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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第3章

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更新された均衡

朝の鐘は、変わらず鳴った。


音程も、間隔も、昨日と同じ。

だが――その意味だけが、変わっていた。


街の端に、新しい表示板が設置されている。

昨日まではなかったものだ。


【運用更新通知】

【選択結果評価システム 稼働】


文字は丁寧で、語調も穏やかだ。

不安を煽る言葉は、一つも使われていない。


「……なんだ、これ」


通りすがりの男が、足を止める。


「選択……結果?」


隣にいた女が、首を傾げる。


「昨日の更新じゃない?」

「“人が選ぶのは止めない”ってやつ」


「……じゃあ、いいんじゃない?」


二人は、それ以上考えず歩き出す。

だが、その背中を、監査塔の端末が静かに追っていた。


市場。


露店の老婆は、今日も鍋をかき回していた。

昨日と同じように、火の加減を見て、少しだけ魔力を足す。


《火花点灯》。


発動は問題ない。

遅延もない。


「……今日は、素直だね」


老婆は満足そうに頷いた。


その瞬間。


端末が、淡く光る。


【結果評価:非最適】

【効率低下:2.4%】

【是正推奨】


「……は?」


老婆は、文字を追う。


是正。

推奨。


どちらも、命令ではない。

だが――拒否する選択肢も、書かれていない。


「……効率、だってさ」


隣の露店主が、苦笑する。


「昨日より、

 鍋の回転、

 落ちてるらしいよ」


老婆は、しばらく鍋を見る。


「……じゃあ」


小さく、呟く。


「前みたいに、

 やるかね」


端末を確認し、

許可された通りの火力に戻す。


鍋は、安定する。

効率も、戻る。


だが老婆の胸に、

昨日あった“手応え”は、戻らなかった。


通りの中央。


治癒師の女が、再び人を助けていた。


昨日とは違う。

今日は、事前に端末を確認する。


【治癒許可:軽度】

【最適解提示:巡回班要請】


女は、唇を噛む。


目の前の子どもは、苦しそうだ。

昨日の判断が、正しかったかどうか――まだ分からない。


だが今日は、評価が返ってくる。


女は、端末に従った。


巡回班を呼ぶ。

処置は数分後。


子どもは助かった。

結果は、成功。


端末が、静かに表示する。


【結果評価:最適】

【判断補正:正】


周囲が、安堵の息を吐く。


女も、胸を撫で下ろす。


……それなのに。


(……昨日より、

 軽い)


胸の奥が、

妙に静かだった。


監査官は、迷わなくなった。


違反を見ても、

人を見る前に結果を見る。


成功か。

失敗か。


「……結果、

 問題なし」


「……なら、

 是正不要」


処理は速い。

正確だ。

そして――冷たい。


宿の窓。


ミリアが、表示板を見下ろしていた。


「……来ましたね」


「ええ」


レインは、目を細める。


「選択後管理」


「人に選ばせるふりをして、

 理由を切り捨てる方式です」


リュカが、不安そうに言った。


「……でも」


「……みんな、

 助かってる」


「……結果は、

 悪くない」


レインは、静かに答える。


「ええ」


「だからこそ、

 厄介です」


視線を、街へ。


人々は、選んでいる。

だが選ぶ基準は、

“自分の感覚”ではなく

 “後から返ってくる評価”。


「……これが続けば」


レインは、はっきり言った。


「人は、

 考えなくなります」


ミリアが、息を吸う。


「……前線、

 消えますね」


「ええ」


レインは、頷いた。


「静かに」


街は、今日も平和だ。

犯罪もない。

死者もいない。


だが――

選択は、空洞化し始めていた。


レインは、低く呟く。


「……均衡は」


「“人に追いつく”のではなく」


一拍。


「人を、

 置き去りにする」


午後。


通りの一角が、ざわついていた。


人だかりの中心には、若い男が座り込んでいる。

昨日、荷車を運んでいた男だ。


顔色が悪い。

額には汗。

だが怪我はない。


「……どうした?」


「……急に、

 力が抜けて」


周囲の人々が、心配そうに覗き込む。


男は端末を見せた。


【結果評価:不適合】

【選択傾向:非効率】

【身体負荷増大:要是正】


「……朝から、

 これが出ててさ」


苦笑する。


「言われた通りに

 動いてたんだけど」


少し離れた場所で、治癒師の女が足を止めていた。


昨日、子どもを助けた女だ。


端末を握る手が、震えている。


【是正指示:介入不要】

【対象は規程処理済】


(……でも)


男の呼吸は荒い。

顔色も、明らかに悪い。


昨日なら、迷わず前に出ていた。

自分の判断で。


だが今日は――

評価が返ってくる。


(……失敗したら)


(……また、

 非最適って出たら)


端末の表示が、

頭から離れない。


女は、一歩踏み出しかけて――

止まった。


監査官が、現場に到着する。


足取りは速い。

迷いはない。


「……結果を確認」


端末をかざす。


【評価済】

【是正対象】


「……処置は不要です」


淡々と告げる。


「対象は、

 自発的判断による

 負荷蓄積が原因」


「今後は、

 提示される最適解に

 従ってください」


男が、目を見開く。


「……え?」


「……今、

 苦しいんだけど」


監査官は、表情を変えない。


「結果として、

 生命に支障はありません」


「……だから」


一拍。


「是正対象です」


女は、唇を噛んだ。


(……今、

 助けなかった)


(……見てるだけで)


(……正しかった、

 のか?)


