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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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拒否できない、という選択

その通達は、穏やかな文面だった。


【注意喚起】

近日、局地的な不安定事象が観測されています。

住民の安全確保のため、指定区域内では

避難指示への即時従属を推奨します。


 推奨、という言葉が使われている。

 命令ではない。

 罰則も、明記されていない。


 それでも――

掲示板の前で立ち止まる人は、誰もいなかった。


「……推奨、ね」


 ミリアが小さく呟く。


「でも、逆らう理由もないよね」


 掲示板の横には、簡易的な柵が設けられている。

 通行制限区域。

 以前なら、自己判断で通れた場所だ。


「立ち入りは?」


 エルドが近くの警備員に尋ねる。


「危険ですので」


 即答だった。


「例外は?」


「ありません」


 声は丁寧で、態度も穏やかだ。

 だが、曖昧さはなかった。


「……拒否は?」


 エルドが、もう一度だけ聞く。


 警備員は、一瞬だけ言葉を選んだ。


「拒否される方は、

 ご自身の責任で行動してください」


 それは、禁止ではない。

 だが――

選ばせる言い方でもなかった。


 リュカが端末を確認する。


「ログ上は、

 “拒否した住民”はゼロ」


「全員、従ってる?」


「そうだ。

 “推奨”だからな」


 ミリアが、唇を噛む。


「それ、

 拒否できないのと同じじゃない?」


 レインは、柵の向こうを見ていた。


 立ち入り禁止区域の奥。

 そこには、まだ生活の痕跡が残っている。

 畑。

 倉庫。

 人の手で維持されてきた場所。


 だが今は、

安全のため、使われていない。


(拒否は、できる)


 解析はそう示している。


(ただし、

 拒否した瞬間に、

 “守られない側”になる)


 選択肢は残っている。

 形式上は。


 だが――

選んだ結果が、あまりにも偏っている。


「……これさ」


 ミリアが、低い声で言う。


「誰も悪くないよね」


「そうだ」


 レインは、はっきり答えた。


「全員、

 正しいことしか言っていない」


 安全。

 効率。

 最小被害。


 世界機関の論理。

 英雄の行動。

 蒼衡《そうこう/アズール・バランス》の判断。


 全部、同じ方向を向いている。


「でも」


 ミリアは、続ける。


「“拒否しない”って、

 自分で選んだことになるの?」


 レインは、すぐに答えなかった。


 代わりに、地図を開く。


 通行制限区域。

 避難指定区域。

 立ち入り推奨外。


 線が、一本増えている。


「……まだ、条件は満たされていない」


 静かな声だった。


「拒否は、形式上は可能だ」


 エルドが、低く唸る。


「だが、

 拒否した瞬間に、

 世界から外れる」


「そう」


 レインは頷く。


「だから、

 これはまだ“線の外側”だ」


 《非裁定ノーリトリート》は、動かない。


 だが、

条件②――“拒否できること”が、

 目に見えて痩せ始めている。


 その夜。


 リュカが、静かに報告する。


「次の事案でも、

 同じ通達が出る予定だ」


「連鎖、だね」


 ミリアが言う。


 レインは、目を閉じた。


 拒否できないわけじゃない。

 ただ、

拒否する意味が、

 消されつつある。


 それは、破壊ではない。

 暴力でもない。


 “安全のため”という名の、

 配置変更だ。


 世界は、まだ壊れていない。


 だが、

条件の一つが、

 確実に削られ始めていた。


 拒否したのは、たった一人だった。


 若くもなく、目立ちもしない。

 職人として、この地区で長く暮らしてきた男だ。


「……ここは、俺の仕事場なんだ」


 通行制限区域の前で、男は警備員にそう告げた。


「避難は分かる。

 でも、中に入らないと片付けができない」


 警備員は困ったように眉を下げた。


「お気持ちは分かります。

 ですが――」


「危険、だろ?」


 男は、先回りする。


「でも、前も同じこと言われた。

 結局、何も起きなかった」


 声は荒げていない。

 説得しようとしているだけだ。


「……今回は、推奨です」


 警備員は、そう言った。


「命令ではありません。

 ですが、安全のため――」


「なら、自己責任で入る」


 男は、はっきり言った。


 拒否だった。


 その場に、緊張が走る。

 だが誰も、武器を取らない。

 止めもしない。


「……分かりました」


 警備員は、少し間を置いて答えた。


「ただし、

 この区域で発生した事象について、

 当機関は責任を負いません」


 それだけだ。


 男は、頷いた。


「それでいい」


 柵を越え、男は中へ入っていく。


 その背中を、誰も追わなかった。


 事故は、起きなかった。


 倒壊もない。

 魔獣も出ない。

 英雄も、蒼衡《そうこう/アズール・バランス》も、動かない。


 男は、無事に戻ってきた。


 だが――

何も起きなかったことが、

 問題だった。


 その日の夕方。


「……登録が、外れてる?」


 男は、配給所で首を傾げた。


「どういうことだ?」


 担当官が端末を確認する。


「避難推奨区域での

 非従属行動が記録されています」


「だから?」


「優先支援対象から外れています」


 淡々とした声だった。


「支援は受けられないのか?」


「“拒否した場合でも最低限の保障は行う”

