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雑魚モンスターしかコピーできないハズレスキルとして追放された俺、 魔導書を読んだら“世界の前提”が見えるようになった  作者: Y.K
第3章

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静かすぎる街

街は、整いすぎていた。


石畳に割れはなく、

建物の壁にも傷がない。


人々の歩調は揃い、

誰もが目的地を把握しているかのように迷わない。


「……きれいですね」


ミリアが、率直に言った。


「ええ」


レインも頷く。


「清掃、警備、物流……

 すべてが“過不足なく”回っています」


違和感は、

その“過不足のなさ”だった。


門をくぐる際、

簡単な確認があった。


「――能力の有無を」


兵士の声は丁寧だ。


敵意はない。

威圧もない。


ただ、

事務的だった。


「……はい」


レインは、隠さない。


ミリアも、同じ。


兵士は頷き、

水晶板に何かを記録する。


「登録は、

 こちらで完了しています」


「街では、

 許可された範囲でのみ

 能力使用が可能です」


「……違反時は?」


ミリアが聞く。


兵士は、

淡々と答えた。


「即時対応です」


それ以上の説明はなかった。


街の中。


市場は賑わい、

子どもたちは笑っている。


能力者と思しき人間も、

普通に働いている。


火を扱う者。

物を浮かせる者。


だが――

全員、同じ強度・同じ範囲。


「……揃いすぎてます」


ミリアが、小さく言う。


「ええ」


レインも同意する。


「個人差が、

 ほとんどありません」


リュカは、

黙ったままだった。


歩調が、

少し遅い。


「……リュカ?」


ミリアが、振り返る。


「……大丈夫?」


リュカは、

一瞬遅れて頷いた。


「……うん」


だが、

表情が硬い。


(……同調が、

 勝手に走ってる)


(……揃えられてる)


胸の奥が、

ざわつく。


広場の中央。


大きな掲示板があった。


【能力者運用規程】

【安全等級一覧】

【許可範囲・時間帯】


文字は丁寧で、

説明も分かりやすい。


「……親切ですね」


ミリアが言う。


「ええ」


レインは、

掲示板を見つめたまま答えた。


「“考えなくていい”

 という意味では」


ミリアが、

少し眉を寄せる。


「……それ、

 いいことじゃないんですか?」


レインは、

すぐに答えなかった。


少しだけ、

周囲を見渡す。


能力者も、

非能力者も、

同じ表情。


安心。

納得。

疑問の欠如。


「……選択肢が、

 ありません」


その言葉に、

ミリアが息を飲む。


「……街が、

 判断してる?」


「ええ」


レインは、

静かに言った。


「この街では――」


一拍。


「人が、

 立ち位置を選ばなくて

 いいように

 作られています」


その瞬間。


「……っ」


リュカが、

立ち止まった。


息が、

少し乱れる。


「……ここ」


「……だめ」


「……ぼく、

 ここにいると……」


レインとミリアが、

同時に振り向く。


リュカは、

胸を押さえている。


《位相同調【フェイズ・シンク】》が、

微かに、しかし確実に

逆向きに揺れていた。


「……揺れが」


「……止まらない」


レインは、

即座に理解する。


(……同調先が、

 “街そのもの”だ)


(……そして、

 この街は――)


「……リュカ」


低く、確かな声。


「ここは、

 長居する場所じゃない」


ミリアは、

周囲を見渡した。


平和。

安全。

秩序。


でも――

前線がない。


「……嵐の前線が、

 消されてる」


ミリアの言葉に、

レインは頷いた。


「ええ」


「戦場が、

 存在する前に

 “無かったこと”に

 されている」


遠くで、

鐘が鳴る。


時刻を告げる、

穏やかな音。


だがその下で、

街は静かに呼吸していた。


人ではなく、

 仕組みとして。


三人は、

何も言わずに歩き出す。


この街は、

敵ではない。


だが――

味方でもない。


違反は、あまりにも小さかった。


市場の一角。

果物を運ぶ荷車の車輪が、

石畳の継ぎ目に引っかかる。


「――あっ」


若い女性が、

思わず声を上げた。


荷車が傾き、

果物が転がり落ちる。


それだけのことだった。


「……危ないですね」


ミリアが、

自然に一歩前に出ようとする。


だが――

その前に。


女性の指先が、

ほんの一瞬だけ光った。


能力者だ。


《微風操作》程度の、

ごく弱い力。


転がる果物を、

少しだけ減速させただけ。


誰も傷ついていない。

誰も困っていない。


その瞬間。


「――能力使用確認」


澄んだ声が、

上から降ってきた。


視線を向けると、

広場の縁に設置された塔。


そこから、

白い外套の監査員が現れる。


音もなく、

距離を詰める。


「許可番号の提示を」


女性は、

一瞬だけ固まった。


「……あ、あの」


「急で……」


「許可時間、

 過ぎてますよね……?」


監査員は、

感情を見せない。


「確認しました」


「――等級違反、

 軽度」


ミリアが、

思わず口を挟む。


「……それだけで?」


監査員は、

彼女を一瞥した。


「はい」


「違反は、

 違反です」


女性の腕に、

淡い光の輪が浮かぶ。


拘束ではない。

傷もない。


ただ――

動けない。


「……ごめんなさい」


女性は、

条件反射のように謝った。


「……次から、

 気をつけます」


監査員は、

淡々と答える。


「次は、

 ありません」


周囲の人々は、

誰も止めない。


騒ぎもしない。


「……またか」


「仕方ないよ」


「規程だし」


小さな声が、

あちこちから聞こえる。


(……慣れてる)


