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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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問題は存在しない

宰相府に届いた報告書は、二つだった。


一つは、正式なもの。

もう一つは、付随資料。


どちらも同じ現場を指している。

だが、書かれている“事実”が違う。


「……規定違反、ですか」


官僚の一人が、慎重に言った。


「はい」


返事をしたのは、

あの男だった。


低く、穏やかな声。

誰かを責める響きは、ない。


「進入禁止区域への立ち入り。

 随行指示の無視。

 判断主体の不明確化」


淡々と読み上げる。


「ですが」


官僚が続ける。


「救助対象は、

 確かに存在しました」


一拍。


「救助は、成立しています」


男は、頷いた。


「ええ。

 成立しています」


否定しない。


否定しないからこそ、

次の言葉が重い。


「ただし」


視線が、書類に落ちる。


「その成立は、

 制度の外で起きた」


誰も、口を挟まない。


「制度は、

 成立していない事象を

 “成果”として扱えません」


「では……」


別の官僚が、恐る恐る聞く。


「失敗として?」


男は、首を振る。


「いいえ」


即答。


「失敗でもありません」


官僚たちの間に、

小さなざわめきが走る。


「事故でもない。

 違反でもあるが、

 悪意はない」


男は、指先で机を軽く叩く。


「つまり、

 “問題は存在しない”」


その言葉が、

部屋の空気を決定づけた。


「処理方針は?」


問われて、男は言う。


「記録は残します」


「ただし、

 評価項目には含めない」


「規定違反は、

 指導対象として内部処理」


「救助は、

 偶発的成果として参考止まり」


誰も反論しない。


論理は、

完璧だった。


「《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》については?」


男は、少しだけ考える。


「危険視する必要はありません」


「むしろ」


一拍。


「理想的です」


その言葉に、

官僚が顔を上げる。


「理想、ですか?」


「はい」


男は、静かに続ける。


「規定を破ったが、

 秩序を壊していない」


「現場を混乱させず、

 暴力的でもない」


「結果として、

 救助も成立した」


それは、

最大限の評価だった。


「だからこそ」


男の声が、

少しだけ低くなる。


「管理を、

 さらに強化します」


紙が、配られる。


新たな補足条項。

判断補助の常設化。

随行権限の拡張。


「彼らが

 “二度と同じことをしなくて済む”ように」


善意だった。

疑いようもなく。


男は、最後にこう言った。


「問題は、解決しました」


誰も異を唱えない。


問題は、

確かに“存在しない”。


だがその瞬間、

誰にも見えない場所で――

何かが確実に、制度から切り離された。


それが何かを、

この部屋で気にする者はいなかった。


変化は、翌日からだった。


「……随行、増えてる」


ミリアが言う。


数が増えただけではない。

距離が近い。


前後左右。

逃げ道を塞ぐ配置。


「正式には“即応補助”だ」


監査官が説明する。


「判断の迅速化と、

 誤判断の未然防止を目的とします」


迅速化。


ミリアは、何も言わない。


現場に着く。


小規模火災。

延焼の恐れは低い。

避難は完了済み。


「安全確認後、

 消火支援を行います」


観測員が端末を操作する。


確認。

確認。

確認。


その間に、

火は――静かに広がる。


「……待って」


エルドが、低く言う。


「今なら、

 中の梁を落とせば止まる」


「未確認事項があります」


即答。


「内部構造の最新データが――」


「ある」


エルドは、地面を見る。


焦げ方。

煙の流れ。


前なら、

それで十分だった。


「……提案としては、

 理解できます」


監査官が言う。


「ですが、

 今回は“提案”止まりです」


「判断は?」


リュカが聞く。


「裁定支援を待ちます」


数分。


その間に、

建物の一部が崩れる。


小規模。

だが、決定的。


「……止められたな」


エルドが、呟く。


誰も否定しない。


「被害は?」


監査官が確認する。


「記録上、

 人的被害なし」


「よし」


その一言で、

現場は“成功”になる。


ミリアが、歯を食いしばる。


「……ねえ」


抑えた声。


「今の、

 “安全”だった?」


観測員が、首を傾げる。


「はい。

 基準上は」


基準上。


レインは、

《完全模写理解(かんぜんもしやりかい/フル・アナライズ・コピー)》を

使わずに済んだ。


だがそれは、

使う余地すら与えられていないという意味だった。


(……囲われてる)


