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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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選べない、という状態

通達は、簡潔だった。


【対応方針】

当該事案においては、

指定手順以外の行動は想定されていません。


 命令ではない。

 禁止とも書いていない。


 ただ――

他の行動が、最初から存在しない。


 現場は、小さな医療施設だった。

 臨時避難所としても使われている場所。


 設備トラブル。

 電源系統の一部が停止している。


 重篤な患者はいない。

 だが、処置が遅れれば危険な者はいる。


「電源復旧は?」


 ミリアが、職員に尋ねる。


「指定手順では、

 全体停止後の再起動のみです」


「部分的な復旧は?」


「想定されていません」


 その言葉が、静かに落ちた。


 レインは、即座に理解した。


 以前なら、

・部分復旧

・手動操作

・設備を犠牲にした暫定稼働


 いくつもあったはずの選択肢。


 だが今は。


「全員、

 別施設へ移送する」


 それが、唯一の手順だった。


「移送にかかる時間は?」


 リュカが聞く。


「最短で、三十分」


「……間に合わない人がいる」


 ミリアの声が、低くなる。


 職員は、首を横に振らなかった。


「想定内です」


 誰も、怒鳴らなかった。

 誰も、責めなかった。


 この手順は、

安全性と効率を最大化した結果だ。


 例外を許せば、

判断ミスが増える。

事故が起きる。


 だから、

例外は最初から消された。


「……他に、

 方法は?」


 ミリアが、食い下がる。


 職員は、困ったように微笑んだ。


「ありません」


 それは、拒否ではない。

 事実の説明だった。


 レインの解析は、

これ以上なく明確な結果を出している。


(選択肢:一つ)

(拒否:不可)

(やり直し:不可)


