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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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第三外環の“帰還路”

帝国領――第三外環の市街は、まだ「戦場」ではなかった。


瓦礫は少ない。血も、まだ少ない。

だからこそ、余計に“おかしい”。


崩れているのは建物じゃない。

崩れているのは――前提だった。


「……避難経路、今の配置だと“通れるはず”なんだけど」


リュカが地図に指を滑らせる。

線は整然としている。帝国の地図は正確で、更新も早い。

――なのに、現実が追いついていない。


通りが一本、まるごと“機能しなかった”。


いや、正確には――“あるのに、使えない”。


誰かが壁を作ったわけでもない。

瓦礫で塞がれたわけでもない。

ただ、そこを通ろうとした人間だけが、同じ場所に戻ってくる。


「繰り返し……?」


ミリアが唇を噛む。

怖いのは分からないことじゃない。

怖いのは――分からないまま、選べなくなることだ。


「戻ってきた、って……どうやって?」


「歩いたって言ってた。角を曲がって、看板を見て、橋を渡った。……全部、同じ説明だ」


エルドの声は低い。盾は背中で、まだ重さを主張している。

ここはまだ戦場じゃない。だから、盾が先に浮く。


随行の帝国監査官が、淡々と端末を操作する。


「事象分類:空間循環。暫定原因:不明。対応:現場裁量」


言葉は丁寧だ。

けれど、含意は前話と同じだった。


――切れ。

――選べ。

――そして、その責任を取れ。


レインは、街の中心ではなく、循環の“入口”を見ていた。

見えないのに、そこだけが輪郭を持っている。


(……通路じゃない)


ただの道じゃない。

“道として成立する条件”が、そっくり抜かれている。


頭の奥が、静かに軋む。

《完全模写理解》が勝手に噛みつこうとする。

まだ触れてもいないのに、理解が始まりかける。


――発動条件。

――制約。

――代償。

そして、これを作った“覚悟”。


「レイン」


ミリアが、さっきより小さい声で呼ぶ。


「……見えてる、の?」


レインは答えなかった。

代わりに、自分の指先を見た。震えていない。

だから余計に、怖い。


「見えてない」


嘘ではない。

見えていないのに、分かり始めている。


リュカが一歩、前に出る。


「監査官。今の説明、もう一回。『対応:現場裁量』って、どういう意味で?」


監査官は瞬きもせずに答えた。


「救助優先順位の決定。封鎖範囲の指定。必要であれば……通行不能者の“切り離し”」


ミリアの顔が強張る。


「切り離しって……人を?」


「はい。制度上、救助不能と判断された者は、記録され、次段階へ移管されます」


次段階。

言い換えれば――助けない理由の、完成だ。


エルドが、盾の紐を握り直す。


「……その“制度”は、循環の中でも通るのか?」


監査官は一拍だけ置いた。


「通ります。帝国の制度は、どこでも同じです」


その一言が、逆に証明してしまった。

この事象は、帝国の制度を“試験台”にしている。


レインは、ゆっくり息を吐いた。

そして、全員にだけ聞こえる声で言う。


「……まだコピーは使わない」


ミリアの瞳が揺れる。

安心じゃない。猶予でもない。

ただの宣言だ。――“今はまだ”。


「代わりに」


レインは循環路の入口を指した。

そこは普通の路地で、子どもが走っていけそうな幅しかない。


「まず、僕が入る。戻ってきたら、次はエルド。二人で、入口の“条件”を確かめる」


「一人で入るなって言ったよね」


ミリアが言う。怒っているようで、実際は怖がっている。


レインは目を逸らさずに答えた。


「これは“選択”じゃない。確認だ。僕たちが前に立つための、最初の一歩」


リュカが、短く頷いた。


「記録する。戻ってきた瞬間から、秒単位で」


エルドが、盾を前に回す。


「……行け。戻ってこい。戻れないなら、俺が引きずってでも戻す」


ミリアは一度だけ目を閉じ、開いた。


「合図、絶対。……絶対ね」


レインは小さく頷いた。

そして、路地に足を踏み入れる。


一歩。二歩。三歩。


世界が、わずかに“巻き戻る”感覚。


――背中の寒さ。

――既視感。

――同じ音。


その瞬間、レインの頭の奥で、理解が勝手に囁いた。


(これは……誰かの“正しさ”で作られた)


