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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第1章

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核心に触れる前

依頼書を手に取った瞬間、レインは違和感を覚えた。


危険度は中。

単独可。ただし推奨は二人以上。

討伐対象は中型魔物――だが、備考欄がやけに長い。


――行動パターンが一定しない。

――複数の討伐報告あり。

――いずれも“決定打に欠ける”との記録。


(……決定打に欠ける、か)


レインは紙面を指でなぞる。

この言い回しは、珍しい。普通なら「被害が出た」「逃走された」と書かれる。

それが“決定打に欠ける”。


(倒せてはいる。でも……)


完全じゃない。

そんな感触が、文面の端々から滲んでいた。


受付で依頼を受ける際、女性が一言だけ添えた。


「……無理は、しないでくださいね」


その声音は、忠告というより確認に近い。

レインは頷いた。


「観察が先です」


即答しなかった前回と同じ。

だが、それが今の自分のやり方だった。


現地は、森と岩場が混ざった地形だった。

視界が悪く、音が反響する。


レインはすぐに戦闘態勢には入らない。

歩幅を落とし、魔力の流れを探る。


(……いるな)


だが、距離感が掴めない。

近いようで遠く、遠いようで近い。


魔物の気配が、地形に溶け込んでいる。


(擬態? いや……違う)


擬態なら、魔力の輪郭は残る。

だが、ここには“歪み”しかない。


レインは足を止め、腰を落とす。

地面に手を当て、振動を読む。


(移動じゃない……位置が、揺れてる?)


前提が一つ、崩れた。


この魔物は、

「どこにいるか」を固定していない。


距離・方向・高さ。

それらが、一定の周期で書き換えられている。


(……なるほど)


レインの背中に、冷たい汗が伝った。

派手な強さじゃない。

だが、これは厄介だ。


今までの再構築魔法は、

“対象が確定している”ことを前提にしていた。


(その前提が……通用しない)


レインは、魔導書を取り出した。

だが、開いたページは、いつもとは違っていた。


文字でも、構造図でもない。

ただ、幾重にも重なった円と線。


意味が、すぐには入ってこない。


(……ここ、か)


これまで無意識に避けてきた章。

理解しようとすると、頭が拒否する。


魔導書の“核心”。

前提条件そのものを書き換える領域。


レインは、喉を鳴らした。


(まだ早いか?)


そう思った瞬間、

背後の空気が――ずれた。


背後の空気が、確かに“ずれた”。


音もなく、殺気もない。

だが、先ほどまであったはずの気配が、ほんの一拍遅れて追いついてくる。


(……来る)


レインは即座に前転し、距離を取った。

直後、彼が立っていた場所の岩肌が、音もなく削り取られる。


斬撃ではない。

衝撃でもない。


「……空間、か?」


小さく呟きながら、魔力の流れを読む。

だが、対象が定まらない。

魔物の“位置”が、確定しないまま揺れている。


(擬似転移……いや、違う)


転移なら、移動の前後に必ず魔力の跳ねが出る。

だが、これは“移動していない”。


(前提そのものを、ずらしてる)


位置という前提。

距離という前提。

それらが、一定周期で書き換えられている。


レインは歯を食いしばった。

これは、今まで相手にしてきた魔物とは、次元が違う。


一瞬の隙を突き、魔物の輪郭が浮かび上がる。

中型。

だが、実体が曖昧だ。輪郭が、常に二重に見える。


(だから、決定打に欠ける……)


過去の討伐者たちは、倒せてはいた。

だが、おそらく“偶然”だ。

前提が揃った瞬間に、たまたま当たっただけ。


レインは距離を保ち、再構築魔法を組み上げる。

対象が確定しない以上、干渉点を増やすしかない。


発動。


だが、手応えが薄い。

魔物の動きは鈍るが、止まらない。


(効いてはいる……けど、足りない)


その瞬間、頭の奥が熱を持った。

魔導書の存在を、強く意識する。


(……使うか?)


