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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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正解が多すぎる戦場

 世界が、音を失った。


 正確には――

 音として認識される前に、潰された。


 ヴァルグリム=ゼインが一歩踏み出した瞬間、

 空間そのものが「戦場である」と宣告される。


 《戦域掌握ドミニオン・フィールド》。


 逃走経路は意味を失い、

 連携は届く前に歪み、

 判断は“間に合わなくなる”。


「来るぞ――ッ!」


 英雄たちが同時に動いた。


 ヴァルハルト=レオンの大剣が正面から叩き込まれる。

 イリス=アークライトの光魔導が空を裂く。

 ライザ=クロウデルの双短剣が死角を抉る。


 完璧な連携。

 誰が見ても“正解”の攻撃。


 ――だが。


 当たったはずの斬撃が、

 “倒した結果”に繋がらない。


「……減っていない?」


 ライザが息を呑む。


 ヴァルグリムは、その場に立ったままだった。

 傷はある。

 確実に、通っている。


 それでも――

 戦況が前に進まない。


「判断が、噛み合わない……!」


 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が介入する。


 セイン=ヴァルクスが即座に指示を飛ばす。


「切り捨てろ! 危険度の高い選択肢を!」


 《断定連斬(だんていれんざん/チェイン・デシジョン)》。


 “不要”と判断された攻撃経路が、

 連続的に排除される。


 ――しかし。


 排除された瞬間、

 別の脅威が同時に立ち上がる。


「……っ、未来が、固定できない!」


 リィネ=フォルテが歯を食いしばる。


 《未来収束(みらいしゅうそく/フューチャー・ロック)》を展開するが、

 分岐が一つに絞れない。


 選択肢が多すぎる。


 正解が、ありすぎる。


「それが――この戦場だ」


 ヴァルグリムは、淡々と語る。


「正解が多いほど、

 人は“決められなくなる”」


 次の瞬間、

 《黒圧進ダーク・プレッシャー》が発動。


 空間ごと押し潰す圧が、前線を薙ぐ。


「ぐっ……!」


 英雄たちが後退する。

 致命傷ではない。


 だが――

 確実に削られている。


 その時、

 ノーリトリートが動いた。


 レインが前に出る。


 《未定義干渉(みていぎかんしょう/ノン・デシジョン)》。


 因果が確定する直前に“立つ”。


 攻撃は成立しない。

 防御でもない。


 ただ、

 結果が生まれなくなる。


「……ほう」


 ヴァルグリムの声が、わずかに弾む。


「それだ。

 それが見たかった」


 だが、彼は即座に踏み込む。


 《断線斬ディスコネクト》。


 ノーリトリートの連携を、

 “成立する前”に断ち切る。


「っ、判断が遅れる……!」


 リュカの《戦況遅延(せんきょうちえん/ディレイ・ライン)》が展開されるが、

 押し切れない。


 エルドが前に立つ。


 《受理静止(じゅりせいし/アクセプト・ホールド)》。


 攻撃も意思も、その場に留める。


 だが――

 押し返せない。


「……まだだ」


 ヴァルグリムは、明確に焦りを見せ始めていた。


「まだ、お前たちは揃っていない」


 彼の視線が、

 全員を順に見渡す。


「英雄は、勝つ覚悟がある。

 蒼衡は、切る覚悟がある」


 そして――

 ノーリトリートを見る。


「だが、お前たちは――

 後悔を引き受け切る覚悟が、まだ一致していない」


 次の一撃が来る。


 今までで、最も重い圧。


 世界が、軋む。


 それでも――

 誰も、倒れなかった。


 戦場は続く。

 正解だらけのまま。


 そして、

 合体技が発動する条件だけが、静かに揃い始めていた。


 戦場は、もはや「線」ではなかった。


 前線も、後衛も、中心もない。

 ヴァルグリム=ゼインの《戦域掌握ドミニオン・フィールド》が、

 全ての場所を“同時に戦場”へ変えていた。


「っ、散開しろ!」


 英雄・ヴァルハルト=レオンの号令が飛ぶ。

 即座に、正しい判断。


 だが――

 正しすぎた。


 散開した瞬間、

 個々の戦いが“独立”する。


 連携が、

 成立しなくなる。



 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が割れる。


 ガラン=ディオルが前に出て、《断定連斬(だんていれんざん/チェイン・デシジョン)》を叩き込む。

 切断。

 排除。

 危険因子の削除。


 完璧な裁定。


 だがその直後、

 別地点で民衆の避難経路が潰れる。


「……っ!」


 ユール=セティアが歯を噛み締める。


「配置が……ズレてる!

