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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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越えてはいけない線は、どこにあった

 その異変は、数字に現れた。


 朝の報告書。

 事故件数、犯罪率、混乱指数――すべて正常値。


 ただ一つだけ。


「……回復率が、落ちてる」


 リュカの声が、低くなる。


「死者は?」


「ゼロ」


「負傷者は?」


「軽傷のみ。

 ただし――」


 端末を操作する指が、止まる。


「治ってない」


 それが、異常だった。



 現場は、例の交易結節点から

少し離れた小区画。


 大きな事故は起きていない。

 崩落も、戦闘もない。


 だが、人々は疲弊していた。


「……なんか、

 ずっと体が重い」


「寝ても、

 回復しないんだ」


 治療院は、混雑している。

 だが、治せない。


「原因不明です」


 医師は、正直に言った。


「魔力汚染ではない。

 精神汚染でもない」


「じゃあ、何だ?」


「……選択疲労です」


 その言葉に、

ノーリトリート全員が反応した。


「選択、疲労?」


「はい」


 医師は、困惑した表情で続ける。


「常に“最適な行動”を選び続ける状況が、

 人の回復力を削いでいる」


 誰かに命令されているわけじゃない。

 強制もない。


 だが――

間違えられない空気が、

人を削っている。



 レインの中で、理解が繋がる。


(……踏み越えたな)


 これまでは、

選択肢を消すか、

見えなくするだけだった。


 だが今回は違う。


 選ばせ続けて、

 消耗させている。


 これは、

“削減”ではない。


 圧迫だ。



 ミリアが、唇を噛む。


「これ、

 死なないから

 誰も止めないよね」


「そうだ」


 レインは、淡々と答える。


「だが――」


 一拍、置く。


「世界は、

 “危険だ”と認識し始める」


 実際、

世界機関の速報が流れ始めていた。


回復効率低下事案

原因不明

継続観測対象


 “危険”とは、まだ書かれていない。

 だが、

“無視できない”に昇格した。



 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》も、反応する。


「これは……」


 リィネが、解析結果を見つめる。


「均衡の問題ではありません」


「だが」


 セインは、静かに言った。


「放置すれば、

 いずれ破綻する」


 切る対象ではない。

 だが、

見過ごす対象でもない。


 初めて、

蒼衡の判断が宙に浮く。



 英雄も、動いた。


「今回は、

 待てない」


 ヴァルハルト=レオンの声は、

いつもより低かった。


「敵がいなくても、

 守るべきものが削られている」


 英雄が、

“戦う理由がないのに動く”。


 それは、異例だった。



 一方。


 少し離れた場所で、

黒衣の男は、立ち止まっていた。


「……やりすぎたな」


 独り言。


 剣は抜かない。

 後悔もない。


 ただ、

反応を確かめた。


「ここまで削れば、

 世界は騒ぐ」


 それが、目的だった。


 ノーリトリートを、

引きずり出すため。


 正義を、

前に出させるため。



 レインは、空を見上げる。


「……一度だけ、

 越えた」


 それは、

敵の失敗ではない。


 宣言だ。


 ここから先は、

避け合いでは済まない。


 世界が、

初めて“危険”を言葉にし始めた。


 《非裁定ノーリトリート》は、

受け止める位置に立つ。


 次は――

殴らずに、

 止める番だ。


 通達は、段階的だった。


 最初は注意喚起。

 次に観測強化。

 そして――

その日の正午、言葉が変わった。


【公式通達】

当該現象を

**広域的危険兆候(クラスB)**として認定する

原因未特定

即時対策を検討中


 ついに、

“危険”と書かれた。


「……来たね」


 ミリアが、短く息を吐く。


「これで、

 世界機関は“動かない”って言えなくなった」


「動く」


 レインは、即答した。


「ただし、

 最も無難な形で」



 世界機関の会議は、長引かなかった。


「死者なし」

「秩序は維持されている」

「だが、放置すれば悪化する」


 結論は、自然に一つに収束する。


「――英雄の派遣を要請します」


 誰も反対しなかった。


 英雄は、

“危険が顕在化した時”に出る存在だ。


 今回は、基準を満たしている。



 同時に、

蒼衡《そうこう/アズール・バランス》にも

連絡が入る。


「切る対象ではない」


 セイン=ヴァルクスは、そう前置きした。


「だが、

 均衡を保つために介入する余地はある」


「切らない介入?」


 ガランが、眉をひそめる。


「配置調整だ」


 リィネが、淡々と補足する。


「選択肢を増やすのではなく、

 “過剰な選択圧”を緩和する」


 それは、

蒼衡にとっても

慣れない仕事だった。



 正義が、前に出る。


 英雄は現地へ向かい、

蒼衡は周辺配置を再調整し、

世界機関は統一指針を敷く。


 すべて、

“正しい対応”だ。


「……これで、

 落ち着くんじゃない?」


 ミリアの声には、

希望が少しだけ混じっていた。


 レインは、答えなかった。


 代わりに、

空気の流れを読む。


(……違う)