そして、路地の向こうから、見慣れない足音が近づいてくる。

規則正しく、迷いがなく、硬い。


金属音。


「――帝国鋼律隊。状況を引き継ぐ」


声が響いたとき、レインは気づく。


この循環は、“道”を閉じているんじゃない。

“裁定”の逃げ道を閉じている。


そして、いま――

帝国はそこに、正面から踏み込んできた。


「――帝国《鋼律隊(こうりつたい/アイアン・コード)》。現場を引き継ぐ」


声は低く、よく通った。

命令口調ではない。だが、拒否を想定していない声音だった。


路地の入口から、規律正しい足並みで踏み込んでくる影。

先頭に立つのは、帝国公認・準軍事冒険者パーティ

《鋼律隊(こうりつたい/アイアン・コード)》隊長――

《カイル=ヴァンロック》。


鎧は実用一点張りで、装飾はない。

それでも“決定権を持つ者”特有の重さが、周囲の空気を押し下げていた。


その半歩後ろ、副隊長《セレナ=リィス》が端末を操作しながら視線を巡らせる。

感情は薄い。だが、観察だけは鋭い。


「……循環事象。想定より早い」


セレナが言う。


「人の判断が誘発因子。予測モデル、ほぼ一致」


ミリアが思わず声を上げた。


「一致って……! じゃあ、分かってたの?」


「“起こり得る”とね」


セレナは視線を逸らさない。


「だから《鋼律隊こうりつたい》が来た。

制度は、再現性のある災害を“偶然”とは呼ばない」


エルドが一歩、前に出る。

盾は構えない。だが、立ち位置そのものが“壁”だった。


「引き継ぐって言ったな。なら聞く」


エルドの声は静かだ。


「お前たちは、この循環をどう処理する?」


カイルが即答する。


「切る」


迷いはない。

計算を終えた者の声だった。


「街区ごと隔離。封鎖線を敷く。

内部の人員は……記録後、処理対象とする」


ミリアの顔色が変わる。


「処理って……そこに、まだ人が――」


「いるからこそだ」


カイルは遮らず、淡々と続ける。


「救助不能領域を残せば、被害は拡大する。

この循環は“希望”に反応する。

人が動けば、また道が開き、閉じる」


レインは、路地の奥を見ていた。

確かに、避難民が走り出した瞬間だけ、道は“通れた”。


(……誘導)


