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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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後悔は、分割できない

帝国南区再編区域の空気は、

前日と何も変わっていなかった。


 兵の配置。

 封鎖線。

 掲示板の告知。


 すべて、

予定通り。



再配置最終確認

明朝、区画封鎖を実施

対象外居住者は

例外なく排除処理へ移行


 文字は、

いつもより丁寧だった。


 配慮の結果だ。



「……始まるね」


 ミリアが、

低く言う。


 感情は抑えている。

 だが、

視線だけは逸らさない。



 レインは、

何も言わず掲示を見ていた。


 頭の奥では、

昨夜“写してしまったもの”が

まだ整理されていない。


 英雄が剣を振る理由。

 裁定者が人を切る夜。

 制度が迷わないために

 誰かを置いていく構造。



(……制度に入る資格)


 それが、

今の論点だった。



「鋼律隊から、

 正式通知が来てる」


 リュカが、

端末を示す。


「ノーリトリートは」


 一拍。


「再審委員会の

 臨時協力枠として

 参加可能」



「つまり?」


 ミリアが聞く。


「制度の中に、

 入れる」


「ただし」


 リュカは、

続ける。


「裁定には

 従う義務がある」



 沈黙。


 それは、

分かっていた話だ。



「……入れば」


 エルドが、

低く言う。


「救える人数は、

 確実に増える」


「入らなければ」


「確実に、

 切られる」



「でも」


 ミリアが、

視線を上げる。


「入った瞬間」


「誰かを、

 選ぶ側になる」


 それが、

最大の違いだった。



 レインは、

ゆっくりと口を開く。


「……昨日までなら」


「選ばない、

 で済ませられた」


 一拍。


「でも、

 今は違う」



 視線を、

再編区域へ向ける。


「ここでは」


「選ばないことが、

 最初から

 選んでいる」



 その言葉に、

全員が黙る。


 否定できない。



「……レイン」


 ミリアが、

静かに言う。


「もし」


「制度に入って」


「私が、

 切られる側を

 選びたくなったら」


 問いは、

鋭い。



 レインは、

すぐに答えなかった。


 代わりに、

はっきり言う。


「その時は」


「止める」


 ミリアが、

少しだけ目を見開く。



「一人で

 背負わせない」


「正義にも、

 善意にも」


「……もちろん」


 一拍。


「僕にも」



 エルドが、

静かに盾を握る。


「なら、

 俺は前に立つ」


「切る判断を

 下す前に」


「必ず、

 俺を通せ」



 リュカが、

苦く笑う。


「……全員で

 やるってことだね」


「うん」


 レインは、

頷いた。



 その時。


 遠くで、

重い足音が響く。


 迷いのない歩き方。


 制度の中心から

 まっすぐ歩いてくる音。



「……来た」


 ミリアが、

小さく呟く。



 帝国英雄、

レオニス=アウグスト。


 鎧は着ていない。

 剣も抜いていない。


 だが、

動く理由を持った顔をしていた。



 レインは、

その姿を見て理解する。


(……次だ)


