」
「必ず、交わる」
その言葉だけが、
確定事項として残った。
次の街は、穏やかだった。
朝の市場には人が集い、露店の呼び声が重なり合う。
争いの気配も、疑いの視線もない。
一見すれば、どこにでもある平和な街だ。
「……静かすぎない?」
ミリアが、小さく言った。
「前の街の後だと、
逆に気になりますね」
リュカは、歩きながら周囲を観察している。
人の流れ。立ち話の位置。
《戦域把握》が、違和感を拾い始めていた。
「……均されてる」
「え?」
ミリアが振り向く。
「事件が起きる前から、
“起きないように”動いてる形だ」
レインは、露店の並びを見ていた。
《模写理解》が拾うのは、
敵意ではなく――判断の痕跡。
(……警戒してる)
(……でも、理由が共有されていない)
「……誰かが、
先に動いてるね」
レインの言葉に、リュカが頷く。
「しかも、
俺たちのやり方じゃない」
三人は、宿に荷を置いた後、街を一周した。
事件はない。
だが、“処理された後”の気配が残っている。
閉じられた倉庫。
移転した露店。
街を離れた数人の名前。
「……人が、いなくなってます」
ミリアが低く言う。
「消えた、というより」
リュカが補足する。
「“切られた”」
その言葉に、ミリアは顔をしかめる。
「……それ、
助けたって言えるんですか」
「言えないな」
リュカは即答する。
「でも、
街は静かだ」
レインは立ち止まった。
《模写理解》が、一つの共通点を浮かび上がらせる。
(……選ばせている)
(……市民自身に、
“必要な判断”だと思わせて)
「……これ」
レインは、静かに言う。
「前の街で、
俺たちが壊したやり方に近い」
「でも」
一拍。
「壊し方が、違う」
ミリアが、拳を握る。
「……気に入らないですね」
「だろうな」
リュカは、苦笑に近い表情を浮かべる。
「正しいことしか、
してないからな」
正しい。
合理的。
被害最小。
否定しづらい。
だが――
レインは、その街の空気をもう一度吸い込んだ。
《模写理解》は、
“起きなかった未来”を拾えない。
(……選ばれなかった人)
(……切られた可能性)
(……もう、ここにはいない)
「……会うかもね」
レインが、ぽつりと言った。
「この街で、
同じことをしてる人たちに」
ミリアが、即座に言う。
「そのときは?」
「話す」
レインは、迷いなく答える。
「……分かり合えなくても」
リュカは、遠くの通りを見つめた。
「いや」
「分かり合えないからこそ、
ぶつかる」
街は、今日も平和だ。
だがその平和は、
誰かの“選択”の上に成り立っている。
それを、
三人はまだ知らない。
そして同じ頃――
この街のどこかで、
別の冒険者パーティもまた、
“正しい仕事”を終えようとしていた。
夜、宿の窓から街を見下ろすと、灯りは規則正しく並んでいた。
騒ぎもなく、怒号もない。
静かで、整っている。
「……綺麗ですね」
ミリアが、ぽつりと言う。
「うん」
レインは頷くが、視線は外れない。
《模写理解》が拾うのは、
人の感情ではなく――欠けた部分だ。
(……歪みはない)
(……でも、余白もない)
「……この街」
レインが言葉を選ぶ。
「最初から、
“こうあるべき姿”が決められてる」
リュカは、壁に背を預けたまま言った。
「それを作った奴がいる」
「しかも、
かなり優秀だ」
ミリアは腕を組む。
「敵?」
「まだ分からない」
リュカは即答する。
「少なくとも、
悪意だけで動いてない」
それが、厄介だった。
そのとき――
通りの向こうで、短い悲鳴が上がった。
三人は、同時に立ち上がる。
現場は、路地裏。
倒れているのは、商人風の男。
大きな怪我はないが、顔色が悪い。
「……恐喝?」
ミリアが周囲を警戒する。
「いや」
リュカが首を振る。
「争った形跡が、ない」
レインは、男の手を見た。
震えが、もう止まっている。
(……判断された)
(……ここに“いてはいけない”と)
「……助けます」
ミリアが一歩踏み出そうとした、その瞬間。
「――待て」
低い声が、路地の奥から響いた。
影の中から、四人の人影が現れる。
統率された歩き方。
無駄のない配置。
ミリアが、息を呑む。
「……あ」
レインも、理解した。
(……同時に来た)
(……同じ事件を、
別の結論で追ってる)
前に出た男が、淡々と告げる。
「その男には、
これ以上関わるな」
「街の秩序を乱す要因だ」
ミリアの目が、鋭くなる。
「……それ、
あなたが決めることですか」
男は答えない。
代わりに、一歩だけ前に出る。
その動きで、
リュカは確信した。
(……こいつら)
(……蒼衡)
セイン=ヴァルクスは、
初めてレインを正面から見た。
一瞬だけ、視線が交わる。
何も言わない。
だが――
互いに分かってしまった。
(……壊す側)
(……均す側)
レインが、静かに口を開く。
「……理由を、聞かせてもらえますか」
セインは、短く答えた。
「必要ない」
「すでに、
最適解は出ている」
ミリアの手が、剣にかかる。
リュカは、一歩横に立つ。
「……なるほど」
「これは、
話が長くなりそうだ」
路地裏の空気が、張りつめる。
まだ、剣は抜かれていない。
だが――
次に言葉を選び間違えれば、
戦いになる距離。
街の灯りは、変わらず穏やかだ。
その下で、
二つの正義が、初めて向かい合った。




