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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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同じ場所に立って、同じ結論には至らなかった

ノーリトリートの拠点は、

久しぶりに完全な静寂に包まれていた。


 誰も倒れていない。

 誰も欠けていない。


 それなのに――

戦闘前よりも、空気は重かった。


 ミリアは、壁にもたれかかったまま、

自分の手を見つめていた。


 震えてはいない。

 傷も、もう塞がっている。


 それでも、

感触だけが残っている。


(……私、あの時)


 思い出すのは、

ヴァルグリム=ゼインが消える直前の光景。


 倒した。

 確かに、倒した。


 けれど――

納得したわけじゃない。


「……ミリア」


 レインの声が、

少し遅れて届く。


 いつもより、低い。


「大丈夫?」


 問いは短い。

 いつも通りのはずだった。


 ミリアは、

一瞬だけ迷ってから答える。


「……大丈夫、ではある」


 でも、と続ける。


「平気じゃない」


 それが、

今回の戦いを一番正確に表していた。



 テーブルを挟んで、

リュカが資料を整理している。


 報告書。

 戦況ログ。

 世界機関向けの提出用要約。


 指は動いているが、

視線は、どこか遠い。


「……被害は、最小限」


 淡々と読み上げる。


「英雄の初動が早かった。

 蒼衡の介入も適切だった」


「ノーリトリートの合流によって、

 最終局面は崩壊を免れた」


 一拍。


「……以上が、“公式に書ける部分”」


 エルドが、

静かに息を吐く。


「じゃあ、

 書けない部分は?」


 リュカは、

言葉を選ばなかった。


「勝った理由が、説明できない」


 それは、

致命的な違和感だった。



 エルドは、

盾を膝に置いたまま動かない。


 いつもなら、

一番先に「引き受ける」役だ。


 だが今回は、

その役割が途中で終わった。


「……俺は」


 低い声。


「最後、

 受け止めなかった」


 それは、

告白だった。


「受け止める前に、

 “成立しなくなった”」


 盾越しに防ぐべき衝撃が、

存在しなかった。


「……それでいいのか?」


 誰にともなく、

問いを落とす。


 答えは、

返らない。



 レインは、

全員を見渡していた。


 誰も間違っていない。

 誰も逃げていない。


 それでも――

全員、同じ場所には立っていない。


(……当然か)


