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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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正義は、朝から稼働している

 帝国の朝は、静かだった。


 人の声はある。

 足音も、馬のいななきも聞こえる。


 それでも――

騒がしさがない。


 全てが、

予定通りに動いている音だった。



 大通りでは、

兵士が整列して立っている。


 槍の角度。

 視線の高さ。

 立ち位置。


 誰一人、

無駄な動きをしない。


 その横を、

市民たちが通り過ぎていく。


 誰も怯えていない。

 誰も媚びてもいない。


 それが、

この国の日常だった。



「……息苦しくない?」


 ミリアが、

小声で言う。


 帝国に入ってから、

まだ数時間。


 だが、

空気の密度が違う。


「規則が、

 見えるから」


 レインは、

そう答えた。


「見える?」


「ここでは、

 何をすると

 どうなるかが

 ほとんど決まってる」


 だから、

迷わない。


 だから、

揉めない。



「楽そうだね」


 ミリアは、

皮肉ではなく言った。


「楽だと思う」


 リュカが頷く。


「考えなくていい人にとっては」


 エルドは、

何も言わず周囲を見ている。


 視線は、

兵士と市民の間を

行き来していた。



 広場の中央では、

掲示板に紙が貼られている。


 犯罪者の指名手配。

 物資配給の告知。

 通行制限の理由。


 全て、

理由が書いてある。


 曖昧な言葉はない。


「……親切だね」


 ミリアが言う。


「不満が出にくい」


 リュカが続ける。


「理由があると、

 納得した気になれる」


 レインは、

掲示板から目を離さず言った。


「納得してるかどうかは、

 関係ない」


「納得したことに、

 される」



 兵士が一人、

市民を呼び止める。


 若い男だ。


 通行証の不備。

 手続き漏れ。


 兵士は、

淡々と説明する。


「規定違反です」


「こちらで手続きを」


 声は、

穏やかだ。


 怒りも、

威圧もない。


 男は、

小さく頭を下げる。


 抵抗はない。



「……誰も悪くならないね」


 ミリアが、

ぽつりと言う。


「悪くなる必要がない」


 レインは、

静かに答える。


「ここでは、

 正義が

 人の代わりに動く」


 だから、

誰かが憎まれ役を

引き受ける必要がない。



 四人は、

宿へ向かう。


 受付は簡潔。

 料金は明確。

 規約は壁に貼られている。


 例外はない。


 特別扱いもない。


「……歓迎されてないけど」


 ミリアが、

鍵を受け取りながら言う。


「拒否もされてない」


「それが、

 一番帝国らしい」


 リュカは、

そうまとめた。



 部屋に入る前、

レインは一度だけ振り返る。


 通り。

 兵士。

 市民。


 全てが、

正常に機能している。


(……だからこそ)


