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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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365/1013

均衡は、血を見てなお迷う

 異変は、即座に「被害」として観測された。


「……死者、出ました」


 世界機関の報告官が、

声を抑えきれずに告げる。


 数ではない。

 規模でもない。


 “出た”という事実が、

全てを変えた。



 現地は、蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が

最優先で投入された。


 英雄は、後方待機。


 それが、

世界の選択だった。


「……越えたな」


 セイン=ヴァルクスは、

街の中心を見据えて言う。


 建物は半壊。

 地形は歪み。

 そして――

覆いきれない血の痕。


 今までのヴァルグリム=ゼインは、

“殺さない”ことで

盤面を組んできた。


 だが、今回は違う。


「……明確だ」


 ガラン=ディオルが、

剣を抜く。


「これは、

 切断対象だ」


 誰も反論しなかった。



 空間が、歪む。


 次の瞬間、

街路の中央に

ヴァルグリム=ゼインが立っていた。


「……来たか」


 声は、静か。


 だが、

今までと決定的に違う点がある。


 躊躇がない。


「蒼衡《そうこう/アズール・バランス》」


 名を呼ぶ。


「今回は、

 ちゃんと前に出てきたな」


「黙れ」


 ガランが、即座に踏み込む。


 《断定斬(だんていざん/デシジョン・スラッシュ)》。


 危険と断定した存在を、

未来ごと切り捨てる一撃。


 ――だが。


 当たらない。


 否。

 当たっているのに、

“切れていない”。


「……っ!?」


 ガランが、

目を見開く。


 剣は、

確かにヴァルグリムを捉えている。


 それでも、

未来が分断されない。



「……なるほど」


 ヴァルグリムは、

わずかに息を吐いた。


「均衡が、

 自分を否定できない」


 それは、

蒼衡にとって

最悪の言葉だった。



 セインが、

《均衡再裁定(きんこうさいさいてい/バランス・ジャッジ)》を展開する。


 未来が、

次々と崩れる。


 切る未来――

被害、拡大。


 切らない未来――

被害、連鎖。


 全力で当たる未来――

都市機能、壊死。


「……っ」


 歯を噛みしめる。


「どれも、

 最適解にならない」



 ヴァルグリムは、

一歩だけ後ろに下がった。


「……見えるぞ」


 低い声。


「英雄は疲れ、

 世界は怯え、

 蒼衡は――迷っている」


 その視線が、

さらに外側を見る。


 英雄でもない。

 裁定者でもない。


「……だが」


 声に、

初めて焦りが混じる。


「一つだけ、

 まだ揃っていない」


 蒼衡の誰もが、

本能的に理解した。


 この男が見ているのは――

非裁定ノーリトリート》。



「……惜しいな」


 ヴァルグリムは、

はっきりと言った。


「盤面は、

 ほぼ揃った」


 一拍。


「だが、

 “選ばない者”が

 まだ動いていない」


 それは、

独り言ではなかった。


 苛立ちだった。



 《終幕指定エンド・マーカー》。


 空間が、

強引に畳まれる。


 ヴァルグリム=ゼインは、

蒼衡の剣を真正面から受け止めたまま、

後退する。


「……次は」


 消え際、

確かに言った。


「待たない」



 残された街で、

蒼衡は立ち尽くした。


 切れなかった。

 だが、

切らなかったわけでもない。


「……セイン」


 ガランが、

低く言う。


「今の、

 俺たち……」


 セインは、

答えなかった。


 答えが、

存在しないからだ。



 遠く。


 ノーリトリートは、

この戦闘を“見ていない”。


 だが――

確実に、

 次の盤面に含まれている。


 それだけは、

誰の目にも明らかだった。


――均衡は、結果を否定できない。



 戦域が消えたあと、

街は“現実”に戻った。


 建物は壊れている。

 血は乾ききっていない。


 そして――

死者が、確かに存在した。


「……これ以上、

 記録を曖昧にできないな」


 セイン=ヴァルクスは、

低く言った。


 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》は、

“切ることで被害を止める存在”だ。


 だが今回は、

切ろうとして、切れず、

それでも被害は出た。


 最悪の組み合わせだった。



「……俺の斬撃は、

 届いてた」


 ガラン=ディオルが、

剣を見つめる。


「だが、

 未来が切れなかった」


 《断定斬(だんていざん/デシジョン・スラッシュ)》は、

“危険”と断定された存在を

不可逆に排除する技だ。


 それが、

成立しなかった。


「……断定が、

 成立してない」


 リィネ=フォルテが、

静かに言う。


「彼は“危険”だけど、

 “不要”じゃない」


 その言葉は、

蒼衡にとって致命的だった。



「……そんな分類、

 今までなかった」


 ユール=セティアが、

息を吐く。


「危険=切断対象。

 それが、

 俺たちの前提だ」


「前提が、

 壊れ始めている」


 セインは、

淡々と認めた。


 《均衡再裁定(きんこうさいさいてい/バランス・ジャッジ)》を

再起動する。


 未来が、

いくつも並ぶ。


 だが、

どれも同じ結末に近い。


「……被害は、

 必ず出る」


 切っても、

切らなくても。


 英雄を呼んでも、

世界機関が前に出ても。


 “盤面そのもの”が、

 被害を前提に組まれている。



「……あいつ」


 ガランが、

歯を噛みしめる。


「完全に、

 俺たちを織り込んでる」


「そうだ」


 セインは、

頷く。