 条件①が、消えた。


 エルドが、低く言う。


「……誰も、選んでいないな」


「そう」


 レインは、はっきり答えた。


「配置されただけだ」


 その瞬間。


 遠くで、救急車の音が鳴る。

 移送が始まる。


 助かる者もいる。

 間に合わない者もいる。


 だが――

誰も、それを「選択」とは呼ばない。


「……これさ」


 ミリアの声は、震えていた。


「もう、

 誰のせいにもできないよね」


 レインは、目を閉じた。


 英雄が来ても、変わらない。

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》が切っても、

 この手順は変わらない。


 世界機関も、

「正しい対応」と記録する。


 全員が、正しい。


 だからこそ。


 レインは、静かに言った。


「……ここだ」


 三人が、息を呑む。


「《非裁定ノーリトリート》が、

 初めて動く場所」


 まだ、介入していない。

 だが、条件は満たされた。


 選択肢が、存在しない。

 拒否もできない。

 やり直しもない。


 世界は、

自分で決めることを、

 完全にやめた。


 その事実が、

誰の目にも明らかになった瞬間だった。


 夜は、変わらず静かだ。


 だがこの場所は、

もう“日常”ではない。


 《非裁定ノーリトリート》は、

ここに立っている。


 ――まだ、何もしていないまま。


 レインは、誰にも声をかけなかった。


 合図も、宣言もない。

 ただ、医療施設の配電盤の前に立つ。


「……触るの?」


 ミリアが、小さく聞く。


「触らない」


 レインは即答した。


「置き直すだけ」


 配電盤は、既に“正しい配置”に固定されている。

 全体停止 → 全体再起動。

 部分復旧は、想定外。

 だから存在しない。


 レインは、解析結果をなぞるように、配線図を見た。


 切断されているわけじゃない。

 禁止されているわけでもない。


 ただ、

誰も、そこを使う前提で考えていない。


「エルド」


「分かっている」


 エルドは、静かに一歩前に出た。

 彼は配線を引き抜かない。

 壊さない。


 ただ、接続点を一つ、元の位置に戻す。


 それだけだ。


「……動いた?」


 ミリアが、息を詰める。


 配電盤のランプが、一つだけ点灯した。


「部分系統、復帰」


 施設職員が、驚いた声を上げる。


「そんな手順は――」


「ありません」


 レインが、職員の言葉を遮る。


「でも、禁止もされていません」


 誰も反論できなかった。


 規定は破っていない。

 命令も無視していない。

 想定されていないだけだ。


「これで、

 処置は続けられる」


 レインは、淡々と言った。


「移送は?」


「中止できます」


 職員が、呆然と答える。


「……規定外ですが」


「規定は、

 “唯一の選択肢”を示しただけです」


 レインは、視線を上げる。


「選択肢を消す権限は、

 誰にもありません」


 その言葉は、静かだった。

 だが、重い。


 救急車の音が、遠ざかる。

 間に合わないとされた患者が、

処置室へ戻される。


 結果は、まだ分からない。

 助かるかどうかは、誰にも保証できない。


 それでも。


「……選べる」


 ミリアが、震える声で言う。


「今は、

 選べてる」


「そう」


 レインは、頷いた。


 ここで《非裁定ノーリトリート》は、

何も“決めて”いない。


 ・どの命を優先するか

・どの結果が正しいか

・どこまで許されるか


 何一つ、置いていない。


 ただ、

消された選択肢を、

 元の場所に戻しただけだ。


 職員は、迷っていた。

 だが、拒否はしなかった。


 拒否する理由が、存在しないからだ。


「……報告は?」


 リュカが、小声で聞く。


「世界機関には、

 “規定外対応”として上がる」


「処罰は?」


「ない」


 レインは、即答した。


「規定を破っていないから」


 それが、《非裁定ノーリトリート》のやり方だ。


 壊さない。

 切らない。

 命令しない。


 配置を、戻す。


 その夜。


 世界機関のログには、こう記録された。


想定外対応により、被害は拡大せず

手順の再検討が必要


 “異常”とは、書かれなかった。


 だが。


 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の内部ログには、

別の文言が残る。


判断対象外の選択肢、復活を確認


 英雄の報告書には、短い一行。


現場判断により、別解が成立


 そして――


 レインは、拠点で静かに言った。


「……これが、最初だ」


 ミリアが、ゆっくりと頷く。


「壊してないのに、

 世界が揺れた」


「うん」


 レインは、目を伏せる。


「正義を否定していないのに、

 正義の配置を崩した」


 《非裁定ノーリトリート》は、

ついに動いた。


 だがそれは、

世界を救う一手ではない。


 ただ、

世界が再び“選べる”状態に

 戻っただけだ。


 最初に反応したのは、世界機関だった。


 即時介入ではない。

 警告でもない。

 ただの、確認だ。


「……規定違反では、ない」


 監査官が、端末を閉じる。


「手順外ではあるが、

 禁止事項には該当しない」


「被害は?」


「拡大していません。

 むしろ、最小化されています」


 結論は、簡単だった。


「処罰は不要。

 ただし――」


 一拍、置く。


「再発時の影響評価は必要」


 それだけだ。


 世界機関は、

“正しくない行動”ではなく、

“扱いづらい行動”として記録した。



 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の会合は、短かった。


「切る対象ではなかった」


 セイン=ヴァルクスは、淡々と結論を述べる。


「だが、

 均衡を乱した」


 ガランが、腕を組む。


「……乱しただけで、

 壊してはいない」


「だからこそ、厄介だ」


 リィネが、静かに言う。


「彼らは、

 “間違った未来”を選んでいない」


「だが、

 “選ばれた未来”を、

 相対化した」


 沈黙。


 それは、《蒼衡アズール・バランス》にとって

最も対処しづらい種類の行動だった。


「切る理由が、ない」


 ユールが言う。


「だが、

 放置もできない」


 セインは、頷いた。


「監視対象に留める」


 敵でも、味方でもない。

 だが、均衡の外側。



 英雄の報告書は、もっと短い。


現場判断により、別解が成立

被害拡大なし

判断妥当


 それだけだ。


 だが、

ヴァルハルト=レオンは、報告書を閉じたあと、

しばらく動かなかった。


「……勝ってないな」


 誰に向けた言葉でもない。


 助けた。

 だが、

自分たちだけの勝利ではなかった。


 イリス=アークライトが、静かに言う。


「でも、

 救われた人はいる」


「それは、確かだ」


 ライザが、短く答える。


「……正義の形が、

 一つじゃなかっただけだ」


 ノインは、端末を見たまま言った。


「英雄が間違えたわけではない。

 ただ、

 最適解が唯一ではなかった」


 それは、英雄という存在を

否定する言葉ではない。


 だが、

英雄が“唯一”である前提を、

静かに揺らした。



 拠点に戻った《非裁定ノーリトリート》は、

いつもと変わらない。


 祝福もない。

 叱責もない。


「……思ったより、静かだね」


 ミリアが言う。


「そうなるように、

 やった」


 レインは、淡々と答えた。


「壊してない。

 否定してない。

 選んでない」


「ただ、

 戻しただけ」


 エルドが、静かに補足する。


 リュカが、端末を閉じる。


「全勢力が、

 “扱いに困る”って顔してる」


「それでいい」


 レインは、目を伏せた。


「敵になれば、

 切られる。

 味方になれば、

 使われる」


 一拍、置く。


「だから、

 そのどちらにもならない」


 《非裁定ノーリトリート》は、

裁かれなかった。


 だが同時に――

無視も、されなくなった。


 世界機関は、記録した。

 蒼衡は、監視対象に置いた。

 英雄は、違和感として胸に残した。


 それだけで、十分だった。


 世界は、まだ壊れていない。


 だが、

“正しさが一つである”という前提が、

 初めて公式に崩れた。


 レインは、静かに言った。


「……これで、

 戻れなくなった」


 ミリアが、深く息を吐く。


「うん。

 でも――」


 少しだけ、笑う。


「選べるようには、なったね」


 《非裁定ノーリトリート》は、

世界の外側に立っている。


 切らない。

 選ばない。

 裁かない。


 それでも、

世界の配置を、

 元には戻させない存在として。


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