表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

363/993

偽の戦闘?

英雄は、守るために剣を抜く


――その剣は、まだ届かない。



 最初に崩れたのは、防壁だった。


 魔力障壁でも、結界でもない。

 街を囲む「安全であるという前提」が、音もなく破られた。


「――避難を急げ!!」


 ヴァルハルト=レオンの怒号が、街に響く。


 遅い。

 判断が、半拍遅れている。


 空が、沈んだ。


 雲ではない。

 影だ。


 圧縮された空間そのものが、街の上に覆いかぶさる。


「……っ!」


 英雄でなければ、膝をついていた。

 民衆は、即座に倒れ伏す。


 息ができない。

 音が歪む。

 距離感が壊れる。


 ――《戦域掌握ドミニオン・フィールド》。


 だが、これまでと違う。


「……街ごと、だと?」


 イリス=アークライトが、歯を噛みしめる。


 範囲が、異常だった。


 建物、通り、広場、避難路。

 すべてが“戦場として最適化”されている。


 逃げ場がない。

 隠れ場もない。


 戦う者だけでなく、

戦わない者すら“戦場の一部”に組み込まれている。


「……最悪だ」


 ノイン=フェルツが、低く呟く。


「これは……

 “守りながら戦えない”」


 それが、この戦域の本質だった。



 現れたのは、一人。


 黒衣の男。

 ヴァルグリム=ゼイン。


 ゆっくりと、空間を踏みしめるように歩く。


 殺気は、薄い。

 だが、存在そのものが重い。


「……来たか」


 ヴァルハルトは、剣を構える。


 迷いはない。

 今この瞬間、この男を止めなければ――


「やめろ!」


 英雄の叫びは、民衆に向けられた。


「伏せろ! 動くな!!」


 だが、動けない。


 戦域は、

“動かない者”ほど圧迫する。


 選択肢を、奪っている。



 ヴァルグリムは、手を上げた。


 それだけ。


 次の瞬間、広場が沈んだ。


 爆発ではない。

 崩壊でもない。


 空間が、押し下げられた。


「……っ!!」


 地面が、凹む。

 建物が、軋む。


 民衆が、悲鳴を上げる。


 死者は出ない。

 だが、全員が“壊れた感覚”を覚える。


 体ではない。

 判断だ。


 どこへ逃げればいいか、分からない。


「――ヴァルグリム!!」


 ヴァルハルトが、踏み込む。


 英雄の一撃。

 全力。


 剣が、届いた。


 確かな手応え。


 空間が、裂ける。


 英雄の力は、本物だった。


 だが。


 ヴァルグリムは、後退しない。


 剣を受け止めながら、

静かに言った。


「……守るな」


「……何?」


「守ろうとするから、

 間に合わない」


 次の瞬間。


 英雄の背後、

避難路だったはずの通りが、沈む。


「っ!!」


 イリスが叫ぶ。


「避難経路が……!」


 崩れたわけではない。

 **“選ばれなくなった”**だけだ。


 誰も、そこを通れない。


 頭が、拒否する。



 ヴァルグリムは、視線を上げた。


 街全体を、見渡す。


「……これでいい」


 低い声。


「恐怖でも、絶望でもない」


 一拍。


「正義が、

 動かざるを得ない盤面だ」


 英雄は、歯を噛みしめる。


 この男は、

民衆を“盾”にしているわけじゃない。


 民衆そのものを、

 盤面に組み込んでいる。


 だから、

英雄は全力を出せない。


 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が

切れない理由も、明確だった。


 切れば、

被害が跳ね上がる。



 ヴァルグリムは、一歩下がる。


 戦域は、まだ維持されている。


「……覚えておけ」


 英雄に向けて、ではない。

 この世界に向けて。


「盤面は、

 揃い始めている」


 英雄が、叫ぶ。


「待て!

