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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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線の外で、世界が歪む

 異変は、線の向こうで起きた。


 正確には、

非裁定ノーリトリート》が引いた境界から、

意図的に離れた場所。


「……来たか」


 レインの声は、低かった。


 報告は一つ。

 だが、内容は重い。


「都市外縁部にて、

 集団的意思停止事案が発生」


 世界機関の速報文は、

慎重に言葉を選んでいる。


 死者なし。

 暴動なし。

 破壊なし。


 だが。


「……“何もしない”人が、

 増えてる」


 ミリアが、資料を見つめる。


「拒否もしない。

 選ばない。

 考えない」


 それは、

今までとは逆の形だった。



 現地の映像。


 人は立っている。

 目も開いている。

 呼びかければ、反応もする。


 だが――

自分から何も始めない。


「仕事は?」


「行かない」


「理由は?」


「……わからない」


 恐怖はない。

 絶望もない。


 ただ、

“動く理由”が消えている。


「これ、

 削減じゃない」


 リュカが、はっきり言った。


「圧迫でもない」


「……放棄だ」


 レインは、静かに言う。


 選ばされ続けた結果、

人が“選ぶこと”そのものを

手放し始めている。


 これは、

線の内側では起きない。


 なぜなら、

ノーリトリートは

“受け取らない”からだ。


 だが――

線の外では、

 誰も受け止めていない。



 英雄は、動こうとした。


「行く」


 ヴァルハルト=レオンの判断は、

早かった。


「放置すれば、

 回復不能になる」


 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》も、

同様だった。


「切る対象ではないが、

 放置は破綻を招く」


 世界機関は、

正式に介入準備を始める。


 正義が、

三方向から動こうとしている。


 だが。


「……それ、

 意味あるかな」


 ミリアの声は、弱かった。


「切っても、

 守っても」


 一拍。


「“選ばない状態”は、

 戻らない気がする」


 誰も、反論できなかった。



 レインは、境界線の地図を見つめる。


 自分たちが引いた線。

 越えないと決めた線。


「……ここだ」


 指が、

歪みの中心を指す。


 線の外側。


 つまり――

行けば、原則を踏み越える。


「レイン」


 ミリアが、名前を呼ぶ。


「行ったら、

 私たち……」


「ノーリトリートじゃ、

 なくなるかもしれない」


 レインは、否定しなかった。


 行けば、

受け止めてしまう。


 世界の代わりに、

結果を引き受けてしまう。


 それは、

最初に拒んだ役割だ。



 沈黙。


 そのとき、

リュカが小さく言った。


「……でもさ」


「?」


「行かなかったら、

 このまま“壊れる”よ」


 壊れる、という言葉が

初めてはっきり出た。


 今までは、

戻れないだけだった。


 今回は、

終わる。


「……」


 レインは、目を閉じた。


 古代種の始祖の言葉が、

脳裏をよぎる。


後悔は先に立たない

自分が後悔しない選択をしろ


 長く生きた者の言葉。


「……決断、しないんじゃなかった?」


 ミリアが、苦笑する。


「しない」


 レインは、静かに言った。


「でも」


 一拍。


「境界を、

 持ち運ぶことはできる」


 三人が、息を呑む。


「行く」


 だが。


「世界を救いにじゃない」


 英雄の代わりでもない。

 正義の代行でもない。


「線を、

 向こうに置き直す」


 それだけ。



 線の外で、

世界が歪んでいる。


 行かなければ、壊れる。

 行けば、原則が揺らぐ。


 それでも。


 《非裁定ノーリトリート》は、

歩き出した。


 壊すためではない。

 救うためでもない。


 “これ以上は受け取らない”

 場所を、

 もう一度置くために。


 英雄は、現地に到着してから気づいた。


「……何も、ない?」


 ヴァルハルト=レオンは、周囲を見回す。


 暴動は起きていない。

 建物も壊れていない。

 敵影もない。


 だが、人々は――

まだ、動かない。


「介入対象は?」


 イリス=アークライトが確認する。


「……不明」


 それが、ありえなかった。


 英雄が動く時、

対象は常に明確だ。


 敵。

 災害。

 暴走。


 だが、ここには何もない。


「……もう、

 切り取られてる?」


 ノイン=フェルツが、眉をひそめる。


「いや」


 ヴァルハルトは、静かに否定した。


「切る前に、

 場が変わっている」



 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》も、同様だった。


「……判断不能」


 セイン=ヴァルクスは、

解析結果を何度も見返す。


「逸脱はない。

 だが、

 収束もしていない」


「切る?」


 ガラン=ディオルが、

いつもの調子で聞く。


「……切れない」


 セインは、首を振る。


「破綻点が、

 移動している」


 それは、蒼衡にとって

初めての感覚だった。


 均衡が崩れたら切る。

 だが、均衡そのものが

動いている。


 どこを切ればいいのか、

定義できない。



 世界機関は、さらに困惑する。


「再発地点が、

 想定と一致しません」


「境界設定が、

 不安定です」


「……誰が動かした?」


 答えは、

誰も口にしなかった。


 だが、

全員が同じ名前を思い浮かべていた。



 一方、

ノーリトリートは

現地の中心に立っていた。


 何もしない。

 命令しない。

 動かさない。


 ただ、

“これ以上は受け取らない”

