選択は、最初から与えられていなかった
夜の倉庫街は、静かすぎた。
人の気配はある。
だが、それは生活の匂いではない。
――狩る側の沈黙だ。
「……雑ですね」
ミリアが小さく言った。
「隠す気がない。
自分が“管理している側”だと信じ切ってる」
レインは答えず、ただ足元を見る。
石畳に残る足跡。
崩れかけた木箱の配置。
わざと作られた“安全な通路”。
《戦場演算》が、
状況を数式のように分解していく。
(誘導。
包囲。
逃走路は――一つだけ)
「……ここだね」
レインが、倉庫の影に視線を向けた。
その瞬間。
闇の中から、複数の人影が現れる。
数は多いが、動きは揃っていない。
統率がない。
覚悟もない。
「止まれ」
前に出てきた男が、威圧するように声を張り上げる。
「これ以上踏み込めば――」
ミリアが、ため息をついた。
「前線、割るね」
次の瞬間。
《踏越位》。
ミリアの姿が“前線の概念”を越え、
男の目前に現れる。
反応する暇すらない。
《断戦》。
空気ごと切り裂く一撃が、
男の武器と度胸を同時に叩き折った。
「な――」
後衛から魔術が飛ぶ。
だが、レインは一歩も動かない。
《因果遮断》。
術式は発動前に“成立しなかった”。
「……終わりだよ」
淡々とした声。
《認識剥離》。
敵たちは、自分がどこに立っているのかすら理解できなくなる。
最後に、レインは一言だけ告げた。
「君たちは、
最初から“選ぶ側”じゃなかった」
崩れるように、全員が倒れ伏した。
夜は、何事もなかったかのように静まり返る。
倒れ伏す配下たちを前にして、
倉庫の奥から一人の男が姿を現した。
身なりはいい。
武器も持たない。
――だからこそ、分かりやすい。
「……やはり、貴様らか」
声には、まだ余裕があった。
自分が“上”だと信じている声。
「街は選択を求めていた。
均衡か、混乱か。
私は――」
「違う」
レインが、静かに遮った。
「君は“流れを操ってるつもりだった”だけだ」
男の眉が動く。
「何を――」
《戦場演算》。
倉庫、路地、屋根、逃走線。
すべてが“終了条件”として再構築される。
「リュカ」
「了解」
リュカが一歩踏み出す。
《戦域把握(せんいきはあく/バトルフィールド・リード)》。
男の背後にある“退路”が、
ただの壁になる。
「……なにをした?」
ミリアは答えない。
前に出る。
《前線穿断》。
“戦う意思”ごと貫く突進。
男は咄嗟に結界を張ろうとした――
が、成立しない。
《成立破棄》。
「――なっ!?」
理解が追いつく前に、
ミリアの剣は止まっていた。
喉元、数センチ。
「殺さない」
淡々とした声。
「でも」
レインが一歩近づく。
《認識剥離》。
男の視界から、
“自分が特別だという感覚”だけが剥がれ落ちた。
「君は、ただの人だ」
最後に、静かに告げる。
《絶対無効圏・真
(アブソリュート・ゼロ/トゥルー)》
――抵抗の余地は、完全に消えた。
男は膝から崩れ落ちる。
夜風だけが、倉庫街を通り抜けた。
翌朝。
倉庫街の一件は、
「正体不明の不正関与者が拘束された」という
簡素な報告だけを残して終わった。
名前は出ない。
功績も語られない。
だが、街の空気は明確に変わっていた。
「……なんか、静かになりましたね」
ミリアが伸びをする。
「変な視線が消えた」
「配置が崩れたからね」
リュカが淡々と答える。
「“仕掛ける側”が消えた街は、
勝手に均衡を取り戻す」
レインは遠くを見ていた。
《模写理解》は、
もう何も拾っていない。
敵意も、歪みも、
“選ばせる気配”すらない。
「……次、行こっか」
その一言で、三人は歩き出す。
誰にも見送られず、
誰にも感謝されず。
だが確かに、
街は救われた。
そして彼らは、
また別の場所で
同じように“選択を壊す”のだろう。
静かな足音だけを残して――。
数日後。
レインたちが去った街で、
もう一つの「報告書」が提出されていた。
それは、倉庫街で起きた一連の不正干渉を
「秩序維持案件」として処理した記録。
犯人は拘束。
被害は最小。
再発防止策も明記されている。
だが――
そこには、
「排除された関係者数:三名」
という一文が、淡々と記されていた。
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