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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第1章

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評価されない強さ

同じ依頼を、三度続けてこなす冒険者は少ない。


危険度が低く、報酬も最低限。

名も売れず、武勇談にもならない。

だが、レインは違った。


「また、あの人か」


冒険者ギルドの掲示板前で、誰かが小さく呟く。

レインは気づかないふりをして、依頼書に手を伸ばした。


内容は似通っている。

小型魔物の調査。

挙動の確認。

単独討伐可。


(条件は、ほぼ同じ……でも)


レインの目は、報酬ではなく細部を追っていた。

発生地点。時間帯。

魔物の“変化”。


(昨日と、少し違うな)


魔物は同じ種類でも、常に同じとは限らない。

環境、個体差、魔力の癖。

そこに気づけるかどうかが、理解の分かれ目だった。


森に入ると、レインはすぐに足を止めた。

空気の張り方が違う。


(魔力密度が……微妙に高い)


誰かに言えば、「気のせい」で片付けられる差だ。

だが、レインには“見える”。


魔導書を開き、前回使った構造を思い出す。

そのままでは通用しない。


(条件が一つ増えてる)


原典では、こういう場合、力を上乗せして押し切る。

だが、それは燃費が悪い。


(じゃあ、前提を変える)


魔力の流れを、ほんの少しだけ浅くする。

代わりに、干渉点を増やす。


理屈は単純だ。

一撃で壊せないなら、成立条件を複数崩す。


発動。

魔物は反応する暇もなく、動きを失った。


「……やっぱりな」


成功だが、昨日よりも思考量は多い。

理解が進んだ分、判断も増える。


(楽じゃない。でも……)


レインは口元をわずかに緩めた。


(前より、確実だ)


討伐後、レインは魔物の残滓を丁寧に観察した。

魔力の抜け方。

反動の有無。


(制御は問題なし。

 でも、この部分……まだ無駄がある)


魔導書の内容と、実際の結果を頭の中で照合する。

ズレ。誤差。改善点。


これは戦闘じゃない。

検証だ。


紅鷹にいた頃、こんな時間は与えられなかった。

「次だ」「急げ」「考えるな」。


今は違う。


レインは魔導書を閉じ、深く息を吐いた。


ギルドに戻ると、受付の女性が一瞬だけ表情を変えた。


「……お帰りなさい」


声のトーンが、前より柔らかい。

気のせいかもしれない。


だが、依頼完了の処理は早かった。

確認も簡潔だ。


「今回も、問題ありませんでしたか?」


「はい」


「……そうですか」


それ以上は聞かれない。

だが、背後で他の冒険者が小声で話しているのが聞こえた。


「最近、あの人……失敗してるとこ、見ないよな」

「派手じゃないけどさ」


レインは振り返らない。

評価は欲しいが、今はまだ要らない。


(理解が先だ)


魔導書は、まだ“全部”を見せていない。

《模写理解》も、まだ浅い。


静かに、確実に。

レインは次の段階へ足を進めていた。


その日の依頼は、これまでと少し違っていた。


魔物の種類は同じ。

危険度も低。

だが、依頼書の末尾に短い一文が添えられている。


――行動が不安定。討伐済みの報告あり。


(……討伐済み?)


レインは眉をひそめた。

同じ魔物が、同じ場所に、同じ時期に出没している。

それ自体は珍しくないが、「討伐済み」という記録が残っているのに、再び依頼が出ているのは不自然だ。


(個体差か、それとも……)


森に入ると、違和感はすぐに確信へ変わった。

魔力の流れが、どこか歪んでいる。


「……薄いな」


濃度は高いが、安定していない。

まるで、誰かが無理やり魔力を継ぎ足したような――そんな感触。


レインは魔導書を開き、関連しそうな構造を思い返す。

古代魔法の中には、外部魔力を強引に取り込む設計も存在する。


(でも、こんな低位の魔物に使う意味がない)


考えながら歩を進めた、その時だった。


草むらが爆ぜ、魔物が飛び出す。

反応が遅れた。


「……っ!」


即座に魔力を流し、いつもの再構築魔法を起動する。

だが――止まらない。


魔物の動きが、わずかに“ズレた”。

行動の前提を崩したはずなのに、成立している。


(なぜだ?)


次の瞬間、衝撃。

浅いが、確かに爪が腕を掠めた。


レインは後退し、距離を取る。

心拍が上がる。痛みより、驚きの方が大きい。


(通じなかった……?)


