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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第5章

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選ばせる者、選ばされる街

男が消えた後も、広場の空気は元に戻らなかった。


誰も騒がない。

だが、誰も安心していない。


「……今の、誰?」


「……知ってる人?」


囁き声だけが、波紋のように広がっていく。

それは怒りではなく、不安だった。


ミリアは、剣を握ったまま立ち尽くしている。

構えてはいないが、緊張が完全に抜けたわけでもない。


「……あの人」


低く言う。


「“敵”ですよね」


リュカは、すぐには答えなかった。

広場全体を見渡し、人の配置と視線の流れを確認する。


《戦域把握(せんいきはあく/バトルフィールド・リード)》が示すのは、

“衝突が起きなかった後”特有の歪み。


(……まだ、均されていない)


(……火は消えたが、

 燃えやすくなっている)


「……敵、というより」


リュカは慎重に言葉を選ぶ。


「“選ばせる側”だ」


ミリアが眉をひそめる。


「選ばせる?」


「そう」


リュカは頷く。


「正義か悪か、

 味方か敵か、

 助けるか見捨てるか」


「……全部、

 人に決めさせる」


レインは、男が消えた方向をまだ見ていた。


模写理解アナライズ・コピー》が拾ったのは、

男の言葉そのものより――

言葉を置いた“位置”。


(……あの距離)


(……踏み込めば、

 戦えた)


(……でも、踏み込ませなかった)


「……彼は」


レインが静かに言う。


「ここで争いが起きないことも、

 織り込み済みです」


「むしろ――」


一拍。


「起きない方が、

 都合がいい」


ミリアが、思わず舌打ちする。


「……最悪ですね」


広場の人々が、少しずつ動き始める。

家路につく者。

噂話を続ける者。

何もなかったふりをする者。


だが――

誰もが、同じことを考えている。


(……次は?)


リュカは、ミリアとレインに目配せする。


「……今日は、ここまでだ」


「これ以上ここにいると、

 “前に立ち続ける存在”になる」


それは、仕掛け側の望む形だった。


三人は、広場を離れた。


通りを抜け、建物の影に入ったところで、

ミリアが小さく息を吐く。


「……疲れました」


レインが、ほんの少し笑う。


「……戦ってないのに」


「だからです」


ミリアは肩をすくめる。


「殴った方が、

 分かりやすい」


リュカは、そのやり取りを聞きながら、

街の外れに続く道を見た。


(……相手は、

 “街そのもの”を使う気だ)


(……なら)


(……こちらも、

 “街の外”を使う)


「……今夜」


リュカが言う。


「少し、動く」


ミリアが顔を上げる。


「罠ですか?」


「準備だ」


リュカは短く答える。


「向こうが“選ばせる”前に、

 選択肢を減らす」


レインは、頷いた。


《模写理解》が示す未来は、次の段階に入っている。


(……もう、隠れて観る段階じゃない)


(……相手は、

 “結果”を欲しがっている)


夜の街に、灯りが増えていく。

それは平和の証ではない。


選択を迫られる前触れだった。


夜更けの街で、最初に起きたのは――

事件と呼ぶには、あまりにも小さな出来事だった。


倉庫街の外れ。

古い倉庫の一つで、帳簿が燃えた。


火はすぐに消された。

怪我人もいない。

物的被害も、最小限。


だが、問題はそこではなかった。


「……盗難だ」


翌朝、倉庫の管理人が声を荒らげる。


「帳簿だけが燃やされてる。

 金目のものには、触ってない」


集まった人々が、ざわつく。


「……帳簿?」


「……何の帳簿だ?」


「……取引の、だろ?」


リュカは、人混みの端でそれを聞いていた。

《戦域把握》が示すのは、

“ここから線が伸びる”未来。


(……始まった)


(……狙いは、被害じゃない)


(……“疑い”だ)


ミリアが、低く言う。


「……これ、偶然じゃないですよね」


「偶然なら、

 もっと雑にやる」


リュカは即答した。


「これは、

 疑わせるためだけの火だ」


レインは、焼け跡をじっと見つめる。


模写理解アナライズ・コピー》が拾うのは、

火をつけた者の行動の“癖”。


(……迷いがない)


(……でも、感情もない)


(……命令を遂行しただけ)


(……つまり)


「……実行役は、

 使われています」


レインが言う。


「“何を起こすか”は、

 決められていた」


「でも」


一拍。


「……“誰が疑われるか”は、

 街に委ねられている」


その言葉通り、

人々の視線はすでに動き始めていた。


「……最近、よそ者が多い」


「……冒険者が増えたな」


「……あいつら、

 昨日も広場にいた」


ミリアの拳が、わずかに震える。


「……こっちに向いてますね」


リュカは、首を振らない。


「……向けさせてる」


それが、仕掛け側の狙いだ。


帳簿が燃えただけでは、

誰も断罪できない。


だが――

疑いが溜まれば、

 人は“選ぶ”。


誰を信じ、

誰を疑い、

誰を切り捨てるか。


レインは、街の構造を見渡す。


(……この街)


