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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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星読みの婆は、写し取る前を見ている

 帝国の裏通りは、

地図から意図的に削られている。


 通れないわけじゃない。

 ただ――

通る理由が記録されない。


 制度の隙間に沈殿した場所。


 そこに、

一軒だけ残っている建物があった。



「……本当に、ここ?」


 ミリアが、

壁の歪みを見上げながら言う。


 看板はない。

 扉は古い。

 だが、鍵だけは異様に新しい。


「間違いありません」


 鋼律隊のセレナが答える。


「帝国非公式魔導顧問。

 半公認・半放置」


「バルドゥ=ネブラ」


 その名を出した瞬間、

同行していた兵士が

一斉に視線を逸らした。



「忠告します」


 セレナは、

淡々と続ける。


「彼女の前では、

 才能を隠さないでください」


「隠そうとすると、

 余計に高くつきます」


「……それ、

 最初に言うこと?」


 ミリアが小声で突っ込む。



 扉に手をかけた瞬間、

中から声が飛んできた。


「立ち話は嫌いだよ」


「入りな」


 鍵が、

ひとりでに外れた。



 室内は、

思ったより狭い。


 だが、

物が多い。


 魔導書、記録板、

未整理の契約書、

そして――値札。


「……値札?」


 リュカが、

思わず呟く。



「見ての通りさ」


 奥から現れたのは、

小柄な老婆だった。


 背は低い。

 皺は深い。


 だが、

目だけが異様に澄んでいる。


「才能は商品」


「例外はない」



 視線が、

全員をなぞる。


 英雄レオニスの前で

一瞬止まり、

すぐに興味を失う。


「完成品」


 短い評価。


 そして――

最後にレインを見る。



「……あら」


 声色が変わった。


「コピー?」


 レインが、

一瞬だけ間を置く。


「……はい」


 いつも通りの答え。



 次の瞬間。


「違うね」


 即断。


 空気が、

一段落ちた。



「コピーは“結果”を写す」


 バルドゥは、

レインから目を離さない。


「でもあんた」


 一歩近づく。


「使った後まで

 写し取ってる」


 レインの背中に、

冷たいものが走る。



「……どういう意味だ」


 レオニスが、

低い声で問う。


 英雄の圧。

 だが、バルドゥは

一切動じない。



「能力を使った後の」


「疲労、後悔、

 判断の重さ」


「全部、

 同時に背負ってる」


 鼻で笑う。


「だから壊れない」


「だから開花しない」



「……未完成、

 ということか」


 レオニスが言う。


「ええ」


 即答。


「未開花」


「使えてるのが、

 一番厄介なタイプだ」



 レインは、

何も言えなかった。


 否定できない。


 今まで、

コピーした技の後に

残っていた違和感。


 それが、

“写っていた”のだと

今になって理解する。



「……開花させてやろうか」


 バルドゥは、

まるで買い物を勧めるように言った。


「一瞬だけ」


「完成形を、

 見せてあげる」



 ミリアが、

反射的に口を開く。


「そんな簡単に――」


「簡単さ」


 バルドゥは、

笑った。


「その代わり」


 一拍。


「高いよ」



 レインは、

小さく息を吐いた。


「……また修行ですか」


「ジル爺みたいな――」



「あんなスケベ詐欺ジジイと

 一緒にするんじゃないよ」


 即座に、

怒鳴られた。



「私はね」


 バルドゥは、

指を鳴らす。


「請求書を

 誤魔化さない」



 その音を合図に、

世界が――

一瞬だけ、

軋んだ。


「動くんじゃないよ」


 バルドゥ=ネブラは、

床を杖で一度だけ叩いた。


 その音は、

魔法でも術式でもない。


 だが――

場の前提が固定された。



「《一瞬開花いっしゅんかいか》」


 淡々と告げる。


「安全装置を、

 外すよ」



「……待って」


 ミリアが、

即座に前へ出る。


「それ、

 身体に悪いやつでしょ」


「悪くない才能なんて、

 存在しないよ」


 即答。


「悪さの度合いを、

 選んでるだけさ」



 レインは、

動かなかった。


 逃げない。


 だが――

覚悟は、まだ固めていない。


 それでも、

バルドゥは構わず続ける。



「いいかい」


「今までのあんたのコピーは」


「技を写して」


「発動をなぞって」


「結果だけを

 “使ったことにしてた”」


 一歩近づく。


「でもね」


「本物は違う」



 杖の先が、

レインの額に触れた。



 ――瞬間。


 視界が、

裂けた。



 力が流れ込む。


 いや、

力ではない。


 体験だ。



 誰かの奥義を

初めて使った日の恐怖。

 失敗した夜の後悔。

 守れなかったものの重さ。


 それらが、

区別なく押し寄せる。



「……っ」


 膝が、

崩れ落ちる。


 だが、

倒れない。


 エルドが、

後ろから支えた。



「見るんじゃない」


 バルドゥの声が、

遠くで響く。


「写すんだ」



 世界が、

情報になる。


 技の構造。

 魔力の流れ。

 発動条件。

 制約。

 失敗例。


 それだけじゃない。


 その力を

 使い続けた理由。



 英雄が剣を振る理由。

