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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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立つことを、許された夜

 目を覚ましたとき、

ミリアはまず――

自分の身体が重いことを自覚した。


 痛みはある。

 だが、昨日までとは質が違う。


「……生きてる、か」


 声に出して確認する。


 天井は白い。

 治療用の魔導灯。

 世界機関の治療室。


 思い出すのは、

路地裏の暗さと、

空気が沈んだあの瞬間。


「……奇襲、だったな」


 自分でも驚くほど、

冷静に振り返れていた。


 怖くなかったと言えば嘘になる。

 だが、それ以上に――

「やられた理由」が分かってしまった。


 自分が、一人だったから。

 ノーリトリートだったから。

 そして――

レインの傍にいる存在だったから。


「……狙われた、か」


 その事実が、

胸の奥で静かに沈む。



 身体を動かそうとして、

一瞬だけ躊躇する。


 怖いのではない。

 動かないかもしれないという不安。


 ゆっくり、指を動かす。


 ――動く。


 次に、腕。

 少し痛むが、応える。


「……あれ?」


 呼吸が、

思ったより深い。


 さっきまであった

胸の内側の“詰まり”が、

どこかへ消えている。


 代わりに、

違和感だけが残っている。


 治ったわけじゃない。

 でも――

立てる気がした。



「……?」


 気配。


 ミリアは、

反射的に視線を向ける。


 そこにいたのは、

見慣れたようで、

見慣れていない老人だった。


「……え」


 声が、間抜けに漏れる。


「……ジル、爺?」


「おう」


 いつも通りの、

軽い返事。


 杖も持たず、

護衛もいない。


 まるで、

散歩の途中みたいな顔。


「……どうして、ここに?」


「通り道じゃ」


「世界機関の、

 治療区画が?」


「じゃな」


 まったく悪びれない。



 ジル爺は、

ミリアを一目見て、

小さく息を吐いた。


「……なるほど」


「やられとるな」


「……見て分かるの?」


「分かる分だけな」


 それ以上、

説明はしない。


 ジル爺は、

静かに近づき、

ミリアの額に指を置いた。


 光はない。

 魔力の奔流もない。


 ただ――

世界が、

一枚だけずれた感覚。


「……っ」


 息が、自然に深くなる。


 痛みが、

完全に消えるわけじゃない。


 でも、

“止まっていた何か”が

動き出す。



「……なに、したの?」


「治しとらん」


 即答。


「……え?」


「治したら、

 あやつが選ぶ」


 その“あやつ”が

誰かは、聞かなくても分かった。


「……じゃあ」


「行ける状態にしただけじゃ」


 ジル爺は、

ミリアを見る。


 試すような目ではない。

 評価でもない。


 ただ、

確認。


「……怖いか?」


 ミリアは、

少し考えてから答えた。


「……怖い」


「そうか」


「でも」


 一拍。


「行きたい」


 それは、

使命感じゃない。


 正義でもない。


 ただ――

置いていかれたくなかった。



 ジル爺は、

それを聞いて、

少しだけ笑った。


「なら、ええ」


 ミリアの背中に、

手を置く。


 強くない。

 押すでもない。


 それでも――

確かに、背中だった。


「選ぶな」


 一拍。


「だが、

 立つことは選べ」



「……レインに、

 言わなくていいの?」


「言わん」


 即答。


「言えば、

 あやつは“世界”を見始める」


 それは、

ミリアにも分かる。


 レインは、

そういう人だ。


「……ずるいね」


「爺は、

 大体ずるい」


 ジル爺は、

もう扉の方を向いている。


「……ありがとう」


「礼はいらん」


 振り返らずに、

一言だけ。


「後悔は、

 自分で持て」



 扉が閉まる。


 最初から、

誰もいなかったみたいに。


 ミリアは、

しばらく天井を見ていた。


 痛みはある。

 不安もある。


 でも。


「……行くか」


 小さく、呟く。


 それは、

誰かの代わりに選ぶためじゃない。


 選ばないまま、

 隣に立つため。


 ミリアは、

ゆっくりと立ち上がった。


 扉が開いた音で、

レインは顔を上げた。


 次の瞬間、

言葉を失う。


「……ミリア?」


 立っていた。


 完璧ではない。

 歩き方も、まだ慎重だ。


 それでも――

立っている。


「……あ」


 ミリアは、

少し気まずそうに笑う。


「怒ってる?」


 その一言で、

レインの中に溜まっていたものが

一気に崩れた。


「……怒ってない」


 声が、

思ったより低い。


「驚いてるだけだ」


 それは、

嘘ではない。


 だが、

全部でもない。



 《模写理解アナライズ・コピー》が、

自動的に走る。


 損傷痕。

 修復の“ずれ”。

 魔力循環の不自然な補正。


 治ってはいない。

 だが――

意図的に“立てる状態”にされた。


「……誰が、やった?」


 レインは、

すぐに悟っていた。


 ミリアは、

一瞬だけ視線を逸らす。


「……内緒」


 その答えで、

十分だった。


「……そうか」


 それ以上、

聞かない。


 聞いた瞬間、

自分が“選ぶ側”になる。


 それを、

レインは嫌った。



「……行くんだな」


 確認。


 命令ではない。


 ミリアは、

小さく頷く。


「うん」


「怖いか?」


「怖い」


 即答。


「でも」


 一拍。


「レインの隣に、

 立てない方が怖い」


 その言葉で、

レインの胸が少しだけ軋む。


 守りたい。

 失いたくない。


