見ていた者の話
道は、
古い。
舗装されていないわけではない。
ただ、
使われなくなっただけだ。
「……人、
通ってないね」
ミリアが、
足元を見る。
轍は浅く、
草が戻り始めている。
「必要が
なくなった道だ」
リュカが言う。
「でも」
一拍。
「消されたわけじゃない」
エルドが、
頷く。
「残っとるな」
その言葉に、
レインは小さく反応した。
――残る。
最近、
何度も出てくる感覚だ。
「……ここ」
レインが、
足を止める。
風の流れが、
少しだけ違う。
音が、
吸われるように
薄くなる。
「誰か、
いる?」
ミリアが、
周囲を見る。
気配は、
ない。
敵意も、
ない。
ただ――
視線だけがある。
「……出てこない、
タイプだな」
リュカが、
小さく呟く。
「観測者だ」
その言葉は、
確信ではない。
推測だ。
だが、
全員が同じものを
感じ取っていた。
「……見ている、
だけ」
エルドが、
盾を下ろす。
「干渉しない」
「止めない」
「評価もしない」
レインは、
一歩だけ前に出る。
「……あなたは」
呼びかけるが、
名は出さない。
「私たちを、
裁定しに
来たわけではないですね」
返事は、
すぐには来ない。
だが、
空気が
わずかに動く。
――肯定でも、
否定でもない。
「……記録?」
ミリアが、
小さく言う。
「それとも、
確認?」
レインは、
首を横に振った。
「どちらでもない」
「たぶん」
一拍。
「世界が、
どう使われているかを
見ている」
その瞬間、
初めて声がした。
低く、
静かで、
感情のない声。
「使われている、
という表現は
正確ではない」
全員が、
同時にそちらを見る。
姿は、
はっきりしない。
だが、
そこに“いる”。
「世界は」
声は続ける。
「常に、
自分で
形を選ぶ」
「私は」
一拍。
「それを、
見ているだけだ」
名乗らない。
立場も示さない。
だが、
十分だった。
レインは、
静かに息を吸う。
「……見ていて」
「どう思いますか」
しばらく、
沈黙。
そして。
「思わない」
淡々とした返答。
「思う必要が
ない」
「私は」
一拍。
「忘れられないために
見ている」
その言葉が、
胸に残る。
問いは、
まだ終わらない。
だが。
――ここに、
“話せる相手”は
いる。
沈黙は、
長くは続かなかった。
「……ヒントが欲しい」
レインは、
正直に言った。
媚びでも、
交渉でもない。
ただの、
確認だ。
「私たちは」
一拍。
「世界を、
どう扱えばいい?」
返事は、
すぐには来ない。
風が、
枝を揺らす。
その間も、
視線は消えない。
「扱う、
という言い方は
不正確だ」
静かな声。
「君たちは」
一拍。
「すでに、
扱っている」
ミリアが、
思わず言う。
「……それが、
問題なんでしょ?」
「問題かどうかを
決めるのは
君たちだ」
レインは、
眉をわずかに動かす。
「あなたは」
「止めない?」
「正さない?」
「壊さない?」
しばらく、
沈黙。
そして。
「なぜ?」
短い問い。
「……?」
「なぜ、
私が
止める必要がある?」
その言葉は、
責めていなかった。
純粋な、
疑問だった。
「世界は」
声は続く。
「常に、
誰かに
使われる」
「君たちが
使わなくても」
「別の誰かが
使う」
一拍。
「ならば、
今の形は
悪くない」
ミリアが、
息を飲む。
「……それ、
肯定してる?」
「評価している
わけではない」
即答だった。
「ただ」
一拍。
「合理的だ」
レインは、
視線を逸らさずに聞く。
「……じゃあ」
「私たちは、
このままでいい?」
少しだけ、
間があった。
「無理に
変える必要はない」
その言葉は、
優しかった。
だからこそ、
重い。
「今のやり方は」
「君たちにとって」
一拍。
「もっとも
都合がいい」
エルドが、
低く呟く。
「……都合、
か」
「責任を
引き受け」
「拒否もでき」
「憎まれもするが」
「選択肢は
常に残る」
声は、
淡々と続ける。
「君たちは」
「正義にも
悪にも
なりきらない」
「だから」
一拍。
「長く、
残れる」
レインの胸に、
嫌な感触が残る。
「……それは」
「勧めですか」
「いいや」
否定は、
静かだった。
「観測結果だ」
沈黙。
「変えたいなら、
変えればいい」
「変えたくないなら、
そのままでいい」
「私は」
一拍。
「どちらも
忘れない」
それだけ言って、
気配が薄れる。
完全に消えたわけではない。
だが、
話は終わった。
ミリアが、
小さく息を吐く。
「……楽な道、
提示されたね」
リュカが、
苦笑する。
「しかも、
理屈付きで」
エルドは、
盾を握り直す。
「……一番、
悩むやつじゃな」
レインは、
しばらく黙っていたが、
静かに言った。
「……ヒントは、
もらいました」
「でも」
一拍。
「答えは、
くれなかった」
それでいい。
答えを
もらってしまえば、
そこで終わる。
気配が、
完全に消えたわけではなかった。
ただ、
声はもう届かない。
「……行った?」
ミリアが、
小さく聞く。
「遠くなった」
リュカが答える。
「見てはいるけど、
話す気はない」
エルドが、
辺りを見回す。
「……追わんのか」
「追えません」
レインは、
即答した。
「向こうは、
立ち止まらない」
沈黙が落ちる。
風が、
草を揺らす。
「……楽だったな」
ミリアが、
ぽつりと言う。
「このままでいい、
って言われるの」
レインは、
否定しない。
「はい」
「とても」
一拍。
「だから、
危険です」
リュカが、
少しだけ笑う。
「……否定しないのに、
逃げ場もない」
「上手いやり方だ」
エルドが、
盾を背負い直す。
「勧めてないのに、
肯定された気に
なるからな」
レインは、
足元の地面を見る。
ここまで来た道。
そして、
これから向かう先。
「……あの人は」
「私たちに、
変われとは
言いませんでした」
「でも」
顔を上げる。
「変わらなくても、
世界は進む」
「それを、
教えただけです」
ミリアが、
眉をひそめる。
「……じゃあ」
「私たちが
悩んでる意味って
何?」
レインは、
少し考える。
「……悩んでいる
という事実です」
「悩まなくなったら」
一拍。
「それが、
終わりです」
誰も、
反論しなかった。
「……行くんだよね」
ミリアが、
前を見る。
「古代種の始祖」
「うん」
レインは、
頷く。
「答えを
もらいに行く
わけじゃない」
「でも」
一拍。
「答えが
要らないかどうかを
確かめに行きます」
エルドが、
低く言う。
「……面倒な
旅じゃな」
リュカが、
肩をすくめる。
「でも、
必要だ」
《非裁定》は、
再び歩き出す。
正しさを
変えるためでも、
守るためでもない。
正しさに
居座らないために。
背後で、
世界は回り続けている。
判断は止まらず、
責任は宙に浮き、
席は空いたままだ。
それでも――
彼らは前を向く。
「このままで
いいかどうか」
「それを、
自分たちで
決めないために」