「蒼衡が“切る”と決める瞬間を、

 計算に入れている」


 それは、

蒼衡が存在する限り、

必ず起きる行為だ。


 つまり――

蒼衡そのものが、

 盤面の一部になっている。



 沈黙。


 誰も、

すぐには口を開かなかった。


 やがて、

リィネが言う。


「……ノーリトリート」


 その名が出ても、

今回は誰も止めなかった。


「彼らは、

 切らない」


「選ばない」


「それでも、

 盤面を歪ませている」


 蒼衡には、

できない在り方。



「……頼る?」


 ユールが、

冗談ではなく聞く。


 セインは、

ゆっくり首を振った。


「頼った瞬間、

 我々は“均衡”を失う」


 それは、

ノーリトリートが

拒否している役割と同じだ。


 選ばせる側が、

選ばない存在に

判断を預ける。


 それは、

逃避だ。



「……じゃあ」


 ガランが、

低く言う。


「俺たちは、

 どうすりゃいい?」


 セインは、

すぐには答えなかった。


 そして、

初めてこう言った。


「……分からない」


 蒼衡のリーダーが、

明確に“不明”を口にする。


 それ自体が、

異常だった。



 外では、

街の復旧が始まっている。


 だが、

以前とは違う。


 誰も、

「守られた」と言わない。


 誰も、

「切ってくれてありがとう」と言わない。


 ただ、

黙々と片付けている。


「……これが」


 セインは、

低く呟く。


「切ったあとに、

 残るものか」



 遠くで。


 ヴァルグリム=ゼインは、

この様子を“見ていない”。


 だが、

完全に理解している。


 蒼衡は、

もう以前のように剣を振れない。


 振れば、

自分が盤面を完成させてしまう。



 そして、

彼は焦り始めていた。


 英雄は、揃った。

 世界は、揃った。

 蒼衡も、揃った。


 だが――


「……あと一つだ」


 低い声。


「選ばない者が、

 まだ動かない」


 それが、

初めての誤算。


 ヴァルグリム=ゼインは、

街の外れに立っていた。


 戦域は、もうない。

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の気配も、

英雄の剣圧も、消えている。


 それでも――

盤面は、まだ動いている。


「……死者を出した」


 事実を、

淡々と口にする。


 これは、

今までの自分の流儀ではない。


 恐怖でも、

覚悟でもなく、

明確な“越線”。


 正義を、

無理やり前に出すための一手だった。


「英雄は、前に出た」


「蒼衡は、

 剣を振るった」


 そこまでは、

想定通りだ。


 むしろ、

完璧に近い。



 だが。


「……揃わないな」


 低い声。


 ヴァルグリムは、

遠くの街を見下ろす。


 英雄は、

守れなかった後悔を抱えた。


 蒼衡は、

切れなかった事実を抱えた。


 世界は、

判断した責任を抱えた。


 全員が、

 盤面の上に立っている。


 それなのに。


「……一人だけ、

 まだ外だ」



 脳裏に浮かぶのは、

非裁定ノーリトリート》。


 選ばない。

 引き受けない。

 だが、見続ける。


 自分が盤面を狭め、

選択肢を削り、

正義を前に出すほど――


 彼らは、

 より“動かなくなる”。


「……おかしい」


 ヴァルグリムは、

初めてそう呟いた。


 敵は、

追い詰めれば前に出る。


 正義も、

追い詰めれば刃になる。


 だが――

選ばない者は、

追い詰めるほど

“立たない理由”を強める。



「……だからか」


 小さく、息を吐く。


「だから、

 計画が遅れる」


 自分は、

正義が壊れないための

悪役だ。


 倒されるために存在する。


 だが、

倒される条件が、

揃わない。


 これは――

役割の停滞。



 彼は、

はっきりと自覚する。


「……焦っているな、俺は」


 今まで、

一度もなかった感情。


 盤面は、

ほぼ完成している。


 英雄。

 蒼衡。

 世界。


 全て、

自分が想定した通りに

摩耗し、追い詰められている。


「……なのに」


 一拍。


「最後の一手だけが、

 置かれない」



 その理由も、

分かっている。


 ノーリトリートは、

盤面の“外”に立っているからだ。


 彼らは、

勝ちにも負けにも

参加しない。


 だから、

完成条件にならない。


 だが。


「……それでは、

 終われない」


 ヴァルグリムは、

初めて結論を変えた。


 これまでは、

正義を前に出すために

被害を出してきた。


 次は違う。



「……盤面を、

 完成させに行く」


 低い声。


 それは、

宣戦布告ではない。


 工程の変更だ。


「選ばない者を、

 “選ばせる状況”に

 追い込む」


 英雄でもない。

 蒼衡でもない。


 世界そのものを、

彼らの前に差し出す。



 遠くで、

復旧作業の灯りが揺れている。


 人は、まだ生きている。


 それを見て、

ヴァルグリムは

ほんの一瞬だけ目を細めた。


「……すまない、とは言わない」


 自分は、

そういう役だ。


「だが――」


 一拍。


「次は、

 立たない理由を

 壊す」



 その瞬間。


 風向きが、変わった。


 まだ何も起きていない。

 だが、

次の被害は、

 今までとは質が違う。


 英雄が止められず、

蒼衡が切れず、

世界が判断を放棄できない。


 そして――

ノーリトリートだけが、

逃げ場を失う。



 ヴァルグリム=ゼインは、

闇の中へと歩き出す。


 焦りを、

はっきり抱えたまま。


「……ようやくだ」


 低い声。


「これで、

 盤面が“揃いに行く”」



 その頃。


 まだ何も知らない

非裁定ノーリトリート》は、

静かな夜を迎えていた。


 だが――

次は、

 彼らの番だ。


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