三人目の立ち位置
朝は、思ったより普通に来た。
野営用の簡単な火。
乾いたパンと、少しの干し肉。
「……ほんとに、
朝ごはんだ」
リュカが、
パンを手に持ったまま呟く。
「ええ」
ミリアが、
何でもないように答える。
「逃げたあとでも、
食べます」
「……逃げたあとだから、
ですね」
レインが、
淡々と補足した。
リュカは、
少しだけ笑った。
「……変なの」
「昨日まで、
捕まることしか
考えてなかったのに」
パンを、
一口かじる。
「……今は」
一拍。
「次の町のこと、
考えてる」
ミリアは、
その横顔を見て、
小さく頷いた。
「……それでいいんです」
「未来の話ができるって、
余裕がある証拠ですから」
•
朝食を終え、
三人は街道を歩き出す。
隊列は、
自然に決まった。
先頭――
ミリア。
一歩先で、
周囲を見る。
中央――
レイン。
全体の流れと、
空気を読む。
後方――
リュカ。
二人の背中が、
視界に入る位置。
「……あの」
歩きながら、
リュカが言う。
「……ぼく、
何すればいい?」
ミリアが、
振り返る。
「……今は?」
「はい」
「……何もしなくていいです」
即答だった。
リュカが、
戸惑う。
「……え?」
レインが、
続ける。
「能力は、
まだ不安定です」
「無理に使えば、
また“揺れ”ます」
「だから――」
一拍。
「感じるだけで
いい」
「……感じる?」
「ええ」
レインは、
歩調を緩めない。
「近くの魔力の流れ」
「人の動き」
「……怖くなったら、
それも」
リュカは、
少し考えてから頷いた。
「……分かった」
•
昼前。
街道脇で、
小さな騒ぎ。
倒れた荷馬車。
散らばった荷。
三人の視線が、
同時に向く。
「……盗賊ですね」
ミリアが、
低く言う。
数は、三。
大した練度ではない。
「……どうします?」
リュカが、
恐る恐る聞く。
ミリアは、
剣に手を置く。
「……正面から行きます」
レインは、
頷いた。
「……リュカ」
「はい」
「後ろにいてください」
「……何も、
しなくていい」
リュカは、
深く息を吸う。
「……うん」
•
戦闘は、
一瞬だった。
ミリアが前に出て、
盗賊の動きを止める。
レインは、
一切手を出さない。
観ているだけ。
数呼吸後、
盗賊たちは逃げ出した。
「……終わりです」
ミリアが、
剣を納める。
リュカは、
呆然としていた。
「……え?」
「……ぼく、
何もしてない」
レインが、
静かに言う。
「……いえ」
「君は、
ちゃんと
役割を果たしました」
「……?」
「揺れませんでした」
リュカの胸が、
少しだけ熱くなる。
「……それ、
役割?」
ミリアが、
柔らかく笑った。
「ええ」
「“揺れなかった”
というのは、
立派な成果です」
リュカは、
自分の手を見る。
震えていない。
怖くもない。
「……ぼく」
「……ここに、
いていいんだ」
レインは、
それを否定しなかった。
「ええ」
「……今は」
三人は、
また歩き出す。
三人分の足音が、
街道に重なる。
まだ未完成。
まだ危うい。
それでも――
三人目の立ち位置は、
確かにそこにあった。
昼を少し過ぎた頃だった。
街道は、森の縁に差しかかる。
視界が狭まり、音が吸われる。
「……この辺り」
ミリアが、足を止める。
「気配が、
多いですね」
「ええ」
レインも、
同意する。
だが――
敵意は薄い。
「……魔獣、
というより」
「……逃げてる?」
リュカが、
ぽつりと言った。
二人が、
同時に振り向く。
「……どうして
そう思ったんですか?」
ミリアが聞く。
リュカは、
少し戸惑いながら答えた。
「……揺れてる」
「近くの魔力が、
前に出ようとしてない」
「……後ろに、
引っ張られてる感じ」
レインの目が、
わずかに細くなる。
「……いい観察です」
次の瞬間。
茂みが、
大きく揺れた。
「――来ます!」
ミリアが、
前に出る。
飛び出してきたのは、
中型の魔獣。
牙は鋭いが、
動きが荒い。
「……追われてるな」
ミリアが、
即座に判断する。
だが。
その直後。
後方の空気が、
一気に重くなった。
「……っ」
リュカが、
思わず膝をつく。
「……ごめん」
「……近くに、
強い“揃い”がある」
レインは、
すぐに察した。
(……陣形)
