表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

372/1036

切らなかった判断は、記録に残らない

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の拠点は、

常に整っている。


 武装配置。

 連絡経路。

 裁定基準の最新版。


 だがその日、

整っているはずの空間に

微細なノイズが残っていた。


「――以上が、

 本事案における各員の行動記録だ」


 セイン=ヴァルクスが、

淡々と報告を終える。


 数字は揃っている。

 判断も一貫している。


 “問題がある箇所”は、

どこにも存在しない。


 それが――

問題だった。



「……で」


 ガラン=ディオルが、

腕を組んだまま言う。


「結論は?」


 その問いは、

いつもなら即答が返る。


 だが今回は、

一拍の間があった。


「……裁定不能」


 セインの声は、

揺れていない。


 だが、

言葉の重さだけが違った。



「切るべき対象は、

 確かに存在した」


 ユール=セティアが補足する。


「だが、

 切った先に

 “安定した未来”が存在しなかった」


 それは、

蒼衡にとって

最も忌避すべき事態だった。


 切断とは、

未来を一つに固定する行為。


 だが今回は――

どの未来も、

同じ重さの後悔を伴っていた。



「……つまり」


 リィネ=フォルテが、

静かに言う。


「“正しく切れなかった”」


 その言葉に、

誰も反論しない。


 蒼衡は、

正しさを制度として扱う。


 だが今回、

制度が機能しなかった。



「ノーリトリートの行動は?」


 ガランが問う。


「……評価対象外」


 セインは、

即答した。


「彼らは、

 切断の基準に

 最初から含まれていない」


「だからこそ、

 切れなかったとも言える」


 それは、

事実だった。



 一瞬、

沈黙が落ちる。


 誰も、

ノーリトリートを責めない。


 だが――

誰も、

無関係だとも言えない。


「……厄介な存在だな」


 ガランが、

率直に言う。


「切れない。

 だが、

 無視もできない」


 それは、

蒼衡が最も苦手とする相手だった。



「……結論は一つだ」


 セインが、

静かに告げる。


「今回、

 我々は“切らなかった”」


「だがそれを、

 成功とも失敗とも記録しない」


 記録に残らない判断。


 それは、

蒼衡にとって

初めての選択だった。



「次に、

 同じ状況が来たら?」


 ユールが問う。


 セインは、

少しだけ考えてから答える。


「……同じことは、

 しない」


 即断ではない。


 だが、

確かな意思。


「切るかどうかではなく」


 一拍。


「切れないものが

 存在する前提で、

 布陣を組む」


 それは、

蒼衡の在り方を

ほんの少しだけ

変える宣言だった。



 会議は、

それで終わる。


 だが、

誰もすぐには立ち上がらなかった。


 全員が、

同じことを考えている。


 正義は、

万能ではない。


 だが――

万能ではないことを

受け入れるのも、正義なのか。


 その答えは、

まだ出ない。



 セインは、

最後に一言だけ言った。


「……均衡は、

 遅れて成立する」


 それが、

蒼衡の出した結論だった。


 会議が終わっても、

蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の面々は、

すぐには散開しなかった。


 裁定は下された。

 結論も、共有された。


 それでも――

各自の中に残った感触は、揃っていない。



「……俺は、切るべきだったと思っている」


 最初に口を開いたのは、

ガラン=ディオルだった。


 迷いのない声。

 だが、強さは抑えられている。


「ヴァルグリム=ゼインは、

 明確な危険因子だった」


「あの場で、

 徹底的に排除していれば」


 一拍。


「後に残る不確定要素は、

 もっと少なかった」


 それは、

蒼衡として

正統な意見だった。



「……でも」


 リィネ=フォルテが、

静かに首を振る。


「切った未来、

 見えなかった」


 彼女の《未来排他(みらいはいだ/エクスクルーシブ・ロック)》は、

未来を一本に固定する。


 だが今回、

固定した瞬間に

全てが崩れる映像しか映らなかった。


「一つに絞れなかった。

 それは、

 “切るべき未来が存在しなかった”

