救助対象外、という文字
任務は、
紙一枚で渡された。
帝国再編局・臨時救助案件。
区域番号、被害想定、行動制限。
そして――
赤字で書かれた一行。
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救助可能人数:三十六
想定被災人数:五十四
※救助対象外:十八名
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「……最初から、
切ってるんだ」
ミリアが、
低く呟いた。
声に、
怒りはない。
ただ、
理解してしまった声音だった。
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「切ってない」
随行の帝国職員が、
淡々と訂正する。
「優先度を付けているだけです」
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建物の崩壊予測図が、
空中に展開される。
赤い線。
黄色い線。
緑の点。
命が、
色分けされている。
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「三十六名は、
生存可能性が高い」
「十八名は、
救助に向かうことで
全体の成功率を下げる」
「よって――」
⸻
「対象外」
レインが、
その言葉をなぞる。
頭の奥で、
自然と“コピー”が始まりかける。
救助ルート。
時間配分。
最適解。
全部、
見えてしまう。
⸻
(……使えば)
十八人全員を、
救える可能性はある。
ただし、
失敗した場合の被害は
三十六人分に跳ね上がる。
⸻
「ノーリトリート」
帝国職員が言う。
「貴方たちは、
制度協力枠です」
「判断は、
制度に従ってください」
⸻
視線が、
自然とレインに集まる。
彼なら、
最適解が分かる。
彼なら、
数字を覆せる。
――その期待が、
はっきりと乗っている。
⸻
「……使わない」
レインは、
静かに言った。
帝国職員が、
眉をひそめる。
⸻
「確認します」
「あなたの能力を使えば」
「救助成功率は
上がるのでは?」
⸻
「上がる」
レインは、
正直に答える。
「でも」
一拍。
「それは、
僕一人の後悔になる」
⸻
ミリアが、
一歩前に出た。
「この任務」
「四人で受けた」
「なら」
「後悔も、
四人で持つ」
⸻
エルドが、
盾を構える。
「救助はやる」
「でも」
「対象外を
見捨てたことは
忘れない」
⸻
リュカが、
任務書を閉じる。
「記録は残す」
「制度が
都合よく消せない形で」
⸻
帝国職員は、
短く息を吐いた。
「……了解」
「では」
「三十六名の救助を
開始してください」
⸻
鐘が鳴る。
崩壊まで、
残り時間は少ない。
⸻
レインは、
瓦礫の向こうを見た。
十八名。
救助対象外。
だが――
“存在しなかった”わけではない。
⸻
(……これは)
(最初の後悔だ)
瓦礫の下は、
想像以上に静かだった。
火災音も、
崩落音も、
一定距離を越えると
急に途切れる。
音がない場所には、
人がいる。
⸻
「左、反応あり!」
リュカの声。
エルドが即座に動き、
崩れた梁を盾で支える。
ミリアが、
瓦礫の隙間に身を滑り込ませた。
⸻
「大丈夫!」
「今出すから!」
その声に、
中から微かな返事が返る。
子どもだ。
⸻
「……対象内だ」
随行の帝国職員が、
端末を確認して言う。
「優先度B」
「救助続行」
⸻
数分後、
子どもは無事に引き上げられた。
泣いている。
だが、生きている。
⸻
「ありがとう……」
小さな声。
ミリアは、
何も言わずに頷いた。
⸻
その直後だった。
⸻
「……助けて」
かすれた声が、
さらに奥から聞こえた。
⸻
全員が、
一瞬だけ動きを止める。
音の方向は、
赤線の向こう。
救助対象外区域。
⸻
「……位置確認」
リュカが言う。
端末に表示される反応は、
二つ。
大人。
重傷。
⸻
「……対象外です」
帝国職員が、
事務的に告げる。
「これ以上進むと」
「現在救助中の
三名が危険に晒される」
⸻
ミリアが、
歯を噛みしめた。
「……まだ、生きてる」
「声がある」
⸻
レインは、
瓦礫の向こうを見つめていた。
頭の奥で、
コピー能力が
静かに疼く。
進めばどうなるか。
どこを崩せば
全員が助かるか。
見えてしまう。
⸻
(……できる)
(今なら)
⸻
「レイン」
エルドが、
低く声をかける。
視線は前。
だが、
言葉だけが向けられている。
⸻
「……使えば」
レインは、
小さく答える。
「全員、
助かる可能性はある」
⸻
帝国職員が、
