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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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剣を持たない者の準備

 拠点の奥、

窓のない部屋には、灯りが一つだけ点いていた。


 机の上に並ぶのは、

武器でも防具でもない。


 紙束。

 記録晶。

 未整理の報告書。


 リュカは、それらを一つずつ確認していた。


 帝国行きの準備――

だが、旅の準備ではない。


(……あそこでは)


 ペンを止め、

一度だけ深く息を吐く。


(書かないことが、

 一番危険になる)



 世界機関向けの提出用記録。

 ノーリトリート内部用の非公開ログ。

 そして、

どこにも出さない個人メモ。


 三種類の書類を、

リュカは明確に分けている。


 それは、

彼なりの防御だった。


「……全部、

 書けるわけじゃない」


 小さく呟く。


 帝国は、

正義を文章で運用する国だ。


 書かれたものが事実になり、

書かれなかったものは

最初から存在しなかったことになる。


(だからこそ)


 リュカは、

自分の役割を理解していた。


(僕が書かなきゃ、

 誰かが都合よく書く)


 それだけは、

避けたかった。



 扉の向こうから、

金属が触れ合う音がする。


 一定のリズム。

 無駄のない動き。


 エルドだ。



 中庭では、

エルドが盾の調整をしていた。


 表面には、

細かな傷が残っている。


 完全に直してしまえば、

見た目は綺麗になる。


 だが、

エルドはそうしなかった。


(……次は、

 同じとは限らない)


 ミリアの負傷。

 レインの動揺。


 あの場で、

自分は盾で全てを受け止められなかった。


 それを、

忘れるつもりはなかった。



 エルドは、

新しい補強材を当てる。


 完全防御ではない。

 だが、

壊れにくくはなる。


(守れる保証は、

 どこにもない)


