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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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取り返しが、つかないだけ

 結果だけを見れば、失敗ではなかった。


 死者はいない。

 英雄は到着した。

 《蒼衡アズール・バランス》も介入した。


 世界機関の速報分類は、いつも通りだ。


局地的事案

被害:限定的

対応:成功


 その文言に、嘘はない。


 だが――

元には、戻らなかった。


 集落の中央広場。

 以前は子どもたちが集まっていた場所に、簡易的な柵が立てられている。

 避難誘導のために設けられたものだ。


 柵は、正しく機能した。

 逃げ道を作り、混乱を抑えた。


 その代わりに。


「……ここ、通れなくなったな」


 年配の男が、ぽつりと呟く。


 柵の向こう側には、半壊した家屋があった。

 避難経路を優先した結果、

助けに入れなかった場所。


 《非裁定ノーリトリート》が現地に着いたのは、

すべてが終わったあとだった。


「被害報告、確認済み」


 リュカが、静かに言う。


「死者なし。

 重傷者三名。

 家屋二棟、全壊」


「……前より、少ないね」


 ミリアの声は、弱かった。


 エルドは、倒壊した家屋の前で足を止める。


「だが、前は“救えた場所”だ」


 誰も反論しなかった。


 今回、住民は選んだ。

 避難を優先し、救助を後回しにした。


 その判断が、間違いだったとは言えない。

 結果として、死者はいない。


 だが――

助けられなかったものが、残った。


 瓦礫の前で、若い女が膝をついている。

 泣いてはいない。

 ただ、動かない。


「……自分で、決めたんです」


 誰に向けた言葉でもなかった。


「逃げるって。

 ここは、後で戻るって」


 英雄が来る前に。

 蒼衡が切る前に。

 世界機関が処理する前に。


 自分で、選んだ。


 ミリアが一歩踏み出しかけ、レインが止める。


「……まだだ」


 その声は、いつもと同じだった。


 冷静で、静かで、揺れていない。


 レインは、倒壊した家屋を見つめる。


 解析すれば、分かる。

 この結果が、どこから分岐したのか。


 だが――

解析しても、戻せない。


「今回は、

 “間に合った”んだよな?」


 防衛隊の若者が、確認するように言う。


 誰も、すぐには答えなかった。


 エルドが、低く言う。


「……間に合った。

 だが、全部は守れなかった」


 その違いは、決定的だった。


 ミリアは、拳を強く握る。


「……これ、次も起きるよね」


 問いではない。

 予測だった。


 レインは、はっきりと答える。


「起きる」


 沈黙。


「でも」


 続ける。


「まだ、選択は残っている」


 住民は、逃げるか残るかを選べた。

 避難経路を作るか、救助を優先するかを選べた。


 だから――

非裁定ノーリトリート》は動かない。


 ミリアは、唇を噛んだ。


「……取り返し、つかないのに?」


「取り返しはつかない」


 レインは、目を逸らさなかった。


「でも、

 選べなくなったわけじゃない」


 それが、境界線だった。


 英雄は来た。

 蒼衡も動いた。

 世界機関も処理した。


 それでも残ったものは、

**“自分で選んだ結果”**だった。


 その夜、集落には灯りが少なかった。


 復旧は進む。

 だが、以前の形には戻らない。


 世界は、まだ壊れていない。


 けれど――

元に戻らない世界が、

確実に増え始めていた。


 現場は、静かすぎた。


 血の匂いは薄い。

 瓦礫も、最小限。

 戦闘の痕跡は、ほとんど残っていない。


 それでも、セイン=ヴァルクスは足を止めた。


「……報告は?」


 声は、いつもと変わらない。


 ユール=セティアが、短く答える。


「被害、想定内。

 死者なし。

 避難誘導は機能しています」


「英雄は?」


「既に撤収しています」


 数字だけを見れば、問題はない。

 世界機関も、同じ結論を出すだろう。


 だが。


「……ここだ」


 ガラン=ディオルが、崩れた家屋の前で立ち止まった。


 完全に倒壊したわけではない。

 だが、内部には入れない。


「避難経路の確保を優先した結果、

 救助に回せなかった区画だ」


 ガランの声は低い。


「前なら、

 ここを“切って”通路にした」


 その言葉に、誰も否定しなかった。


 前なら――

《断定斬(だんていざん/デシジョン・スラッシュ)》で、

危険因子ごと排除していた。


 だが今回は、待った。


 未来比較の結果、

切らなくても被害は抑えられると判断した。


 結果は、その通りだった。


 それでも。


「……人が、いた」


 リィネ=フォルテが、静かに言う。


 瓦礫の脇に置かれた、簡易担架。

 重傷者が、三人。


「命は助かっています」


「分かっている」


 セインは、即答した。


 だが、視線は逸らせなかった。


「もし切っていれば、

 被害はもっと小さかった」


 ガランの言葉は、責めではない。

