表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

386/1040

英雄の報告書

帝国庁舎の上層階は、静かだった。


窓は大きく、光は多い。

それでもここには、街の音が届かない。


レオニス=アウグストは、

机の上に置かれた一枚の報告書を見下ろしていた。


任務番号:E-117

発生区域:第三外環

関与部隊:帝国監督下臨時協力枠

《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》


彼の視線は、結果欄で止まっている。


成功。

失敗。

どちらでもない。


その代わりに記されていたのは――


評価:保留


「……保留、か」


レオニスは、小さく息を吐いた。


珍しい言葉ではない。

だが、この欄に書かれることは、ほとんどない。


帝国は、判断を先送りにしない。

評価できないものは、そもそも現場に出さない。


それなのに。


「切る判断を行わず、

 制度違反は確認されず……」


呟きながら、続きを読む。


救助成功人数。

未救助者の存在確認。

判断主体:複数。責任分散。


どこを見ても、

“正しく処理された形跡”しかない。


「……なのに、評価不能」


報告書を閉じ、椅子にもたれる。


彼の脳裏に、

あの時の“重さ”が蘇る。


《完全模写理解(かんぜんもしやりかい/フル・アナライズ・コピー)》。


あの能力で、

レインが触れてしまったもの。


英雄として決断してきた数々の現場。

切った判断。

守れなかった顔。


――一人に背負わせてはいけない、と。


あの時、確かに思った。


「……彼らは」


レオニスは、再び報告書を見る。


《非裁定》。

裁定しない、と名乗る部隊。


判断を放棄しているわけじゃない。

責任から逃げているわけでもない。


ただ――

結論を、制度に渡していない。


それが、帝国にとってどれほど扱いづらいか。

レオニスには、よく分かる。


「切らない判断は、英雄にもできる」


誰もがそう言う。

だが実際には、

英雄は“切ることでしか守れない場面”を

何度も経験する。


だから制度がある。

だから命令がある。


それでも。


「……彼らは、違う道を歩いた」


正しいかどうかは、まだ分からない。

だが――無視できる存在ではなくなった。


レオニスは立ち上がり、

窓の外を見下ろす。


整然とした帝都。

秩序。

制度。


その下で、

評価されない判断が、静かに残っている。


「次は……」


誰に言うでもなく、呟く。


「もう少し、近くで見よう」


英雄としてではない。

裁定者としてでもない。


制度の側に立ったまま、

裁定できないものを見るために。


机に戻り、端末を操作する。


新規行動申請。

理由欄に、短く入力した。


――現場観測の必要性あり


送信。


返答は、すぐには来ない。


だがレオニスは分かっていた。


帝国は、

《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》を

もう放っておけない。


評価不能という文字は、

制度にとって

最も不穏な前兆なのだから。


第三外環は、静かだった。


静かすぎる、と言った方が正しい。


瓦礫は片付けられ、

封鎖線は撤去され、

路地には通行許可の札が整然と並んでいる。


復旧。

それが、帝国の公式表現だった。


レオニス=アウグストは、

その街を“歩いて”いた。


護衛は最低限。

視察という名目だが、

彼自身は「見る」ために来ている。


「……早いな」


思わず、そう呟いた。


昨夜まで“循環”に歪められていた街とは思えない。

人々は普段通りの生活に戻り、

商人は声を張り、子どもは走っている。


――戻れなかった者がいたことなど、

最初から無かったかのように。


「これが、処理後の現場です」


隣を歩くのは、

《鋼律隊(こうりつたい/アイアン・コード)》副隊長

セレナ=リィス。


端末を操作しながら、淡々と説明する。


「危険因子は除去。

二次被害の兆候なし。

封鎖解除後の混乱も、想定範囲内で収束しました」


「……未救助者は?」


レオニスの問いに、

セレナは一拍だけ置いて答える。


「記録上、存在確認のみ。

救助不能と判断されています」


判断。

その言葉に、レオニスの視線が街へ戻る。


整った石畳。

修復された建物。

そして――


壁の隅に残る、消しきれなかった焦げ跡。


「完全には、消えないものだな」


レオニスが言うと、

セレナは肩をすくめた。


「消えないものは、記録に残します。

消す必要はありません」


「……評価は?」


「保留のままです」


即答だった。


「《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》の判断は、

制度上“誤り”ではありません」


一拍。


「ですが、“正しい”とも定義できない」


レオニスは、足を止めた。


「君たちは、切る判断を用意していた」


「はい」


セレナは迷わない。


「切ることで、被害を確定させる。

それが帝国の運用です」


「それでも、今回は切らなかった」