胸が、苦しい。


男が、ゆっくりと立ち上がる。

足元が、少しふらつく。


「……分かった」


「……俺が、

 悪かった」


その言葉が、

周囲の空気を冷やした。


誰も、否定できない。

なぜなら――

結果は、まだ致命ではないから。


人だかりは、ほどけていく。


誰も怒らない。

誰も叫ばない。


ただ、

視線が伏せられる。


「……助けなかった」


「……助けられたかもしれない」


「……でも」


「……評価が……」


言葉は、途中で消える。


宿。


ミリアが、壁にもたれて言った。


「……これが、

 選択後管理」


「ええ」


レインは、低く答える。


「善意の失敗を、

 許さない仕組みです」


リュカが、小さく呟く。


「……ぼく」


「……あの人、

 悪くない」


「……選んだだけ」


レインは、頷いた。


「ええ」


「……だからこそ」


視線を、伏せる。


「均衡は、

 人を守りながら、

 人を削ります」


ミリアの拳が、

震える。


「……前線、

 立たないと」


「……消される」


レインは、

はっきり言った。


「次は、

 “理由”を

 消しに来ます」


「……人が、

 なぜ選んだかを」


外では、男が一人、

壁に寄りかかっている。


誰も、声をかけない。


助けたら、

評価が下がるかもしれないから。


街は、まだ平和だ。


だが――

善意は、

 ここから先、

 減っていく。


夜。


街は、相変わらず静かだった。


昼間の出来事が嘘のように、人々は家に戻り、灯りを落とし、扉を閉めている。巡回の足音は一定で、鐘も規程通りに鳴る。管理は、依然として機能していた。


だが、その静けさは――

安らぎではなかった。


通りの端、昼間に座り込んでいた男は、まだそこにいた。壁に背を預け、呼吸を整えながら、端末を見つめている。表示は変わらない。


【是正対象】

【回復待機】


誰も、近づかない。


声をかけるだけで、評価が下がるかもしれない。

手を貸すことで、次に“非最適”と判定されるかもしれない。


人々は、彼を見ないようにして通り過ぎた。


「……仕方ないよな」


誰かが、小さく呟く。


「……結果、

 出てないし」


それは、言い訳でも、正当化でもない。

恐怖だった。


助けたい。

でも、評価が怖い。


選びたい。

でも、結果が縛る。


均衡は、人を縛る鎖を、さらに細く、目立たなくしただけだった。


宿の一室。


ミリアは、剣を膝に置いたまま、長く黙っていた。

剣は抜かない。

だが、触れ続けている。


「……私」


ぽつりと、言う。


「前線に立つって、

 敵と戦うことだと

 思ってました」


レインは、何も言わない。


「……でも」


ミリアは、剣先を見る。


「違いましたね」


「今は――」


一拍。


「立たないと、

 誰も動けなくなる」


リュカが、顔を上げる。


「……前線って」


「……ここ?」


胸の辺りを、指さす。


ミリアは、微笑んだ。


「そう」


「怖いって思う場所」


「迷う場所」


「……でも」


剣を、静かに握る。


「誰かが、

 そこに立たないと

 消える場所」


レインは、窓の外を見ていた。


街は、変わらず美しい。

整っていて、清潔で、安全だ。


だが、《模写理解アナライズ・コピー》には、

はっきりと“歪み”が見えている。


(……選択後管理)


(……結果だけを管理し、

 理由を切り捨てる)


(……なら)


思考が、深く沈む。


(……均衡が

 どうしても管理できないものがある)


昼間の治癒師の女。

老婆の鍋。

荷運びの男。


結果は、最適かもしれない。

効率も、数値も、正しいかもしれない。


だが――

理由は、全部違う。


(……理由は、

 予測できない)


(……評価できない)


(……数値化できない)


だから、均衡は

理由を消そうとする。


レインは、ゆっくりと口を開いた。


「……分かりました」


ミリアが、顔を上げる。


「……何が?」


「均衡の、

 破綻点です」


リュカが、息を呑む。


「……壊せる?」


レインは、首を横に振った。


「壊しません」


「……壊せば、

 また管理される」


「……だから」


一拍。


「理由を、

 可視化します」


ミリアが、眉を上げる。


「……理由を?」


「ええ」


レインは、静かに続ける。


「選択の“結果”ではなく」


「なぜ、

 それを選んだか」


「……そこに、

 前線を作る」


部屋に、静寂が落ちる。


それは、

剣でも魔法でもない戦い方。


だが、

均衡にとっては最悪の敵だった。


外で、鐘が鳴る。


今日、最後の鐘。


それはもう、

人を安心させる音ではない。


「……明日」


ミリアが、剣を持ち上げる。


「私、

 立ちます」


「……また、

 怒られるかも

 しれません」


「……評価、

 下がるかも」


レインは、

迷いなく答える。


「ええ」


「必ず、

 下がります」


ミリアは、

小さく笑った。


「……でも」


「誰かが、

 見ますよね」


「ええ」


レインは、

はっきり言った。


「理由は、

 必ず伝播します」


リュカが、

拳を握る。


「……ぼくも」


「……逃げない」


その言葉で、

十分だった。


通りの端。


男は、

ようやく立ち上がった。


ふらつきながらも、

一歩。


誰も、助けない。


だが――

遠くから、

誰かが見ている。


見て、

覚えている。


理由は、

消えない。


均衡は、

更新された。


だが――

人は、

 更新されなかった。


レインは、

最後に呟いた。


「……次は」


「理由を、

 守る戦いです」


均衡は、

まだ世界を覆っている。


だが、

その下で――


人は、

 再び、

 選び始めている。

※ここまで読んで面白いと感じた方は、

ブックマークで続きを追ってもらえると嬉しいです。

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