 事実の確認だ。


「だが、その場合」


 ユールが続ける。


「住民の判断は、

 意味を失っていました」


 沈黙。


 それが、今回“待った”理由だ。


 世界が、自分で選び始めている。

 ならば、その選択を尊重する――

それが、セインの出した答えだった。


「……結果として」


 リィネが、ゆっくり言葉を継ぐ。


「救えた命は同じ。

 だが、救えた“形”は違う」


 倒壊した家。

 戻れない生活。

 判断を下した住民の表情。


「これは、

 “被害”として記録される」


 セインは、静かに言った。


「そして、我々の判断としても残る」


 ガランが、歯を食いしばる。


「……待った結果だな」


「そうだ」


 セインは、否定しない。


 それは、正義の失敗ではない。

 だが――

正義の代償ではある。


「次は?」


 ユールが問う。


 セインは、すぐには答えなかった。


 瓦礫の前に立つ住民。

 泣いてはいない。

 ただ、言葉を失っている。


「……次も、選ぶ」


 ようやく、そう言った。


「切るか、待つか。

 均衡を取る」


 ガランが、低く唸る。


「楽な仕事じゃなくなったな」


「最初から、楽じゃない」


 セインは、淡々と返す。


「ただ、

 簡単ではなくなっただけだ」


 それは、《蒼衡アズール・バランス》にとって、

初めての感覚だった。


 速さだけでは、

正しさを証明できない。


 だが、

速さを捨てれば、

必ず何かが残る。


 セインは、空を見上げた。


 英雄が飛び去った後の空。

 何事もなかったかのように、澄んでいる。


「……世界は、

 我々に楽をさせてくれなくなったな」


 誰も笑わなかった。


 この現場で、

蒼衡アズール・バランス》は理解した。


 切らなかった結果は、

 確実に“重さ”として残る。


 それでも彼らは、

選ぶ役を降りない。


 それが、彼らの正義だからだ。


 帰路は静かだった。


 誰も疲労を口にしない。

 戦闘がなかったからではない。

 言葉にするには、全員が分かりすぎていた。


 拠点に戻り、簡易灯を落とす。

 夜の空気が、部屋を満たした。


「……今回さ」


 ミリアが、ぽつりと口を開く。


「誰も、間違ってなかったよね」


 リュカは、即座に否定しなかった。


「英雄は来た。

 《蒼衡アズール・バランス》も判断した。

 世界機関の基準も守られている」


「住民も、

 自分で決めた」


 エルドが、静かに補足する。


 全員が正しい。

 それが、今回の事案だった。


「なのに」


 ミリアは、拳を握る。


「……残ったものが、

 こんなに重い」


 レインは、壁にもたれたまま、目を閉じていた。


 解析は終わっている。

 因果も、分岐も、すでに見えている。


 今回、越えなかった線。

 だが――

確実に近づいた場所。


「レイン」


 ミリアが、視線を向ける。


「私たち、

 どこまで待つの?」


 それは、初めて向けられた問いだった。

 責めでも、催促でもない。


 “境界”の確認。


 レインは、ゆっくりと目を開ける。


「……線は、見えた」


 三人の視線が集まる。


「今回じゃない。

 次でもない」


 言葉を選びながら、続ける。


「でも――

 このまま進めば、必ずそこに行き着く」


 リュカが、低く問う。


「どんな線だ?」


「簡単だよ」


 レインは、淡々と答える。


「“正しい選択”が、

 残らなくなる線」


 沈黙。


 ミリアの喉が、小さく鳴る。


「……誰かが、

 選ばされるだけになる?」


「そう」


 レインは頷く。


「英雄が来ても、

 蒼衡が切っても、

 世界機関が処理しても」


 一拍、置く。


「選択肢そのものが、

 なくなる瞬間」


 エルドが、低く唸る。


「それが、

 俺たちの動く場所か」


「うん」


 レインは、迷いなく言った。


「そこを越えたら、

 もう“世界の判断”じゃない」


 ミリアが、視線を落とす。


「……怖いね」


「怖い」


 レインは、否定しなかった。


「だから、

 今は動かない」


 リュカが、端末を閉じる。


「線が見えた、ということは」


「準備ができる」


 レインは、静かに答える。


「越えるためじゃない。

 越えさせないために」


 それは、決意ではない。

 覚悟でもない。


 ただの、位置確認だ。


 《非裁定ノーリトリート》は、

まだ世界を信じている。


 英雄が間に合うことを。

 《蒼衡アズール・バランス》が選び続けることを。

 世界機関が、破綻を処理することを。


 それでも。


 レインは、最後に言った。


「……次に同じことが起きたら」


 三人が、息を詰める。


「たぶん、

 “次”は、もう同じじゃない」


 灯りが消える。


 外は、いつもと変わらない夜だ。

 平穏で、静かで、守られている。


 だが――

境界線は、

もう地図に描かれていた。


 越えていない。

 まだ、越えていない。


 それでも。


 《非裁定ノーリトリート》は、

動く場所を、

初めて正確に把握した。


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