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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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世界は、感情を記録しない

世界機関の地下記録層は、

音を吸い込むように設計されている。


 足音は反響せず、

声も必要以上に届かない。


 ここでは、

出来事だけが価値を持つ。



「――事案番号〈VZ-終端〉、最終整理に入る」


 無機質な声が、

円卓に落ちる。


 参加者は全員、

役職名で呼ばれる。


 名前は、

必要ない。



「英雄部門、評価は?」


「迅速対応。

 被害抑制率は想定以上」


「ただし、

 対象の完全制圧は未達」


「結論?」


「英雄としては、

 基準内」


 淡々と、

処理される。



「蒼衡《そうこう/アズール・バランス》は?」


「裁定未実施」


「理由?」


「裁定結果が

 世界安定に寄与しない可能性が高かったため」


「……理解」


 理解とは、

賛同ではない。


 処理可能という意味だ。



「非裁定パーティ

 《ノーリトリート》について」


 空気が、

ほんのわずかに変わる。


 それでも、

感情は乗らない。



「行動結果は

 被害抑制に寄与」


「しかし、

 意思決定プロセスが不明瞭」


「再現性?」


「低い」


「統制可能性?」


「――極めて低い」


 短い沈黙。



「排除対象には?」


「該当しない」


「理由?」


「排除理由を

 定義できない」


 それが、

最大の理由だった。



 別の端末に、

非公開評価が表示される。


非裁定パーティ《ノーリトリート》


・敵対意思なし

・秩序破壊行動なし

・英雄・蒼衡との協調実績あり


ただし


・判断拒否

・結果介入

・影響範囲不確定


総合評価:

管理不能だが、無視不可



「……結論を」


 議長役が、

淡々と促す。


「監視対象に指定」


「干渉は?」


「原則なし」


 一拍。


「だが、

 次に“選択を要求する局面”が発生した場合」


 声が、

わずかに低くなる。


「彼らを、

 最初から盤面に含める」


 それは、

処遇ではない。


 配置だ。



「……ヴァルグリム=ゼインについては?」


「役割終了」


「思想的影響は?」


「個人に帰属」


「拡散の兆候は?」


「現時点では、なし」


「なら問題ない」


 それで、

終わりだった。



 議事録は、

即座に確定される。


 修正も、

補足もない。


 世界は、

この速度で回る。



 会議終了後。


 一人だけ、

席を立たずにいた者がいた。


 肩書きは、

“観測補助”。


 記録係に近い役職だ。


 彼女は、

端末に残った最後のログを見る。


 そこには、

数値化できなかった一文が

付記されていた。


注記:

本事案において

「判断しなかった存在」が

結果に影響を与えた事実は

記録上、処理不能


 彼女は、

それを消さなかった。


 消せなかった。



 世界は、

感情を記録しない。


 後悔も、

迷いも、

覚悟も。


 だが――

処理できなかったものは、

必ず次に残る。


 それが、

世界機関の知っている

唯一の法則だった。


 会議が終わった後の記録層は、

さらに静かだった。


 整理された結論。

 確定された処遇。

 どこにも、問題はない。


 ――少なくとも、書類の上では。



「……ねえ」


 観測補助の女が、

同僚に声をかける。


「今回の配置、

 少し無理がない?」


「無理?」


 相手は端末から目を離さずに答える。


「英雄、蒼衡、

 それに《ノーリトリート》」


「全員を同じ盤面に

 “最初から置く”判断」


「……危険だと思わない?」


 問いは小さい。

 だが、軽くはない。



「危険だよ」


 即答だった。


「でも、

 それ以外に手がない」


 それが、

世界機関の論理だった。


「英雄だけでは、

 終わらせられない事案が増えた」


「蒼衡だけでは、

 切れない局面が出た」


 一拍。


「だから、

 判断しない要素を含める」


 それは、

論理的には正しい。



「でも」


 観測補助は、

言葉を続ける。


「《ノーリトリート》は、

 判断を放棄しているわけじゃない」


「判断しない責任を、

 引き受けてる」


 その違いを、

数値にできない。


 だから――

 記録に残らない。



「……それが、

 一番怖いんだよ」


 同僚が、

初めて手を止める。


「数値化できないものは、

 管理できない」


「でも、

 管理できないからといって

 排除もできない」


 世界機関は、

それを何度も経験してきた。



「英雄は、

 最後に剣を抜く」


「蒼衡は、

 最後に切る」


「でも」


 観測補助は、

画面を見つめたまま言う。


「《ノーリトリート》は、

 最後まで何もしない可能性がある」


 それが、

最大の不確定要素。



「……今回」


 彼女は、

ゆっくりと言葉を選ぶ。


「ヴァルグリム=ゼインは、

 “悪役”としては

 分かりやすかった」


「でも、

 次が同じとは限らない」


 それは、

誰も否定できない予測だった。



「もし次が」


 観測補助は、

視線を上げる。


「英雄にも、

 蒼衡にも、

 敵として定義できない存在だったら?」


「その時、

 《ノーリトリート》は

 どう扱われる?」


 答えは、

すぐには出ない。



「……多分」


 同僚が、

低く言う。


「一番遅れて責められる」


 それは、

世界の性質だった。


 決断した者より、

決断しなかった者の方が、

後から叩かれる。



 観測補助は、

小さく息を吐く。


「皮肉だね」


「世界を壊さなかったのに」


「壊さなかったからこそ、

 残り続ける」


 それは、

称賛でも、非難でもない。


 ただの事実。



「……だから」


 彼女は、

最後に一言だけ付け加える。


「今回の事案は、

 本当に終わったわけじゃない」


「“判断を要求しない存在”が

 盤面に固定された」


「それは、

 次の世界にとって

 かなり厄介」


 同僚は、

小さく頷いた。


「うん」


「でも――」


 一拍。


「それを消せなかったのが、

 今の世界だ」



 端末の表示が消える。


 記録は、

完全に確定した。


 だが、

誰の胸にも残らなかったわけではない。


 世界は前に進む。


 だが、

前よりも慎重に。


 それが、

今回の余波だった。


 最終通達は、

いつも通り簡潔だった。


 英雄部門。

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》。

 非裁定パーティ《ノーリトリート》。


 それぞれに、

異なる文言で、同じ意味が送られる。



英雄部門へ


今後も従来通り

世界の象徴としての役割を継続せよ


特記事項:

非裁定パーティとの行動重複が予測される場合

判断は現場裁量に委ねる


 英雄は、

変わらない。


 それが、

世界にとって一番楽だからだ。



蒼衡《そうこう/アズール・バランス》へ


裁定権限は現状維持


ただし

非裁定事案における

即時切断判断は再検討を要する


※詳細は別紙参照


 均衡は、

少しだけ遅れる。


 だが、

捨てられはしない。



非裁定パーティ《ノーリトリート》へ


当該事案における行動は

結果的に世界安定に寄与


よって

表彰・制限・指示

いずれも行わない


今後も

独立行動を許可する


 それは、

自由ではない。


 放置に近い。



 世界機関は、

線を引いたつもりでいる。


 英雄は内側。

 蒼衡は管理下。

 ノーリトリートは外側。


 だが実際には――

最も線を踏み越えやすい位置に、

 ノーリトリートを置いた。



 観測補助の女は、

その通達を見つめていた。


「……帝国方面」


 次の事案候補地。


 軍事国家。

 制度が強く、

正義が明文化されている場所。


「彼らが、

 あそこへ行ったら」


 世界は、

また少し厄介になる。


 だが、

止める理由はない。


 止める言語が存在しない。



 一方その頃。


 ノーリトリートの拠点では、

簡単な地図が広げられていた。


 レインが、

指先で帝国領を示す。


「……ここ」


 誰も、

驚かない。


「制度が強い」


「軍も、

 裁定も、

 思想も」


 リュカが補足する。


「世界を見るには、

 一番分かりやすい場所だね」



 ミリアは、

少しだけ考えてから言う。


「……喧嘩売りに行くわけじゃ、

 ないよね?」


「もちろん」


 レインは、

即答する。


「見に行くだけ」


 一拍。


「世界が、

 どんな正義で動いているかを」


 エルドが、

静かに頷く。


「知る必要がある」


「引き受け続けるなら」


 それが、

ノーリトリートの結論だった。



 世界は、

線を引いた。


 だが、

線の外を歩く者が、

どこへ向かうかまでは

決められない。


 ノーリトリートは、

帝国へ向かう。


 正義が制度になり、

後悔が命令で処理される場所へ。


 選ばないまま。

 引き受けるために。


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