核心章。

前提条件そのものを書き換える構造。


もし、あれを理解できれば――

この魔物の“位置”という前提を、無力化できる。


だが。


レインは、魔導書を開きかけて、止めた。


(……違う)


今の自分は、まだそこに立っていない。

理解できていないものを、無理に使えば――

前世でも、何度も見た。


“分からないまま触って壊す”やつだ。


「……今回は、ここまでだ」


レインは判断を切り替えた。


再構築魔法を、さらに分解する。

一撃で止めるのを諦める。


代わりに、

・魔力の揺れを増幅させる

・前提の書き換え周期を乱す

・安定しない瞬間を“作る”


攻撃ではなく、環境への干渉。


発動。


空気が歪む。

魔物の輪郭が、一瞬だけ固定される。


「……今だ」


短い詠唱。

魔力を集中させ、最も“実在に近い点”を叩く。


衝撃。

今度は、確かな手応えがあった。


魔物は悲鳴も上げず、崩れ落ちる。

だが、倒れた後も、その輪郭は完全には安定していなかった。


レインは、しばらくその場を動かなかった。

息を整えながら、胸の奥に残る感覚を確かめる。


(……やっぱり、核心章は別物だ)


今の戦いは、勝った。

だが、これは“最適解”ではない。


もし、核心章を理解できていれば。

こんな回りくどい手段を取らずに済んだはずだ。


だが同時に、確信もあった。


(触れていいのは……まだ先だ)


理解には、段階がある。

踏み越える順番を間違えれば、力は牙を剥く。


レインは、魔導書を胸に抱き、静かに立ち上がった。


魔物の残骸は、しばらくすると完全に形を失った。

肉体が崩れたのではない。

“そこにあった”という前提そのものが、薄れて消えたような感覚だった。


「……やっぱりな」


レインは、静かに息を吐いた。

今回の魔物は、単に強いわけじゃない。

存在の条件が、普通と違う。


剣で斬れる。

魔法も効く。

だが、それは「前提が偶然揃った瞬間」に限られる。


(だから、討伐報告はある。でも……)


決定打に欠ける。

同じ条件を再現できない。

つまり、理解されていない。


レインは魔導書を開いた。

今度は、核心章のページを“読む”のではなく、眺める。


幾重にも重なった円と線。

交差する条件。

一点を中心に回転しながら、全体が常に書き換わっている構造。


(……これは)


魔法じゃない。

能力でもない。


(“世界の扱い方”だ)


対象をどうこうするのではなく、

対象が成立する条件を、どう配置するか。


「位置」「距離」「存在」

それらは、絶対じゃない。


魔導書の核心章が扱っているのは、

前提条件の管理。


(今までの俺は……)


前提を“利用”してきただけだ。

核心章は、前提を“編集”する。


「……まだ無理だな」


理解できない、ではない。

理解は、始まっている。


だが、今触れれば――

確実に暴走する。


レインは、魔導書を閉じた。


ギルドに戻ると、空気がはっきりと変わっていた。


受付の女性が、依頼報告を聞き終えた後、即座に奥へ引っ込む。

少しして、別の職員が出てきた。


「詳細を、伺っても?」


言葉遣いが、明らかに違う。

レインは頷き、今回の魔物の挙動を淡々と説明した。


位置が固定されていないこと。

条件が周期的に書き換えられていたこと。

それに対して、どう対処したか。


話し終えると、職員は短く息を呑んだ。


「……その魔物、

 “記録上は厄介だが、理由が分からない”とされていました」


「理由は、あります」


レインは即答した。

「ただ、前提が違うだけです」


職員は苦笑し、頷いた。


「なるほど……

 では、この依頼は“単独討伐・完全対処”として記録します」


それは、小さな一文だった。

だが、意味は大きい。


ギルドを出ると、夕暮れの街が広がっていた。

ざわめきの中で、レインは一人、立ち止まる。


評価は、確かに上がっている。

だが、それは称賛じゃない。


「……扱いが、変わったな」


信頼とも違う。

警戒とも違う。


“分かっている人間”として、見られ始めている。


レインは魔導書を胸に抱き、歩き出す。


核心章は、まだ先だ。

だが、確実に近づいている。


理解し、更新し、踏み越える。

その順番だけは、間違えない。


レイン・アルヴェルトは知っている。

前提を書き換える力は――

扱う者を、簡単に世界の外へ放り出すということを。


だからこそ、今はまだ。


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