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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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制度の中でしか、助からない

 通報は、

正式な経路で届いた。


 帝国の制度は、

例外を嫌う。


 だから、

今回の案件は

最初から“正義の中”にあった。



「……ノーリトリートへの、

 協力要請?」


 リュカが、

端末の文面を読み上げる。


「正確には」


 レインが、

静かに訂正する。


「“任意協力の打診”」


「……言い方を変えただけだね」


 ミリアが、

即座に言う。



 内容は、

単純だった。


 帝国南区。

 集合住宅区画。


 違法ではないが、

制度の想定から外れた事態。



「居住区再編に伴う、

 強制移転」


「対象区域に、

 非登録居住者が存在」


「期限内の移転が

 確認できなかった場合」


 一拍。


「区画封鎖および

 排除処理を実施」


 排除。


 曖昧だが、

帝国では

具体的な言葉だ。



「……非登録?」


 エルドが、

低く問う。


「孤児、

 書類未整備者」


「戦災流入者の、

 登録漏れも含む」


 リュカが、

補足する。


「要するに」


「制度に

 “入れなかった人たち”」



 ミリアの表情が、

強張る。


「……助ける方法は?」


 リュカは、

首を横に振る。


「制度の外からは、

 ない」


「中に入って、

 “再審”をかけるしかない」



 それは、

救済の道だった。


 だが同時に、

明確な代償がある。



「再審を通すには」


 リュカが続ける。


「誰かを

 “非適格”にする必要がある」


「枠が、

 足りないから」


 沈黙。



 救うために、

切る。


 切らなければ、

全員が切られる。


 帝国は、

そういう設計だ。



「……つまり」


 ミリアが、

言葉を探しながら言う。


「私たちが入ったら」


「誰かを、

 選ばなきゃいけない」


 レインは、

頷いた。


「そうなる」



 エルドが、

盾を握る。


「……今までは」


「選ばなくても、

 立てた」


「でも今回は」


 一拍。


「立つために、

 選ばされる」



 その時、

扉が叩かれた。


 今度は、

遠慮のない音。


 鋼律隊だ。



「時間がない」


 カイル=ヴァンロックは、

単刀直入だった。


「区画封鎖は、

 明朝」


「制度の中に

 入らなければ」


 一拍。


「君たちは、

 “何もしなかった側”として

 記録される」


 それは、

脅しではない。


 事実通知だ。



「……英雄は?」


 ミリアが、

噛みつくように聞く。


 カイルは、

少しだけ目を伏せた。


「レオニスは」


「制度に従う」


 迷いは、

そこにない。



 鋼律隊が去った後、

部屋には

重い静けさが残った。



「……レイン」


 ミリアが、

声を落とす。


「これ、

 どうするの?」


 今度は、

逃げ道のない問いだ。



 レインは、

すぐには答えなかった。


 これまで、

選ばないことで

守れていたもの。


 だが、

今は違う。


 選ばなければ、

確実に誰かが切られる。



「……まだ」


 ゆっくりと言う。


「答えは、

 出さない」


 ミリアが、

息を飲む。



「ただ」


 レインは、

続ける。


「これは、

 “見送る案件”じゃない」


「逃げもしない」


 一拍。


「全員で、

 見に行く」



 それが、

ノーリトリートの

次の一歩だった。


 選ぶ前に、

見る。


 切る前に、

受け止める。



 帝国の正義は、

もう待ってくれない。


 だが、

ノーリトリートも

ここで止まらない。


 再編区域は、

帝国の地図では

ただの番号で示されている。


 だが、

現地は「生活」だった。



 集合住宅区画は、

古い。


 帝国の中心部に比べれば、

整備も行き届いていない。


 それでも、

人は住んでいる。


 洗濯物が干され、

子どもの声が響き、

夕食の匂いが漂っている。



「……ここが」


 ミリアが、

小さく呟く。


「排除対象区域?」


「正確には」


 リュカが訂正する。


「再配置未対応区域」


 言葉は、

柔らかい。


 意味は、

重い。



 帝国兵が、

通路の要所に立っている。


 威圧はしない。

 急かしもしない。


 ただ、

期限を告げるだけだ。


「明朝までに、

 移転確認が取れない場合」


「区画封鎖を開始します」


 それが、

正義の声だった。



 子どもが、

通路を走り抜ける。


 転びそうになり、

エルドが

反射的に支える。


「……ありがとう」


 母親が、

頭を下げる。


 その動作に、

恐怖はない。


 帝国兵も、

何も言わない。


 親切は、

 違反ではない。



「……ねえ」


 ミリアが、

低い声で言う。


「この人たち」


「何か、

 悪いことした?」


 レインは、

首を振る。


「していない」


「ただ」


 一拍。


「制度に、

 間に合わなかった」



 ある部屋の前で、

足が止まる。


 中から、

咳き込む音。


 扉が開き、

老人が顔を出した。


「……何か?」


 視線が、

ノーリトリートを見る。


 助けを求めてはいない。


 だが――

諦めてもいない。



「移転の件で」


 リュカが、

言葉を選んで話す。


 老人は、

ゆっくり頷く。


「……分かっとる」


「書類が、

 揃わんかった」


「若い頃の記録が、

 戦争で消えてな」


 それも、

帝国では珍しくない。



「再審が、

 かかる可能性はあります」


 リュカが言う。


 老人は、

静かに笑った。


「そうか」


「なら、