 裁定者が切る理由。

 守れなかった夜の言い訳。


 すべてが、

一つの束になって

流れ込んでくる。



「……これが」


 レインの喉から、

かすれた声が漏れる。


「コピー……?」



「そうさ」


 バルドゥは、

淡々と告げる。


「《完全模写理解かんぜんもしゃりかい》」


「力だけじゃない」


「使うに至った人生まで

 写し取る」



「止めろ!」


 ミリアが、

叫ぶ。


「それ、

 人がやることじゃない!」


「だから高い」


 即答。



 レオニス=アウグストは、

その光景を

言葉を失って見ていた。


 これは、

英雄の力ではない。


 裁定でもない。


 役割そのものを

 奪い取る力。



「……これを」


 レオニスが、

低く呟く。


「制御できるのか?」


「できないよ」


 バルドゥは、

あっさり答える。


「だから」


「完成じゃない」



 次の瞬間。


 杖が、

床を叩く。



「はい、

 終了」



 世界が、

元に戻る。


 レインは、

その場に崩れ落ちた。


 呼吸が荒い。


 視界が、

まだ揺れている。



「……今」


 息を整えながら、

呟く。


「全部……」


「見たね」


 バルドゥは、

満足そうに頷いた。



「覚えときな」


「これは“力”じゃない」


「重さだ」


「背負えるかどうかで、

 あんたの未来は決まる」



 床に、

一枚の紙が落ちる。


 請求書だ。


 金額を見て、

ミリアが絶句する。



「……ぼったくり」


「命より安い」


 また即答。



 レインは、

震える手で

その紙を掴んだ。


 顔を上げる。


「……払います」



 バルドゥは、

にやりと笑った。


「いい目だ」


「でも覚えときな」


 一拍。


「使えば使うほど、

 居場所は減る」


「帝国でも」


「外でも」



 沈黙が、

部屋を満たす。


 全員が理解していた。


 今の一瞬で――

レインは

“戻れない景色”を

見てしまった。


しばらくの間、

レインは動けなかった。


 意識はある。

 視界も戻っている。


 だが――

自分が自分である感覚だけが、

 はっきりしない。



「……レイン」


 ミリアの声。


 近い。


 触れそうで、

触れない距離。



「大丈夫?」


 問いは、

優しい。


 だが、

答えに困る種類のものだった。



「……分からない」


 正直に言う。


「痛くはない」


「苦しくもない」


 一拍。


「重いだけだ」



 頭の奥に、

まだ残っている。


 誰かが剣を振った理由。

 誰かが人を切った夜。

 誰かが選ばなかった結果。


 それらが、

整理されないまま

沈殿している。



「……これが」


 リュカが、

低い声で言う。


「コピーの完成形?」


「完成じゃない」


 バルドゥ=ネブラが、

即座に訂正する。



「これは」


 老婆は、

レインを見下ろす。


「“完成したらどうなるか”を

 一瞬見ただけ」


「使い続けたら、

 どう壊れるかも含めてね」



「……壊れる?」


 ミリアの声が、

わずかに強まる。


「ええ」


 即答。


「間違いなく」



 エルドが、

静かに口を開く。


「……それでも」


「使えば、

 救えるものは増える」


 盾を背負ったまま、

まっすぐに言う。



「そうだね」


 バルドゥは、

笑った。


「だから英雄は

 それを欲しがる」



 その言葉に、

全員の視線が

レオニス=アウグストへ向く。


 帝国英雄は、

沈黙していた。


 だが――

視線は、

はっきりとレインを見ている。



「……この力が」


 レオニスが、

ゆっくりと口を開く。


「制度の中で

 使われた場合」


「帝国は、

 より正しくなる」


 一拍。


「だが」


「正しさを

 選べなくなる」



 それは、

英雄としての結論だった。


 この力は、

便利すぎる。


 だからこそ、

危険だ。



「……レイン」


 ミリアが、

声を落とす。


「これ」


「一人で

 背負うつもり?」



 レインは、

しばらく黙っていた。


 頭の中に、

無数の“誰か”がいる。


 その全員が、

同じ問いを投げてくる。



「……無理だ」


 はっきり言う。


「一人じゃ」


「多分、

 どこかで

 自分を正当化する」



 ミリアの表情が、

わずかに緩む。


 エルドが、

短く頷く。



「だから」


 レインは、

続ける。


「次に動く時は、

 全員で決めたい」


「全員で、

 同じ後悔を引き受ける」



 バルドゥは、

その言葉を聞いて

満足そうに笑った。


「いいね」


「やっと

 値段分の顔になった」



 請求書を、

ひらりと振る。


「支払いは、

 忘れるんじゃないよ」


「金も」


「覚悟も」



 扉が開く。


 外は、

変わらない帝国の街。


 制度は動き、

正義は稼働し続けている。


 だが――

ノーリトリートだけは、

一段違う場所へ

足を踏み入れた。



 レオニスは、

最後に一言だけ言った。


「……次は」


「英雄として、

 動かざるを得ない」



 それは、

宣言ではない。


 予告だ。



 レインは、

深く息を吸う。


 まだ、

何も決めていない。


 だが、

一つだけ確かなことがある。



 次の選択は、

 もう“見ているだけ”では

 済まない。


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