誰かが仕組んだわけじゃない。

現象が、“人の判断”を餌に成長している。


「だから、人ごと切る」


セレナが続ける。


「判断を生む存在を、最初から外す。

それが、被害を最小にする」


理屈としては、正しい。


リュカが、ゆっくりと口を開いた。


「……それで、あんたたち《鋼律隊こうりつたい》は

何人“切ってきた”?」


セレナの指が一瞬だけ止まる。


「数え切れないわ。だから制度がある」


「数え切れないから、記録しない?」


「数え切れないから、“個人”に背負わせない」


二人の視線がぶつかる。


「制度が背負うの?」


リュカの声は、静かだった。


「それとも……忘れるの?」


その言葉に、後方にいた《鋼律隊こうりつたい》後衛――

《ミレイア=トーン》が、わずかに目を伏せた。


カイルが、会話を切る。


「議論は不要だ。命令が下りている」


前衛の《ドラン=ハルバード》が、半歩前に出る。

剣が、わずかに鞘から覗いた。


「感情で割り込むなら、排除する。

それも“制度”だ」


空気が、張りつめる。


ミリアの指先が震える。

怖いのは、剣じゃない。

この場で“正しい”と認められてしまう判断だ。


「……切るって」


ミリアが言う。


「そんな言葉で済ませないで。

そこにいる人たちは、判断する余地すら奪われる側なんだよ」


セレナは肩をすくめる。


「奪われるんじゃない。

“渡す”の。判断を、制度に」


「それって……」


ミリアの声が、掠れる。


「楽になるのは、誰?」


その問いに、即答は返らなかった。


レインの視界が、歪む。


《完全模写理解(かんぜんもしやりかい/フル・アナライズ・コピー)》が、

勝手に深く潜ろうとする。


鋼律隊こうりつたい》が積み重ねてきた“切った現場”。

判断を下した瞬間の静けさ。

助からなかった者の顔。


重い。


肩が、僅かに沈む。


「……待て」


レインが、低く言った。


全員の視線が集まる。


「この現象、止められる」


カイルの眉が、初めて動いた。


「……根拠は?」


「ある」


レインは一度、息を吸う。


「ただし――

“切る”か、“切らない”か。

どっちを選んでも、後悔は残る」


当たり前の事実。

だが、この場で口にした者はいなかった。


「俺たち《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は……」


レインは、仲間を見る。


ミリア。

リュカ。

エルド。


「後悔を、誰か一人に押し付けない方を選ぶ」


沈黙。


「切らない。

救えなかったとしても、“切った”という判断だけはしない」


ドランが、即座に声を荒げる。


「無責任だ!」


「違う」


エルドが、盾を地面に突き立てる。


「無責任なのは、“決めたふりをして逃げること”だ」


ミリアも、前に出る。


「私たちは、選ぶ。

救えなかった人のことも、

切らなかった結果も……全部、忘れない」


ミレイアが、小さく呟いた。


「……制度は、人を守る」


誰にも聞かせるつもりのない声。


「でも、人は……制度の外で、生きてしまう」


カイルは、長く沈黙したあと、剣を納めた。


「……了解した」


鋼律隊こうりつたい》が、半歩下がる。


「帝国は“切る判断”を撤回しない。

だが――今回は、介入しない」


セレナが、レインを見る。


「あなたたちが選んだ後悔……

最後まで、持つのね?」


レインは頷いた。


「逃げない」


その瞬間、現場に残っていた“想定”が、音もなく軋んだ。


切らない、という選択肢が確定する。


それは楽な道じゃない。

だが――戻れないだけで、進める道だった。


そして、循環の奥で、何かが“次の段階”へ移行し始める。


切らない、という選択肢が確定した瞬間。


街区の空気が、わずかに“動いた”。


循環路の奥で、見えなかったはずの道が、一本だけ形を持つ。

だがそれは、誰にでも通れる道じゃない。


「……出た」


リュカが、息を詰める。


「でも、一本だけだ。全員は――」


言い切る前に、理解してしまった。


戻れる者と、戻れない者。

助かる可能性と、取り残される確率。

切らなかった代償が、はっきりと数になって現れ始めている。


「通れる人、誘導して!」


ミリアが叫ぶ。


誰かが走る。

道が、確かに“通す”。


だが――全員じゃない。


同じ距離を走っても、戻ってくる人がいる。

泣きながら、混乱しながら、何度も。


「どうして……!」

「さっきは通れたのに!」


叫び声が、現場を満たす。


エルドが盾を前に出し、戻ってきた人を支える。


「大丈夫だ、落ち着け。今、もう一回――」


その瞬間。


道が、消えた。


「……っ」


希望に反応して、開いて。

希望が集中した瞬間、閉じる。


レインの視界が、白く滲む。


《完全模写理解(かんぜんもしやりかい/フル・アナライズ・コピー)》が、

否応なく、深部まで潜っていく。


これは“現象”じゃない。

これは――


(……過去だ)


かつて、誰かが同じような状況で。

同じように“切らずに”踏みとどまって。

そして、救えなかった顔。


名前も、声も、感情も。

一つ一つが、体験として流れ込んでくる。


「……っ、レイン!」


ミリアが叫ぶ。


レインの膝が、わずかに折れた。


重い。


一人分じゃない。

何十人、何百人分の「切らなかった後悔」。


(……これを、一人で持つのは)


(……違う)


「合図だ」


エルドが、低く言う。


リュカも、即座に続ける。


「今だ。全員一致」


ミリアが、迷わず叫んだ。


「いい! 一緒に持つ!」


その瞬間。


レインの肩に、手が置かれる。

ミリア。

エルド。

リュカ。


四人分の体温が、はっきりと伝わる。


《完全模写理解》が、変質する。


一人に流れ込んでいた“重さ”が、

四つに分散される。


「……あ」


レインの呼吸が、戻る。


視界のノイズが引き、

代わりに――現象の“核”が見えた。


循環は、人を閉じ込めているんじゃない。

「救われなかった可能性」を、何度も突きつけている。


だから。


「……もう一度、開く」


レインが言う。


「今度は、全員で」


ミリアが頷く。


「走らせない。呼ばない。……希望を、煽らない」


エルドが盾を構える。


「俺が前に立つ。戻れなかった人間の“位置”を固定する」


リュカが、地図を更新する。


「記録する。通れた人、通れなかった人。

忘れないために」


四人が、同時に動く。


静かな誘導。

一人ずつ。

呼ばず、煽らず、淡々と。


道は、ゆっくりと開いた。


全員じゃない。

それでも、確実に。


最後に残った数人が、戻れずに立ち尽くす。


その中に、子どもがいた。


ミリアが、歯を食いしばる。


「……ごめん」


その言葉は、届かない。


けれど。


エルドが、盾を下ろす。


「俺たちは、忘れない」


リュカが、震える手で書き続ける。


「名前が分からなくても……ここに、いたことは」


レインは、目を逸らさなかった。


(これが、切らなかった結果だ)


助けられなかった事実。

それでも、切らなかったという選択。


循環は、ゆっくりと収束していく。


完全な救いじゃない。

完全な失敗でもない。


ただ――逃げなかった現場。


遠くで、《鋼律隊(こうりつたい/アイアン・コード)》が、静かに見ていた。


誰も、評価を口にしない。


だがこの日、

《非裁定(ひさいてい/ノーリトリート)》は初めて知った。


全員で背負う後悔は、

一人で背負う後悔より、前に進める

ということを。

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