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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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管理された現場

最初の違和感は、

現場に着く前にあった。


「……随行、多くない?」


ミリアが、視線だけで示す。


前を行くのは、帝国監査官。

横には、世界機関の観測員。

後方には、鋼律隊の連絡要員。


守られている。

誰の目にも、そう見えた。


「安全配慮だね」


リュカが、端末を操作しながら言う。


「危険度は中。

 単独行動を避ける判断としては、妥当」


妥当。

それが、最近よく聞く言葉だった。


「動線、指定されてる」


エルドが低く言う。


示されたルートは、広く、整備され、

確かに安全だった。


ただし――

街の中心を避けている。


「……近道、あるよね」


ミリアが言う。


「ある」


レインは頷く。


「でも、危険度評価が

 “未観測”扱いになってる」


未観測。

つまり、行かない方がいい場所。


現場に入る。


倒壊しかけた建物。

閉じ込められている住民。

悲鳴は、まだ聞こえない。


だからこそ、

“今なら間に合う”現場だ。


「救助開始条件、確認します」


監査官が言う。


世界機関の観測員が、

同時に端末を起動する。


「現場判断は尊重します」


穏やかな声。


「ただし、

 事前共有された計画内でお願いします」


計画。


レインの頭に、

昨日提出した行動案が浮かぶ。


安全第一。

確実性優先。

条件未達時は撤退。


――正しい案だ。


「……奥、子どもいる」


ミリアが、耳を澄ます。


微かな音。

泣き声。


エルドが、一歩前に出る。


「俺が行く」


「待ってください」


監査官が止める。


「その動線は、

 事前計画に含まれていません」


世界機関の観測員も、続ける。


「危険度が再評価されていません。

 今は、

 確認フェーズです」


確認。


その間に、

中の状況は変わる。


「……行けば、助けられる」


ミリアの声が、震える。


レインは、現場を見る。


《完全模写理解(かんぜんもしやりかい/フル・アナライズ・コピー)》は、

使える。


使えば、

安全な動線を作れる。


――だが。


(使った瞬間)


(“想定内”にされる)


世界機関は、善意だ。

事故を防ぐために、

想定外を嫌う。


帝国制度も、同じ。


「……一度、計画を更新します」


レインが言った。


「再評価を申請する」


監査官が頷く。


「妥当な判断です」


観測員が、端末に入力する。


時間が、流れる。


数分。

たった数分。


その間に――

奥から、音が途切れた。


「……っ」


ミリアが、息を詰める。


結果が出る。


「再評価完了。

 現時点では、

 進入は推奨されません」


推奨。


禁止ではない。

だが、行く理由もない。


現場は、

守られた。


全員が、無傷で。


でも――

何かが、確実に取り残された。


エルドが、盾を強く握る。


リュカが、記録を閉じる。


ミリアは、何も言えない。


レインは、ただ思う。


(……これが)


(守られた現場、か)