即座に反応する。
「確認します」
「それは」
「制度上、
認められた行為ですか?」
⸻
沈黙。
答えは、
最初から分かっている。
⸻
「……違反だ」
リュカが、
静かに言った。
「記録に残る」
「責任は、
レイン個人に集中する」
⸻
「それでも!」
ミリアが、
声を荒げる。
「目の前で
死ぬって分かってるのに!」
⸻
「……ミリア」
レインは、
彼女を見た。
真っ直ぐに。
⸻
「《非裁定》は」
一拍。
「選ばないって
決めたわけじゃない」
「選ぶなら」
「一人で
選ばない」
⸻
ミリアの息が、
詰まる。
エルドが、
一歩前に出た。
⸻
「……行くなら」
「俺が、
最初に行く」
「盾が、
必要だ」
⸻
リュカが、
歯を食いしばる。
「……時間がない」
「三名の救助完了まで
あと四十秒」
⸻
瓦礫の奥から、
再び声がした。
⸻
「……誰か……」
⸻
レインは、
拳を強く握る。
コピーを使えば、
助かる。
使わなければ、
死ぬ。
どちらも、
後悔は残る。
⸻
「……」
そして、
レインは言った。
⸻
「今回は」
「行かない」
⸻
ミリアが、
目を伏せた。
だが、
否定はしない。
⸻
「……記録、残す」
リュカが言う。
「“救助対象外区域に
生存反応あり”」
「判断者」
「ノーリトリート全員」
⸻
エルドが、
瓦礫に背を向ける。
その背中は、
一段、重かった。
⸻
数秒後。
崩落音が、
奥から響いた。
声は、
それきり聞こえなくなった。
⸻
救助完了の合図が鳴る。
三十六名、
生存。
⸻
レインは、
その場に立ち尽くしたまま、
静かに思う。
⸻
(……これが)
(制度に入るってことか)
任務終了の鐘は、
想像よりも軽かった。
騒がしさも、
拍手もない。
ただ、
端末に淡々と結果が記録されていく。
⸻
救助完了
生存者:三十六名
想定通り
被害拡大なし
評価:良
⸻
「……“良”だって」
ミリアが、
吐き捨てるように言った。
誰も、
すぐには答えない。
⸻
帝国職員が、
事務的に続ける。
「今回の任務において」
「ノーリトリートは」
一拍。
「制度に忠実であり、
適切な判断を下しました」
⸻
「褒め言葉?」
ミリアが、
視線を上げる。
「事実です」
即答。
⸻
「対象外区域に
踏み込まなかったことにより」
「二次被害は発生しませんでした」
「救助対象は、
全員生存」
⸻
正しい。
否定できないほど、
正しい。
⸻
レインは、
その言葉を聞きながら
地面を見ていた。
瓦礫の隙間に、
血の跡がある。
さっきまで、
声があった場所だ。
⸻
(……コピーしていれば)
一瞬、
その思考が浮かぶ。
だが、
すぐに打ち消す。
⸻
(違う)
(それをやったら)
(後悔は、
僕一人のものになる)
⸻
「……レイン」
ミリアの声。
今度は、
抑えきれていない。
⸻
「分かってる」
「正しかったって」
「でもさ」
一歩、
近づく。
「私は、
あの声を
忘れられない」
⸻
レインは、
顔を上げた。
何か言おうとして、
やめる。
言葉にすると、
正当化になる。
⸻
「……記録、
提出する」
リュカが、
静かに言う。
「制度用とは別に」
「ノーリトリート用の
記録も残す」
⸻
「都合よく
切り捨てられない形で」
それは、
彼なりの抵抗だった。
⸻
エルドは、
しばらく黙っていた。
やがて、
ぽつりと口を開く。
⸻
「……前に立つって」
「こういうことか」
盾を、
少し強く握る。
「守れないものが
見えてても」
「それでも、
立ち続ける」
⸻
帝国職員は、
一通りの報告を終え、
一礼した。
⸻
「今回の任務評価は」
「ノーリトリートにとって」
「極めて良好です」
「今後も、
制度下任務への
参加を推奨します」
⸻
その言葉で、
全てが終わった。
⸻
人が死んだことも。
声が消えたことも。
迷った時間も。
すべて、
“処理された”。
⸻
その場を離れた後、
誰もすぐには口を開かなかった。
帝国の街は、
いつも通りに動いている。
救われた三十六人は、
どこかで泣いているだろう。
⸻
「……ねえ」
ミリアが、
ぽつりと言った。
「私たち」
「ちゃんと、
《非裁定》
やれてる?」
⸻
レインは、
少し考えてから答える。
⸻
「……分からない」
「でも」
一拍。
「一人で
後悔してない」
⸻
ミリアは、
小さく笑った。
泣きそうな顔で。
⸻
「それだけで」
「今日は、
いいよ」
⸻
レインは、
歩きながら思う。
コピー能力は、
まだ使っていない。
だが――
使わなかった後悔が、
確かに胸に残っている。
⸻
(……次は)
(使わない、
では済まないかもしれない)
⸻
それを、
全員が分かっていた。