 と、規定されています」


「最低限?」


「食料一日分と、簡易医療のみです」


 男は、言葉を失った。


 罰ではない。

 処罰でもない。


 ただ、優先されなくなっただけ。


 その様子を、少し離れた場所から

非裁定ノーリトリート》が見ていた。


「……死んではいない」


 リュカが、低く言う。


「暴力もない」


 エルドが続ける。


「法も、守られている」


 ミリアは、男の背中を見つめていた。


「……でも」


 言葉が、続かない。


 男は、怒鳴らない。

 抗議もしない。


 ただ、

「そういうことか」

と、小さく呟いただけだった。


 その瞬間。


 レインの解析が、

静かに答えを出した。


(……拒否は、できる)


(だが、

 拒否した人間は、

 世界の想定から外れる)


 選択肢は残っている。

 だが、選んだ瞬間に――

守られる側から外される。


 それは、強制ではない。

 命令でもない。


 ただ、

“選ばなかった者”として

 扱われる。


「……レイン」


 ミリアが、震える声で言う。


「これってさ」


 レインは、答えなかった。


 答えは、もう出ている。


 条件②――

“拒否できること”は、

 実質的に消えた。


 拒否は可能だ。

 だが、その選択は

生活から切り離される選択になっている。


 《非裁定ノーリトリート》は、動かない。


 まだ、

条件①――選択肢そのものは残っている。

条件③――やり直しの余地も、辛うじてある。


 だが。


 ミリアは、はっきりと言った。


「……これ、

 もう“自由な選択”じゃない」


 レインは、ゆっくりと頷いた。


「一つ、消えた」


 線は、また一本、地図から消えた。


 世界は、まだ壊れていない。


 それでも――

拒否した人間が、

 最初に“外側”へ押し出された。


 それは、事故ですらなかった。


 書類上の処理。

 規定に沿った判断。

 誰かが責任を負う種類の出来事ではない。


 だからこそ、

誰も止められなかった。


「……区域再編、完了しました」


 世界機関の職員が、淡々と告げる。


「これにより、旧避難指定区域は

 恒久制限区域へ移行します」


 ミリアが、思わず聞き返した。


「恒久……って?」


「今後、原則として立ち入りは行われません」


「原則、ってことは――」


「例外は、

 ありません」


 その言葉は、柔らかく言われた。

 だが、はっきりしていた。


 対象区域は、例の倉庫街だ。

 事故が起き、英雄が救い、

 拒否した職人が“外された”場所。


「危険度評価が、

 基準値を超えました」


 職員は続ける。


「暫定措置ではなく、

 再発防止策として固定します」


 誰も、反論しなかった。


 反論する理由が、存在しない。


 危険はあった。

 事故も起きた。

 救助も必要だった。


 ならば――

閉鎖は、正しい。


「……でも」


 ミリアが、声を絞り出す。


「元に戻すことは?」


 職員は、首を横に振った。


「想定していません」


 その一言で、終わった。


 《非裁定ノーリトリート》が

その場を離れた後。


 レインは、地図を広げていた。


 赤線で囲われた区域。

 通れない道。

 使えない建物。


 かつて、生活があった場所。


「……やり直しが、できない」


 それは、確認だった。


 リュカが静かに言う。


「判断は、取り消せない」


「誰かが間違えたわけじゃない」


 エルドが続ける。


「だが、

 戻れない」


 ミリアは、唇を噛みしめていた。


「……拒否した人、

 戻れないよね」


 あの職人。

 彼の仕事場は、もう入れない。


 選択を変えたいと思っても、

変えられない。


 拒否したからではない。

 事故が起きたからでもない。


 世界が、

 “そう配置し直した”からだ。


 レインの解析は、

冷静な答えを返してくる。


(条件①:選択肢は、まだ残っている)

(条件②:拒否は、実質的に不可)

(条件③:やり直しは――不可)


 三つのうち、

二つが失われた。


「……レイン」


 ミリアが、震える声で言う。


「もう、

 近いよね」


 レインは、頷いた。


「近い」


 否定はしない。


「次に起きるのは、

 “選択肢が残っているように見えて、

 実際には一つしかない事例”だ」


 それは、

最後の条件①が削られる前触れ。


 エルドが、低く息を吐く。


「動く準備は?」


「準備は、

 前からしている」


 レインは、静かに答える。


「でも――」


 一拍、置く。


「まだ、動けない」


 介入条件は、

完全には満たされていない。


 世界は、まだ

「選べている」と言い張れる。


 だが。


 ミリアは、はっきりと言った。


「……これ、

 誰も悪くないのが一番きつい」


「そうだ」


 レインは、目を閉じる。


「だから、

 越えた瞬間が分かる」


 暴力ではない。

 死でもない。

 破壊でもない。


 “選択肢が消えた”と、

 誰の目にも分かる瞬間。


 そのときが、

非裁定ノーリトリート》の出番だ。


 夜は、静かだった。


 街は安全で、

秩序は保たれている。


 だが地図の上では、

戻るための線が、

もう引き直せなくなっていた。


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