 次は――」


 ヴァルグリムは、

わずかに口角を上げた。


「……次は、

 まだ先だ」


 《終幕指定エンド・マーカー》。


 戦域が、ほどける。


 圧が消え、

民衆が膝をつく。


 生きている。

 だが、

街は“元に戻らない”。



 ヴァルハルトは、

剣を下ろしたまま、動けなかった。


 勝てたかもしれない。

 だが、

勝ってはいけなかった。


 それが、

最も残酷な結果だった。


 遠くで、

ノーリトリートが、この光景を見ていた。


 まだ、立たない。


 だが――

立たされる未来が、

 はっきり見え始めていた。


切ることが、最悪になる瞬間


――均衡は、判断を拒否する。



 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》は、

戦域解除から数分遅れて現地に入った。


「……酷いな」


 ガラン=ディオルが、

崩れた地面を見下ろす。


 建物は倒れていない。

 死者も、報告上は最小限だ。


 だが、

街は“機能”を失っていた。


「避難路が、概念ごと潰されている」


 リィネ=フォルテが、

空間残滓を解析する。


「破壊じゃない。

 未来分岐が……削られてる」


 《未来収束(みらいしゅうそく/フューチャー・ロック)》を

専門とする彼女だからこそ、分かる。


 ここでは、

“行けたはずの未来”が

存在しなかったことにされている。



「……対象は?」


 ユール=セティアが、

警戒を解かずに問う。


「ヴァルグリム=ゼイン」


 セイン=ヴァルクスは、

即答した。


 名を出した瞬間、

全員の空気が変わる。


「英雄が、

 正面から当たった相手だ」


「……それで、この程度?」


 ガランが、眉をひそめる。


 “この程度”。


 それが、

蒼衡の恐怖だった。


 全力の英雄が出て、

なお街がこの状態。


 つまり――

全力でも、止められていない。



 セインは、

《均衡再裁定(きんこうさいさいてい/バランス・ジャッジ)》を起動する。


 未来予測が、展開される。


 一つ。

 英雄と蒼衡が同時に全力で当たる未来。


 ――被害:甚大。


 二つ。

 蒼衡が即座に“切る”未来。


 ――被害:壊滅的。


 三つ。

 英雄を下げ、蒼衡が単独で処理。


 ――失敗。突破される。


 四つ。

 何もしない。


 ――被害:拡大、だが不可逆点は遅れる。


「……」


 セインは、

無言で未来を閉じた。



「切れるか?」


 ガランが、

静かに聞く。


 《断定斬(だんていざん/デシジョン・スラッシュ)》。


 危険因子を

“不要”と断定した瞬間に切り捨てる、

不可逆の一撃。


 セインは、

首を振った。


「切れない」


 はっきりとした否定だった。


「理由は?」


「切った瞬間、

 世界が“勝った”と誤認する」


 リィネが、息を呑む。


「それは……」


「そうだ」


 セインは続ける。


「正義が、

 自分で完結したと

 思い込む」


 それが起きれば、

次はもっと早く、

もっと大きな“盤面”が来る。


 ヴァルグリム=ゼインは、

倒される役だ。


 だが――

今、倒してはいけない。



「……最悪だな」


 ガランが、

吐き捨てる。


「敵だって分かってるのに、

 切れないなんて」


「敵だからだ」


 セインは、

静かに言った。


「役割を持った敵だ」


 殺意ではなく、

設計思想で動いている。


 暴走でも、

支配でもない。


 正義を前に出させるための、

装置。



 ユールが、

遠くを見つめる。


「……あれ」


 指差す先。


 遠方の丘に、

黒い影が立っていた。


 ヴァルグリム=ゼイン。


 こちらを見ている。


 距離はある。

 だが、確実に意識している。


「……行くか?」


 ガランが、

剣に手をかける。


 セインは、

ゆっくりと首を振った。


「行くな」


「理由は?」


「追えば、

 “正義としての蒼衡”が

 前に出る」


 それは、

彼が最も避けたい未来だった。



 ヴァルグリムは、

小さく手を振った。


 嘲笑でも、

挑発でもない。


 ただの、確認。


 次の瞬間、

影は消えた。


「……逃げたな」


 ガランが言う。


「違う」


 セインは、

即座に否定した。


「退いた」


 役割を果たした者の、

正しい撤退だ。



 蒼衡は、

その場に立ち尽くす。


 切れない敵。

 切れば、悪化する相手。


 それは、

蒼衡の存在意義を

根本から揺さぶる。


「……なあ」


