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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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救助対象外、という文字

 任務は、

紙一枚で渡された。


 帝国再編局・臨時救助案件。

 区域番号、被害想定、行動制限。


 そして――

赤字で書かれた一行。



救助可能人数:三十六

想定被災人数:五十四


※救助対象外:十八名



「……最初から、

 切ってるんだ」


 ミリアが、

低く呟いた。


 声に、

怒りはない。


 ただ、

理解してしまった声音だった。



「切ってない」


 随行の帝国職員が、

淡々と訂正する。


「優先度を付けているだけです」



 建物の崩壊予測図が、

空中に展開される。


 赤い線。

 黄色い線。

 緑の点。


 命が、

色分けされている。



「三十六名は、

 生存可能性が高い」


「十八名は、

 救助に向かうことで

 全体の成功率を下げる」


「よって――」



「対象外」


 レインが、

その言葉をなぞる。


 頭の奥で、

自然と“コピー”が始まりかける。


 救助ルート。

 時間配分。

 最適解。


 全部、

見えてしまう。



(……使えば)


 十八人全員を、

救える可能性はある。


 ただし、

失敗した場合の被害は

 三十六人分に跳ね上がる。



「ノーリトリート」


 帝国職員が言う。


「貴方たちは、

 制度協力枠です」


「判断は、

 制度に従ってください」



 視線が、

自然とレインに集まる。


 彼なら、

最適解が分かる。


 彼なら、

数字を覆せる。


 ――その期待が、

はっきりと乗っている。



「……使わない」


 レインは、

静かに言った。


 帝国職員が、

眉をひそめる。



「確認します」


「あなたの能力を使えば」


「救助成功率は

 上がるのでは?」



「上がる」


 レインは、

正直に答える。


「でも」


 一拍。


「それは、

 僕一人の後悔になる」



 ミリアが、

一歩前に出た。


「この任務」


「四人で受けた」


「なら」


「後悔も、

 四人で持つ」



 エルドが、

盾を構える。


「救助はやる」


「でも」


「対象外を

 見捨てたことは

 忘れない」



 リュカが、

任務書を閉じる。


「記録は残す」


「制度が

 都合よく消せない形で」



 帝国職員は、

短く息を吐いた。


「……了解」


「では」


「三十六名の救助を

 開始してください」



 鐘が鳴る。


 崩壊まで、

残り時間は少ない。



 レインは、

瓦礫の向こうを見た。


 十八名。


 救助対象外。


 だが――

“存在しなかった”わけではない。



(……これは)


(最初の後悔だ)


 瓦礫の下は、

想像以上に静かだった。


 火災音も、

崩落音も、

一定距離を越えると

急に途切れる。


 音がない場所には、

 人がいる。



「左、反応あり!」


 リュカの声。


 エルドが即座に動き、

崩れた梁を盾で支える。


 ミリアが、

瓦礫の隙間に身を滑り込ませた。



「大丈夫!」


「今出すから!」


 その声に、

中から微かな返事が返る。


 子どもだ。



「……対象内だ」


 随行の帝国職員が、

端末を確認して言う。


「優先度B」


「救助続行」



 数分後、

子どもは無事に引き上げられた。


 泣いている。

 だが、生きている。



「ありがとう……」


 小さな声。


 ミリアは、

何も言わずに頷いた。



 その直後だった。



「……助けて」


 かすれた声が、

さらに奥から聞こえた。



 全員が、

一瞬だけ動きを止める。


 音の方向は、

赤線の向こう。


 救助対象外区域。



「……位置確認」


 リュカが言う。


 端末に表示される反応は、

二つ。


 大人。

 重傷。



「……対象外です」


 帝国職員が、

事務的に告げる。


「これ以上進むと」


「現在救助中の

 三名が危険に晒される」



 ミリアが、

歯を噛みしめた。


「……まだ、生きてる」


「声がある」



 レインは、

瓦礫の向こうを見つめていた。


 頭の奥で、

コピー能力が

静かに疼く。


 進めばどうなるか。

 どこを崩せば

 全員が助かるか。


 見えてしまう。



(……できる)


(今なら)