(……人為的だ)
「……ミリア!」
「分かってます!」
ミリアは、
魔獣を押さえながら
視線を走らせる。
森の奥。
規則的な足音。
「……監査庁じゃない」
「でも――
似た匂いです」
その瞬間。
リュカの周囲で、
《位相同調【フェイズ・シンク】》が
強く反応した。
空気が、
揺れる。
「……やだ」
「……また、
壊しちゃう」
魔力が、
拡散しかける。
「リュカ」
レインが、
低く呼ぶ。
「聞いてください」
一歩、近づく。
「今の揺れは――
“怖い”だけです」
「止められます」
リュカは、
必死に首を振る。
「……でも」
「前みたいに……」
「……管理される?」
その言葉に。
ミリアが、
即座に言った。
「されません」
「――私たちが、
立ってます」
剣を、
地面に突き立てる。
《踏越位【オーバー・ライン】》。
「……ここは、
前線です」
「あなたは、
後ろにいていい」
リュカの呼吸が、
少し乱れる。
だが――
逃げなかった。
「……後ろ」
「……ここ」
足を、
一歩引く。
レインの背中。
ミリアの影。
「……ここが、
ぼくの場所」
《位相同調【フェイズ・シンク】》が、
一瞬だけ強く脈打ち――
すっと、静まった。
魔獣が、
急に動きを止める。
「……?」
ミリアが、
好機を逃さない。
一閃。
魔獣は、
そのまま逃げ去った。
森の奥からの足音も、
次第に遠ざかる。
静寂。
「……止めた?」
リュカが、
自分の手を見る。
震えていない。
レインが、
頷いた。
「ええ」
「……初めて、
自分で」
ミリアが、
剣を納める。
「すごいです」
「派手じゃないですけど――」
一拍。
「一番大事なやつです」
リュカは、
その言葉を噛みしめた。
「……ぼく」
小さく、
でもはっきり言う。
「……ここに、
いていいんだ」
レインは、
何も言わなかった。
否定する理由が、
なかったからだ。
三人は、
再び歩き出す。
今度は――
足取りが、少しだけ揃っていた。
夜は、静かだった。
焚き火の音が、
小さく爆ぜる。
三人は、
火を囲んで座っている。
昼間の緊張が抜けたせいか、
誰もすぐには口を開かなかった。
「……」
リュカが、
火を見つめたまま呟く。
「……不思議」
ミリアが、
顔を向ける。
「何がですか?」
「……前は」
一拍。
「夜になると、
明日が来るの、
嫌だった」
言葉を探すように、
少し間が空く。
「……捕まるか、
逃げるか」
「……どっちかだったから」
焚き火が、
ぱちりと鳴った。
「……今は?」
ミリアが、
静かに聞く。
リュカは、
少し考えてから答えた。
「……朝になったら、
また歩くんだなって」
「……それだけ」
ミリアは、
小さく微笑んだ。
「それ、
すごく大事ですよ」
「……え?」
「“普通”です」
「考えなくていい明日が
あるって」
レインは、
焚き火の向こうから言う。
「……それは、
安全な場所に
いる証拠です」
リュカは、
驚いたようにレインを見る。
「……ここが?」
「ええ」
即答だった。
「……今は」
少しだけ、
言葉を選ぶ。
「立ち位置が、
揺れていません」
リュカは、
自分の足元を見る。
確かに、
不思議と落ち着いている。
「……ぼく」
「……また、
揺れるかもしれない」
「……迷惑、
かけるかもしれない」
ミリアが、
すぐに首を振った。
「揺れます」
「人ですから」
「……でも」
剣に手を置く。
「前線は、
私が立ちます」
「揺れが来ても、
止めます」
レインも、
頷いた。
「理由は、
俺が理解します」
「……それで」
一拍。
「足りないところは、
埋まります」
リュカは、
二人の顔を見比べた。
嘘じゃない。
慰めでもない。
ただ、
事実を言っているだけ。
「……ありがとう」
声が、
少し震えた。
ミリアが、
柔らかく言う。
「……その代わり」
「無理だと思ったら、
ちゃんと言ってください」
「……約束です」
リュカは、
大きく頷いた。
「……うん」
焚き火が、
少し強く燃える。
火の向こうで、
三人の影が重なる。
前線。
制御。
後方。
完璧じゃない。
未完成だ。
それでも――
立つ場所が、
ちゃんと分かれている。
夜は、
静かに更けていった。
明日は、
また歩く。
それでいい。
それが、
今の三人だった。




