老人は、答えを置いていかない
境界の外れは、
不思議と静かだった。
人はいる。
音もある。
だが――
誰も、
判断を求めていない時間帯。
《非裁定》の四人は、
並んで腰を下ろしていた。
疲れてはいない。
ただ、
考え続けていた。
「……ねえ」
ミリアが、
前を見たまま言う。
「私たち、
間違えたのかな」
誰も、
すぐには答えない。
「決めたのが?」
「決めなかったのが?」
「途中で、
線を引いたのが?」
リュカが、
小さく首を振る。
「……全部、
正しかったと思う」
「だから、
ここまで来た」
エルドが、
盾を背負ったまま言う。
「正しいのに、
苦しい」
レインは、
地面を見ていた。
「……世界が」
ゆっくり、
言葉を落とす。
「“決める席”を
必要としている」
「でも」
一拍。
「その席が、
本当に必要かどうかは」
「誰も、
確かめていない」
「ほう」
間の抜けた声が、
背後から聞こえた。
振り返ると、
そこにいた。
いつもの老人。
「若造、
悩んでおるな」
ジル爺だった。
ミリアが、
ため息まじりに言う。
「……いつから?」
「今さっきじゃ」
あっさりした返事。
「今さっきで、
十分じゃろ」
レインは、
立ち上がらない。
ただ、
視線を向ける。
「……答えを、
持ってきたんですか」
ジル爺は、
首を横に振った。
「持っとらん」
即答だった。
「わしはな」
「答えを
渡す役ではない」
「壊れすぎたもんを
戻すだけじゃ」
一拍。
「じゃがな」
老人は、
少しだけ真面目な目になる。
「まだ、
終わっとらん」
レインの眉が、
わずかに動く。
「……何が」
「古代種じゃ」
ジル爺は、
淡々と言う。
「すべてが
片付いたと
思っとるじゃろ」
「じゃが」
「残っとるもんは、
残っとる」
ミリアが、
小さく息を飲む。
「……まだ?」
「おる」
短い肯定。
「姿を
見せとらんだけじゃ」
レインは、
すぐに次を聞かなかった。
ただ、
一つだけ。
「……それが」
「今の世界と、
関係ある?」
ジル爺は、
少し笑った。
「あるかもしれんし」
「ないかもしれん」
一拍。
「じゃがな」
「見に行かん限り、
分からん」
老人は、
くるりと背を向ける。
「悩みが
深くなりすぎる前に」
「行ける場所が
ある、という話じゃ」
それだけ言って、
歩き出す。
引き止める言葉は、
誰からも出なかった。
レインは、
小さく息を吐く。
「……答えは、
くれないんですね」
ジル爺は、
振り返らずに言った。
「答えはな、
会うてから
考えるもんじゃ」
老人の姿は、
静かに消えた。
残された四人は、
しばらく黙っていたが――
ミリアが、
ぽつりと言う。
「……行く、
ってことだよね」
レインは、
頷いた。
「行かない理由が、
なくなりました」
ジル爺が消えた後も、
誰もすぐには動かなかった。
風の音だけが、
境界の外れを通り抜ける。
「……残ってる、か」
ミリアが、
靴先で小石を転がす。
「古代種ってさ」
「倒したら終わり、
じゃなかったんだね」
リュカは、
腕を組んだまま答える。
「最初から、
そうだった」
「役目を終える、
って話だった」
「終えたかどうかを
決めたのは」
一拍。
「……俺たちだ」
エルドが、
静かに言う。
「決めたつもりに
なっとっただけかもしれん」
「見えなくなったもんを、
終わったと
呼んだだけで」
その言葉に、
誰も反論しなかった。
レインは、
少しだけ視線を上げる。
「……世界も、
同じですね」
三人が、
見る。
「判断の席が
見えなくなっただけで」
「無くなったと
思い込んでいる」
「でも」
一拍。
「残っているものは、
残っている」
ミリアが、
小さく息を吸う。
「それが、
今の息苦しさ?」
「たぶん」
レインは、
即答しない。
「全部じゃない」
「でも、
繋がってはいる」
「古代種も」
「今の世界も」
「“役目”が
終わったかどうかを」
「誰が決めるのか、
ってところで」
沈黙。
遠くで、
人の声が聞こえる。
境界の内側は、
今日も回っている。
誰かが決め、
誰かが従い、
誰かが責任を置き去りにする。
「……行くとしたら」
ミリアが、
ぽつりと言う。
「答え、
出るのかな」
レインは、
首を横に振った。
「分かりません」
「でも」
一拍。
「今のまま
ここに居ても」
「答えは
出ません」
エルドが、
盾を背負い直す。
「なら」
「見に行くしか
ないな」
リュカは、
静かに笑う。
「……判断しない、
って言ってたのに」
「次は、
行き先を
決めるのか」
レインは、
否定しなかった。
「行き先は」
「もう、
示されました」
決めたのは、
彼らではない。
示されたのを、
無視しなかっただけだ。
四人は、
同時に立ち上がる。
境界の内側では、
まだ判断が続いている。
だが――
《非裁定》は、
そこから一歩、
外に出る。
答えを持たないまま。
答えが
あるかもしれない場所へ。
準備は、
特別なものではなかった。
荷をまとめるでもなく、
誰かに告げるでもない。
ただ、
立つ向きが変わっただけだ。
境界の内側では、
今日も人が動いている。
基準に従い、
判断し、
回している。
それを、
四人はもう
止めようとしなかった。
「……振り返らなくて、
いいの?」
ミリアが、
一度だけ聞く。
「戻るわけじゃ
ないし」
レインは、
境界の方を見る。
人の流れは、
崩れていない。
「はい」
「ここは、
回っています」
「少なくとも、
今は」
リュカが、
短く付け足す。
「……俺たちが
いなくてもな」
その言葉に、
棘はなかった。
事実の確認だ。
エルドが、
盾を背負ったまま言う。
「なら」
「離れる理由は、
十分じゃな」
一歩、
歩き出す。
その瞬間、
レインは気づく。
――軽い。
肩に乗っていた
視線が、
一つ減った。
「……不思議だね」
ミリアが、
小さく笑う。
「まだ何も
解決してないのに」
「はい」
レインも、
頷く。
「でも」
一拍。
「問題の場所が、
少し見えました」
それだけで、
足は前に出る。
道は、
はっきりしていない。
だが、
向きはある。
「……もし」
ミリアが、
歩きながら言う。
「会っても、
答えが
なかったら?」
レインは、
すぐには答えない。
しばらく歩いてから、
言った。
「その時は」
「答えが
ないという事実を」
「持ち帰ります」
それは、
逃げではない。
持ち帰るには、
見に行くしかないものだ。
風が、
背中を押す。
前ではなく、
後ろから。
境界は、
少しずつ遠ざかる。
そこでは今も、
誰かが決め、
誰かが従い、
誰かが外れている。
だが――
《非裁定》は、
その輪の外で
歩いている。
判断の席から、
問いの源へ。




