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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第4章

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介入

朝。


鐘は鳴った。

だが、今日はその後にもう一つの音があった。


乾いた金属音。

規程通知の起動音だ。


街の各所に設置された表示板が、一斉に光る。


【補助運用開始】

【均衡安定化支援要員 配置】


文字は丁寧で、柔らかい。

だがその下に表示された紋章を見て、人々は言葉を失った。


――均衡監査庁・実働部。


「……あれって」


「……監査官、

 じゃないよな」


黒に近い灰色の外套。

顔は見えない。

人数は少ない。だが、街の要所ごとに、正確すぎる配置で立っている。


彼らは、何もしない。


叫ばない。

命令しない。

違反も指摘しない。


ただ、見ている。


市場。


老婆が、鍋をかき回す。


昨日と同じ火力。

同じ手順。

端末の指示通り。


だが今日は、外套の男が一人、すぐ後ろに立っていた。


「……何か?」


老婆が振り返る。


男は、首を横に振る。


「……記録」


それだけ言って、端末に何かを書き込む。


【判断理由:不明】

【結果:最適】

【理由未提出】


老婆は、眉をひそめる。


「……理由?」


「……鍋炊くのに?」


男は、淡々と答える。


「選択理由は、

 記録対象です」


「提出されない場合、

 今後の評価に

 影響します」


「……提出って」


老婆は、言葉に詰まる。


理由。

どうしてこの火加減にしたか。

どうしてこの順番にしたか。


(……そんなの)


(……長年の、

 勘だよ)


だが、それは言語化できない。

端末に入力できない。


男は、それ以上何も言わない。

ただ、記録を終えて、離れる。


鍋は、問題なく煮えている。


だが老婆の胸に、

説明できない違和感が残った。


通りの中央。


治癒師の女が、歩いていた。


今日は、助ける人はいない。

それでも、外套の女が、少し距離を取って同行している。


「……あの」


女が声をかける。


「……私、

 何かしました?」


外套の女は、歩いたまま答える。


「いいえ」


「現在は、

 観測段階です」


「……観測?」


「はい」


「理由の

 安定度を

 測っています」


治癒師の女は、足を止めた。


「……理由?」


「昨日、

 あなたは

 助けなかった」


女の胸が、詰まる。


「……結果は、

 最適でした」


「……だから」


外套の女は、振り返る。


「なぜ、

 助けなかったのか」


女は、答えられなかった。


怖かった。

評価が下がると思った。

自分の判断が間違うのが怖かった。


どれも、理由だ。

だが、どれも“正解”として提出できない。


沈黙。


外套の女は、端末に記録する。


【理由:未定義】

【判断傾向:不安定】


「……次は」


淡々と告げる。


「不安定な理由を

 持つ者から、

 配置換えを行います」


「……配置換え?」


女の声が、震える。


「適性に、

 合わせます」


それだけ言って、外套の女は歩き出した。


宿。


ミリアは、窓から街を見ていた。


「……来ましたね」


「ええ」


レインは、すでに理解している。


模写理解アナライズ・コピー》が、街全体を捉えている。


(……理由を、

 数値にしようとしている)


(……不可能なことを)