 誰かが“全体”を見てない!」


 それは、

 蒼衡が最も苦手とする状況だった。



 英雄側も、限界が近い。


 イリスの魔力は削られ、

 ライザの動きも鈍る。


「くそ……!」


 ヴァルハルトは剣を振るい続ける。

 守る。

 叩く。

 押し返す。


 それでも――

 終わらない。


「……正義は、疲れるな」


 ヴァルグリムが、

 静かに言った。


 その声は、

 どこか遠い。


「守っても、

 切っても、

 倒しても」


 一拍。


「後悔は減らない」


 次の瞬間、

 《終幕指定エンド・マーカー》が発動。


 対象は――

 ノーリトリート。



「……来る!」


 リュカが叫ぶ。


 だが、

 全員が同じ方向を向いていない。


 レインは中央。

 ミリアは前方。

 エルドは後衛寄り。

 リュカは戦況解析に集中。


 ――揃っていない。


 ヴァルグリムは、それを逃さなかった。


 《断線斬ディスコネクト》。


 ノーリトリートの“共有理解”が、

 強制的に断ち切られる。


「……っ、レイン!」


 ミリアの声が届かない。


 初めて、

 判断拒否が“遅れ”になる。



 レインは、

 一瞬だけ立ち止まった。


(……ここで、

 決めれば)


 英雄を助ける判断。

 蒼衡を優先する判断。

 街を切り捨てる判断。


 どれも、

 正しい。


 どれも、

 世界が望む。


 だが――


「……違う」


 小さく、呟く。


 それは、

 拒絶だった。



 ミリアは、

 前線で膝をついていた。


 致命傷ではない。

 だが、

 体が重い。


(……私が、

 焦ってる)


 レインを信じている。

 ノーリトリートを信じている。


 それでも――

 感情が、先に動きそうになる。


(選んでほしい……)


 その願いが、

 胸に浮かびかけて――


 ミリアは、

 歯を噛み締めた。


「……ダメだ」


 自分に言い聞かせる。


「それは、

 私たちじゃない」



 エルドが、

 全身で衝撃を受け止める。


 盾が軋む。

 だが、退かない。


「……まだ、

 立てる」


 その声は、

 誰かに向けたものではない。


 自分自身への確認だった。



 リュカは、

 戦況を投げ捨てた。


 解析を止め、

 全員を見る。


「……揃えろ」


 短い言葉。


「判断じゃない。

 結論でもない」


 一拍。


「立ち位置を、揃えろ」


 それだけで、

 十分だった。



 レインは、

 全員の存在を“理解”する。


 ミリアの迷い。

 エルドの耐え。

 リュカの決断。


 それらが、

 同時に存在している。


(……これだ)


 初めて、

 はっきりと分かった。


 合体技は、

 「覚悟が一致した時」に出すものじゃない。


 覚悟が、

 それぞれ違う形で成立した時に、

 初めて成立する。



 ヴァルグリムが、

 それを察知する。


「……まずい」


 声に、

 確かな焦り。


「お前たち……

 まだ、選んでいないのに」


 歯を食いしばる。


「もう、揃っている」


 戦場が、

 一瞬だけ静止した。


 合体技の“条件”が、

 完全に成立する。


 だが――

 まだ、発動しない。


 次の瞬間が、

 全てを決める。


 戦場が、止まった。


 音も、光も、魔力の流れも――

 一瞬だけ、世界が呼吸を忘れた。


 それは、

 ヴァルグリム=ゼインが仕掛けたものではない。


 ノーリトリートの四人が、

 同時に“そこに立った”だけだった。


 前に出るでもなく。

 退くでもなく。

 何かを選ぶでもない。


 ただ――

 全員が同じ場所に、同じ温度で存在した。



「……なるほど」


 ヴァルグリムは、初めてはっきりと笑った。


 それは嘲笑ではない。

 敗北を悟った者の、

 納得に近い表情だった。


「それが……

 《非裁定領域(ひさいていりょういき/ノー・リトリート)》か」


 その言葉と同時に、

 レインが一歩踏み出す。


 剣は抜かない。

 詠唱もしない。


 ただ、《模写理解アナライズ・コピー》が

 静かに、しかし完全に展開される。


 ――理解する。


 ヴァルグリムの能力。

 役割。

 そして、彼自身が縛られていた前提。


(……この人は)