 だが――

それを理由に

彼女を縛ることは、できない。



 レインは、

ゆっくり息を吐いた。


「……止めない」


 それは、

覚悟の言葉だった。


「許可でも、

 命令でもない」


 一拍。


「君が立つことを、

 否定しない」


 ミリアは、

少しだけ目を見開いてから、

笑った。


「……ありがとう」


「礼はいらない」


 それは、

どこかで聞いた言葉。


 だが、

レインの口から出ると

意味が違った。



「ただし」


 声を落とす。


「無茶はするな」


「それ、

 今言う?」


「今だから言う」


 ミリアは、

肩をすくめる。


「努力はする」


「信用はする」


 その交換で、

十分だった。



 エルドとリュカが、

黙って見ている。


「……変わったな」


 リュカが、

小さく言う。


「何が?」


「立たないまま、

 前を向いてる」


 それは、

ノーリトリートの

新しい形だった。



 レインは、

地図を広げる。


 盤面は、

さらに狭まっている。


 ヴァルグリム=ゼインは、

次を用意している。


 間違いなく――

**もっと直接的な“越線”**を。


「……来る」


 低く、断言する。


「次は、

 僕たちを

 “逃がさない”形で」



 ミリアは、

その横に立った。


 まだ完全ではない身体で。

 それでも、

一歩も引かずに。


「……じゃあさ」


 軽く言う。


「今度は、

 一人で行かない」


 レインは、

小さく頷いた。


「ああ」


 それでいい。



 遠くで。


 ヴァルグリム=ゼインは、

報告を受け取っていた。


「……戻った、か」


 眉が、わずかに動く。


「治ったわけではない」


 すぐに理解する。


「……なるほど」


 低い声。


「誰かが、

 “立つこと”を許したな」


 それは、

盤面に存在しなかった要素。


 老いた観測点。

 役割を持たない干渉。


 そして。


「……だが」


 一拍。


「それでも、

 レインは

 選んでいない」


 焦りが、

はっきりした。



 夜は、

まだ終わらない。


 だが、

ノーリトリートは

もう“守られるだけの存在”ではなかった。


 次は――

世界が、

 彼らに答えを求める番だ。


 動きは、ほぼ同時だった。


 英雄は、出動準備を整えた。

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》は、次の切断基準を再定義し始めた。

 世界機関は、連鎖事案を**「最終段階」**として再分類した。


 そして――

ノーリトリートにも、正式な通達が届く。


現在進行中の事案は

局地対応では収束不能と判断


当該パーティ《非裁定ノーリトリート》は

想定上、唯一の“未使用要素”として

観測対象に指定される


「……とうとう、

 そう来たか」


 リュカが、

乾いた声で言う。


「“守ってほしい”とも

 “戦ってほしい”とも

 言わない」


「ただ、

 外にいられることを

 許さなくなった」


 それが、

一番重い圧だった。



 レインは、

通達を静かに閉じる。


 怒りはない。

 拒絶もない。


 ただ、

予測通りだという理解があった。


「……盤面が、

 完成に近づいてる」


 ミリアは、

その言葉を噛みしめる。


「……でも」


「うん」


 視線が、合う。


「まだ、

 最後の一手は

 置かれていない」


 それが、

自分たちだ。



 同じ頃。


 高所から街を見下ろし、

ヴァルグリム=ゼインは

はっきりと焦りを自覚していた。


「……英雄は立った」


「蒼衡は、

 剣を抜く準備を終えた」


「世界は、

 責任を外に出した」


 完璧な流れ。


 だが――

肝心なところだけが、

 噛み合わない。


「……レイン」


 名を呼ぶ。


 その名が、

今までより重い。


「お前は、

 まだ選ばない」


 それが、

計算を狂わせる。


 正義は、

追い詰めれば前に出る。


 覚悟も、

追い詰めれば固まる。


 だが、

選ばない覚悟は――

追い詰めるほど、

形を変える。



「……だから」


 ヴァルグリムは、

次を決めた。


 もう、

誰かを傷つけて

引きずり出す段階ではない。


 次は――

世界そのものを、

 目の前に置く。


「英雄が止められず」


「蒼衡が切れず」


「世界が

 『選べ』と

 叫ぶ状況」


 そこに、

ノーリトリートを立たせる。


「……それでも

 選ばないなら」


 一拍。


「それはもう、

 罪になる」


 そうなる前に、

終わらせたい。


 それが、

彼の本音だった。



 夜明け前。


 ノーリトリートは、

簡単な準備を整える。


 武器。

 防具。

 最低限の物資。


 誰も、

気合を入れない。


「……変な感じだな」


 ミリアが、

ぽつりと言う。


「戦いに行くのに、

 勝つ気がしない」


「負ける気もない」


 エルドが、

静かに補足する。


「ただ、

 引き受ける気があるだけ」


 それが、

ノーリトリートだ。



 レインは、

最後に言う。


「……僕たちは」


 一拍。


「正義にならない」


「世界の代わりに

 選ばない」


「でも」


 視線を上げる。


「後悔から

 逃げない」


 誰も、

否定しなかった。


 それで十分だ。



 遠くで、

盤面が、

静かに音を立てて揃っていく。


 英雄。

 蒼衡。

 世界。

 ヴァルグリム。


 そして――

最後の空白。


 そこに、

非裁定ノーリトリート》が

立つ。


 選ばないまま。



 次に起きるのは、

誰かが勝つ話ではない。


 誰が、

後悔を引き受け続けられるか。


 それだけが、

問われる。


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