「レイン」


 エルドが、

低く声をかける。


 視線は前。

 だが、

言葉だけが向けられている。



「……使えば」


 レインは、

小さく答える。


「全員、

 助かる可能性はある」



 帝国職員が、

即座に反応する。


「確認します」


「それは」


「制度上、

 認められた行為ですか?」



 沈黙。


 答えは、

最初から分かっている。



「……違反だ」


 リュカが、

静かに言った。


「記録に残る」


「責任は、

 レイン個人に集中する」



「それでも!」


 ミリアが、

声を荒げる。


「目の前で

 死ぬって分かってるのに!」



「……ミリア」


 レインは、

彼女を見た。


 真っ直ぐに。



「《非裁定ノーリトリート》は」


 一拍。


「選ばないって

 決めたわけじゃない」


「選ぶなら」


「一人で

 選ばない」



 ミリアの息が、

詰まる。


 エルドが、

一歩前に出た。



「……行くなら」


「俺が、

 最初に行く」


「盾が、

 必要だ」



 リュカが、

歯を食いしばる。


「……時間がない」


「三名の救助完了まで

 あと四十秒」



 瓦礫の奥から、

再び声がした。



「……誰か……」



 レインは、

拳を強く握る。


 コピーを使えば、

助かる。


 使わなければ、

死ぬ。


 どちらも、

後悔は残る。



「……」


 そして、

レインは言った。



「今回は」


「行かない」



 ミリアが、

目を伏せた。


 だが、

否定はしない。



「……記録、残す」


 リュカが言う。


「“救助対象外区域に

 生存反応あり”」


「判断者」


「ノーリトリート全員」



 エルドが、

瓦礫に背を向ける。


 その背中は、

一段、重かった。



 数秒後。


 崩落音が、

奥から響いた。


 声は、

それきり聞こえなくなった。



 救助完了の合図が鳴る。


 三十六名、

生存。



 レインは、

その場に立ち尽くしたまま、

静かに思う。



(……これが)


(制度に入るってことか)


 任務終了の鐘は、

想像よりも軽かった。


 騒がしさも、

拍手もない。


 ただ、

端末に淡々と結果が記録されていく。



救助完了

生存者:三十六名


想定通り

被害拡大なし


評価:良



「……“良”だって」


 ミリアが、

吐き捨てるように言った。


 誰も、

すぐには答えない。



 帝国職員が、

事務的に続ける。


「今回の任務において」


「ノーリトリートは」


 一拍。


「制度に忠実であり、

 適切な判断を下しました」



「褒め言葉?」


 ミリアが、

視線を上げる。


「事実です」


 即答。



「対象外区域に

 踏み込まなかったことにより」


「二次被害は発生しませんでした」


「救助対象は、

 全員生存」



 正しい。


 否定できないほど、

正しい。



 レインは、

その言葉を聞きながら

地面を見ていた。


 瓦礫の隙間に、

血の跡がある。


 さっきまで、

声があった場所だ。



(……コピーしていれば)


 一瞬、

その思考が浮かぶ。


 だが、

すぐに打ち消す。



(違う)


(それをやったら)


(後悔は、

 僕一人のものになる)



「……レイン」


 ミリアの声。


 今度は、

抑えきれていない。



「分かってる」


「正しかったって」


「でもさ」


 一歩、

近づく。


「私は、

 あの声を

 忘れられない」



 レインは、

顔を上げた。


 何か言おうとして、

やめる。


 言葉にすると、

正当化になる。



「……記録、

 提出する」


 リュカが、

静かに言う。


「制度用とは別に」


「ノーリトリート用の

 記録も残す」



「都合よく

 切り捨てられない形で」


 それは、

彼なりの抵抗だった。



 エルドは、

しばらく黙っていた。


 やがて、

ぽつりと口を開く。



「……前に立つって」


「こういうことか」


 盾を、

少し強く握る。


「守れないものが

 見えてても」


「それでも、

 立ち続ける」



 帝国職員は、

一通りの報告を終え、

一礼した。



「今回の任務評価は」


「ノーリトリートにとって」


「極めて良好です」


「今後も、

 制度下任務への

 参加を推奨します」



 その言葉で、

全てが終わった。



 人が死んだことも。

 声が消えたことも。

 迷った時間も。


 すべて、

 “処理された”。



 その場を離れた後、

誰もすぐには口を開かなかった。


 帝国の街は、

いつも通りに動いている。


 救われた三十六人は、

どこかで泣いているだろう。



「……ねえ」


 ミリアが、

ぽつりと言った。


「私たち」


「ちゃんと、

 《非裁定ノーリトリート

 やれてる?」



 レインは、

少し考えてから答える。



「……分からない」


「でも」


 一拍。


「一人で

 後悔してない」



 ミリアは、

小さく笑った。


 泣きそうな顔で。



「それだけで」


「今日は、

 いいよ」



 レインは、

歩きながら思う。


 コピー能力は、

まだ使っていない。


 だが――


 使わなかった後悔が、

確かに胸に残っている。



(……次は)


(使わない、

 では済まないかもしれない)



 それを、

全員が分かっていた。


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