「正確には」


セレナは視線を逸らさずに言う。


「彼らが切らなかった。

我々は、介入しなかった」


それは責任の所在を、

はっきり分けた言い方だった。


「後悔は?」


問いは、短かった。


セレナの指が、端末の縁をなぞる。


「……あります」


その答えに、レオニスは少しだけ驚いた。


「でも、それは個人の感情です。

制度の判断ではありません」


「制度は、後悔しない?」


「制度は、繰り返します」


淡々とした声。


「だから同じ被害を防げる」


レオニスは、再び歩き出す。


街の角を曲がると、

小さな広場が見えた。


昨夜、避難民が立ち尽くしていた場所。


今は、花が供えられている。


誰が置いたのかは分からない。

名も、理由も書かれていない。


「……制度の外だな」


レオニスの呟きに、

セレナは答えなかった。


その代わり、

一人の隊員――ミレイア=トーンが、

少しだけ遅れて口を開く。


「英雄様」


声は小さい。


「もし……

切らない判断が、次も通るとしたら」


言葉を探すように、間を置く。


「その時、制度は……どう変わりますか」


レオニスは、すぐには答えなかった。


答えを持っていないからだ。


「……分からない」


正直に言った。


「だから、見に来た」


英雄としてでも、

裁定者としてでもない。


“制度の側に立ったまま、

裁定できないものを見るために”。


レオニスは、花の置かれた広場を一度だけ振り返る。


そして、気づいた。


この街のどこかに――

《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》がいる。


もう任務は終わっているはずなのに、

なぜか、気配だけが残っている。


(……会わない方がいい)


今はまだ。


会えば、

どちらかが答えを出してしまう。


レオニスは踵を返し、

鋼律隊に短く告げた。


「引き上げる」


その背中に、

評価不能という言葉が、

静かに貼り付いて離れなかった。


第三外環の空気は、

もう“事件後”のそれだった。


人の流れは戻り、

声は交差し、

街は日常を装っている。


――装えてしまう程度には。


《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は、

街区の外れにいた。


任務は終わっている。

だが、誰も「帰ろう」とは言わなかった。


「……英雄、来てたんだって」


ミリアが言った。


直接見たわけじゃない。

鋼律隊の動き、

監査官の緊張、

街の警備レベル。


それらを総合した、感覚的な確信。


「レオニス=アウグスト」


リュカが名前を口にする。


「帝国英雄。

制度の中で、いちばん“現場”を知ってる人」


エルドは、盾を背負ったまま空を見上げている。


「……来て、帰った」


短い言葉。


「会わなかった」


ミリアが、少しだけ笑う。


「正解だったと思う?」


レインは、すぐには答えなかった。


《完全模写理解》は沈黙している。

だが――

あの英雄の“重さ”だけは、

なぜか、はっきりと分かる気がした。


「正解じゃない」


レインは言う。


「でも……必要だった」


誰かが答えを出すには、

まだ早い。


英雄が裁定すれば、

制度が動く。


制度が動けば、

切られる現場が、また生まれる。


「俺たちは」


レインは、街の奥を見る。


「評価されない場所に立ってる」


それは、誇りじゃない。

逃げでもない。


ただの事実。


リュカが、記録帳を閉じる。


「評価されないなら、

物語にもならない」


一拍。


「だから逆に、

消されやすい」


ミリアの指が、無意識に握られる。


「……狙われる?」


「観測される」


リュカは訂正する。


「排除する価値があるか、

まだ分からない段階だ」


エルドが、低く笑った。


「一番厄介なやつだな」


沈黙。


遠くで、帝国庁舎の鐘が鳴る。


いつもの時刻。

いつもの音。


それなのに――

今日は、やけに重い。


「次は」


ミリアが言う。


「もっと、分かりやすく来るね」


「うん」


レインは頷く。


「切るか、切らせるか。

どっちかを、選ばせに来る」


《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は、

そのために生まれた名前だ。


選ばない。

判断を押し付けない。

それでも前に立つ。


「……逃げ道、なくなってきたな」


エルドが言う。


レインは、はっきり答えた。


「最初から、なかった」


四人は、同時に息を吐く。


恐怖じゃない。

覚悟でもない。


状況を、正しく理解した音だった。


街の向こうで、

誰かがこちらを見ている気配がする。


英雄か。

制度か。

それとも――

もっと上か。


会わないまま、

気配だけが増えていく。


それが、

《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》の

次の戦場だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