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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第5章

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張られた側

夜の街は、静かすぎた。


昼間の騒ぎが嘘のように、人の足音は減り、灯りは必要最低限に落とされている。見回りの兵は規則正しく歩いているが、その動きには「警戒」よりも「確認」が混じっていた。何かを探している。あるいは――誰かを。


街外れの空き倉庫。

崩れかけの壁を背に、リュカは地図を広げていた。風にめくれないよう、端を小石で押さえる。描かれているのは、この街の簡略図だ。門、広場、倉庫街、細道。昼に見た“折れた線”が、赤い印で残っている。


「……ここまで来たら、もう偶然じゃない」


リュカは低く言った。


ミリアが、腕を組んで覗き込む。


「次は、どこを使うと思う?」


「“人が集まらない場所”だ」


リュカは迷わず答えた。


「広場は警戒される。門も同じ。だから次は、理由なく人が集まる場所――」


地図の一角を指で叩く。


「倉庫街だ。夜番、積み替え、帳簿。揉め事が起きても“内輪”で済む」


レインは、少し離れた位置で周囲を確認していた。視線は建物の影、屋根の縁、通りの奥。誰もいないようで、誰かが見ている気配だけが残る。


「……相手は、今日の失敗で学びます」


レインが言う。


「次は“騒ぎにならない騒ぎ”を選ぶ」


リュカは頷いた。


「だから、こちらも“捕まえない罠”にする」


ミリアが片眉を上げる。


「捕まえない?」


「捕まえると、逃げ道ができる」


リュカは地図に細い線を引く。


「見せる。踏ませる。気づかせる。でも――」


線の先を、ふっと消す。


「出口は用意しない。自分で出ていくしかない形にする」


ミリアは少し考えてから、口元を緩めた。


「性格悪いですね」


「クズ相手だ」


リュカは淡々と返す。


レインが補足する。


「相手は“観測”している。だから、異変が“見えない”と耐えられない」


「見えないまま続く状況は、必ず確認に来る」


倉庫街の方角で、木箱が軋む音がした。夜番の交代だろう。普通の音だ。普通すぎる。


リュカは地図を畳んだ。


「準備は、ここまででいい」


「次に動くのは――」


ミリアが静かに言う。


「向こう、ですね」


レインは影の向こうを見据える。


「……ええ。張られた側が、動きます」


三人は、倉庫を離れた。

何も起きていない。だが、何も起きないこと自体が、すでに“仕掛け”だった。


夜は深まり、街は眠る。

そして、見ている者だけが、眠れなくなる。


罠は、派手である必要はなかった。

むしろ――目立たないことが条件だった。


倉庫街の外れ。

積み上げられた木箱の影で、リュカは一つずつ配置を確認していく。

夜番の動線、荷の置き場所、明かりの届く範囲。

《戦域把握(せんいきはあく/バトルフィールド・リード)》が示すのは、人が「確認したくなる」位置だった。


「……ここ」


リュカは、倉庫の側面に小さな印を残す。

誰も気にしない。だが、気にし始める者にだけ意味を持つ場所。


ミリアが、少し離れた場所で周囲を見張る。


「露見したら?」


「そのときは――」


リュカは、ミリアを見る。


「前に立つ。短く、強く」


ミリアは小さく頷いた。


「了解。盾になります」


レインは、倉庫街全体を俯瞰する位置に立っていた。

模写理解アナライズ・コピー》が拾うのは、“来なかった場合”の未来だ。


(……来ない選択肢もある)


(だが、その場合)


(相手は“失敗の理由”を得られない)


それは、観測者にとって最悪だ。

理解できない状況は、放置できない。


「……来ます」


レインが静かに言う。


「相手は“確認”に耐えられない」


リュカは、地面に引いた線を足で軽く消す。


「なら、十分だ」


罠は完成していない。

完成させないことが、完成だった。


三人は、それぞれの位置についた。

誰も前に出ない。

誰も動かない。


倉庫街は、静かなままだ。


だが――

静かすぎる夜ほど、人は確かめたくなる。


遠くで、足音が一つだけ増えた。


それが、誰のものかは分からない。

分からないままでいい。


罠は、すでに機能している。


倉庫街の夜は、音が少ない。


だからこそ、

一つの足音がやけに目立った。


――一歩。

――間を置いて、もう一歩。


規則的ではない。

夜番でも、見回りでもない。

“探している者”の歩き方だった。


リュカは、息を殺したまま視線だけを動かす。

《戦域把握(せんいきはあく/バトルフィールド・リード)》が、

その足音の位置を線として描き出す。


(……来た)


(しかも、一人)


単独行動。

確認役。

失敗の原因を探しに来た個体。


ミリアは、柱の影で片膝をついている。

剣には触れていないが、

踏み出す距離と角度は完全に計算済みだ。


レインは、倉庫の屋根に近い位置から、

動かない影を見ていた。


模写理解アナライズ・コピー》が拾うのは、

足音の主の思考の“癖”。


(……慎重)


(……だが、疑っている)


(……そして、苛立っている)


失敗した誘発。

折られた線。

理由の分からない“起きなかった結果”。


それは、観測者にとって耐えがたい。


足音が止まる。


男――としか分からない影が、

木箱の一つに手を置いた。


そこは、

リュカが“意味を持たせた”位置。


何もない。

だが、何かがあったはずの場所。


影が、僅かに身を屈める。


「……妙だな」


低い声。

独り言だが、

独り言にしては確認の色が濃い。


リュカは、動かない。


ここで動けば、

“答え”を与えることになる。


影は、周囲を見回す。

倉庫街は静かだ。

異常はない。


だが――

異常がないこと自体が異常だった。


「……起きるはずだった」


男の声が、かすかに震える。


それを、

レインははっきりと聞いた。


(……確定)


(この街で“起こす予定”だった)


(そして、失敗した)


影は、一歩下がる。

退路を確認する動き。


ミリアの足が、ほんの少しだけ動く。

だが、止まる。


――まだ。


リュカは、

ここで“捕まえない”と決めている。


影は、最後にもう一度、

倉庫街全体を見渡した。


誰もいない。

何も起きない。


だが、その静けさは、

彼にとって敗北の静けさだった。


「……報告だな」


男は、そう呟き、踵を返す。


逃げたのではない。

撤退でもない。


次の手を打つための後退。


足音が遠ざかる。


完全に消えたのを確認してから、

リュカはようやく息を吐いた。


「……よし」


ミリアが、立ち上がる。


「捕まえなくて、よかったんですか?」


リュカは頷く。


「捕まえたら、“末端”で終わる」


「今日は、線を見せる日だ」


レインが、静かに合流する。


「……相手は、確信しました」


「“こちらは、気づいている”と」


ミリアが、少し笑う。


「じゃあ、次は派手に来ますね」


「来る」


リュカは即答した。


「しかも、今度は“分かりやすく”だ」


地図を取り出し、

新しい線を一本だけ引く。


「……次は、ここ」


ミリアが覗き込む。


「人、集まりますね」


「集めさせる」


リュカは言った。


「向こうが、そうしたくなる形で」


レインは、その線を見つめる。


《模写理解》が、

次の展開を静かに描き出していく。


(……選択肢は、もう少ない)


(……張られた側は、

 必ず“動かざるを得ない”)


三人は、言葉を交わさずに頷いた。


罠は、すでに張られている。

次に張られるのは、

表に出る罠だ。


夜は、まだ深い。


だが、

眠れないのは――

もう、こちらではなかった。



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