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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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正義が揃い、敵だけが立っていた

その日、戦場には迷いが存在しなかった。


 英雄が前に出ていた。

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が布陣を敷いていた。

 そして――ノーリトリートの四人が、揃って“そこに立っていた”。


 それだけで、本来なら終わるはずの局面だった。


 英雄・ヴァルハルト=レオンは大剣を地に叩きつけ、衝撃で瓦礫を押しのける。

 光魔導を纏うイリス=アークライトが後衛から空間を制圧し、逃走経路を塞ぐ。

 蒼衡のセイン=ヴァルクスが一歩踏み出し、《均衡再裁定(きんこうさいさいてい/リバランス・ジャッジ)》の準備に入った瞬間、

 戦場は「勝利前提の形」に組み替えられていった。


 ――倒せる。


 誰もが、そう思った。


 だが。


 黒の戦装束を纏った男、ヴァルグリム=ゼインは、

 その中央で、ただ立っていた。


「……静かだな」


 呟きは、戦場の喧騒に埋もれなかった。

 まるでこの場の音量そのものが、彼を中心に調整されているかのようだった。


 最初の衝突は、英雄による一撃だった。


「――退けッ!」


 大剣が振り下ろされ、地面が割れ、衝撃波が街路を貫く。

 だがヴァルグリムは避けない。


 否――避ける必要がなかった。


 衝撃は、彼の直前で“押し潰されるように消失”した。

 空間が、内側に畳まれた。


「《戦域掌握ドミニオン・フィールド》……」


 リュカが息を呑む。

 情報が、速やかに、だが確実に遅れ始めていた。


 次の瞬間、蒼衡が動く。


 複数人による連携斬撃。

 判断、指示、防御、回復――すべてが洗練された“正しい集団戦”。


 しかし。


 斬撃は当たった。

 確かに当たった。


 それでも、何も起きない。


「……当たってるのに、繋がらない?」


 ミリアの声が震える。


 レインは、即座に理解していた。


(因果が……接続されていない)


 ヴァルグリムの周囲では、

 「攻撃した」という出来事と、「結果が生じる」という出来事が、

 同時に存在していない。


 英雄が、蒼衡が、

 正しさを積み重ねるほどに、戦場は歪んでいく。


 ヴァルグリムは、一歩だけ前に出た。


 その瞬間、地面が沈み、建造物が軋み、

 民衆が逃げ惑う方向が――意図的に限定される。


「殺さない。壊しきらない。だが――選択肢は減らす」


 淡々とした声。


「戻れない盤面が、必要なんだ」


 英雄の剣が再び振るわれる。

 蒼衡の裁定が発動寸前まで進む。

 ノーリトリートの四人が、同時に距離を詰める。


 ――それでも。


 ヴァルグリムは、まだ余裕を失っていなかった。


「いい連携だ。想定より、ずっとな」


 初めて、彼の声音に“焦りに似たもの”が混じる。


 だが、その視線は――

 英雄でも、蒼衡でもなく。


 レインの背後を、僅かに掠めていた。


「……だが」


 ヴァルグリムは、静かに息を吐く。


「盤面は、まだ完成していない」


 黒い影が、彼の足元から広がり、

 次の瞬間、空間そのものが“閉じる”ように歪んだ。


「次は、もう少し踏み込む」


 その言葉を最後に、

 ヴァルグリム=ゼインの姿は、戦場から消失した。


 残されたのは、

 勝てなかったという事実と、

 全員が揃っていたのに足りなかった何か。


 レインは、拳を握りしめていた。


(……揃ってないのは、俺たちじゃない)


 視線の先には、崩れかけた街と、

 逃げ場を失った人々の背中。


(――“決断”だ)


