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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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正義は、静かに誰かを切る

 事件は、

騒ぎにならなかった。


 悲鳴も、

怒号もない。


 だからこそ、

見逃されかけていた。



 市場の一角。

朝の配給が終わった後の通路。


 人の流れが一瞬だけ止まり、

すぐに元へ戻る。


 それだけだ。



「……今の」


 ミリアが、

足を止めかける。


 兵士二人に囲まれ、

一人の男が連れて行かれた。


 抵抗はない。


 声も出していない。


 ただ、

手首に付けられた拘束具だけが

小さく音を立てた。



「通行証の不備」


 すぐ横で、

兵士が市民に説明している。


「更新期限切れです」


「手続き後、

 速やかに解放されます」


 声は丁寧。

 表情も穏やか。


 市民は、

納得したように頷いた。



「……それだけ?」


 ミリアが、

小声で言う。


「それだけ」


 リュカが答える。


「規則違反」


「罰は、

 “処理”」


 曖昧さはない。



 男は、

一度だけ振り返った。


 視線が、

ノーリトリートの四人と交わる。


 助けを求める顔ではない。


 だが――

諦めてもいない。



 エルドが、

一歩前に出かけて止まる。


 盾に手をかけるが、

抜かない。


 レインは、

静かに言った。


「……まだ、

 壊れていない」


 その一言で、

全員が理解する。


 この国の正義は、

今のところ正常だ。



 だが。


 通路の先で、

鋼律隊が立っているのが見えた。


 カイル=ヴァンロックが、

こちらを見る。


 視線が合う。


 彼は、

小さく頷いた。


 見ているという合図。



「……介入する?」


 ミリアが、

レインを見る。


 声は低い。


 感情は、

抑えられている。


 レインは、

即答しなかった。


 代わりに、

周囲を見る。


 市民。

 兵士。

 掲示板。


 全てが、

理由を持っている。



「……しない」


 短い答え。


 ミリアは、

一瞬だけ歯を食いしばる。


 だが、

反論しなかった。


「分かった」


 それだけ言う。



 男は、

兵士に連れられて

角を曲がり、

見えなくなった。


 騒ぎは、

それで終わりだ。



「……ねえ」


 リュカが、

ぽつりと言う。


「これ、

 後で“正しかった”って

 記録されるやつだよね」


「うん」


 レインが頷く。


「そして、

 誰も覚えない」


 それが、

帝国の日常だった。



 鋼律隊が、

近づいてくる。


 セレナ=リィスが、

淡々と報告する。


「事案は、

 規定通り処理中」


「過剰対応はなし」


「問題ありません」


 それは、

事実だった。



 カイルは、

レインを見る。


「……今の判断」


 一拍。


「帝国では、

 正しい」


 褒めてもいない。

 責めてもいない。


 ただ、

評価だ。



 ミリアは、

小さく呟く。


「正しい、

 んだよね」


 誰に向けた言葉か、

分からない。



 レインは、

答えなかった。


 今は、

まだ。


 だが――

このままでは、

いつか「壊れる場面」が来る。


 その予感だけが、

確かに残っていた。


 男は、

地下の処理区画に連れて行かれていた。


 薄暗い通路。

 だが、清潔だ。


 血の跡もない。

 悲鳴もない。


 帝国は、

そういうものを残さない。



「氏名、照合完了」


「通行証更新期限、

 七日超過」


「理由?」


 事務官の問いに、

男は答える。


「……子どもが、

 熱を出して」


「更新所に行けなかった」


 声は震えているが、

叫んではいない。


 ここでは、

叫んでも意味がないと

分かっている。



「家庭事情は、

 規定外です」


 事務官は、

淡々と告げる。


「だが、

 情状は考慮されます」


 端末を操作する音。



「処分は、

 短期労務補填」


「期間は、

 三十日」


「その間、

 居住区制限が発生します」


 男は、

一瞬だけ目を見開いた。


「……三十日?」


「子どもは……」



「扶養者変更申請は、

 同時に処理されます」


「問題はありません」


 それは、

制度上の事実だった。


 子どもは、

帝国が保護する。


 生活は維持される。


 だから――

誰も悪くならない。



 男は、

唇を噛む。


「……分かりました」


 それ以上、

言わなかった。


 言っても、

何も変わらない。


 帝国は、

彼を「救っている」。


 だから、

抗議の余地がない。



 一方。


 地上の通路で、

ノーリトリートは

その結果を知らされていた。


 鋼律隊からの、

正式な報告だ。



「短期労務補填」


 セレナ=リィスが、

端末を示す。


「情状を最大限考慮した」


「子の保護も、

 手配済み」


「違法性はない」


 全て、

正しい。



「……それで」


 ミリアが、

低い声で言う。


「その人は、

 どうなるの?」