ミリアの拳が、

わずかに握られる。


「……レイン」


低い声。


「……これ、

 止めなくて

 いいんですか?」


レインは、

即答しなかった。


ただ、

女性を見る。


恐怖よりも、

諦めが勝っている表情。


(……選ばせてない)


(……最初から、

 “正解”だけ

 与えてる)


そのとき。


「……っ」


リュカが、

小さく声を漏らした。


胸を押さえ、

息が乱れる。


「……ここ」


「……揺れが、

 逃げ場ない……」


《位相同調【フェイズ・シンク】》が、

無意識に反応する。


周囲の魔力が、

一斉にわずかにズレた。


「……?」


監査員の動きが、

一瞬だけ鈍る。


「……観測誤差?」


その瞬間。


レインは、

決断した。


「……行きましょう」


ミリアが、

目を見開く。


「……え?」


「今は、

 ここじゃない」


レインの声は、

静かだが、確かだった。


「ここで前線を張れば、

 街全体を敵に回します」


「……それは、

 正しいやり方じゃない」


ミリアは、

歯を食いしばる。


だが――

頷いた。


「……分かりました」


三人は、

何事もなかったように

その場を離れる。


背後で、

女性が連れて行かれる。


誰も、

声を上げない。


広場は、

すぐに元通りになる。


完璧な、

日常。


だが。


「……レイン」


ミリアが、

歩きながら言った。


「……あれ、

 戦いですよね」


「ええ」


レインは、

迷わず答える。


「人が戦う前に、

 戦場を消している」


リュカは、

二人の間で

小さく呟いた。


「……ぼく」


「……あそこにいたら」


声が、

震える。


「……そのうち、

 何も感じなくなる」


レインは、

足を止めた。


そして、

はっきりと言う。


「それが、

 この街の

 “完成形”です」


ミリアの表情が、

硬くなる。


「……じゃあ」


一拍。


「……私たちは」


レインは、

街の奥を見た。


静かで、

正しい場所。


「――完成を、

 壊します」


その言葉は、

小さかった。


だが、

確かに決まっていた。


夜。


宿の部屋は、静かだった。


外から聞こえるのは、

巡回の足音と、一定間隔で鳴る鐘の音。


規則正しい。

乱れがない。


「……この街」


ミリアが、窓の外を見ながら言った。


「……嫌いじゃないです」


「安全ですし、

 争いもない」


「……でも」


言葉が、続かない。


レインが、椅子に腰掛けたまま答える。


「……前線が、

 存在しません」


ミリアは、

ゆっくり頷いた。


「はい」


「誰も、

 立たなくていい」


「……だから」


一拍。


「立つ人が、

 いなくなる」


部屋の隅で、

リュカが膝を抱えて座っていた。


「……ぼく」


小さな声。


「……今日の人」


「……怒ってなかった」


「……泣いても、

 なかった」


顔を上げる。


「……でも」


「……あの人、

 いなくなったよね?」


ミリアの胸が、

きゅっと締まる。


「……ええ」


「連れて行かれました」


「……それで、

 終わりなんだ」


リュカは、

自分の腕を見る。


「……ぼくも、

 ああなる」


「……何もしなくても」


レインは、

しばらく黙っていた。


そして、

静かに言う。


「……この街は」


「人を、

 守っているように見えます」


「でも――」


視線を、

床に落とす。


「人が、

 自分を守る必要を

 奪っています」


ミリアが、

ゆっくりと振り返る。


「……それって」


「……正しいんですか?」


レインは、

首を横に振った。


「正しさの話では、

 ありません」


「……生き方の話です」


沈黙。


鐘の音が、

また鳴る。


リュカが、

意を決したように言った。


「……ぼく」


「……ここにいたら」


「……ぼくじゃなくなる」


その言葉に、

二人は何も言えなかった。


否定できないからだ。


「……だから」


ミリアが、

一歩、前に出る。


「私たちは、

 壊します」


「人を、

 じゃありません」


剣に、

そっと触れる。


「……立たなくていいって

 決めつけてる

 仕組みを」


レインは、

その言葉を受け取って頷いた。


「ええ」


「前線を、

 消しているものを」


「……選ばせないものを」


リュカは、

二人を見る。


怖さは、

まだある。


でも。


「……壊したら」


「……どうなるの?」


レインは、

即答しなかった。


少しだけ考えてから言う。


「……混乱します」


「反発も、

 来ます」


「……でも」


一拍。


「選べるように

 なります」


ミリアが、

柔らかく言った。


「それだけで、

 十分です」


リュカは、

深く息を吸った。


「……ぼく」


「……壊すの、

 手伝う」


ミリアは、

微笑んだ。


「もちろん」


レインも、

静かに言う。


「……立ち位置は?」


リュカは、

少し考えてから答える。


「……後ろ」


「……でも」


拳を、

ぎゅっと握る。


「……逃げない」


その言葉で、

十分だった。


三人は、

それぞれの場所に立っている。


この街は、

まだ平和だ。


だが――

完成しすぎた静寂は、

 もう揺れ始めている。


壊す覚悟は、

整った。


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