 ここでは、

選ばない存在が

浮き上がる。


 正義が制度として完成している場所では、

判断しないという選択は

欠陥に見える。



「……レイン」


 ミリアが、

小さく声をかける。


「ここ、

 嫌い?」


 レインは、

少し考えた。


「……嫌いじゃない」


 一拍。


「怖いだけだ」


 それが、

正直な答えだった。



 帝国の正義は、

朝から稼働している。


 休まない。

 迷わない。


 そして――

後悔もしない。


 その中に、

後悔を引き受ける存在が

足を踏み入れた時、

何が起きるのか。


 それは、

まだ誰も知らない。


 宿の一階は、静かだった。


 酒場にありがちな喧騒はない。

 客はいるが、声量が一定に保たれている。


 誰も注意していない。

 それでも、

自然とそうなっている。



「……来るね」


 ミリアが、

入口の方を見て言う。


 足音が四つ。

 迷いのない歩き方。


 扉が開き、

四人が入ってくる。


 装備は統一されていない。

 だが、

規格が揃っている。



「帝国公認冒険者パーティ」


 先頭の男が、

淡々と名乗る。


「《鋼律隊こうりつたい》」


「隊長の、

 カイル=ヴァンロックだ」


 視線が、

一瞬だけ全員をなぞる。


 脅しでも、

値踏みでもない。


 確認だった。



「ノーリトリートだ」


 レインが答える。


 それ以上、

付け足さない。


「……聞いている」


 カイルは、

小さく頷く。


「帝国外から来た、

 非裁定パーティ」


「行動実績あり。

 違法記録なし」


 一拍。


「だから、

 問題はない」


 それは、

歓迎ではなかった。



「一応、

 確認する」


 副隊長らしき女――

セレナ=リィスが口を開く。


「帝国内では、

 独自行動は許可制だ」


「緊急事案への介入は、

 通報義務が発生する」


 淡々と、

条件が並ぶ。



「……拒否権は?」


 リュカが問う。


「ある」


 セレナは即答する。


「拒否した場合は、

 入国目的の再申告を求める」


「再申告を拒否した場合は?」


「滞在許可が下りない」


 感情はない。


 だが、

明確だ。



「分かりやすいね」


 ミリアが言う。


「安心する人、

 多そう」


「実際、

 多い」


 セレナは、

少しだけ口角を上げた。


「安心は、

 管理しやすい」



 ドラン=ハルバードが、

ミリアを一瞥する。


「……感情で動くな」


 それは忠告だ。


「ここでは、

 余計な摩擦になる」


 ミリアは、

即座に返さない。


 レインが、

代わりに言った。


「摩擦を起こすつもりはない」


「ただ、

 判断もしない」


 カイルの眉が、

わずかに動く。



「……それが、

 一番厄介だ」


 率直な評価。


「帝国では、

 判断しない者は

 想定外になる」


「想定外は、

 危険因子になりやすい」


 だが。


「現時点では、

 排除理由がない」


 それが、

全てだった。



「お願いが一つある」


 セレナが、

レインを見る。


「帝国英雄――

 レオニス=アウグストと

 面会してほしい」


 一瞬、

空気が変わる。



「拒否は?」


 リュカが聞く。


「可能」


 再び即答。


「だが、

 その場合は

 鋼律隊が常時随行する」


「監視?」


「保護だ」


 言い切り。



 レインは、

少し考えた。


 帝国は、

正しい。


 だからこそ、

断る理由が薄い。


「……分かった」


 短く答える。


「面会する」


 ミリアが、

横目で見る。


「大丈夫?」


「危険じゃない」


 一拍。


「危険が、

 はっきりしているだけだ」



 カイルは、

それを聞いて頷いた。


「合理的だ」


「なら、

 手続きを進める」


 彼らは、

それ以上踏み込まない。


 握手もない。

 敵意もない。


 ただ、

正しく処理した。



 鋼律隊が去った後、

ミリアが小さく息を吐く。


「……ねえ」


「私たち、

 嫌われてる?」


 リュカが答える。


「いいや」


「分類されてる」


 それは、

もっと厄介だった。



 レインは、

扉の向こうを見る。


(……次は、英雄か)


 正義を

人の顔で体現する存在。


 制度の頂点。


 そこで、

選ばない存在は

どう見えるのか。



 帝国は、

まだ何もしていない。


 だが、

盤面は静かに揃い始めている。


 帝国英雄レオニス=アウグストとの面会は、

「会談」というより確認に近かった。


 場所は、

帝国庁舎内の簡素な応接室。


 豪奢さはない。

 威圧もない。


 ただ、

整いすぎている。



 レオニスは、

先に席についていた。


 鎧は着けていない。

 剣も、立てかけてある。


 だが、

存在感だけは隠れていなかった。


「遠路、ご苦労」


 低く、落ち着いた声。


 それだけで、

場の空気が定まる。



「帝国英雄、

 レオニス=アウグストだ」


 名乗りは形式的。


「君たちが、

 ノーリトリートだな」


 レインが、

一歩前に出る。


「そうです」


 余計な言葉はない。



「鋼律隊から、

 報告は受けている」


 レオニスは、

淡々と続ける。


「裁定を行わず、

 それでも戦場に立つ」


「結果に関与しながら、

 判断を放棄する存在」


 一拍。


「……正直に言おう」


 視線が、

レインに向く。


「帝国にとって、

 最も扱いづらい」


 ミリアが、

一瞬だけ身構える。


 だが、

続く言葉は予想と違った。



「だが」


 レオニスは、

言葉を重ねる。


「危険とは、

 判断していない」


「理由は単純だ」


 机に手を置く。


「君たちは、

 制度を壊していない」


 それが、

帝国での最大評価だった。



「帝国は」


 レオニスは、

ゆっくり言う。


「迷いを許さない」


「だが、

 迷いを持つ者を

 排除もしない」


「迷いを、

 制度に委ねる」


 それが、

この国の正義。



「君は」


 再び、

レインを見る。


「迷いを、

 自分で引き受ける」


「それは、

 帝国のやり方ではない」


 一拍。


「だが、

 否定はしない」


 それが、

最大限の譲歩だった。



「……質問があります」


 リュカが、

静かに口を開く。


「もし、

 帝国の正義が

 誰かを確実に切る場面で」


「それでも、

 迷い続ける者がいたら」


 言葉を選ぶ。


「英雄は、

 どうしますか?」



 レオニスは、

即答した。


「切る」


 迷いはない。


「それが、

 英雄の役割だ」


 それ以上でも、

それ以下でもない。



「……後悔は?」


 今度は、

ミリアが問う。


 レオニスは、

彼女を見る。


「制度に預ける」


「個人が抱えれば、

 判断が歪む」


「だから、

 英雄は壊れない」


 それが、

彼の強さだった。



 沈黙が落ちる。


 誰も、

間違っていない。


 だからこそ、

埋まらない。



「君たちは」


 レオニスは、

最後に言う。


「帝国で、

 英雄にはなれない」


 断言。


「だが」


 一拍。


「異物として、

 ここに立つことは許可する」


 それは、

追放でも保護でもない。


 ただの、

事実通知。



 面会は、

それで終わった。


 握手も、

別れの言葉もない。


 レオニスは、

剣を取り、立ち去る。


 背筋は、

最後まで真っ直ぐだった。



 応接室を出た後、

ミリアが小さく息を吐く。


「……すごい人だね」


「正しい」


 エルドが、

短く言う。


「だから、

 怖い」


 リュカが、

そう続けた。



 レインは、

何も言わなかった。


 ただ、

一つだけ理解した。


(……この国では)


(僕たちは、

 最後まで

 “選ばない存在”だ)


 歓迎されない。

 拒絶もされない。


 だからこそ、

逃げ場がない。



 帝国編は、

ここから始まる。


 正義が制度として完成している国で、

判断を拒む存在が

どこまで立ち続けられるのか。


 その答えは、

まだ先だ。


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