「三十日後、

 解放」


「前科は残らない」


 セレナは、

淡々と答える。



「……ねえ」


 ミリアは、

拳を握る。


「それ、

 誰のため?」


 鋭い問い。


 だが、

セレナは動じない。


「全員のため」


 即答。


「本人、

 家族、

 社会」


「再発防止のためにも、

 最適」


 論理は、

崩れない。



 エルドが、

静かに言う。


「……壊れてはいないな」


「ええ」


 カイル=ヴァンロックが

頷く。


「だから、

 問題ではない」


 それが、

帝国の結論。



 沈黙が落ちる。


 誰も、

反論できない。


 違法はない。

 過剰もない。


 救済すらある。



 だが。


 リュカが、

小さく呟く。


「……記録には、

 “正しく処理された”って

 書ける」


「でも」


 一拍。


「彼が三十日、

 どんな顔で過ごすかは

 書けない」


 それが、

一線だった。



 レインは、

黙っていた。


 だが、

胸の奥で

何かが噛み合わない。


(……これは)


(選択が、

 残っていない)


 選ばせない正義。


 だが――

選び直す余地もない正義。



「……レイン」


 ミリアが、

小さく呼ぶ。


「これ、

 “まだ”なんだよね?」


 問いは、

不安を含んでいる。


 レインは、

静かに頷く。


「……まだ」


「壊れてはいない」


「でも」


 一拍。


「戻れなくは、

 なっている」



 鋼律隊は、

それ以上踏み込まない。


 ノーリトリートも、

介入しない。


 正義は、

今日も正常に稼働している。



 だが、

誰もが感じていた。


 このやり方が

続いた先にあるものを。


 それを

止める理由も、

止める権利も、

まだ存在しないことを。


 宿へ戻る道は、

行きと同じだった。


 通りの幅。

 灯りの間隔。

 兵士の配置。


 何一つ、

変わっていない。


 だからこそ――

胸の奥の違和感だけが、

際立っていた。



 部屋に入っても、

誰もすぐには口を開かなかった。


 リュカは、

記録晶を机に置く。


 エルドは、

盾を壁に立てかける。


 ミリアは、

窓の外を見ている。


 レインは、

何もしていない。



「……ねえ」


 最初に口を開いたのは、

ミリアだった。


「今日のこと」


「誰も、

 間違ってないよね」


 問いは、

確認に近い。


 エルドが、

低く答える。


「……ああ」


 リュカも、

小さく頷く。


「制度上は、

 完璧だった」



「でも」


 ミリアは、

振り返らずに続ける。


「私、

 あの人の顔、

 忘れられない」


 声は、

震えていない。


 それが、

余計に重かった。



「助けを求めてた?」


 レインが、

静かに聞く。


「ううん」


「諦めてもなかった」


「……でも」


 一拍。


「選び直せる顔じゃ、

 なかった」


 それが、

彼女の見たものだった。



 沈黙。


 誰も、

否定できない。


 レインは、

ゆっくりと言う。


「僕たちは、

 介入しなかった」


「それは、

 正しい判断だった」


 言い切る。


 だが、

続けて言葉を重ねる。


「……でも」


「正しさと、

 納得は

 別だ」



 リュカが、

小さく息を吐く。


「今日の記録」


「“規定通り処理された”」


「それ以上は、

 書けない」


 指先が、

わずかに震える。


「書いたら、

 嘘になる」


「書かなかったら、

 隠したことになる」


 それが、

彼の立っている場所だった。



「……次も」


 エルドが、

ぽつりと言う。


「同じことが起きたら」


「俺は、

 多分また立ち止まる」


 盾に目を落とす。


「でも、

 それでも

 前には立つ」


 それは、

矛盾だった。


 だが、

エルドは矛盾を

引き受けている。



 ミリアは、

ゆっくりと振り返る。


「……レイン」


「次は?」


 その問いは、

責めではない。


 確認だ。



 レインは、

すぐには答えなかった。


 帝国の正義は、

壊れていない。


 だから、

止める理由はない。


 だが――

このまま進めば、

 止められなくなる。


 それだけは、

はっきり見えている。



「……次は」


 一拍。


「もっと、

 選択肢が減る」


 それは、

予言ではない。


 理解だった。


「その時」


 視線を上げる。


「僕たちは、

 今と同じで

 いられるか」



 ミリアは、

答えなかった。


 リュカも、

エルドも。


 それぞれ、

胸の中で

別の答えを持っている。


 それが、

ノーリトリートだ。



 窓の外で、

帝国の灯りが揺れている。


 正義は、

今日も正常に稼働している。


 誰かを切りながら。

 理由を失わずに。



 レインは、

最後に一言だけ言った。


「……まだ、

 動かない」


「でも」


 声は、

確かだった。


「見続ける」



 それが、

この日の結論。


 小さく、

確実な亀裂。


 帝国編は、

ここから

静かに深くなっていく。

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