 ここから先は、

選択になる。


 しかも――

一人の選択ではない。


レオニス=アウグストは、

再編区域の入口で足を止めた。


 兵も、

鋼律隊も、

彼の前では動かない。


 命令がなくとも、

それが正しいと分かっているからだ。



「……ここから先は」


 レオニスは、

静かに言った。


「英雄の役割になる」


 その言葉に、

誰も反論しない。



「帝国は」


 続ける。


「正しさを

 個人に委ねない」


「だから、

 制度がある」


「だから、

 英雄がいる」


 一拍。


「だが」


 視線が、

ノーリトリートへ向く。



「制度が正しく動くほど、

 切られる側は

 説明を失う」


 その言葉は、

英雄の口から出るには

あまりに静かだった。



「……昨日までの私は」


 レオニスは、

淡々と語る。


「それを

 当然だと思っていた」


「説明は制度がする」


「英雄は、

 剣を振るうだけでいい」



「でも」


 一歩、

前に出る。


「昨夜、

 見てしまった」


 全員が、

息を詰める。



「コピーだ」


 短く言う。


「彼の力が、

 何を写しているのか」


 視線が、

レインに刺さる。



「剣を振る理由」


「切った後の後悔」


「それでも

 前に立ち続けた記憶」


 拳を、

わずかに握る。



「……あれを」


 低い声。


「一人に

 背負わせてはいけない」


 それが、

英雄が動く理由だった。



「だから」


 レオニスは、

はっきり言う。


「私は、

 制度の側に立ったまま

 動く」


 それは、

逃げではない。



「ノーリトリート」


 名を呼ぶ。


「君たちが

 制度に入るなら」


「私は、

 剣を抜かない」



「だが」


 一拍。


「入らないなら」


「私は、

 英雄として

 ここを終わらせる」


 宣告だった。



 ミリアが、

歯を噛みしめる。


「……脅し?」


「違う」


 即答。


「責任の所在を

 はっきりさせているだけだ」



 リュカが、

低く言う。


「制度に入れば、

 救える人数は増える」


「でも」


「誰を切るか、

 記録に残る」


 視線を、

レインに向ける。


「……君が、

 それを写す」



 レインは、

黙っていた。


 昨夜、

写してしまったものが

頭の奥で重なる。


 英雄の決断も、

裁定者の沈黙も。



「……レオニス」


 レインが、

静かに口を開く。


「制度に入って」


「もし」


「全員が

 後悔する判断を

 下すことになったら」



「その時は」


 レオニスは、

迷わず答えた。


「私も

 同じ後悔を引き受ける」


 それが、

英雄の覚悟だった。



 その言葉で、

逃げ道は消えた。


 制度の外でも、

中でも。


 誰か一人が

 背負う構図は

 もう存在しない。



 ミリアは、

ゆっくりと息を吐く。


「……ほんとに」


「面倒な人ばっかり」


 だが、

目は逸らさない。



「……レイン」


 彼女は、

真っ直ぐ言った。


「私、

 選ぶの嫌い」


「でも」


 一拍。


「誰か一人に

 押しつける方が

 もっと嫌」



 エルドが、

盾を前に出す。


「なら」


「前には、

 俺が立つ」


「切る判断の前に」


「必ず、

 俺を通せ」



 リュカが、

苦笑する。


「……全員で

 地獄を見る準備は

 できた、って感じだね」



 レインは、

全員を見渡す。


 英雄も、

仲間も。


 全員が、

同じ地点に立っている。



「……分かった」


 静かな声。


「全員で、

 一つの後悔を

 引き受けよう」



 その瞬間。


 帝国の鐘が、

鳴った。


 再編開始まで、

残り時間はわずか。


 ここから先は、

戻れない。


再編区域に、

静かな緊張が満ちていた。


 兵は動かない。

 鋼律隊も待機したまま。


 制度は、

最終判断だけを待っている。



「……決断の時間だ」


 レオニス=アウグストが、

はっきりと言った。


「ノーリトリート」


「制度に入るか」


「それとも、

 ここで離れるか」



 視線が、

自然とレインに集まる。


 だが、

彼はすぐに答えなかった。



(……コピーすれば)


 頭の奥で、

可能性が並ぶ。


 誰が切られるか。

 誰が救われるか。

 どの判断が

 最も効率的か。


 全部、

見えてしまう。



(でも)


 同時に分かる。


 それをやった瞬間、

後悔はレイン一人のものになる。



「……使わない」


 レインは、

静かに言った。


 それは、

逃げではない。



「今回は」


「コピーを、

 使わない」



 ミリアが、

一瞬だけ目を見開く。


「……いいの?」


「うん」


 レインは頷く。


「これは」


「一人で

 理解していい場面じゃない」



 リュカが、

深く息を吸う。


「じゃあ」


「情報は不完全」


「判断は、

 全員の主観になる」



「それでいい」


 エルドが、

即座に言う。


「完全な判断より」


「全員で引き受ける判断の方が

 価値がある」



 レオニスは、

そのやり取りを

黙って聞いていた。


 やがて、

一つだけ問いを投げる。



「……制度に入るということは」


「救えない者を

 公式に認めることになる」


「それでも、

 前に進む覚悟はあるか」



 ノーリトリートの四人は、

互いに視線を交わす。


 確認は、

一瞬で終わった。



「ある」


 ミリアが言う。


「切る側に立つなら」


「切られた人の顔を

 忘れない」



「記録は、

 俺が持つ」


 リュカが続ける。


「都合よく

 整理させない」



「盾は、

 前に出す」


 エルドが言う。


「制度が

 迷わないように」


「でも」


「人を、

 数字にしないために」



 最後に、

レインが口を開く。



「……僕は」


「正解を

 置かない」


「最適解も、

 示さない」


「ただ」


 一拍。


「全員で選んだ後悔を

 忘れないように

 理解し続ける」



 その言葉で、

答えは揃った。



「ノーリトリートは」


 レインが、

はっきり告げる。


「制度に入る」


「ただし」


「選択の責任は」


「四人で、

 等分じゃない」



「同じ重さで

 引き受ける」



 レオニスは、

目を閉じる。


 そして、

静かに頷いた。



「了解した」


「英雄として」


「私は、

 その判断を守る」



 鐘が、

再び鳴る。


 再編開始。


 制度は動き出した。



 だが――

その中心には、

もう一つの異物がある。


 正義でもなく、

 裁定でもなく。


 後悔を共有する集団。



 レインは、

歩き出しながら思う。


 これでいい。


 軽くはならない。

 楽にもならない。


 それでも――



 一人で背負うより、

 ずっとましだ。


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