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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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選択肢は、音もなく削られていく

――まだ崩壊しない。だが、戻れない。



 その街では、誰も死んでいなかった。


 建物は立っている。人は歩いている。市場は開き、酒場は夜になれば灯りを点ける。

 表面だけを見れば、いつもと変わらない日常だった。


 ただ一つだけ、確実に違っていたのは――

 **「選べなくなっている」**という事実だった。


 最初に気づいたのは、避難経路だった。


 本来、複数あったはずの街外れへの道が、いつの間にか封鎖されている。崩落でも戦闘でもない。行政判断による安全措置、という名目で、静かに柵が置かれていた。


「……一つ、消えたな」


 レインは地図を見下ろしたまま、淡々と呟いた。


 その隣で、ミリアが眉を寄せる。


「でも、危険ってわけじゃないんでしょ? ただ“通れなくなった”だけで」


「そう。まだ“正しい判断”の範囲だ」


 だからこそ、誰も文句を言えない。


 その数日後、次は雇用だった。


 街の警備を請け負っていた複数の小規模ギルドが、契約を更新されなかった。理由は「戦力の分散は非効率」。代わりに、より統制された一団が入る。


 街は安全になった。数字上は。


 だが、仕事を失った者たちは、別の選択肢を与えられなかった。


 そして三つ目。


 夜間外出の制限。

 医療物資の配給先の整理。

 戦闘可能者の登録義務。


 一つ一つは、すべて正論だった。


「……これ、誰かが直接やってる感じじゃないよね」


 リュカが記録端末を操作しながら言う。


「命令系統が分散してる。行政、ギルド、警備……全部“最適解”を選んでるだけ」


 エルドは黙ったまま、街の中央広場を見渡していた。


 人はいる。声もある。

 だが、逃げ道だけが、少しずつ消えている。


「壊れてはいない」


 レインはそう言ってから、続けた。


「でも、戻れなくなってる」


 誰かが暴れたわけじゃない。

 敵が姿を現したわけでもない。


 それでも、選択肢は確実に減っている。


 “危険だから排除する”

 “効率が悪いから切る”

 “混乱を避けるために統一する”


 その連鎖。


 そして、そのすべてが――

 誰かにとっては、正義だった。


 ミリアが、ふと小さく息を吐いた。


「ねえレイン。これって……まだ、私たちが出る段階じゃないよね」


「……ああ」


 ノーリトリートの条件は、まだ越えていない。


 英雄は動ける。

 世界機関も機能している。

 蒼衡(そうこう/アズール・バランス)が介入すれば、秩序は保たれる。


 だから、彼らは立たない。


 ただ、見続ける。


 そのときだった。


 広場の中央、誰もいないはずの場所で、空気がわずかに沈んだ。


 圧力でも殺気でもない。

 “戦場が定義される前兆”のような、静かな歪み。


 レインは顔を上げた。


「……来てない。でも――」


 始まってはいる。


 選択肢が、一つずつ消えていくこの流れが、

 誰の意志でもなく続いているとしたら。


 それは、

 正義が振るわれる前の準備段階に過ぎない。


 まだ、崩壊しない。


 だがもう、

 同じ場所には戻れなかった。


――誰も傷ついていない。だから、誰も止められない。



 最初に消えたのは、冒険者だった。


 正確には、**「冒険者という立場で街に関わる理由」**が消えた。


 街外れの詰所。

 かつては常に人の出入りがあり、臨時依頼や緊急対応で騒がしかった場所は、今では静まり返っている。


「契約更新は、ありません」


 事務官の声は丁寧で、事務的で、感情がなかった。


「危険度評価が見直されまして。現在の街の治安維持は、登録警備隊のみで十分と判断されています」


「……俺たちは?」


 問い返した冒険者に、事務官は即答した。


「不要、というわけではありません。ただ――今は選択されなかっただけです」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 誰も傷ついていない。

