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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章 平和な日常は続かない?

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切るには、早かった

 夜明け前の野営地は、静かだった。


 火は落とされ、見張りだけが最低限の配置につく。

 《蒼衡(そうこう/アズール・バランス)》の動きに無駄はない。

 それはいつも通りだった。


 ――少なくとも、外から見れば。


「……報告は以上です」


 簡易卓の前で、ユール=セティアが地図を畳む。

 街の被害状況、住民の避難動線、英雄部隊の介入時刻。

 すべてが整理され、整合が取れている。


「被害規模は想定内。

 選択した未来は、最小損失でした」


 そう締めくくるユールの声には、迷いがない。


 セイン=ヴァルクスは、無言で頷いた。


「問題はない」


 それが、リーダーとしての公式見解だった。


 ガラン=ディオルが、大剣を地面に突き立てたまま言う。


「……だが、妙だ」


 短く、率直な言葉。


「妙、とは?」


 リィネ=フォルテが視線を向ける。


「切る必要のある“流れ”が、

 最後まで形にならなかった」


 ガランはそう言って、街の方角を睨む。


「本来なら、もっと早く崩れたはずだ。

 住民も、敵も」


 セインは、即座に否定しなかった。


「結果として、崩れていない」


「だからだ」


 ガランの声は低い。


「“切る対象”が、まだ固まっていなかった」


 一瞬、空気が張り詰める。


 それは、《蒼衡アズール・バランス》にとって

 あまり口にされない種類の言葉だった。


 リィネが、静かに補足する。


「未来比較では、確かに最小損失でした。

 ですが……」


 指先で、空中に簡易的な分岐図を描く。


「今回、選ばれなかった未来の多くが、

 “ほぼ同じ結果”でした」


「差が、なかった?」


 ユールが眉をひそめる。


「正確には――

 差が、まだ生まれていなかった」


 セインは、その言葉を噛みしめるように黙った。


 《均衡再裁定(きんこうさいさいてい/バランス・ジャッジ)》は、

 未来の差異を比較し、切り捨てる技だ。


 だが今回は、

切り捨てるほどの差が、薄かった。


「……つまり」


 ガランが続ける。


「今回は、“切った”というより、

 先に刃を当てただけだ」


 セインは、ゆっくりと息を吐いた。


「切るには、早かった可能性がある」


 その言葉は、

自らの判断への疑義だった。


 ユールが、慎重に口を開く。


「それは、《非裁定ノーリトリート》が言う

 “選ばせない”という在り方に、

 近づいているのでは?」


 一瞬、沈黙。


 セインは、首を横に振る。


「違う」


 はっきりとした否定。


「我々は、選ばせる。

 秩序のために、必ず選ぶ」


 だが――

続く言葉は、少しだけ遅れた。


「……ただし」


 視線を落とす。


「選ぶ“タイミング”は、

 再考の余地がある」


 それは、後退ではない。

 思想を捨てたわけでもない。


 だが確かに、

蒼衡アズール・バランス》の正義に、

微細な揺れが生じていた。


 リィネは、その揺れを記録に残す。


「今回の事案――

 “切る判断が早すぎた可能性あり”」


 ユールが小さく息を吸う。


「次は?」


 セインは、即答しなかった。


「次も、選ぶ」


 そう前置きしてから、言う。


「だが――

 次は、もう少し待つ」


 それは、《蒼衡アズール・バランス》にとって

 異例の判断だった。


 正義は、常に早くなければならない。

 そう信じてきたからだ。


 だが今回、

早さそのものが、均衡を崩す可能性を、

彼らは初めて意識した。


 まだ、世界は壊れていない。

 まだ、切る理由は成立している。


 それでも。


 この夜、

蒼衡アズール・バランス》は

「切らなかった未来」を、初めて意識した。


 世界機関・戦術監査部。


 通常なら、ここは静かな部署だ。

 事案が基準内である限り、

監査は淡々と“確認”で終わる。


 だが、その日は違った。


「……蒼衡の対応ログ、再確認願います」


 若い監査官が、投影画面を操作する。

 時系列に並ぶ数値は、ぱっと見では問題ない。


 初動。

 接触。

 判断。

 介入。


 すべて基準内。


「どこが問題だ?」


 上席監査官が、腕を組んだまま問う。


「問題というより……

 “ズレ”です」


 監査官は、別の指標を重ねた。


蒼衡アズール・バランスの判断開始が、

 平均値より0.8秒遅れています」


「……0.8秒?」


 上席が眉をひそめる。


「誤差だろう」


「通常はそうです」


 監査官は頷く。


「ですが、同時に

 《均衡再裁定(きんこうさいさいてい/バランス・ジャッジ)》の

 未来比較回数が、前回より増えています」


 別の数値が表示される。


「比較回数、増加。

 選択確定までの思考ログ、延長」


「つまり?」


「選ぶまでに、迷っています」


 その言葉に、室内の空気が一段重くなった。


「蒼衡は、迷わないパーティだ」


 上席監査官が、低く言う。