 レインは、

 初めて“敵”を

 個人として理解した。



 ミリアが、前に出る。


 血を流し、

 息も荒い。


 それでも、

 視線は逸らさない。


「……私たちは」


 震えを抑えた声。


「選ばなかった」


「でも、

 逃げなかった」


 それが、

 合図だった。



 エルドが、

 盾を下ろす。


 防御を解くという、

 最も危険な選択。


「受け止める役は、

 もう終わりだ」


 彼の背後で、

 リュカが静かに頷く。


「記録は要らない」


「戦況も、

 評価もしない」


 一拍。


「今ここにいる事実だけを、

 残す」



 四人の存在が、

 完全に重なる。


 技名はない。

 詠唱もない。


 だが、世界はそれを

 “技”として認識した。


 因果が、

 接続されない。


 未来が、

 固定されない。


 戦場という概念が、

 成立しなくなる。


 《戦域掌握ドミニオン・フィールド》が、

 内側から崩壊した。



「……ああ」


 ヴァルグリムは、

 その場に膝をつく。


 傷は、

 深い。


 だが致命傷ではない。


 それでも――

 役割が、終わった。


「……やはり、

 お前たちだったか」


 消え始める身体で、

 彼は語る。


「世界はな……

 正義を必要とする」


「だが同時に、

 正義を“疑わない存在”を

 最も恐れる」


 英雄たちが、

 静かに聞いていた。


 蒼衡も、

 口を挟まない。



「だから私は、

 “悪役”になった」


 ヴァルグリムは、

 自嘲気味に笑う。


「正義が暴走しないために」


「秩序が

 自分を正当化しないために」


「誰かが、

 最初から後悔を背負う役を

 引き受けなければならなかった」


 視線が、

 レインに向く。


「……だが」


 一拍。


「お前たちは、

 それを拒んだ」


「後悔を、

 個人にも制度にも

 押し付けなかった」


 だから――


「……私は、

 不要になった」



 英雄・ヴァルハルト=レオンが、

 静かに言う。


「それでも、

 お前のやり方は

 許容できない」


 ヴァルグリムは、

 小さく頷いた。


「分かっている」


「だが、

 止められたのは……

 正義ではない」


 視線が、

 ノーリトリートへ戻る。


「迷い続ける覚悟だ」



 蒼衡のセイン=ヴァルクスが、

 短く告げる。


「均衡は、

 万能ではなかった」


 それは、

 蒼衡としての結論だった。


「切れないものも、

 確かに存在する」



 ヴァルグリムの身体が、

 完全に崩れ始める。


「……世界は」


 最後の言葉。


「また、

 正義を振るうだろう」


「だが――

 お前たちがいる限り」


 一拍。


「それは、

 少しだけ慎重になる」


 そして、

 彼は消えた。



 戦場に、

 風が戻る。


 音が、

 息が、

 人の営みが。


 英雄は、剣を納めた。


「……勝ったとは、

 言えないな」


 だが、

 負けてもいない。


 蒼衡は、

 裁定を下さなかった。


「今回、

 切る対象は存在しない」


 それが、

 彼らの答え。



 ノーリトリートは、

 何も宣言しない。


 レインは、

 ただ一言だけ言った。


「……これからも、

 選ばない」


 ミリアが、

 隣で頷く。


「でも、

 引き受ける」


 それで、

 十分だった。



 世界は救われたわけではない。


 正義も、

 完成していない。


 だが――

 後悔を引き受け続ける余地だけは、

 確かに残った。


 それが、

 ノーリトリートの戦いだった。


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