 正義が動くことで、

敵は“次の形”に移る。


 止まらない。

 止まらせても、

別の形で続く。



 案の定、

異変は収束しなかった。


 数値は改善した。

 回復率も、わずかに戻る。


 だが――

完全には戻らない。


「……残ってる」


 リュカが、端末を見つめる。


「負荷が、

 地面に染み込んだみたいに」


 英雄がいれば、

即死は防げる。


 蒼衡がいれば、

破綻は切れる。


 だが、

“選ばされ続ける構造”そのものは、

 消えていない。



 その夜。


 ノーリトリートの拠点で、

珍しく沈黙が続いた。


「……ねえ」


 ミリアが、意を決したように言う。


「もしさ。

 ここで私たちが、

 もっと強く止めたら」


 言葉が、続かない。


 レインは、静かに視線を向ける。


「それは、

 “正義の否定”になる」


「……うん」


「でも、

 今みたいに受け止めるだけだと」


 一拍、置く。


「削られ続ける」


 それが、

突きつけられた選択だった。


 止めるか。

 壊すか。

 それとも、受け続けるか。


 どれも、

ノーリトリートの原則から外れる。


「……選ばされてるね」


 ミリアが、苦く笑う。


「そうだ」


 レインは、否定しない。


「僕たちも、

 選択肢に立たされている」


 それが、

敵の狙いだった。


 正義を前に出し、

世界を動かし、

それでも止まらない構造を残す。


 そして最後に――

ノーリトリートに、

 “どう止めるか”を選ばせる。



 レインは、ゆっくりと息を吐いた。


「……次で、

 受け止め方を変える」


 三人が、顔を上げる。


「壊さない。

 殴らない。

 正義も否定しない」


 一拍。


「でも――

 止める位置を、

 前にずらす」


 それは、

これまで一度もやらなかったこと。


 《非裁定ノーリトリート》は、

次の一手を決めた。


 受け止めるだけの存在から、

“止まる地点を指定する存在”へ。


 正義が前に出た今だからこそ、

その役割が、初めて成立する。


 その場所は、地図に名前がなかった。


 都市でもない。

 交易拠点でもない。

 ただの中継地――人が通り過ぎるだけの場所。


 だが、レインはそこを選んだ。


「……ここ?」


 ミリアが、周囲を見渡す。


「何もないよ」


「だから、いい」


 レインの声は、静かだった。


「ここで何かが起きたら、

 それは“作られた出来事”になる」


 偶然ではない。

 事故でもない。


 意図が、浮き彫りになる。



 ノーリトリートは、そこに立った。


 結界は張らない。

 警告もしない。

 通行を止めることもない。


 ただ、

“受け取らない”前提を置く。


 それだけで、

空気が変わる。


 人は通る。

 だが、長居しない。


 選択肢はある。

 だが、圧がかからない。


 世界機関の監視ログが、

微妙な異常を検知する。


「……数値が、

 収束しない」


「悪化もしていません」


「……基準が、

 ずれている?」


 判断が、揺れる。



 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》は、

すぐに気づいた。


「……線を引いたな」


 セイン=ヴァルクスは、地図を見つめる。


「切っていない。

 だが、

 ここを越えると破綻する

 という位置を、

 明示している」


「厄介だな」


 ガランが、低く笑う。


「正しくも、

 間違ってもいない」


 だから、切れない。



 英雄は、少し遅れて到着した。


「……ここが、

 “境界”か」


 ヴァルハルト=レオンは、

剣を抜かなかった。


 敵はいない。

 事件もない。


 だが、

これ以上前に出れば、

 自分が“越える側”になる。


「……やりづらいな」


 それが、英雄の本音だった。



 そして。


 黒衣の男は、

遠くからそれを見ていた。


 初めて、

動かなかった。


「……線、か」


 低い声。


 ここを越えれば、

ノーリトリートは受け止めない。


 受け止めない、ということは――

結果を、

 そのまま世界に落とすということ。


「……なるほど」


 彼は、静かに息を吐く。


「これは、

 殴り返せないな」


 越えれば、

正義が前に出る。

 英雄が動く。

 蒼衡が切る。


 避ければ、

削減は進まない。


 どちらに転んでも、

“想定”が崩れる。


 黒衣の男は、

踵を返した。


 今回も、越えない。


 だが――

次は、

 別の形で来る。



 夜。


 ノーリトリートの拠点で、

ミリアが言った。


「……私たち、

 裁定してないよね」


「してない」


 レインは、即答した。


「選ばせてもいない」


「でもさ」


 一拍、置く。


「ここまでって、

 決めた」


 レインは、少し考えてから答えた。


「決めたのは、

 “受け取り方”だけだ」


 世界をどうするかは、

決めていない。


 正義をどう使うかも、

決めていない。


 ただ――

これ以上は、

 引き受けないと置いた。


「……それで、

 いいのかな」


 ミリアの問いは、

不安だった。


「わからない」


 レインは、正直に言った。


「でも」


 一拍。


「選ばされ続けるよりは、

 ずっとマシだ」



 翌日。


 世界機関の非公式文書に、

一文が追加された。


当該地点以遠では、

事象の不可逆性が高まる

対応には慎重を要する


 誰も、

ノーリトリートの名は出さない。


 だが、

線は“基準”として記録された。


 英雄は、

 その線を越えない。


 蒼衡は、

 その線を切らない。


 敵は、

 その線を計算に入れる。


 《非裁定ノーリトリート》は、

初めて――

世界の前提に組み込まれた。


 それは、勝利ではない。


 ただ、

もう無視できない存在になった、

というだけだ。


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