(……交易が命)


(……帳簿は、

 “信頼の象徴”)


それを壊すことで、

街そのものの基盤が揺れる。


「……次も来ます」


レインが断言する。


「しかも、

 同じ手は使いません」


「……でも、

 必ず“選ばせる”形で」


リュカは、深く息を吸う。


「……止めに入ると」


「俺たちが、

 “疑いの中心”になる」


ミリアが、歯を食いしばる。


「……でも、

 放っておいたら」


「……人が壊れる」


その通りだった。


助ければ、

“肩入れした”と言われる。


助けなければ、

“見捨てた”と言われる。


どちらを選んでも、

誰かが傷つく。


「……クズだな」


ミリアが吐き捨てる。


「人に、

 嫌な選択ばっかりさせて」


リュカは、静かに答える。


「だから――」


「選ばせない」


レインが、二人を見る。


「……方法は、あります」


「“結果”を、

 先に潰す」


「疑う前に、

 疑いが無意味だと示す」


リュカは、その言葉を噛みしめる。


(……危険だ)


(……だが、

 他にない)


「……次は」


リュカは言う。


「向こうが“二手目”を打つ前に、

 こちらが動く」


ミリアが、静かに頷く。


「……前に立つ準備、

 できてます」


街は、まだ平穏だ。

だが、その下では――

“選ばせる装置”が、

 確実に回り始めている。


帳簿が燃えた倉庫の前は、昼を過ぎても人が引かなかった。

誰かが責めるわけでもなく、誰かが擁護するわけでもない。

ただ、人々は集まり、ひそひそと声を落とす。


「……誰がやったんだろうな」


「……取引先か?」


「……いや、よそから来た奴らじゃ……」


言葉は断定されない。

だからこそ、逃げ場がない。


疑いは、空気のように街に広がっていた。


ミリアは、その輪の外から光景を見つめていた。

剣を持つ手が、無意識に強張る。


「……これ、もう始まってますよね」


リュカは頷いた。


「始まってる。

 しかも、止めにくい形で」


《戦域把握》が示すのは、

一箇所に集まらない不安。

暴動のように爆発しない代わりに、街のあちこちに沈殿していく。


「……このままだと」


ミリアが低く言う。


「誰かが“悪者”にされます」


「そうなる前に、

 俺たちが前に出ると?」


リュカは問い返す。


ミリアは、一瞬言葉に詰まる。


前に出れば、

自分たちが疑われる。


出なければ、

誰かが切り捨てられる。


「……クソですね」


吐き捨てるように言った。


「どっちに転んでも、

 誰かが傷つく」


レインは、焼け跡を見つめたまま静かに口を開く。


「……いいえ」


二人が、同時にレインを見る。


「……“どっちか”じゃありません」


模写理解アナライズ・コピー》が、

これまで拾い集めた情報を、

一つの形にまとめていく。


「相手は、“選ばせる”ことで

 街を壊そうとしています」


「なら」


一拍。


「選ぶ意味そのものを、

 消せばいい」


リュカが、ゆっくりと理解する。


「……疑いが、

 成立しない状況を作る?」


「はい」


レインは頷く。


「帳簿が燃えた理由、

 犯人、目的」


「それらを“誰が見ても分かる形”で

 先に提示する」


「そうすれば、

 人は選ばなくて済む」


ミリアが、息を吸う。


「……でも、それって」


「相手の“手の内”を、

 暴くってことですよね」


「ええ」


レインは静かに答える。


「だから――

 次は、隠れません」


その言葉に、

リュカは短く笑った。


「……ようやく、

 表に出るか」


「危ないぞ」


「危ないな」


二人は、視線を交わす。


だが、その目には迷いがなかった。


リュカは、街を見渡す。


「……今夜だ」


「相手は、

 “二手目”を打つ」


「それを、

 見せ場にする」


ミリアが、剣を握り直す。


「前に立てば、

 いいんですね」


「必要なときだけだ」


リュカは答える。


「派手にやる必要はない」


「ただ――」


一拍。


「逃げ場を、

 残さない」


レインは、深く息を吸った。


《模写理解》が示す未来は、

もう分岐していない。


(……次は、

 正面から来る)


(……逃げない)


(……逃がさない)


夜が、再び街を包む。


静かだ。

だが、昨日とは違う。


誰かが、

“結果”を出そうとしている。


そしてそれは――

止めなければ、

 必ず人を壊す結果だ。


三人は、無言で歩き出した。


選ばせないために。

街を、

“実験場”にさせないために。


次の夜は、

もう静かには終わらない。


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