 そう理解する。


 あの戦いは、

正解を共有するものじゃなかった。


 後悔を、

それぞれが別の形で引き受ける戦いだった。


「……僕は」


 レインが、

静かに口を開く。


「ヴァルグリムを、

 倒したとは思ってない」


 ミリアが顔を上げる。


「……え?」


「役割が、

 終わっただけだ」


 言葉は冷静だが、

突き放してはいない。


「だから、

 すっきりしないのは正しい」


 リュカが、

苦笑する。


「救いがないな」


「救済じゃないから」


 即答。



 ミリアは、

一歩前に出る。


「……ねえ、レイン」


 真っ直ぐ、

彼を見る。


「次も、

 同じことをする?」


 その問いは、

覚悟を含んでいた。


 レインは、

すぐには答えない。


 少しだけ考え、

そして言う。


「……同じかどうかは、分からない」


 一拍。


「でも」


 視線を逸らさない。


「選ばないことだけは、

 変えない」


 それを聞いて、

ミリアは小さく笑った。


「そっか」


 納得ではない。

 受容だ。



 その時、

扉の外から足音がした。


 重く、

迷いのない歩き方。


 英雄――

ヴァルハルト=レオンが、

拠点の前に立っていた。


 扉は、

まだ開かれない。


 だが、

次は必ず向き合う。


 その予感だけが、

確かにあった。


 扉を開けたのは、レインだった。


 英雄・ヴァルハルト=レオンは、

剣を帯びたまま立っていた。


 だが、その柄に手をかける気配はない。


「……時間をもらえるか」


 声音は、

戦場のそれではなかった。


「断る理由はない」


 レインは一歩退き、

中へ招き入れる。


 ノーリトリートの面々は、

自然と円を作る形になった。


 対峙ではない。

 だが、並びでもない。



「まず言っておく」


 ヴァルハルトは、

誰か一人を見ることなく話す。


「今回の件、

 英雄としては“失敗”だ」


 ミリアが、

小さく目を見開く。


「守れた命は多い。

 被害も抑えた」


 一拍。


「だが、

 終わらせられなかった」


 それが、

彼の結論だった。



「……終わらせた、

 とは言えないですね」


 リュカが、

静かに応じる。


「でも、

 倒しました」


「倒した、か」


 ヴァルハルトは、

その言葉を噛みしめる。


「確かに、

 ヴァルグリム=ゼインは消えた」


「だが――

 世界は軽くなっていない」


 英雄の目は、

はっきりと疲れていた。


「重さが、

 分散しただけだ」



 エルドが、

低い声で言う。


「それは、

 悪いことか?」


 問いは、

責めではない。


 ヴァルハルトは、

少しだけ考えてから答える。


「……分からない」


 即答しなかったことが、

彼の誠実さだった。


「だが、

 英雄は“分からない”まま

 剣を振るえない」


 それが、

彼の立場。



 ミリアが、

一歩前に出る。


「じゃあ……」


 言葉を選びながら。


「もし、

 また同じことが起きたら?」


「次も、

 剣を抜く?」


 ヴァルハルトは、

迷わず答えた。


「抜く」


 即答。


「英雄だからだ」


 その言葉に、

強さも、苦さも滲んでいた。



「……それで」


 レインが、

静かに割って入る。


「後悔は、

 どうする?」


 英雄は、

視線を向ける。


「背負う」


「全部?」


「……全部だ」


 一瞬の沈黙。


 レインは、

それ以上踏み込まなかった。


「それが、

 あなたの選び方なんだ」


 肯定でも、

否定でもない。



「だがな」


 ヴァルハルトは、

言葉を続ける。


「今回、

 お前たちは剣を抜かなかった」


「それでも、

 前線に立った」


 一拍。


「……あれは、

 英雄より危険だ」


 その評価は、

予想外だった。



「英雄は、

 責任の所在が明確だ」


「世界も、

 それを前提に回っている」


 だが――


「お前たちは違う」


 視線が、

ノーリトリート全員をなぞる。


「選ばないまま、

 結果に関わる」


「それは、

 世界が最も嫌う存在だ」


 ミリアが、

思わず口を開く。


「嫌われるから、

 ダメ?」


「いいや」


 ヴァルハルトは、

首を振る。


「必要だ」


 その一言が、

重く落ちた。



「だが」


 続く言葉は、

さらに重い。


「世界は、

 必要なものを

 守らない」


 それが、

英雄として見てきた現実だった。


「いつか、

 お前たちは

 世界に“選ばされる”」


「その時、

 どうする?」


 レインは、

少しだけ目を伏せる。


 そして、

正直に答えた。


「……分からない」


 英雄は、

その答えを否定しなかった。


「そうだろうな」


「だから、

 忠告に来た」



「次は、

 俺が先に剣を抜く」


 それは、

守るという宣言でもあり、

遮るという意味でもあった。


「それでも、

 お前たちが前に出るなら」


 一拍。


「……俺は、

 止めない」


 それが、

彼なりの尊重だった。



 英雄は、

踵を返す。


 扉の前で、

一度だけ立ち止まる。


「……礼は言わない」


「英雄は、

 礼を言われる立場だ」


 それでも、

最後に一言。


「生き残れ」


 それは、

祈りに近かった。



 扉が閉まる。


 しばらく、

誰も口を開かなかった。


 ミリアが、

ぽつりと言う。


「……優しい人だね」


 リュカが、

苦笑する。


「だから、

 英雄なんだろ」



 レインは、

ゆっくり息を吐いた。


「……分かったことがある」


 全員の視線が集まる。


「今回の件で」


 一拍。


「僕たちは、

 英雄の代わりには

 なれない」


 そして、

続ける。


「でも」


 視線を上げる。


「英雄が

 背負いきれないものを

 見過ごす役には、

 なれる」


 それが、

彼の結論だった。


 世界機関の会議室は、

いつも通り無機質だった。


 長い卓。

 均等に配置された椅子。

 壁面に投影されるのは、

被害統計と因果図。


「――以上をもって、

 本事案は完全収束と判断する」


 淡々とした声。


 誰も反論しない。


 数字上は、

それが正しいからだ。



「英雄の初動は迅速。

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の介入も適切」


「最終局面での未知要素――

 《非裁定ノーリトリート》の行動は

 結果的に被害抑制に寄与」


 “結果的に”。


 その四文字が、

全てを物語っていた。



 別の端末に、

内部評価が表示される。


非裁定パーティ《ノーリトリート》

危険度:再評価


・裁定不能

・行動予測困難

・秩序維持への寄与は確認


ただし

統制不可


「……扱いづらい」


 誰かが、

小さく呟いた。


 否定は出ない。



「排除対象には該当しない」


「英雄との協調も確認済み」


「蒼衡との敵対関係もなし」


 一拍。


「だが――

 想定外要素であることに変わりはない」


 結論は、

即座にまとまった。



「監視レベルを一段階引き上げる」


「直接介入は行わない」


「だが、

 次に“判断が必要な局面”が来た場合」


 声が、

わずかに低くなる。


「彼らを、

 盤面の中央に置く」


 それは命令でも、

宣戦布告でもない。


 ただの、

配置決定だった。



 会議は、

それで終わる。


 誰も、

ヴァルグリム=ゼインの名を

口にしなかった。


 役割は、

終わった。


 それ以上の評価は、

必要ない。



 一方で。


 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の拠点では、

報告書が一枚、静かに破棄されていた。


「……残す必要はない」


 セイン=ヴァルクスの判断だった。


「切らなかった理由は、

 記録できない」


 それが、

蒼衡なりの結論。


 均衡は万能ではない。

 だが、

均衡を捨てることもしない。


 ただ、

“切れないものが存在する”と知った。


 それだけで、

十分だった。



 夜。


 ノーリトリートの拠点には、

再び静寂が戻っていた。


 誰も、

世界機関の動きを知らない。


 だが、

レインは理解している。


(……次は、

 もっと静かに来る)


 英雄は、

剣を抜くだろう。


 蒼衡は、

裁定を下そうとするだろう。


 世界は、

整理して忘れる。


 その中で――

自分たちは、

また“選ばない”。



「……後悔は?」


 ミリアが、

ぽつりと聞く。


 レインは、

少し考えてから答えた。


「増える」


 即答。


「でも、

 減らそうとはしない」


 ミリアは、

小さく笑った。


「だよね」



 世界は前に進む。


 少しだけ、

慎重になりながら。


 だが、

正義も秩序も、

まだ完成していない。


 だから――

ノーリトリートは、

今日もそこにいる。


 選ばないまま。


 引き受ける準備だけを、

続けながら。



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