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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第25章

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同じ場所、少しだけ遅れて

 鐘の音が、いつもより早く鳴った。


 それだけで、人々は足を止めた。

 警告の合図ではない。

 注意喚起――それくらいの意味しか持たない音だ。


「またか?」


 市場の商人が顔を上げる。


「この前のとは違うだろ」

「見回りが増えただけじゃないか?」


 街は、前回の復旧作業からまだ数日しか経っていない。

 だからこそ、皆どこか慣れていた。


 ――一度、助かっている。


 それが、妙な安心を生んでいた。


 街外れの見張り塔で、若い警備兵が眉をひそめる。


「……魔力反応、出てます」


「規模は?」


「前回より……少し、大きいです」


 即座に連絡が走る。

 だが、声には切迫感がない。


 前も、間に合った。


 その記憶が、判断を一拍だけ遅らせた。


 路地裏。

 瓦礫の残る一角で、空気が歪む。


 誰かが悲鳴を上げる前に、地面が沈んだ。


「――っ!」


 建物の一部が崩れ、粉塵が舞う。

 逃げ遅れた数人が、必死に身を伏せた。


 死者は、出ない。

 だが――逃げ切れない距離だった。


「退避! 退避だ!」


 防衛隊が動く。

 前回より早い。

 それでも、十分ではない。


 衝撃がもう一度走る。


 建物は壊れる。

 だが、街全体には及ばない。


 壊し切ってはいない。


 それが分かる者ほど、背筋が冷えた。


 数分後、英雄部隊の到着が確認される。

 蒼衡も動いている。


「間に合う……はずだ」


 誰かが、祈るように呟いた。


 そして――

今回も、間に合った。


 敵性存在は姿を消し、被害は局所で止まる。

 負傷者は出たが、命に関わる者はいない。


 報告は、こうまとめられる。


局地的戦闘事案。

迅速な対応により被害拡大を防止。

住民の避難は概ね成功。


 “概ね”。


 その一言だけが、前回と違っていた。


 瓦礫の前で、住民の一人が呟く。


「……また、助かったな」


 誰も否定しない。


 ただ、

前より声に力がなかった。


 現地は、すでに落ち着いていた。


 瓦礫は整理され、防衛隊の動線も確保されている。

 英雄と蒼衡はすでに撤収済み。

 残っているのは――後から来た者たちだけだった。


 《非裁定ノーリトリート》は、崩れた建物の前に立っていた。


「……前回より、早く来たはずなんだけどな」


 リュカが、時刻記録を確認しながら言う。


「通報から対応まで、確実に短縮されてる」


「それでも、近かった」


 ミリアの声は低い。


 彼女は瓦礫の一角を見下ろしていた。

 そこには、身を伏せたまま動けなくなった跡が残っている。


「ここ、逃げ場なかった」


 誰も否定しなかった。


 エルドが、ゆっくりと周囲を見回す。


「……受け止めきれた。

 だが、余裕はなかった」


 “余裕がない”という言葉は、

非裁定ノーリトリート》にとって、一つの指標だった。


 レインは、少し離れた位置で地面の痕を見ていた。


 破壊の方向。

 衝撃の深さ。

 残された空白。


 ――やはり、壊し切ってはいない。


 だが今回は、

壊しきれなかった――そうも見える。


「レイン」


 ミリアが呼ぶ。


「前より……近いよね」


「うん」


 即答だった。


「“世界が壊れる”までの距離が、少し縮んだ」


 リュカが顔を上げる。


「それって――」


「まだ、線の内側」


 レインは続ける。


「でも、線は動いてない。

 僕たちが、線に近づいてる」


 その言葉が、静かに落ちた。


 エルドが小さく息を吐く。


「……嫌な言い方だ」


「嫌な現実だから」


 ミリアは腕を組み、しばらく黙ったまま瓦礫を見つめていた。


「……さ。

 次は、もっと近い?」


 問いというより、確認だった。


「分からない」


 レインは正直に答える。


「ただ、

 “次も間に合う”とは、言えなくなってきてる」


 その瞬間、ミリアの表情がほんの少し強張った。


 それでも、彼女は頷く。


「……なら、まだだね」


「うん」


 《非裁定ノーリトリート》は、動かない。


 世界はまだ機能している。

 正義は、まだ間に合っている。

 選択肢は、まだ残っている。


 それでも――

距離は、確実に縮んでいた。


 レインは、最後にもう一度、崩れた建物を振り返る。


 解析すれば、

この流れがどこへ向かうかは見える。


 だが、

見ることと、止めることは違う。


 彼は、歩き出した。


 まだ、

引き返せる位置にいるから。


 復旧作業は、思ったよりも早く進んでいた。


 半壊した建物の壁には、仮設の支柱が組まれ、崩れた屋根も最低限の補修が施されている。街道沿いの露店は、数を減らしながらも再開され、人の流れは確実に戻りつつあった。


 それは、誰の目にも明らかな「回復」だった。


「今回は、本当に運が良かった」


 瓦礫の脇で道具を片付けながら、年配の男が言う。


「前の時より、ひどくなるかと思ったが……英雄様が間に合ってくれた」


「蒼衡も動いてたって話だ」


 周囲の者たちが、次々と名前を挙げる。

 英雄。蒼衡。世界機関。


 それらは、この街にとって「守ってくれる存在」の代名詞だった。


 誰もが、それを疑っていない。


 通りの一角では、子どもたちが静かに遊んでいた。

 以前のように走り回ることはなく、壊れた建物から距離を取っている。


「ねえ、ここ、もう大丈夫?」


 幼い声が、母親に問いかける。


「大丈夫よ」


 即答だった。


「ちゃんと、助かったから」


 その言葉に、迷いはなかった。

 そう言い聞かせる必要があるようにも、見えなかった。


 簡易診療所では、包帯を巻いた人々が列を作っている。

 重傷者はいない。

 命を落とした者もいない。


「……今回は、骨折で済んだ」


 若い男が、苦笑しながら言う。


「前より、衝撃が近かった気はするけどな」


「それでも、生きてる」


 医師は淡々と答え、次の患者を呼んだ。


 “生きている”。

 その事実が、すべてを覆い隠す。


 街の外れ、修復の優先順位から外された区画には、まだ手つかずの壁が残っていた。

 深く刻まれた亀裂。

 崩れかけた基礎。


 そこに、立ち止まる者はほとんどいない。


「……ここも、そのうち直るだろ」


 通りすがりの男が、そう言って足を止めずに通り過ぎる。


 誰もが、同じ前提を共有していた。


 ――次も、きっと間に合う。


 だから、この程度の傷は「途中経過」だ。

 そう扱われる。


 夕暮れが近づき、鐘が鳴る。

 街は一日の終わりを迎え、灯りがともり始める。


 人々は家に戻り、食事を取り、今日の出来事を「話題」に変えていく。


「怖かったけどさ」


「でも、助かったよな」


「英雄がいる限り、大丈夫だろ」


 その会話に、異を唱える者はいない。


 ただ一人、崩れた壁の前に立ち尽くしていた老婆が、小さく呟いた。


「……前より、音が近かったね」


 誰も、その言葉に返事をしなかった。

 聞こえなかったわけではない。


 ただ、それを拾い上げる理由が、まだなかった。


 この街は、助かった。

 それは事実だ。


 だが同時に――

「助かった」という言葉の重さが、少しだけ変わり始めている。


 それに気づいている者は、まだ少ない。


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