 空気を置く。


 それだけで、

変化が起きる。


「……あ」


 誰かが、小さく声を上げる。


「ここなら……

 何もしなくていい?」


 否定しない。

 肯定もしない。


 だが、

**“選ばなくてもいい場所”**が

そこにある。


 人は、初めて

肩の力を抜いた。



 ミリアが、

小さく息を吐く。


「……戻ってきてる」


「選択する力、

 じゃない」


 レインは、訂正する。


「選択しなくていい余裕だ」


 それは、

正義では作れない。


 命令でも、

救済でもない。



 遠くから、それを見ていた存在がある。


 黒衣の男。


 今回は、

笑っていなかった。


「……これは」


 低い声。


「想定していない」


 線は固定されていると思っていた。

 境界は、守る側が動かないから

意味を持つ。


 だが、

線そのものが移動する。


 しかも、

世界を壊さずに。


「……厄介だな」


 初めて、

評価が変わった。


 ノーリトリートは、

“待つ存在”ではない。


 “位置をずらす存在”。



 英雄は、

現地で剣を抜かなかった。


 蒼衡は、

切る判断を下せなかった。


 世界機関は、

正式処理を保留した。


 すべてが、

ノーリトリートの線を

基準に迷っている。


「……これさ」


 ミリアが、ぽつりと言う。


「私たち、

 世界の邪魔してない?」


「してる」


 レインは、即答した。


「でも」


 一拍。


「壊す邪魔じゃない」



 正義は、位置を見失った。


 敵は、想定を外された。


 世界は、

新しい基準を探し始めた。


 《非裁定ノーリトリート》は、

誰かの上に立っていない。


 だが、

誰かが動く前に、

 必ず見てしまう存在になった。


 壊れたのは、街ではなかった。


 建物は立っている。

 人も生きている。

 火も血もない。


 それでも、

一つだけ、元に戻らないものがあった。



 線を持ち運んだ先から、

さらに一つ外側。


 そこでは、

ノーリトリートは立っていなかった。


 理由は単純だ。


「……届かない」


 レインの声は、静かだった。


「これ以上線を動かせば、

 世界の側が

 完全に判断不能になる」


 線を置けば救える。

 だが、

線を置き続ければ、

 世界は自分で立てなくなる。


 それは、

ノーリトリートが

最初に拒否した未来だった。



 そこで起きたのは、

小さな“破断”だった。


 人々は、動かなくなった。


 拒否もしない。

 選ばない。

 考えない。


 だが、

今回は違う。


 “戻ろうともしない”。


「……あ」


 ミリアの声が、震える。


「これ……」


 言葉が、続かない。


 彼らは、苦しんでいない。

 助けを求めてもいない。


 ただ、

選ぶ力を、完全に手放した。



 英雄は、間に合わなかった。


「……これは」


 ヴァルハルト=レオンは、

剣を握ったまま、動けなかった。


 敵がいない。

 斬る対象がない。


 壊れたのは、

“意志”という前提そのもの。


「俺は……

 何を守れた?」


 答えは、なかった。



 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》も、同様だった。


「切れない」


 セイン=ヴァルクスは、

苦い表情で言った。


「逸脱でも、

 暴走でもない」


 だから、

切る理由がない。


 だが、

正常とも言えない。



 世界機関は、

最終的にこう記録した。


当該区域において

社会的機能の不可逆的低下を確認

原因:不明

対応:継続観測


 “不可逆”という言葉が、

初めて使われた。



 ノーリトリートは、

少し離れた場所から

それを見ていた。


 近づかない。

 介入しない。


 それが、

自分たちで決めた線だった。


「……救えたよね」


 ミリアの声は、

はっきりと後悔だった。


「線を置けば、

 戻った」


 レインは、否定しなかった。


「ああ」


「じゃあ、なんで……」


 ミリアは、

最後まで言えなかった。


 レインは、

しばらく黙ってから答えた。


「救わなかった」


 言い訳はしない。


「受け止めなかった。

 選ばなかった」


 一拍。


「……それが、

 僕たちの在り方だからだ」


 それは、

正しさではない。


 ただの、

選択の結果だ。



 遠くで、

黒衣の男がそれを見ていた。


 今回は、

満足していなかった。


「……なるほど」


 低い声。


「これは、

 こちらの勝ちでもない」


 想定通りに壊れた。

 だが、

ノーリトリートは

“代わりに引き受けなかった”。


 その結果、

世界に“欠損”が残った。


 それは、

彼にとっても想定外だった。


「……重いな」


 初めて、

その言葉が漏れた。



 拠点に戻った夜。


 誰も、すぐには口を開かなかった。


 勝っていない。

 負けてもいない。


 ただ、

救わなかった事実だけがある。


「……私さ」


 ミリアが、静かに言う。


「今日のこと、

 一生覚えてると思う」


「僕もだ」


 レインは、即答した。


「忘れたら、

 同じことを繰り返す」


 それが、

非裁定ノーリトリート》の

唯一の誓いだった。


 正義にならない。

 世界の代わりに選ばない。


 だが、

見なかったことにはしない。



 この日を境に、

世界は変わった。


 英雄は、

“救えない事象”を知った。


 蒼衡は、

“切れない破綻”を知った。


 世界機関は、

“記録できない損失”を抱えた。


 そして――

 《非裁定ノーリトリート》は、


 救わないことで、

 世界を壊さない存在になった。

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