 それを、まだ口には出さなかった。


 戦場の後には、必ず沈黙が残る。


 それは勝利の静けさでも、敗北の虚脱でもない。

 「終わったはずなのに、何も終わっていない」――

 そういう種類の空白だった。


 英雄・ヴァルハルト=レオンは、大剣を地に突き立てたまま動かなかった。


「……逃がした、か」


 それは自責でも、悔恨でもない。

 事実確認に近い呟きだった。


 光魔導を解除したイリス=アークライトが、瓦礫の向こうを見渡す。


「民衆の被害は……抑えた。

 でも、“選ばせない形”で逃げ道を潰されてる」


 それは英雄たちが最も嫌う報告だった。

 助けたはずなのに、救えていない。


 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の面々も沈黙していた。


 セイン=ヴァルクスは、裁定を発動しかけた手を下ろす。


「……切れなかったな」


 彼の《均衡再裁定(きんこうさいさいてい/リバランス・ジャッジ)》は、

 “結果が見えている場合”にしか意味を持たない。


 だが今回、

 切った先にある未来が、どこにも固定されていなかった。


「正しいかどうか、分からなかった」


 その言葉は、蒼衡にとって致命的だった。


 一方で――

 ノーリトリートは、少し離れた場所で、静かに立っていた。


 誰も責めていない。

 誰も称えていない。


 それが、逆に重かった。


「……ねえ、レイン」


 ミリアが、小さく声をかける。


「私たち、何も間違ってないよね?」


 感情は、胸の奥で留められていた。

 怒りにも、恐怖にも、まだ変換されていない。


 レインは答えなかった。


 正確には、答えを選ばなかった。


「間違ってない、とは言える。

 でも――足りなかった、とは思う」


 それは判断でも、決意でもない。

 ただの観測だった。


 リュカが、遅れて入ってきた情報を整理する。


「被害の出方が……意図的だ。

 殺さない、壊しきらない。

 でも、“次に何をすればいいか”が全部分からなくなる配置」


「選択肢を、削ってる」


 エルドが低く呟く。


 盾を構えたまま、彼は一歩も動いていなかった。

 まるで、この場そのものを受け止めるように。


「……あいつは、勝ちに来てない」


 その言葉に、全員が反応した。


「勝利条件が、違う」


 レインは、ゆっくりと言葉を続ける。


「英雄が勝っても、

 蒼衡が裁定しても、

 それでも“戻れない状況”が残るように、盤面を組んでる」


 英雄たちは沈黙した。


 蒼衡も、反論しなかった。


「つまり――」


 ミリアが、言葉を探す。


「誰かが“選ばなきゃいけなくなる”ところまで、追い込む気?」


 レインは、首を横に振った。


「違う。

 誰かが選ぶしかなくなった瞬間を、成立させる気だ」


 その場に、重い理解が落ちる。


 その時、誰かが呟いた。


「……ノーリトリート」


 視線が集まる。


 英雄でもなく、蒼衡でもない。

 選ばないことを選び続けてきた、最後の存在。


 セイン=ヴァルクスは、苦い表情で言った。


「彼は、お前たちを“最後の安全装置”だと思っている」


 レインは、否定しなかった。


「……そうだろうね」


 だからこそ。


 ヴァルグリム=ゼインは、まだ“本気で壊していない”。


 だからこそ。


 次は、もっと露骨に――

 ノーリトリートが立ち続けられない状況を作りに来る。


 ミリアは、拳を握った。


 感情は、まだ留まっている。

 だが、それはいつまでも続かない。


(次は……私たちを、直接狙う)


 その予感だけは、

 誰も否定できなかった。


 夜が、戦場を覆い始めていた。


 火の手は収まり、悲鳴も止んだ。

 それでも――

 誰一人として「終わった」とは思えなかった。


 空間が、まだ締め切られていない。


 その感覚に、最初に気づいたのはレインだった。


「……来る」


 次の瞬間、

 空気が“押し潰される”。


 それは衝撃ではない。

 《戦域掌握ドミニオン・フィールド》――

 空間を“戦場”として固定する圧。


「全員、構えろ!」


 英雄たちが前に出る。

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が左右を抑える。

 ノーリトリートは、自然と一箇所に集まっていた。


 そして――

 闇の中心に、彼は立っていた。


「揃ったな」


 ヴァルグリム=ゼインは、淡々と告げる。


 声に怒りはない。

 歓喜も、憎悪もない。


「英雄。

 裁定者。

 そして――非裁定」


 ゆっくりと、視線がノーリトリートへ向く。


「ここまで来るのに、随分と時間がかかった」


 ヴァルハルト=レオンが、一歩踏み出す。


「これ以上の被害は出させない」


「それは、もう決まっている」


 ヴァルグリムは、否定もしなかった。


「私は“皆殺し”を選ばない。

 だが――“戻れる世界”も、選ばない」


 イリスが、歯を噛み締める。


「……何が目的なの」


「確認だ」


 彼は、即答した。


「世界が、

 後悔を引き受け続けられる構造になっているかどうか」


 その言葉に、蒼衡のセイン=ヴァルクスが反応する。


「だから撤退していたのか。

 勝利条件が成立する直前で」


「そうだ」


 ヴァルグリムは、初めて“はっきりと”肯定した。


「勝った瞬間、

 正義は自分を正当化する。

 だが、迷ったまま終われば――

 その後悔は、世界に残る」


 ミリアの胸が、締め付けられる。


「……それで、街を壊したの?」


「壊してはいない。

 選択肢を消しただけだ」


 淡々とした言葉。


「守るか、追うか。

 裁くか、見逃すか。

 選ばせないことで、“決めた責任”だけを残した」


 レインは、静かに一歩前に出た。


「それが……正義だと?」


「いいや」


 ヴァルグリムは、首を振る。


「正義ではない。

 必要悪ですらない」


 そして、初めて感情の色が混じる。


「世界が壊れかけた時、

 誰が“最後まで迷い続けられるか”を見る役割だ」


 英雄たちは沈黙した。

 蒼衡も、反論できなかった。


 ノーリトリートだけが、動かなかった。


「だから、お前たちが必要だった」


 ヴァルグリムは、ノーリトリートを真っ直ぐに見る。


「裁定しない者。

 選ばない者。

 それでも、立ち続ける者」


 その声に、焦りが混じる。


「だが――まだだ」


 彼は、歯を噛み締める。


「まだ、お前たちは揃っていない」


 次の瞬間、

 空間が大きく歪んだ。


 《黒圧進ダーク・プレッシャー》。


 英雄と蒼衡が、同時に踏み込む。


 だが――

 攻撃は、決定打にならない。


 当たっているのに、終わらない。

 切っているのに、倒れない。


「……強すぎる」


 ヴァルハルトが、低く唸る。


 その時、

 ノーリトリートの全員が、同じ感覚を共有していた。


(――次だ)


 まだ、技は出さない。

 出せない。


 全員が揃い、

 覚悟が一致した瞬間でなければ。


 ヴァルグリムは、一歩下がった。


「いい。今日はここまでだ」


 焦りを隠しきれない声。


「盤面は、ほぼ揃った。

 だが――ノーリトリートだけが、まだ足りない」


 闇が、彼を包む。


「次は、

 迷わせる余裕すら、与えない」


 その言葉を残し、

 ヴァルグリム=ゼインは姿を消した。


 沈黙が落ちる。


 誰も、すぐには動けなかった。


 レインが、静かに言う。


「……次で終わらせる」


 それは宣言ではない。

 決意でもない。


 ただの、事実確認だった。


 全員が揃った時、

 《非裁定領域(ひさいていりょういき/ノー・リトリート)》は、

 必ず発生する。


 その時――

 世界は、初めて「答えを出さない選択」を強いられる。


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