「彼らの役割は、“切ること”だ」


「承知しています」


 監査官は、視線を落とさず続けた。


「だからこそ、この遅延は

 “想定外”ではなく――」


 言葉を選ぶ。


「想定すべき変化です」


 沈黙。


 誰もすぐには否定しなかった。


 世界機関は、英雄や蒼衡を

“正義の執行者”として扱うが、

同時に観測対象でもある。


「蒼衡の判断遅延が続いた場合、

 影響は?」


「被害は、即座には増えません」


 監査官は即答した。


「ただし――

 “選ばれる未来”が、

 より住民側の判断に委ねられる割合が増えます」


「それは……」


「世界が、

 自分で選び始める、ということです」


 上席監査官は、ゆっくりと息を吐いた。


「世界機関としての対応は?」


「現時点では、監視強化のみ」


 監査官は淡々と答える。


「蒼衡は基準を逸脱していません。

 英雄も機能しています。

 《非裁定ノーリトリート》も、

 介入条件外です」


 結論は、いつも通りだった。


対応:変更なし

備考:判断遅延傾向あり

影響:軽微(現時点)


 ログが確定する。


 上席監査官は、最後に一言だけ付け加えた。


「……“軽微”という言葉は、

 後から一番よく問題になる」


 監査官は、小さく頷いた。


 その画面の片隅に、

別の監視対象名が並んでいる。


 ――《非裁定ノーリトリート》。


 こちらには、まだ変化はない。


 だが、

蒼衡が迷い、英雄が違和感を覚え、

世界が選び始めた以上、

“動かない存在”は、必ず浮き上がる。


 世界機関は、

それを“問題”とは呼ばない。


 ただ、

ログに残すだけだ。


 事件と呼ぶには、小さすぎた。


 倒壊もない。

 戦闘もない。

 死者も、もちろん出ていない。


 それでも、レインは足を止めた。


「……ここだ」


 街道沿いの集落。

 修繕された柵と、新しく作られた避難路。

 人の手が入った痕跡が、はっきりと残っている。


「何かあったの?」


 ミリアが、周囲を見渡す。


「見た感じ、普通だけど」


「普通、だね」


 レインは、曖昧に頷いた。


 リュカが端末を確認する。


「三日前、小規模な魔獣接近あり。

 英雄・蒼衡ともに未介入。

 世界機関への正式報告もなし」


「じゃあ、なんでこんなに整ってるの?」


 ミリアが首を傾げる。


 エルドが、静かに言った。


「……住民が、自分たちでやった」


 レインは、その言葉に視線を向ける。


「そう」


 集落の中央には、簡易掲示板が立っていた。

 手書きの地図。

 集合場所。

 避難優先順。


 どれも、誰かに指示された形ではない。


「英雄は来ないかもしれない」

「蒼衡も、必ず切ってくれるわけじゃない」


 そんな前提で、作られた配置。


 ミリアが、ぽつりと呟く。


「……前は、こんなのなかったよね」


「前は、“待てばよかった”」


 レインは、掲示板を見つめたまま言う。


「今回は、

 待たない可能性を、選んだ」


 その言葉に、リュカが反応する。


「住民が、判断した?」


「うん」


 レインは頷く。


「誰かに選ばされたわけじゃない。

 強制も、誘導もない」


 一拍、間を置く。


「……自分で、決めた」


 それは、世界機関が望んだ形ではない。

 蒼衡が作る秩序とも、違う。

 英雄の勝利でもない。


 だが――

確かに、世界が動いた。


 ミリアが、少し複雑そうな顔をする。


「それって、いいこと?」


「まだ、分からない」


 レインは即答しなかった。


「選んだ結果が、

 正しかったかどうかも」


 エルドが、低く言う。


「だが、選ばされたわけではない」


「そう」


 レインは、静かに続ける。


「ここでは、

 “選択が残っていた”」


 だからこそ、

非裁定ノーリトリート》は動かない。


 リュカが、端末を閉じる。


「……世界が、自分で選び始めているなら」


「うん」


 レインは、集落を見渡す。


「まだ、壊れてはいない」


 だが、その視線は鋭かった。


「ただ――」


 ミリアが、続きを促す。


「ただ?」


「選択には、

 必ず“責任”が残る」


 掲示板の端に、修正の跡がある。

 消された線。

 書き直された順番。


 迷った痕だ。


「もし次に、

 この選択が“間違い”だったとき」


 レインは、そこで言葉を切った。


「そのときは、

 もう“誰かのせい”にはできない」


 沈黙。


 それは、冷たい指摘ではない。

 事実だった。


 ミリアは、拳を握る。


「……それでも?」


「それでも」


 レインは、はっきりと言った。


「選択が残っている限り、

 僕たちは、見ているだけだ」


 それが、《非裁定ノーリトリート》の役割。


 誰かの代わりに選ばない。

 正解を置かない。


 ただ、

選べなくなった瞬間だけを、受け止める。


 集落の外れで、子どもたちが走っている。

 逃げ道を確認するように。

 遊びながら。


 レインは、その光景から目を離さなかった。


 ――世界は、まだ壊れていない。


 だが、

“自分で選んだ痕”が、

確かに残り始めていた。


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