 ガランが、

低く言う。


「俺たち、

 何のために

 剣を振るってる?」


 セインは、

すぐに答えなかった。


 答えが、

揺らいでいる。



 遠くで。


 ノーリトリートは、

この光景を見ていた。


 英雄が迷い、

蒼衡が止まり、

世界が判断を失う。


 まだ、

彼らは立たない。


 だが――

立たされる“条件”が、

 また一つ揃った。


 街は、生きていた。


 瓦礫に埋もれてはいない。

 炎にも包まれていない。


 だが――

人が、立ち止まっている。


「……動かないな」


 世界機関の視察官が、

低く呟いた。


 民衆は、指示を待っている。


 英雄の言葉を。

 世界機関の判断を。


 だが、

どちらも来ない。



「復旧指示は?」


「……未定です」


「避難再開は?」


「……判断待ちです」


 誰も怠けていない。

 誰も責任を放棄していない。


 だが、

誰も“決められない”。


 英雄は、守った。

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》は、切らなかった。


 それでも――

街は元に戻らない。



 会議は、重かった。


「英雄は、全力だった」


「蒼衡も、判断を誤っていない」


「被害は、想定範囲内だ」


 正しい言葉が、

積み重なる。


 だが、

最後に誰かが言った。


「……では、

 なぜ“終わっていない”?」


 沈黙。


 その問いに、

答えられる者はいなかった。



 その頃。


 高所の崩れた塔の上に、

ヴァルグリム=ゼインは立っていた。


 街を見下ろす。


 破壊は、足りていない。

 だが、十分だ。


「……いい反応だ」


 低い声。


「英雄は迷い、

 蒼衡は止まり、

 世界は考え込んだ」


 これは、失敗ではない。


 段階の完了だ。



 彼は、ゆっくりと手を掲げた。


 魔力が集まる。

 だが、解放されない。


 ただ、

“見せる”だけ。


 街の中心に、

もう一度《戦域掌握ドミニオン・フィールド》の輪郭が浮かぶ。


 前より、薄い。

 だが――

範囲は、広い。


「……これ以上は」


 誰かが、呟く。


 ヴァルグリムは、

その声を聞いたわけでもないのに、口を開いた。


「安心しろ」


 淡々とした声。


「今日は、ここまでだ」


 そして、

はっきりと言う。


「だが次は、

 “守れた”では済まない」


 その言葉に、

視察官の一人が震えた。


 これは、脅しではない。


 予告だ。



「……なぜだ」


 誰にともなく、問いが漏れる。


 ヴァルグリムは、

初めて“街ではない方向”を見る。


 遠く。

 さらに遠く。


 英雄でもない。

 蒼衡でもない。


 そのさらに外側。


「理由か?」


 一拍。


「盤面が、

 揃い始めている」


 それだけ。


 《終幕指定エンド・マーカー》が発動する。


 空間が、静かに畳まれる。


 ヴァルグリム=ゼインは、

何事もなかったかのように消えた。



 その後。


 世界機関は、

正式文書を出すことができなかった。


 英雄は、

次の出動命令を受け取れなかった。


 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》は、

「切るべき対象」の欄を空白のままにした。


 すべてが、

宙に浮いた。



 その視線は、

自然と一箇所に集まる。


 英雄でもない。

 裁定者でもない。


 だが、

選ばないと宣言した存在。


 《非裁定ノーリトリート》。


「……あそこは」


 誰かが、言いかけて止めた。


 頼ってはいけない。

 だが、

他に名前が出ない。



 遠くから、

レインはその空気を感じ取っていた。


「……来るな」


 小さく呟く。


「まだ、

 僕たちは立たない」


 ミリアが、

隣で拳を握る。


「……でもさ」


「うん」


「次は、

 “見てるだけ”じゃ

 済まない気がする」


 レインは、否定しなかった。


 否定できなかった。



 ヴァルグリム=ゼインは、

最後に一度だけ、空を仰いだ。


「……強いな」


 英雄でも、

蒼衡でもない。


「選ばないまま、

 ここまで盤面を動かす存在は」


 そして、

低く続ける。


「……だからこそ」


 一拍。


「次は、

 本気で壊しに行く」


 それは、

宣戦布告ではない。


 役割を、

次の段階に進める合図だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