 ということ」


 ガランは、

即座には反論しなかった。



「私は……」


 ユール=セティアが、

地形図を見つめたまま言う。


「配置が、

 誰かを中心に組まれていると感じた」


「英雄でも、

 蒼衡でもない」


 視線が、

自然と中央に寄る。


「ノーリトリートだ」


 それを口にした瞬間、

場の空気がわずかに張る。



「……あいつらは」


 ユールは、

言葉を慎重に選ぶ。


「切る側じゃない。

 だが、

 切った結果を受け止める側でもない」


 一拍。


「“切らせない位置”にいる」


 それは、

蒼衡にとって

最も理解しづらい立ち位置だった。



「だから、

 不安なんだろう?」


 セイン=ヴァルクスが、

初めて口を挟む。


 誰かを責める声ではない。


「均衡は、

 不安定な要素を嫌う」


「だが――

 今回の不安定さは、

 排除できなかった」


 それが、

彼自身の結論でもあった。



「……私は」


 リィネが、

小さく息を吐く。


「ノーリトリートが

 正しいとは思っていない」


「でも」


 視線を上げる。


「間違っているとも、

 言えない」


 それが、

一番厄介だった。



 ガランが、

ゆっくりと腕を下ろす。


「……分かっている」


「俺が求めているのは、

 “分かりやすい敵”だ」


「だが今回、

 それは存在しなかった」


 だから、

切れなかった。


 切らなかった。


 その違いが、

蒼衡の中で

まだ整理されていない。



「……セイン」


 ユールが、

名を呼ぶ。


「お前は、

 どう思っている?」


 全員の視線が集まる。


 セインは、

一瞬だけ目を閉じた。


「……均衡は」


 ゆっくりと、

言葉を紡ぐ。


「全員を納得させるためのものじゃない」


 一拍。


「破綻しないための仕組みだ」


 それは、

蒼衡の根幹だった。



「今回、

 破綻はしなかった」


「だから、

 俺はこの判断を

 間違いだとは思わない」


 だが。


「……後悔は、

 残っている」


 それを認めた瞬間、

場の空気が少しだけ緩んだ。



「ノーリトリートは、

 今後も切断基準外だ」


 セインは、

はっきり言う。


「だが、

 無視もしない」


 一拍。


「彼らを中心に、

 均衡が遅れて成立する場面が、

 これから増える」


 それは、

蒼衡にとって

新しい戦い方だった。



 誰も、

反論しなかった。


 納得はしていない。


 だが、

受け入れ始めている。


 それが、

今回の余波だった。


 最終報告は、

蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の名で提出された。


 簡潔で、

無駄がなく、

感情の混じらない文面。


本事案において

危険因子ヴァルグリム=ゼインは

行動不能状態に至り

再発可能性は確認されず


よって

本件は裁定対象外として処理する


 そこには、

「勝利」も

「排除」も

書かれていない。


 ただ、

裁定しなかった事実だけが残る。



「……これでいい」


 セイン=ヴァルクスは、

署名を終えてから静かに言った。


 誰かに向けた言葉ではない。


 自分自身への確認だった。


「蒼衡は、

 裁定機関だ」


「だが、

 裁定できない事案が

 存在することを

 否定する機関ではない」


 それが、

彼の結論だった。



 ガラン=ディオルは、

腕を組んだまま窓の外を見る。


「……甘くなったな」


 呟きは、

批判ではない。


 事実の確認だ。


「強くなったとも言える」


 ユール=セティアが、

淡々と返す。


「切るだけが、

 強さじゃない」


 その言葉に、

ガランは否定も肯定もしなかった。



 リィネ=フォルテは、

端末を閉じる。


「未来は、

 まだ一本に絞れない」


「でも」


 一拍。


「だからこそ、

 壊れていない」


 それは、

未来を視る者の

率直な感想だった。



「……ノーリトリートについては?」


 事務的な問い。


 セインは、

即答しなかった。


 少しだけ、

間を置く。


「敵ではない」


「味方でもない」


 一拍。


「裁定の外にいる存在だ」


 それは、

蒼衡にとって

最大限に慎重な位置づけだった。



「今後、

 彼らと交戦する可能性は?」


「ゼロではない」


 即答。


「だが、

 “切る対象”として

 先に名前が上がることはない」


 それが、

蒼衡としての

公式結論だった。



 会議は、

それで完全に終わる。


 誰も拍手しない。

 誰も満足していない。


 だが――

破綻はしていない。


 それで、

十分だった。



 一方その頃。


 ノーリトリートの拠点では、

何も知らないまま

いつも通りの時間が流れていた。


 レインは、

窓辺で外を見ている。


(……距離が、決まったな)


 誰からの通知もない。

 だが、

確信だけがある。


 蒼衡は、

自分たちを切らない。


 英雄は、

先に剣を抜く。


 世界機関は、

中央に置く。


 それぞれが、

それぞれの結論に至った。



「……どう思う?」


 ミリアが、

隣に立つ。


「蒼衡のこと」


 レインは、

少しだけ考えてから答える。


「……真面目だと思う」


「だから、

 遠い」


 ミリアは、

小さく笑った。


「近づかれすぎても、

 困るけどね」


「うん」


 それでいい。



 均衡は、

遅れて成立する。


 裁定は、

常に追いつかない。


 だが――

切れないものがあると知ったこと自体が、

世界の更新だった。


 蒼衡は、

変わりすぎなかった。


 ノーリトリートも、

変わらなかった。


 だからこそ、

次が来る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