 誰も殴られていない。

 ただ、役割が消えただけだった。



「これ、露骨になってきたな」


 リュカが資料を並べながら言う。


 数字は美しい。治安指数は上昇し、被害報告は減少。

 街の評価はむしろ改善している。


「でも“余白”がない。全部、ぴったり最適化されてる」


「余白がないのは、悪いことか?」


 エルドの問いに、誰もすぐ答えられなかった。


 レインはしばらく黙ってから、静かに口を開く。


「悪くはない。ただ、逃げ場がない」


 役割が固定される。

 配置が決まる。

 誰が何をするか、何をしないかが明文化されていく。


 それは秩序だった。

 そして同時に、柔軟性を失っていく。



 その日の夕方、別の街でも似た報告が上がった。


 治療院の統合。

 私設の避難所の閉鎖。

 民兵組織の解散。


 理由はすべて同じだ。


 「非効率」


 英雄の名はまだ出ていない。

 世界機関も公式声明を出していない。


 だが、判断の流れは一貫していた。


「……これ、誰かが命令してるわけじゃないよね」


 ミリアが小さく言った。


「みんな、自分で“正しい方”を選んでる」


「選んでる、というより」


 レインは言葉を選ぶ。


「選ばされてる」


 選択肢が減れば、人は迷わない。

 迷わなければ、判断は速くなる。

 速い判断は、たいてい“正しい”と扱われる。


 その連鎖。



 夜。


 街の中央区で、小さな騒ぎがあった。


 暴動ではない。戦闘でもない。

 ただ、立ち退きを拒否した職人が、警備に囲まれただけだ。


 抵抗はなかった。

 職人は武器も持たず、ただ言った。


「ここでしか、仕事ができない」


 返ってきたのは、冷静な答えだった。


「代替案は用意されています。あなたが“ここである必要”はありません」


 職人は、それ以上何も言えなかった。


 代替案は、確かに存在したからだ。


 条件は悪くない。安全も保証されている。

 ただ――選ばされた選択肢だった。



 ノーリトリートは、遠くからそれを見ていた。


 介入条件には、まだ届かない。


 命は奪われていない。

 世界は機能している。

 正義は、まだ正義の顔をしている。


「……嫌な感じだな」


 ミリアが呟く。


「誰も悪くないのに、誰も自由じゃない」


 レインは答えなかった。


 ただ、街の外れ――

 誰も立ち入らなくなった空白地帯に、一瞬だけ視線を向ける。


 そこには、何もいない。


 だが確かに、

 **“戦場として定義された痕跡”**だけが、薄く残っていた。


 選択肢が削られていくこの流れは、

 まだ止められる。


 だが、

 止めた瞬間に、誰かが「正義を否定した者」になる。


 その事実だけが、

 静かに積み上がっていった。


 それは襲撃と呼ぶには、あまりに静かだった。


 夜明け前。

 街外れの旧訓練場――すでに用途を失い、立ち入りも推奨されなくなった場所。


 そこに、人が集められていた。


 正確には、集まるよう“配置されていた”。


 警備隊、登録戦闘員、数名の冒険者。

 逃走経路は一本に絞られ、視界は遮られ、支援は届かない。


「……これ、訓練じゃない」


 ミリアが低く言った瞬間、空気が変わった。


 地面に、見えない境界線が引かれる。

 音が沈み、距離感が狂い、視界がわずかに歪む。


 レインの《模写理解アナライズ・コピー》が、意志とは無関係に反応した。


「……戦場、固定」


 理解が、先に来た。


「周囲一帯を“戦場”として定義。連携阻害、判断遅延、回復系干渉遮断……」


 言葉にした瞬間、理解が確信に変わる。


「集団戦になるほど、不利になる構造だ」


 次の瞬間。


 圧が来た。


 黒い何かが、空間ごと前進する。

 剣でも魔法でもない。

 “押し潰す”という現象そのもの。


「前に出る!」


 ミリアが踏み込み、エルドが盾を構える。

 防御は成立した――一瞬だけ。


「っ……!」


 衝撃は、壁ではなく“判断”を削った。

 次に何をするか、選択肢が浮かばない。


「連携、切られてる!」


 リュカが叫ぶ。

 指示が通らない。合図が遅れる。


 黒衣の男が、そこに立っていた。


 顔の半分は影に覆われ、装備は無駄がない。

 狂気はない。殺意も薄い。


 ただ、淡々としている。


 彼が剣を振るうたび、誰かの役割が消えた。


 前衛が前に出られない。

 後衛が詠唱に入れない。

 支援が意味を持たない。


 それでも――


「押せる!」


 ミリアの一撃が、確かに届いた。

 エルドの防御が突破口を作り、リュカの補助が噛み合う。


 勝てる流れだった。


 レインは、そこで気づいた。


「……撤退条件がある」


 黒衣の男の動きが、わずかに変わる。


 視線が空を見た。

 街の中心――英雄が動いた気配。


 その瞬間。


「――ここまでだ」


 低い声。


 次の刹那、戦場の定義が解除された。


 圧が消え、視界が戻る。

 黒衣の男の姿は、すでにない。


 追撃は不可能だった。

 空間そのものが、彼を“終わらせた”かのように。



 静寂。


 誰も死んでいない。

 だが、全員が理解していた。


「……勝てたよね」


 ミリアの声は、悔しさより困惑に近かった。


「ああ」


 レインは即答した。


「勝てた。だから、逃げられた」


 あの男は、勝負をしに来たわけじゃない。

 世界を壊しに来たわけでもない。


 削りに来た。


 選択肢を。

 役割を。

 そして、“正義が振るわれる前段階”を。


 ノーリトリートは、まだ動かない。


 だが、全員が同じことを思っていた。


 ――次は、もっと深く削られる。


 まだ、世界は壊れていない。


 けれどもう、

 同じ形では、守れない。


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