 それでも、

前に立つ。


 それが、

自分の役割だからだ。



 背後から、

足音。


「……エルド」


 リュカの声。


 エルドは、

振り返らずに応じる。


「準備は?」


「書類は、

 だいたい」


 一拍。


「覚悟は?」


 エルドは、

少しだけ考える。


「……覚悟は、

 前からある」


「ただ」


 盾に視線を落とす。


「足りないって分かっただけだ」


 リュカは、

それを否定しなかった。



 二人は、

しばらく無言で並ぶ。


 剣を持たない者と、

剣にならない盾。


 戦場では、

一番後ろと一番前に立つ二人。


「帝国は」


 リュカが、

静かに言う。


「僕たちみたいなの、

 一番嫌うと思う」


 エルドは、

小さく頷く。


「判断しない記録係と、

 壊れない前提を捨てた盾」


「……厄介だな」


「うん」


 それでも、

引き返す気はなかった。



 夜風が、

中庭を抜ける。


 拠点の奥では、

レインとミリアの気配がある。


 それぞれが、

それぞれの準備を終えつつあった。


 帝国へ向かうための準備と、

自分が壊れないための準備。


 どちらも、

同じくらい重い。


 中庭の石畳は、

夜露で少しだけ冷えていた。


 エルドは盾を立てかけ、

腰を下ろす。


 リュカは、

その向かいに座った。


 向かい合う形だが、

対立ではない。


 役割の違いを、

確認するための位置取りだった。



「……帝国では」


 リュカが、

静かに切り出す。


「多分、

 僕の記録が

 誰かを傷つけることになる」


 エルドは、

すぐには返さない。


 それが、

軽い話じゃないと分かっているからだ。



「正義として書かれた文章は」


 リュカは、

言葉を選びながら続ける。


「人を守るけど、

 同時に切る」


「書いた瞬間に、

 選択が確定する」


 一拍。


「……それが、

 怖い」


 正直な感情だった。



「でも」


 リュカは、

視線を上げる。


「書かないのは、

 もっと怖い」


「帝国では、

 沈黙は無害じゃない」


 書かれなかったものは、

都合よく書き換えられる。


 それが、

あの国の仕組みだ。



「……分かる」


 エルドが、

低く言う。


「俺も、

 前に立たなかったら

 誰かが前に出る」


「そして、

 そいつは多分、

 壊れる」


 だから、

自分が立つ。


 それだけの話だった。



「……なあ」


 エルドは、

盾を見つめたまま言う。


「お前、

 前に出るつもりはないのか?」


 冗談でも、

軽口でもない。


 役割を交換する可能性の確認。


 リュカは、

即答した。


「ない」


 迷いはない。



「僕は、

 前に出たら

 多分、

 間違える」


「判断を急ぐし、

 怖くなったら

 自分を正当化する」


 それは、

自己評価として

かなり厳しい。



「でも」


 指先を、

紙束に触れさせる。


「後ろで書くなら、

 嘘を書かない」


「それだけは、

 守れる」


 エルドは、

小さく頷いた。



「……俺も同じだ」


 盾に手を置く。


「後ろに下がったら、

 俺は多分、

 怖くて動けなくなる」


「前に立っていれば」


 一拍。


「考えずに、

 受け止められる」


 それは、

逃げではない。


 役割の選択だ。



 二人は、

同時に理解する。


 だから、

役割を交換しない。


 交換した方が

“効率が良さそう”に見える場面でも。


 自分が壊れない位置を、

それぞれが知っている。



「……帝国で」


 リュカが、

ふっと笑う。


「僕の書いたものが

 君を危険に晒したら、

 どうする?」


 エルドは、

間髪入れずに答えた。


「受ける」


「それが、

 俺の役目だ」



「逆もある」


 エルドが言う。


「俺が受けきれなかった時、

 お前の記録が

 誰かを切る」


「それでも」


 リュカは、

目を逸らさない。


「逃げない」


「書いたことから」


 それが、

彼の覚悟だった。



 夜風が、

二人の間を抜ける。


 遠くで、

誰かの足音がする。


 多分、

レインかミリアだ。


 それぞれが、

それぞれの覚悟を

固め終えている。



 エルドは、

立ち上がり、盾を取る。


「……行こう」


 リュカも、

頷いて立つ。


「うん」


 書く者と、

立つ者。


 剣を持たない二人は、

一番重い場所を選んでいた。


 焚き火の前に、

四人が揃っていた。


 特別な配置ではない。

 いつも通りの距離感。


 それが、

少しだけ違って見える夜だった。



 ミリアは、

焚き火に小枝をくべる。


「……なんかさ」


 炎を見つめたまま、

ぽつりと言う。


「みんな、

 ちゃんと準備してる顔だよね」


 軽い言い方。

 でも、

冗談ではない。



「準備って言っても」


 リュカが肩をすくめる。


「武器じゃないけどね」


 エルドが、

小さく笑う。


「俺も、

 盾は前より重く感じる」


「……物理的に?」


「いや」


 即答。


「役割が」



 レインは、

少し離れた位置から

三人を見ていた。


 全員、

迷っている。


 だが、

立ち止まってはいない。


(……これでいい)


 自分たちは、

英雄じゃない。


 蒼衡でもない。


 世界を代表しない。


 だからこそ――

自分たちの立ち位置だけは、

 自分たちで決める。



「帝国では」


 レインが、

静かに言う。


「多分、

 僕たちは歓迎されない」


 ミリアが、

即座に返す。


「でしょーね」


「でも」


 レインは、

続ける。


「追い返されもしない」


「それが、

 一番厄介だ」


 リュカが、

頷く。


「制度の国らしい」



「……ねえ」


 ミリアが、

全員を見回す。


「もしさ」


 一拍。


「帝国で、

 私たちが

 “間違ってる”って

 言われ続けたら」


 空気が、

少しだけ張る。



「……どうする?」


 問いは、

軽くない。


 最初に答えたのは、

エルドだった。


「立つ」


 短く、

それだけ。


「正しいかどうかじゃない」


「立たなきゃ、

 潰れる誰かがいるなら」


 それが、

彼の答え。



「僕は」


 リュカが続く。


「書く」


「間違ってるって

 言われたことも含めて」


「後で、

 誰かが嘘をつけないように」


 それが、

彼の戦い方。



 ミリアは、

少しだけ考えてから言う。


「……私は、

 多分怒る」


「理屈じゃなく」


「人として」


 レインは、

その言葉を聞いてから、

最後に口を開いた。



「僕は」


 一拍。


「選ばない」


 いつも通りの答え。


「正しい側にも、

 間違った側にも立たない」


「でも」


 視線を上げる。


「見なかったこともしない」


 それが、

ノーリトリートの在り方だった。



 焚き火が、

小さく弾ける。


 夜は、

静かに深まっていく。


 ここには、

まだ日常がある。


 笑える余白も、

立ち止まれる時間も。



 だが、

全員が分かっている。


 次の一歩から先は、

日常じゃない。


 制度が正義になる国。


 後悔が命令で処理される場所。


 そこで、

選ばない存在が

どう扱われるのか。



「……行こうか」


 ミリアが、

立ち上がる。


「うん」


 レインも、

同じように立つ。


 リュカは、

記録晶をしまい。


 エルドは、

盾を背負う。



 四人は、

並んで歩き出す。


 約束はない。

 保証もない。


 それでも、

同じ方向を見ることだけは

やめていない。



 ここまでは、

日常だった。


 ここから先は――

帝国だ。


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