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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第26章 帝国編

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準備という名の、いつもの時間

 旅支度というものは、

いつやっても似たような音がする。


 革袋の擦れる音。

 金具の触れ合う音。

 乾いた布を畳む音。


 ノーリトリートの拠点は、

今日も変わらず静かだった。


 ミリアは床に座り込み、

刃こぼれした短剣を一本ずつ確認している。


「……帝国、かぁ」


 独り言のように漏れた声に、

レインは地図から視線を上げなかった。


「うん」


 短い返事。


 それだけで、

会話は成立している。



「さ」


 ミリアは、

わざと軽い調子で続ける。


「分かりやすく、

 嫌な場所だよね」


「制度が強くて」


「正義が書類になってて」


「命が、

 番号で管理されてそうなとこ」


 レインは、

少しだけ考えてから言った。


「だいたい合ってると思う」


「否定しないんだ」


「否定できる材料がない」


 淡々とした答え。


 ミリアは、

くすっと笑う。


「相変わらずだね」



 沈黙。


 だが、

気まずさはない。


 ミリアは、

短剣を鞘に戻しながら言う。


「……危ないとこ、行くね」


 今度は、

軽くない声だった。


 レインは、

すぐには答えなかった。


 代わりに、

地図を畳む。


 その動作が終わってから、

ようやく口を開く。


「危ないって、

 分かってる場所だから行く」


 ミリアは、

一瞬だけ目を瞬かせる。


「……それ、

 安心させるつもり?」


「半分」


「残り半分は?」


「自分に言ってる」


 正直すぎる答えだった。



「そっか」


 ミリアは、

それ以上追及しなかった。


 追及できないのではない。

 しないと決めたのだ。


 この人は、

守ると言わない。


 約束もしない。


 その代わり、

理解した上で同じ場所に立つ。


 それが、

レインという人間だ。



 ミリアは立ち上がり、

荷物を背負う。


「じゃあさ」


 振り返って、

少しだけ笑う。


「行こっか」


「……うん」


 それだけで、

二人は並んだ。


 何も決めていない。

 何も言っていない。


 それでも、

同じ方向を向いている。


 ミリアは、

拠点の外に出てからも、

しばらく無言だった。


 歩調は揃っている。

 距離も、いつも通り。


 それなのに――

胸の奥だけが、少しだけ騒がしい。


(……言えばいいのに)


 自分で、そう思う。


 不安だって。

 怖いって。

 できれば、無事でいてほしいって。


 全部、

言葉にできる。


 言ってしまえば、

楽になる。



 でも。


(この人に、

 それを言わせたくない)


 それが、

ミリアの正直な気持ちだった。


 レインは、

「大丈夫」と言わない。


 「守る」とも言わない。


 その代わり、

危険を理解したまま前に出る。


 逃げない。

 誤魔化さない。


 だからこそ――

感情で縛る言葉を、

 投げたくなかった。



「ねえ、レイン」


 不意に、

声をかける。


 彼は立ち止まり、

振り返る。


「なに?」


「……帝国さ」


 少し間を置いて。


「私たち、

 浮くと思う?」


 遠回しな問い。


 レインは、

即答しなかった。


 代わりに、

空を一度見上げる。


「浮くと思う」


 正直な答え。


「でも、

 沈むよりはいい」


 ミリアは、

思わず吹き出した。


「なにそれ」


「沈んだら、

 見えなくなる」


 それは、

彼なりの価値観だった。



「……ね」


 ミリアは、

歩き出しながら言う。


「私さ」


「帝国で、

 あなたが責められたら」


 一瞬、

言葉に詰まる。


「……多分、

 怒る」


 レインは、

小さく目を瞬かせた。


「止めないよ」


「止めなくていい」


 ミリアは、

即答する。


「正しいとか、

 正しくないとか、

 どうでもいい」


「ただ、

 嫌だから」


 それだけだった。



 レインは、

少しだけ困ったように笑う。


「それ、

 理屈じゃないね」


「知ってる」


「でも、

 私は理屈の人じゃない」


 胸を張って言う。


「だから、

 あなたの隣にいる」


 それは、

告白に近い。


 けれど、

確定させない言い方。



 しばらく、

二人は歩いた。


 風が吹き、

草が揺れる。


 世界は、

いつも通り動いている。


「……ミリア」


 レインが、

ぽつりと言う。


「ありがとう」


 それは、

何に対してか分からない言葉。


 ミリアは、

分かっていて、分からないふりをした。


「なにそれ、

 急に」


「今、

 言っておかないと

 忘れそうだった」


 その答えに、

ミリアは少しだけ目を細める。


(……ずるい)


 こういうところが、

ずるい。



 言えば、

何かが変わる。


 でも、

変えない選択もある。


 ミリアは、

それを選んでいる。


 今は、

まだ。



 拠点の灯りが、

見えてきた。


 日常は、

終わらない。


 ただ、

次の場所へ移るだけだ。


 ミリアは、

歩きながら思う。


(……帝国で、

 何が起きても)


(私は、

 ここに立ったことを

 後悔しない)


 それだけは、

確かだった。


 夜は、

拠点を包み込むように静かだった。


 焚き火の音だけが、

一定のリズムで鳴っている。


 ミリアは、

火の前に腰を下ろし、

膝を抱えた。


 向かい側には、

レインがいる。


 会話はない。

 だが、

沈黙が重たくならない距離だった。



「……ね」


 ミリアが、

火を見つめたまま言う。


「帝国から、

 ちゃんと戻ってこようとか」


「無事でいようとか」


「そういうの、

 言わないんだね」


 責める声じゃない。


 確認だ。


 レインは、

少しだけ考えてから答える。


「言うと」


 一拍。


「守れなかった時に、

 嘘になる」


 それは、

彼らしい理由だった。



「……そっか」


 ミリアは、

小さく息を吐く。


「でもさ」


 顔を上げて、

彼を見る。


「言わなくても、

 行くんでしょ?」


「一緒に」


 レインは、

頷いた。


「うん」


 それ以上、

言葉はいらなかった。



 焚き火が、

ぱちりと弾ける。


 ミリアは、

少しだけ笑う。


「私ね」


「約束されるより、

 選ばれる方が好き」


 それは、

強がりではない。


 彼女なりの、

覚悟だった。



 レインは、

その言葉を否定しない。


「……それなら」


 静かに言う。


「僕は、

 毎回選ぶ」


 大げさな宣言じゃない。


 ただの事実確認。


 ミリアは、

一瞬だけ驚いてから、

目を伏せる。


「……ずるいって」


「そう?」


「うん」


 でも、

嫌じゃない。



 遠くで、

金属音がした。


 誰かが、

装備を整えている。


 きっと、

リュカかエルドだ。


 それぞれ、

自分の準備をしている。


 帝国に行くための準備と、

その先で何が起きても

引き受けるための準備。



「……行こうか」


 ミリアが立ち上がる。


「うん」


 レインも、

同じタイミングで立つ。


 二人は、

並んで歩き出す。


 手は、

触れない。


 でも、

離れてもいない。



 約束は、

しなかった。


 未来も、

縛らなかった。


 それでも、

同じ場所に立つことだけは

選び続けている。


 それが、

今の二人の距離だった。


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