 誰かが

 外されるんじゃろ?」


 核心。


 誰も、

否定できない。



「……わしは」


 老人は、

一拍置いて続ける。


「もう、

 長くない」


「若いもんを、

 通してやってくれ」


 ミリアの表情が、

歪む。


「そんなの……」


 言いかけて、

言葉を失う。



「制度は」


 老人は、

穏やかに言う。


「情は、

 切り捨てるために

 あるんじゃない」


「情を

 整理するために

 ある」


 帝国で生きてきた

人の言葉だった。



 外に出ると、

ミリアは

拳を握りしめていた。


「……おかしい」


「全部、

 おかしいよ」


「誰も、

 間違ってないのに」


 声が、

震える。



「……ミリア」


 レインが、

静かに呼ぶ。


 彼女は、

振り向かない。


「選べないって言ったのに」


「選ばされてる」


「これ」


 一拍。


「正義じゃない」



 レインは、

彼女の前に立つ。


 遮るように。


「……違う」


 低い声。


「これは、

 正義だ」


 ミリアが、

目を見開く。



「だから」


 続ける。


「壊す理由が、

 見つからない」


 それが、

一番残酷な答えだった。



 エルドが、

一歩前に出る。


「……俺が」


 言いかけて、

止まる。


 自分が

前に出れば、

誰かを切る。


 それは、

盾の役割ではない。



 リュカが、

小さく呟く。


「……もう」


「数字じゃない」


「全部、

 名前を持ってる」


 それが、

後戻りできない理由だった。



 夕暮れが、

区画を包む。


 明朝まで、

あと数時間。


 制度は、

動く。


 止めるなら、

中に入るしかない。



 ミリアは、

レインを見る。


 涙はない。


 だが、

逃げ場もない。


「……ねえ」


「次は?」



 レインは、

答えなかった。


 代わりに、

視線を

区画全体へ向ける。


 ここには、

確かに

守る価値がある。


 そして――

守るために、

 切らなければならない現実がある。


 夜が、

再編区域に降りてくる。


 灯りは点いている。

 兵もいる。

 秩序は、

まだ崩れていない。


 だから――

余計に静かだった。



「……動き始めてる」


 リュカが、

低い声で言う。


 端末には、

更新された工程表。


区画封鎖準備

最終確認段階


 時間は、

確実に削られている。



 ミリアは、

建物の壁に背を預けていた。


 腕を組み、

視線を伏せている。


 感情を、

必死に押さえている。



「……ねえ、レイン」


 声は、

いつもより低い。


「もし」


 一拍。


「私が、

 ここで一人

 連れ出したら」


 空気が、

張り詰める。



「制度に入らなくても」


「一人くらい、

 助けられるよね」


 それは、

感情論ではない。


 現実的な誘惑だった。



 エルドが、

反射的に一歩出る。


「ミリア、

 それは――」


「分かってる」


 即答。


「違法」


「正義じゃない」


「でも」


 拳を握る。


「正しい」


 その言葉が、

場を切った。



 レインは、

すぐには止めなかった。


 否定もしない。


 ただ、

静かに聞く。


「……一人、

 助けたら」


「次は?」


 問いは、

責めではない。



「……分かってる」


 ミリアは、

唇を噛む。


「次が出る」


「その次も」


「止まらなくなる」


 理解している。


 だからこそ、

苦しい。



「それでも」


 顔を上げる。


「何もしないより、

 マシじゃない?」


 それは、

正論だった。



 リュカが、

声を絞り出す。


「……それを

 記録したら」


「ノーリトリートは、

 正義じゃなくなる」


「“善意の介入者”になる」


 それは、

別の地獄だった。



 エルドが、

盾を握る。


「……俺は」


「止める側に、

 なる」


 短い宣言。


「ミリアを、

 止める」


 それが、

彼の役割だから。



 沈黙。


 全員の視線が、

レインに集まる。


 今まで、

この瞬間を

避け続けてきた。



「……選ばない」


 レインは、

ゆっくり言う。


 だが、

続く言葉が違った。


「選ばない、

 という言葉を

 疑っている」


 ミリアが、

目を見開く。



「今まで」


「選ばないことで、

 世界を壊さずに済んだ」


「でも」


 一拍。


「ここでは」


「選ばないことが、

 確実に誰かを切る」



 声が、

わずかに揺れる。


 それは、

初めてだった。



「……僕は」


 レインは、

目を閉じる。


「まだ、

 制度には入らない」


「でも」


 視線を上げる。


「見送るとも、

 決めない」



 ミリアが、

息を飲む。


「それって……」


「準備する」


 短い答え。


「制度に入る準備」


「入らずに済ませる

 準備」


「どちらも」



 リュカが、

小さく笑う。


「……一番、

 ノーリトリートらしい」


 逃げでも、

妥協でもない。


 最悪に備える選択。



 エルドは、

静かに頷く。


「なら、

 俺は立つ」


「どちらになっても」



 遠くで、

鐘が鳴る。


 封鎖まで、

残り時間はわずか。


 帝国の正義は、

迷わない。


 だが――

ノーリトリートは、

初めて

自分たちの言葉を

疑い始めていた。



 レインは、

小さく呟く。


「……後悔は」


「まだ、

 引き受けられる」


 だが、

その先は分からない。



 夜は、

まだ終わらない。


 次の一手は、

誰にも見えていない。


 だが、

もう一つだけ

確かなことがある。



 次に動いた瞬間、

 ノーリトリートは

 元には戻れない。


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