焦りが、思考を乱す。

紅鷹にいた頃なら、この時点で怒号が飛んでいた。

「何してる」「早く倒せ」。


だが今は、誰もいない。


「……落ち着け」


自分に言い聞かせ、呼吸を整える。

もう一度、魔物を見る。


動きは荒い。

だが、魔力の核が二重になっている。


(……そうか)


理解が、ゆっくりと形になる。


これは“一体”じゃない。

外部から魔力を流し込まれた結果、成立条件が上書きされている。


つまり――

(前提が、一つじゃない)


レインは構造を組み直す。

一つを崩せば止まる、という考えを捨てる。


代わりに、干渉点を増やす。

浅く、広く、同時に。


発動。

今度は、魔物の動きが段階的に鈍る。

一拍遅れて、完全に停止。


レインは追撃せず、その場に立ち尽くした。


「……危なかったな」


腕の傷を見下ろす。

浅い。だが、確実に“失敗”だった。


帰路、レインは歩きながら考え続けた。


(再構築は万能じゃない)


理解した“つもり”になっていた。

魔導書の構造を、状況に当てはめているだけで、

本当に条件を洗い切れていなかった。


(だから、通じなかった)


だが同時に、別の事実もある。


(……修正できた)


一度破綻しても、立て直せた。

力任せではなく、理解を更新することで。


それは、紅鷹では決して許されなかった選択肢だ。


ギルドに戻ると、受付の女性が腕の傷に気づいた。


「……大丈夫ですか?」


「ええ。問題ありません」


そう答えると、彼女は少し考えてから言った。


「最近、あなたの依頼……

 “対応が丁寧だ”って報告、多いんです」


レインは一瞬、言葉に詰まった。


派手でもない。

速さでもない。

ただ、丁寧に理解して、処理しているだけだ。


「……そうですか」


それだけ返す。

胸の奥で、何かが静かに動いた。


評価は、まだ小さい。

だが確実に、変わり始めている。


そして何より――

魔導書と《模写理解》は、もう一段深い場所へ踏み込んでいた。


宿に戻ったレインは、部屋の椅子に腰を下ろすと、しばらく動かなかった。

腕の傷はすでに塞がり始めている。浅かった。だが、心の中に残った引っかかりは、簡単には消えない。


テーブルの上に魔導書を置く。

開かない。今は読む気になれなかった。


(……失敗した)


今日の戦いは勝った。

依頼も達成した。評価も、少しずつ上がっている。


それでも――失敗だった。


「“理解したつもり”になってたな」


言葉にすると、妙にしっくりきた。

古代魔法の構造を読み解き、再構築し、結果を出した。

だが、それは“前提が一つ”の場合に限った理解だった。


世界は、そんなに単純じゃない。


魔物は変化する。

環境が変わる。

誰かの介入があれば、条件は簡単に上書きされる。


(なのに、俺は……)


紅鷹にいた頃の癖が、まだ抜けていなかった。

「これでいける」と思った瞬間、思考を止めていた。


結果を急がされた日々。

説明を遮られ、結論だけを求められた時間。


(また、同じことをやるところだった)


レインは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


魔導書を開く。

今度は、読むためじゃない。


ページの余白に、指でなぞるようにして線を引く。

構造を書き写すのではなく、条件を書き出す。


・成立条件

・干渉点

・例外

・失敗時の挙動


(……そうか)


理解とは、完成じゃない。

更新され続けるものだ。


一度分かったと思った瞬間に、次の理解は始まっている。

止まった理解は、ただの思い込みになる。


レインは、魔導書を閉じた。


「俺の能力は……コピーじゃないな」


模写理解アナライズ・コピー

そう呼ばれてはいるが、本質は違う。


理解し、再現し、終わりじゃない。

理解を、状況に合わせて書き換える力。


「……解析だ」


前世の言葉が、自然と口をついた。

壊れた原因を探し、条件を洗い、再発を防ぐ。

同じ問題が二度起きないように、構造そのものを直す。


それが、ずっと自分のやってきたことだった。


翌日、ギルドに顔を出すと、空気が少し違っていた。


依頼掲示板の前で、冒険者が一瞬だけ視線を向ける。

好奇でも、敵意でもない。

「知っている誰か」を見る目。


受付の女性は、依頼書を差し出しながら言った。


「これ……一人で行けますか?」


危険度は、これまでよりわずかに高い。

だが、無茶ではない。


レインは一瞬だけ考え、頷いた。


「条件次第です」


即答しなかったことに、受付が少しだけ驚いた顔をする。


「……分かりました。

 戻ったら、詳細を教えてください」


それだけでいい。

無理に信頼を勝ち取る必要はない。


ギルドを出て、街を歩きながら、レインは思う。


評価は、まだ“静か”だ。

英雄扱いもされていない。

期待も、過剰には向けられていない。


だが、それがいい。


理解する時間がある。

試す余裕がある。

失敗しても、修正できる。


紅鷹にいた頃、欲しかったものはこれだったのだと、今なら分かる。


「……遠回りだな」


そう呟いて、笑った。

でも、その遠回りがなければ、ここには来なかった。


レイン・アルヴェルトは、依頼書を握り直す。


評価されない強さ。

だが、それは――積み上げるための強さだ。


静かに、確実に。

彼の理解は、次の段階へ進んでいく。


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