だが、均衡はそれを承知でやっている。


「……消せなくても」


「……薄めればいい」


ミリアが、低く言う。


「……人が、

 理由を

 言えなくなったら」


「ええ」


レインは、はっきり答える。


「選ばなくなります」


リュカが、息を呑む。


「……それって」


「……前線、

 消える」


「ええ」


レインは、窓から目を離さず言った。


「……だから」


「次は、

 こちらが

 立つ番です」


外では、外套の影が増えていく。


戦いは、

まだ始まっていない。


だが――

理由が、

 静かに殺され始めていた。


昼前。


市場の一角で、声が上がった。


「……え?」


最初は、小さな声だった。


人だかりができるほどの騒ぎではない。

だが、その中心に立つ若い女は、完全に立ち尽くしていた。


治癒師の女だった。


外套の女が、端末を掲げている。


【配置換え通知】

【現職務:治癒補助】

【新職務:記録整理】


「……ちょっと、待ってください」


治癒師の女の声が、震える。


「私、

 治癒の仕事、

 ちゃんとしてます」


「昨日も、

 今日も」


「……結果、

 出てます」


外套の女は、淡々と頷く。


「結果は、

 確認されています」


「……だからこそです」


治癒師の女が、言葉を失う。


「……理由が、

 安定していません」


「助けるときと、

 助けないときの

 基準が、

 言語化できていない」


「……それは」


女は、必死に言葉を探す。


「……状況を見て」


「……その場で」


「……人として」


外套の女は、首を横に振った。


「提出できない理由は、

 評価対象になりません」


「……では」


一拍。


「現場判断を

 必要としない

 職務へ」


治癒師の女の足から、力が抜けた。


「……現場判断、

 しない?」


「……それ、

 治癒師じゃ……」


言葉は、途中で途切れる。


周囲の人々は、目を伏せた。


誰も、声を上げない。


声を上げれば、

次は自分かもしれないから。


荷運びの男が、その様子を見ていた。


壁にもたれていた男だ。


顔色はまだ悪い。

だが、治癒師の女よりも、今は“動ける”。


「……待ってくれ」


男が、一歩前に出る。


「……この人」


「……俺を、

 助けようとしてた」


「……昨日も、

 その前も」


外套の男が、ゆっくりと男を見る。


「……結果は?」


「……助かった」


「……今も、

 生きてる」


「……なら」


外套の男は、端末を見る。


「最終結果:

 生命維持成功」


「評価は、

 変わりません」


「……じゃあ!」


男は、声を荒げる。


「……なんで、

 外すんだよ!」


外套の男は、静かに答える。


「理由が、

 提出されていない」


その言葉が、

男の胸に突き刺さる。


「……理由?」


「……助けたいからだろ!」


外套の男は、首を横に振る。


「感情は、

 理由として

 不安定です」


「……だから」


「現場から

 外します」


治癒師の女は、俯いた。


「……私」


「……間違えたんでしょうか」


誰も、答えない。


男が、歯を食いしばる。


「……違う」


「……違うだろ」


だが、声は届かない。


外套の女が、最後に告げる。


「移動は、

 本日中です」


「……拒否は?」


治癒師の女が、かすれ声で聞く。


「できません」


即答だった。


「均衡安定化支援要員は、

 拒否権を

 想定していません」


宿。


ミリアは、拳を握り締めていた。


「……切った」


「……理由ごと」


レインは、静かに頷く。


「ええ」


「均衡は、

 理由を

 “管理不能”と

 判断しました」


「……だから」


一拍。


「現場そのものを

 消しに来た」


リュカが、震える声で言う。


「……あの人」


「……悪くない」


「……ちゃんと、

 助けてた」


レインは、答える。


「ええ」


「だから、

 排除されました」


ミリアが、顔を上げる。


「……じゃあ」


「……もう、

 待てない」


レインは、初めて窓から目を離した。


視線は、まっすぐミリアを見る。


「……ええ」


「ここからは」


低く、はっきり。


「均衡への

 直接介入です」


外では、治癒師の女が、

監査塔の方向へ歩き出していた。


背中は、小さい。


だがその一歩は、

確実に何かを切り離していた。


通りは、静まり返っていた。


治癒師の女が歩いている。

監査塔へ向かう一本道。

外套の人間が、一定の距離を保って随行している。


誰も声をかけない。

誰も止めない。


止めたところで、

結果は変わらないと

皆が知っているからだ。


「……」


女は、唇を噛みしめて歩いていた。


自分は間違えたのか。

自分は向いていなかったのか。


助けたいと思った気持ちは、

“不安定”だったのか。


(……理由、理由って)


(……そんなの)