善意が重なった結果、

誰も間違えず、

誰も責められず、

それでも――救えない。


《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は、

管理された現場の中心で、

静かに息苦しさを覚えていた。


戻りの道は、静かだった。


誰も怪我をしていない。

報告書も、滞りなく提出された。

任務は、制度上“成功”だ。


それなのに、

《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》の空気は重かった。


「……さっきのさ」


ミリアが、先に口を開いた。


声は低く、怒ってはいない。

むしろ、抑えている。


「助けに行けたよね」


誰も、すぐには答えなかった。


「条件は揃ってなかった」


リュカが、事実だけを言う。


「計画外行動は、

 次から“違反傾向”として蓄積される」


ミリアが、ぎゅっと拳を握る。


「分かってる。

 分かってるけど……」


言葉が続かない。


「分かってるのに、

 何もできなかった」


その“のに”が、

一番きつい。


エルドが、壁にもたれかかる。


「……俺が前に出たら、

 止めたよな」


問いではない。

確認だ。


レインは、頷いた。


「止めた」


即答。


「今は、

 止める役をやらないといけない」


エルドが、低く笑った。


「前は、

 前に立てばよかった」


「前に立てば、

 現場が動いた」


沈黙。


それは、誰も否定できない事実だった。


「……レイン」


ミリアが、顔を上げる。


「これ、続けられる?」


真っ直ぐな問い。


責めていない。

逃げてもいない。


ただ、限界を測っている。


レインは、少し考えてから答えた。


「続けられる」


一拍。


「でも、

 今までのやり方じゃ、無理だ」


リュカが、眉をひそめる。


「どう変える?」


「まだ分からない」


正直な答え。


「ただ一つ、確かなのは」


レインは、三人を見る。


「このまま“守られて”たら、

 俺たちは

 何も選ばなくなる」


ミリアの肩が、僅かに揺れた。


「……選ばない、が」


「選べない、に変わる」


エルドが、息を吐く。


「それは、

 《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》じゃない」


その言葉が、

全員の胸に刺さる。


リュカが、記録帳を閉じた。


「書けなくなるな」


小さな声。


「何をどう考えたか、

 書けなくなる」


「判断してないから?」


「違う」


リュカは、首を振る。


「判断する“余地”が、

 削られていくから」


沈黙。


ミリアが、ぽつりと言う。


「……私、さ」


「次も同じだったら、

 走っちゃうかもしれない」


それは、予告だった。


壊れる前の。


エルドが、即座に言う。


「俺が止める」


「止めないで」


ミリアが、首を振る。


「止められるの、

 一番つらい」


空気が、張りつめる。


レインは、深く息を吸った。


《完全模写理解(かんぜんもしやりかい/フル・アナライズ・コピー)》が、

胸の奥で静かに重さを主張する。


使えば、

全て解決できる。


だがそれは、

“制度に勝つ”という形になる。


「……決めよう」


レインが言う。


「次、同じ状況が来たら」


三人が、彼を見る。


「管理を破るか、

 管理の中で、

 破綻を見せる」


リュカが、理解する。


「わざと、

 裁定不能を突きつける?」


「そう」


レインは頷いた。


「救えないなら、

 “救えない構造”を

 可視化する」


エルドが、ゆっくり立ち上がる。


「危ない橋だな」


「うん」


「でも、

 それが《非裁定》だ」


ミリアが、静かに息を吐いた。


怖さは消えない。

でも――逃げる気配はなかった。


削れながらも、

まだ折れていない。


それが、今の《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》だった。


次の現場は、

最初から“成功する”はずだった。


危険度は低。

想定被災者は少数。

動線も確保済み。


計画書には、

そう書いてある。


「……今回は、問題ないですね」


世界機関の観測員が、

穏やかに言った。


「予定通り進めれば、

 全員無事に救助できます」


帝国監査官も頷く。


「裁定運用補足条項、

 すべて満たしています」


完璧な条件。


だからこそ――

想定に含まれないものが、

最初から無視されていた。


「……音、変じゃない?」


ミリアが、足を止める。


耳を澄ます。


微かな、軋み。

建物そのものじゃない。


人の、声だ。


「計画上、この区域に人はいない」


監査官が言う。


「事前調査で確認済みです」


「でも、いる」


ミリアは、断言した。


レインも、同じ方向を見ている。


《完全模写理解(かんぜんもしやりかい/フル・アナライズ・コピー)》が、

静かに“違和感”だけを拾っている。


確信まではいかない。

だが――無視できないズレ。


「……再確認を申請します」


レインが言う。


観測員が頷き、端末を操作する。


「再観測、開始します」


時間が、流れる。


計画は止まる。

進行も止まる。


その間に、

奥から声がはっきりした。


「……誰か、いる……?」


小さな声。

確実な存在。


ミリアが、レインを見る。


言葉はいらない。


「……計画には含まれていない」


監査官が、少しだけ声を落とす。


「ですが、

 現時点では危険度再評価が……」


「評価を待ってたら、間に合わない」


ミリアが、はっきり言った。


「今なら、行ける」


エルドが、一歩前に出る。


「俺が行く。

 条件は満たしてる」


「満たしているのは、

 計画上の条件です」


観測員が、穏やかに訂正する。


「想定外の人員は、

 再評価が必要です」


再評価。


その言葉を、

誰も責めない。


正しいからだ。


「……行かないと、どうなる?」


リュカが、静かに聞いた。


観測員は、即答しない。


少しだけ考えてから、答える。


「……計画上は、

 “影響なし”です」


その瞬間。


全員が理解した。


制度は、

 想定にない人を“いない”ことにできる。


「……レイン」


ミリアの声が、震える。


「ここ、破綻してる」


レインは、頷いた。


「うん」


《完全模写理解》は、使わない。


代わりに、

一歩、前に出る。


「この現場、

 続行不能です」


全員が、彼を見る。


「理由は?」


監査官が問う。


レインは、はっきり答えた。


「計画は正しい。

 条件も満たしてる」


一拍。


「それでも、

 救えない人が存在している」


沈黙。


それは、

どの条項にも書かれていない理由だった。


「……中止、ですか?」


観測員が聞く。


「中止じゃない」


レインは、首を振る。


「裁定不能だ」


その言葉に、

空気が止まった。


「切る理由も、

 進む理由も、

 制度には存在しない」


だから。


「このまま進めば、

 “正しい失敗”になる」


誰も、反論できない。


論理は正しい。

だが、前に進めない。


監査官が、ゆっくり息を吐いた。


「……本件、

 上に上げます」


観測員も、頷く。


「想定外事象として、

 再分類が必要ですね」


現場は、止まった。


誰も救われていない。

だが――

誰も切られてもいない。


それが、この現場の結果だった。


ミリアが、静かに言う。


「……これが、

 私たちの出し方か」


レインは、答える。


「うん」


「救えないなら、

 救えない構造を

 隠さない」


《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は、

初めて制度の中で、

制度そのものを止めた。


それは勝利でも、解決でもない。


ただの事実。


――裁定不能は、

運用できない。


その事実が、

ようやく表に出ただけだった。


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