判断を。

直感を。

踏み出す前提を。


すべて、

“安全側”に。


「次に行きます」


監査官が言う。


「本日は、

 予定通り進行できています」


予定通り。


ミリアは、

小さく息を吐く。


「……ねえ、レイン」


振り返らずに言う。


「これ、

 もう“前線”じゃないよね」


レインは、答えない。


答えられない。


前線とは、

危険がある場所じゃない。


判断が必要な場所だ。


今ここには、

判断が不要だった。


《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は、

安全な現場を次々と処理していく。


事故は起きない。

数字も悪くない。


だが――

誰の心にも、

何も残らない。


それが、

管理強化の成果だった。


破綻は、警告音もなく起きた。


「……え?」


最初に声を上げたのは、随行の連絡要員だった。

端末を見たまま、固まっている。


「どうした」


監査官が問う。


「……通信が、切れました」


一瞬の沈黙。


通信障害は、珍しくない。

想定内だ。


「再接続を」


「試みています……が」


言葉が、途切れる。


「……位置情報が、ずれています」


ずれ。

それもまた、想定内。


「補正を」


「……できません」


観測員が、初めて顔を上げた。


「この区域、

 今の地図に存在しません」


空気が、凍る。


「どういう意味だ」


エルドが、低く聞く。


「再編前の区画が、

 部分的に残っている可能性があります」


「……未観測、ってこと?」


ミリアが言う。


観測員は、答えなかった。

答えられなかった。


未観測。

つまり――行かない方がいい場所。


「退避します」


監査官が、即座に判断する。


「ここは想定外です。

 上に確認を――」


その時。


地面が、沈んだ。


爆発ではない。

崩落でもない。


“抜けた”。


足元の一部が、

音もなく落ちる。


「――っ!」


エルドが、反射的に盾を突き出す。


ミリアが、腕を伸ばす。


掴んだ。


誰かの手。


「……っ、いる!」


叫び。


落ちかけたのは、

避難済みとされていた区画の住民だった。


年齢も、名前も分からない。

ただ――生きている。


「離れてください!」


監査官の声が、被さる。


「二次崩落の危険があります!」


「分かってる!」


ミリアは、手を離さない。


「でも、今――!」


「評価が終わっていません!」


観測員が叫ぶ。


「この地形、

 想定にありません!」


想定。


また、その言葉だ。


レインは、

《完全模写理解(かんぜんもしやりかい/フル・アナライズ・コピー)》を

使える。


使えば、

地形も、崩落も、

最短で“正解”を引き出せる。


だが――


(使ったら)


(また“想定内”にされる)


「……全員、下がれ」


レインが言った。


声は低く、

はっきりしている。


監査官が、息を詰める。


「それは――」


「ここは、

 もう管理できていない」


レインは、一歩前に出る。


「だから」


仲間を見る。


「裁定不能だ」


次の瞬間。


エルドが、盾を地面に打ち込む。

即席の支点。


ミリアが、全体重をかけて引き上げる。


リュカが、瓦礫をどける。

言葉はない。


随行は、

誰も動けない。


規定が、

存在しないからだ。


数秒。


いや、

数十秒。


引き上げられた。


咳き込みながら、

確かに生きている人間。


その瞬間、

地面が完全に崩れた。


あと一秒遅ければ、

全員落ちていた。


沈黙。


誰も、声を出さない。


監査官が、

震える声で言う。


「……これは」


言葉が、続かない。


「記録、できません」


観測員が、端末を下ろす。


「この事象、

 分類不能です」


レインは、静かに答える。


「分かってる」


「だから――

 最初から、

 僕たちが呼ばれた」


誰も、否定できない。


数字は、

役に立たなかった。


管理は、

間に合わなかった。


それでも――

人は、そこにいた。


《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は、

安全側の檻を、

外からではなく

内側から壊した。


その代償が、

どこに落ちるか。


この場の誰も、

まだ知らない。


だが確かに、

想定は破れた。


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