足が、わずかに震える。


そのとき。


通りの中央に、

一人の少女が立った。


ミリアだった。


剣は抜いていない。

構えもない。


ただ、立っている。


外套の男が、足を止める。


「……進行を妨げないでください」


ミリアは、答えない。


治癒師の女が、目を見開く。


「……あなた」


「……やめて」


「……私のせいで」


ミリアは、ゆっくりと首を横に振った。


「違います」


声は、震えていない。


「あなたは、

 間違ってない」


外套の男が、端末を上げる。


【介入検知】

【評価対象外行動】


「……下がってください」


「これは、

 均衡安定化の

 業務です」


ミリアは、一歩前に出た。


それだけで、

通りの空気が変わる。


「……聞きたいことが

 あります」


外套の男は、動きを止める。


「……理由は?」


ミリアは、まっすぐ見据えた。


「あなたは、

 この人が

 助けたかった理由を

 知っていますか」


沈黙。


外套の男は、即答しない。


端末が、微かに光る。


【照会不可】


「……知りません」


「記録されていません」


ミリアは、頷いた。


「ですよね」


「……でも」


一拍。


「理由は、

 消えてません」


治癒師の女の肩が、震える。


「……ここに、

 あります」


ミリアは、自分の胸を指す。


「……言葉に

 できなくても」


「……数値に

 できなくても」


「……それは、

 存在してます」


外套の男が、

初めて一瞬だけ

眉をひそめた。


「……業務を

 妨害する場合」


「……是正対象に」


その言葉を、

遮るように――


「十分です」


静かな声が、

通りに響いた。


レインだった。


いつの間にか、

通りの端に立っている。


外套の女が、即座に反応する。


「……あなたは」


「《模写理解》保持者」


「……介入は」


レインは、首を横に振った。


「破壊しません」


「……無効化もしない」


一歩、前に出る。


「ただ、

 理解します」


模写理解アナライズ・コピー》が、

静かに作動する。


魔力は、溢れない。

光も、音もない。


だが――

通りの“前提”が、

 わずかにずれる。


レインの視界に、

外套の男の行動原理が浮かぶ。


評価関数。

最適化基準。

理由排除プロトコル。


(……なるほど)


(……理由を

 “ノイズ”として

 切り捨てている)


レインは、

一つだけ指を立てた。


「……一つ、

 確認を」


外套の男が、警戒する。


「……あなた方の

 任務目的は」


「均衡の

 安定ですよね」


「……はい」


即答。


「……なら」


レインは、

淡く言った。


「今、この行為は

 均衡を

 不安定化させています」


外套の男の端末が、

一瞬、沈黙した。


【評価不能】

【予測外変数】


「……なぜです?」


外套の男が、

初めて問いを返す。


レインは、

通りを見渡した。


足を止めた人々。

伏せられていた視線。

わずかに、上がる顔。


「……理由を

 切り捨てる行為は」


「短期的には、

 安定します」


「……ですが」


一拍。


「理由を

 見た者が

 増えた場合」


「均衡への

 信頼が

 下がります」


端末が、

再び沈黙する。


外套の男は、

動けない。


均衡は、

“理由を扱う”

想定を

していない。


だから、

今この状況を

評価できない。


ミリアが、

静かに剣を持つ。


まだ抜かない。


「……私」


「前線に

 立ちます」


「……理由が

 消されるなら」


「……ここで」


治癒師の女が、

涙を浮かべる。


誰も、

止めない。


均衡は、

初めて

判断を

 保留した。


それだけで、

十分だった。


外套の人間は、

一歩、下がる。


「……本件」


「……一時、

 凍結します」


端末に表示される。


【処理保留】

【再評価要請】


通りに、

小さな息が

漏れる。


戦闘はない。

魔法もない。


だが――

均衡は、

 初めて

 躓いた。


レインは、

小さく息を吐いた。


「……ここからです」


ミリアは、

頷いた。


「ええ」


「理由を、

 守る戦い」


治癒師の女は、

その背中を見つめる。


理由は、

まだ言葉に

できない。


だが――

消されなかった。


それだけで、

今日を

生きられる。


均衡は、

更新されたままだ。


だが――

世界は、

 もう従っていない。

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